I want to protect you in this hand.
Arsh, the 14-year-old, the 13-year-old moon, the whole body, the whole spirit.
次の週、フローレンスは学校でも私を避け、話そうとせず、一人でいた。私はナズにできる範囲で事情を話し、フローレンスの側にいてもらおうとしたが、ナズは、
「どう話を聞いても、フローレンスの味方だけをする気にはなれないの」
という。
「フローレンスともアーシュともいつもどおりにつきあうわ。離れていたいなら、落ち着くまで待つわ」
だそうだ。
この病の事業に参加する以上、優先すべきは病のことのはずだ。でも、私はフローレンスの気持ちがわかる。15歳の乙女だ。婚約者に気にかけてほしい、誰かのついでではなく。そう思うのは当たり前だ。だから怒る気にもなれなかったし、アレクは鈍感バカ野郎だと思っていた。アレクのせいでぎくしゃくしているのだと思うと、アレクに怒りたいくらいだった。やつあたりだろうか。
それとは別に、仕事を引き受けたからには、できるだけ力を尽くさなければならない。200人以上の患者。どう優先順位をつけていくか。時間との勝負になる。効率的な人の使い方。考え事が多くなり、自然とうわの空になることが多くなった。
「なあ、アーシュどうしたんだ、いつもとちがうぞ」
「フーゴか、ちょうどよかった、話があるんだ」
フーゴ。魔物肉屋を任せる関係で、フーゴには内容を話してもいいことになっている。また、仲のいいアロイスやイザークにもだ。ダンは談話室ではなく、空き教室を借りてきて、友だちを集めたようだ。私はぼんやりとついていく。考えなきゃ。効率のよい手順を。一人でも多く助けるために。
教室にはフローレンスも来ていた。いやがるフローレンスに、もう仕事は始まっているんだと、アーシュの側にいろとセロが怒ったそうだ。アロイスもテオドールもエーベルも、私がカレンさんを治したことは知っている。フローレンスもこのあいだそのことを知った。ダンはベルノルトも、ライナーも、ナズもハルトも呼んでいた。
セロが話しだした。病のこと、治したきっかけ、東領、北領でのできごと、アレクのこと、そして今回の依頼のこと。少し長い話になった。
「アーシュたち、学校に来るまでそんなことしてたのか、忙しいやつだな」
フーゴがまずあきれたように言った。ベルノルトとライナーは、
「いい話だと思う。アーシュにはがんばってほしい」
という感想だった。しかし、イザークはこう言った。
「おかしくないか。なんでまだ学生のアーシュにそれをやらせるんだ。原因も、治療法もわかっているなら、少し時間をかけてでも、帝国の医師が取り組むべきことではないのか」
「俺もそう思う。こんな大事なこと、民に発表せずに、一部だけでやるのはおかしいよ。病は庶民にも起こるんだ。商人に声をかければ、かなり動くと思うぞ。身内や知り合いに、一人くらいは必ず病持ちがいるんだ。アーシュに頼っても、一年後には卒業してメリダに帰るんだし。帰らないでほしいけどな」
フーゴも続けてこう言った。それを聞いてライナーははっとした顔をした。
「俺はまた考えなしに人に責任を押し付けて!考えろ、俺、そうだ、アーシュだけに負担をかけてもいいわけじゃないんだ」
「アーシュは留学生だ。帝国のことは帝国が責任を持つべき、そうだな」
ベルノルトも気づいた。セロはうなずくとこう言った。
「フローレンス、見ろよアーシュを。わかるか」
「何を言ってるの。ぼんやりしてるようにしか見えないわ」
「違う。もう始まっているんだ。アーシュの中では」
「始まっている?」
「200人もの患者。重病人もいる。人手は少なく、熟練の医師もいない」
マルが言った。
「どうしたら効率がいいか。どうしたら多くの人を助けられるか」
