I Was a Sword When I Reincarnated (WN)
726 Attack immediately after commencement
『いよいよ準決勝の日がやってまいりました! 今年もまた、素晴らしい顔ぶれが揃っています! 第一試合、すでに両選手が舞台に上がっております!』
観客席は満員だった。普通席だけではない。今までは多少の空席もあった特別席や貴賓席も、ギュウギュウ詰めである。
それだけ、観客の注目度が高いということだろう。
『第一シードから激戦を制して勝ち上がってきたのは、黒雷姫のフラン! 二年連続で準決勝に進出だ! 今年こそ優勝なるか! すでに覚醒し、黒い雷を纏った状態での登場だ!』
実況の紹介に合わせて轟く歓声が、闘技場を揺らす。今までの試合でも十分大きい歓声だったのだが、今日は一段と凄まじい。
『対するは、ウルムットの冒険者ギルドマスターにして、現役ランクA冒険者! 竜転のディアス! まさか、現役のギルドマスターが出場するとは思いませんでした! その百戦錬磨の戦闘経験が、若い勢いを止めるのか! それとも、若さが老獪さを凌駕してみせるのか! 大注目の一戦だぁぁ!』
盛り上がる外野以上に、フランとディアスもバチバチであった。
鋭い視線をぶつけ合い、両者ともに殺気を隠そうともしない。結界が張られていなければ、多くの観客がこの殺気に当てられて観戦どころではなくなっているだろう。
「シンプルでいい。勝った方が、賭けの勝者だ」
「ん」
互いが交わした言葉はたったそれだけ。それでも、両者ともに最初から本気で殺しにかかるだろう。それが分かった。
ディアスは賭けに勝利し、自らの妄執にけじめをつけるために。
フランはゼロスリードとロミオを守るために。そして、去年は弾き返された大きな壁を、今度こそ越えるために。
だが、俺たちには大きな不安要素があった。
『フラン。体の調子はどうだ?』
(ちょっと重い)
『そうか……』
シビュラ戦での消耗が、思った以上に回復していなかったのだ。自力で辿り着いた神属性は、フランの体に思った以上に深刻な影響を及ぼしたらしい。
だるさが抜けず、万全とは言えない状況だ。
『作戦通り、いくぞ?』
「ん」
相手は搦め手を得意とする、技巧派の玄人。しかもこちらは本調子ではない。だからこそ色々と吹っ切って、作戦に全てを懸ける覚悟ができていた。
『それでは、準決勝第一試合、始め!』
「らあああああ!」
試合開始のまさにその瞬間、フランは動く。
フランが繰り出すのは、本気の天断だ。
練り上げた力と、スキルを全て動員した、今放てる最高の一撃。絶好調時の七割程度の速さしか出ていないが、十分に神速と呼べるだろう。
確かにディアスは強い。幻像魔術を使われれば、一方的に翻弄されるかもしれない。
だが、この瞬間。試合開始のその時だけは、ディアスの居る場所が絶対に確定していた。
ディアスは全く反応できていない。いくらディアスでも、この速度で繰り出された天断を躱すことはできないのだろう。
前の試合でアッバーブも語っていたが、ディアスの防御力は決して高くはない。天断の直撃を完全無傷で防ぐことは無理だろう。
ならば、この攻撃で決着がつく可能性も――。
「う? えっ?」
『フラン!?』
フランが突然に覚醒を解いてしまった。急激に身体能力が変化してしまったことで、発動中の天断は制御を失い、フランはバランスを崩してしまう。
遠心力に振り回され、その場で転びそうになるフランを、慌てて念動で支えた。
『大丈夫か!』
「ん……。でも、なんで?」
『ディアスの技能忘却スキルだ!』
まさか、覚醒にまで作用するとは思わなかった。
技能忘却:対象は一定の間、指定されたスキルの存在を忘れる。効果時間は指定スキルのレベル、レア度による。最大で1分間。再使用は指定スキルのレベル、レア度による。
「獣人が覚醒を強制的に止められると、行き場を失った魔力で自爆するんだ。最初に、何か狙ってくると思っていたからね! その力の大元を封じさせてもらったよ!」
ディアスは反応しなかったのではなく、反応する必要がなかったのだ。大技の最中に覚醒が解ければ、こうなると分かっていたのである。
「ぐ……!」
『フラン!』
ディアスが言う通り、魔力が制御を失い、フランの内部で暴れている。なんとか制御しようとしているが、覚醒状態ではないフランでは上手くいかないようだ。
その間に、今度はディアスが突っ込んできた。その顔に浮かぶのは、いつものような悪戯っぽい微笑みではない。凄みの籠った、獲物を罠に嵌めた狩人の笑みである。
「しっ!」
「がっ!」
あっさりと一撃を貰った! 幻像魔術で作り出した偽の拳を躱した直後、フランの太腿が僅かに裂ける。
作り上げた幻像でフェイントをしかけつつ、透明化した体で本命の攻撃を放つ。幻像魔術師のお決まりのパターンだ。だが、今まで戦った幻像魔術使いと比べ物にならないほどに、ディアスの幻像は精巧であった。
気配も音も、どうやら匂いさえも再現しているらしい。そのせいで、本物にしか感じられないのだ。
さらに畳みかけてくるディアスから距離を取ろうと跳んだフランだったが、僅かに顔をしかめる。
「足、変」
『なに?』
フランの足を確認すると、ディアスに切り裂かれた太腿が再生していなかった。
《生命魔術の痕跡を確認。短時間、再生を阻害する効果があると思われます》
『まじか!』
ディアスの武器の特性か? 確認しようとしたが、鑑定することはできなかった。鑑定は、見たものの情報を知ることができるスキルだ。幻像魔術で姿を隠されてしまっては、スキル自体が発動しないのである。
試合開始前に鑑定した時には、いつもの竜牙の短剣だったはずだ。試合開始後、密かに入れ替えたのだろう。
『フラン! ディアスの武器に気を付けろ』
「ん」
とは言え、形も長さも性能も分からないのだ。気を付けろと言っても、限度があるだろう。やはり、ディアスの老獪さは厄介だな。