コトン。目の前にコーヒーが出された。

「いやぁ、まさかお一人で我が社の輸送車を止めてくださるとは! さぞ有名な冒険者でいらっしゃるのでしょうな!」

「ずず、有名ってほどじゃない。確かに少し前までSランクパーティーに在籍はしていたが、今じゃ無名の旅行者だよ」

とある会社の一室。

そこで俺達は副社長と称する男性と面会をしていた。

事の発端はケラトプスの引く馬車を止めたこと。

多少車体に傷はできたが、御者は無事、荷物もほとんど傷はなくケラトプスも無傷。

騒動を聞きつけた運送会社の人間が、話があると俺達をここへ案内した。

で、今は二人揃ってコーヒーを飲んでいる。

うん、このコーヒー美味いな。

香りも良いし苦みも酸味も程よい。

昔飲んだ高級豆の味に似ている。

「それで話って?」

「もちろん謝礼についてです。この度は輸送車を止めていただき、まことにありがとうございました。少ないかもしれませんがこれをお受け取りください」

テーブルに二十枚ほどの銀貨が置かれる。

別に金が欲しくて助けたわけじゃないのだが。

しかし、くれるのなら快く受け取ろう。

この金でカエデに美味いものを食わせてやるか。

「ご主人様、聞かなくていいんですか」

横にいるカエデが耳元で囁く。

可愛らしい透き通った声なので少しゾクッとした。

聞く? 何を?

「例の手紙です」

「あー」

そういえばここは運送会社だったな。

同業者ならジョナサンがどこの会社の社長か分かるだろ。

「一つ聞くんだが、ジョナサンって社長知ってるか」

「それならウチの社長ですよ」

「実はロアーヌ伯爵から預かっている手紙がある。その社長を呼んできてくれないか」

「一応ですが確認させていただきます」

副社長に封筒を渡す。

彼は隅々まで確認してから俺に返した。

「間違いないようですな。では少しお待ちを」

席を立った副社長は退室する。

こんなこともあるんだな。

たまたま助けた馬車が目的の運送会社のものだったなんて。

面倒な人捜しをする必要がなくなってラッキーだ。

コンコン。

ドアがノックされ男性が入室した。

先ほどの男性は、ふくよかな体型に頭部は……大変つつましいものだったが、今入ってきた男性は、赤毛の長髪に鼻の下には立派な髭のある、引き締まった中年男性だった。

彼は対面のソファへと腰を下ろす。

「私がこの会社の社長を務めているジョナサン・ロックベルだ。君はロアーヌ伯爵の手紙を持っているそうだね。見せてもらえるだろうか」

「これだ」

封筒を受け取った彼は、差出人と宛先を確認してから封を切る。

中からは数枚の便箋が出てきた。

目を通した彼は、内容が面白かったのか僅かに笑みを浮かべた。

「トール殿だったか、君はずいぶんアイナークで活躍をしたようだな」

「活躍ってほどでもない。やりたいと思ったことをやったらそうなっただけだ」

「ふっ、面白い男だな。伯爵が気に入るのも無理はない」

「あれ? 俺、気に入られてたのか?」

「これにはずいぶんと君を褒め称える言葉が書いてあったぞ」

彼はニヤついた顔で手紙をひらひらさせる。

何が書いてあるのか読みたいが、たぶん見せてはくれないのだろうな。

しかし、ロアーヌ伯爵とは何度か会話をしたくらいで、そこまで仲が良いって感じじゃなかったと思うけど。

やっぱ貴族って感情が読めないなぁ。

それとも俺が鈍感なだけか?