とウィル。
「俺たちには、アーシュの考えていることがよくわかる。もう頭の中で、どう動くかが始まっているんだ」
「そんな」
「そのくらい、面倒で、大きなことなんだ、これは。ぼんやりしてるんじゃない。極度の集中なんだ。今回この緊張状態が、何カ月続くかわからない。全身全霊って、こういうことをいうんだ」
「……」
「オレはな、フローレンス、怒っているんだ」
フローレンスはうつむいた。
「お前にじゃない。アレクにだ」
「アレク様に……」
「アーシュに甘えてる。そしてそれに気が付いていない。フローレンス、アレクはな、オレたちにとっては弟のような存在なんだ」
「弟。アレク様は23歳よ」
「知ってる。弱ってるときに出会ったからな、大事にしすぎたんだ。手のかかる弟のような気がして、そして甘やかしてしまったんだ」
「甘やかすだなんて」
「アーシュはたった14歳なのに、アレクは姉のように慕っている。甘えてもいいと思っているんだ。けどな、フローレンス、お前なら200人の命を背負えるか」
フローレンスはまたうつむいた。
「アーシュに力があるから、200人の命を背負って当然だと思うか。アーシュをちゃんと見ろ。真剣に受け止めると、ああなるんだ」
フローレンスは顔を上げた。
「なんでここにみんなに集まってもらったか。事情を話して同情されるためじゃない」
セロはきっぱりと言った。
「今回の件、協力してくれ」
「協力っていってもな」
アロイスが難しい顔をした。
「父さんたちが入ってるんだろう。私たちにできることがあるのか」
「東領、北領は少しはわかってるかもしれない。しかし、アレクも、中央の侯爵も何もわかってない。アロイス、今回、大人に任せきりにしたら、途中で人手が絶対足りなくなるんだ」
「足りなくなっても、私たちが何かするより大人が人を集めるほうが早くないか」
「そんなあやふやな賭けをしたくない。いいか、治療の要はアーシュを中心にするとしても、衰弱した患者を元気な状態に戻すのには、治療じゃなくて、世話が必要なんだ」
「世話?治療じゃなくてか」
「つまり、患者は魔力による発熱で体が弱ってる。弱ってる患者200人に、まめに水分を取らせ食事をさせ、着替えをさせ、洗濯をして清潔に保つ。一人につき一人なんてものじゃなく手間がかかるんだよ。放課後だけでもいいんだ。とにかく人数がほしい」
「クラブを動かすか。事情は話せないが、肉体労働の奉仕活動が必要だと言えば騎士科のやつらは動くだろう。こうなってみると、罰として下町で奉仕活動をしたことが役に立つな」
「普通科は少し難しい。力仕事ではないということは、病人の世話だろう。下働きの経験がない生徒たちが動くかどうか……」
イザークも考えている。
「治療院は決して恵まれた環境ではないと聞くよ。奉仕活動だけでなく、物もあったほうがいい。熱の対処なら古着、食べ物、布類、桶、なんかかなあ。これを家から持ってきてもらうというのはどうだろう。なあ、治療院への慰問と奉仕活動の実習ということにして、学校全体で長期的にやる取り組みにできないか」
フーゴが言う。
「それを!」
フローレンスが大きな声で言った。
「それを私にやらせてください!貴族なら、私の家の地位が役に立ちます。私とイザークの家が率先してやれば、貴族から物が集まります!慰問なら貴族としての体裁もいい。もちろん、アーシュと共に治療にも参加します。けれど、他に役立つことがあるのなら、それもやりたいのです!」
「私たちは、帝国内のフィンダリアの商人に声をかけます」
ナズが言った。
「人数は少ないですが、フィンダリアにもこの病はあるのです。協力してなお、治療法を持ち帰れるなら、差し引きプラスですから」
「俺は庶民側で手を打つ」
フーゴが言った。
「南領は、俺とエーベルとベルノルトでやる!」
大人が知らぬ間に、若者たちが動き出した。