「よろしい、伯爵の要望通りにしよう。なんせ旧友の頼みだ」

「要望って?」

「ここでは言えない」

おい、どこなら言えるんだよ。

ますますわけが分かんないだろうが。

「悪いが少し時間をくれ。そうだな、明日の夜にまたここへ来てくれるとありがたい」

「その時ならちゃんと話を聞かせてもらえるのか」

俺の言葉に彼は「約束しよう」と答える。

一体なんなのだろう。

日を改めろとか夜に来いとか。

我が儘だぞジョナサン。

内心でモヤモヤしつつ明日の夜に再び来ることにした。

夜の帳が下りる頃、俺とカエデは運送会社の前に来ていた。

そこには一台の馬車が止まっており、まるで俺達が来るのを待っているかのようだ。

馬車は真っ黒でさりげなく装飾が施されている。

貴族が夜間のお忍びで使うような代物なのだろうと見受けられた。

窓はカーテンが閉められており中を覗くことはできない。

がちゃり。

ドアを開けて出てきたのはジョナサンだった。

「よく来たな。とりあえず乗れ」

乗り込むと中には彼一人だけ。

すぐに馬車はどこかへと走り始めた。

「これから行く場所のことは誰にも言うな」

「ヤバいところなのか」

「そうじゃない。あまり直接的なことは言えないのだが、お前達が面会する御方は軽々しく平民と話をできない。故に人目を忍んで非公式で謁見をする」

謁見? まさかこれから行くのは……。

予想は的中し、馬車は街の最奥にある宮殿へと向かっていた。

「ロアーヌの要望とは君をその御方に会わせることだ。詳しい事情は今は伏せさせてもらうが、決して悪いようにはしない。むしろ必ず大きなプラスとなるだろう」

「とりあえず話だけは聞くさ」

立派な門をくぐり広大な庭園を抜け、巨大な建造物の前で停車する。

先にジョナサンが下り、遅れて俺とカエデも下りる。

玄関では執事らしき青年が出迎え、俺達を宮殿内へと引き入れた。

「すげぇ」

「豪華ですね」

天井の高いエントランスは圧巻だった。

正面には翼を広げるように階段があり、目に付くあらゆるところに装飾が施されている。

成り上がりの金持ちとは格が違う。

上位の貴族でもこれだけの建物は所有できない。

ここがどこかなんてすでに答えが出ていた。

俺達は二階の一室に通されソファに座らされる。

全てが煌びやかで落ち着かない。

そわそわしてしまう。

冒険者となってかなりの場数を踏んできた俺だが、今回ほどの出来事はかつてなかった。

前触れもなくドアが開けられ、二人の騎士と老年の男性が入室する。

男性は対面に座り、騎士は彼を護るようにして両サイドに立つ。

話を切り出したのは老年の男性だ。

「これは非公開の謁見、表向きでは余は貴公らと会っていないことになっている。そこをよく理解しておくがよい」

「はっ」

ジョナサンが短く返事をして軽く頭を下げる。

「さて、今宵訪問を許したのは他でもない。冒険者である貴公にやってもらいたいことがあるからだ」

へ、返事をして良いのか?

ジョナサン、どうなんだよ。

俺の反応に気が付き彼は頷く。

「やってもらいたいこととは?」

「うむ、実はこの王都は危機にさらされておる。事態が悪化すればほどなくしてこの国は滅亡するだろう。貴公にはそれを解決してもらいたい」

「王都の危機……悪いんだが、もっと具体的に言ってくれないか」

回りくどいのは好きではない。

やって欲しいことがあるならもっとはっきり伝えてくれ。

老年の男性は間を置いてから答える。

「では、単刀直入に言おう。デスアントの女王を討伐してもらいたい」

すぐには理解ができず、反応が一分ほど遅れた。

「あの数万の軍でようやく退治できるような魔物をたった二人で倒せと?」

「正確には倒すのは女王のみだ。全てを貴公に始末してもらいたいと言っているわけではない」

「けど、女王は巣の奥に籠もっていて結果的には同じだろ。だいたい俺に頼まずに自力でかたづければいいじゃないか」

「…………」

なんだ、なんで黙るんだ。

デスアントに軍を向けるのは当然のことだろ。

それともできない事情があるのか。

「すでに我が軍は壊滅状態だ。失敗したのだよ」

唖然とする。

しくじったから、藁にもすがりたい気持ちで俺に頼んでいるんだ。

彼らにもう自力で解決する力は残されていない、のだ、

あー、なんとなく話が見えてきたぞ。

魔族の幹部を倒した俺なら王都の危機を救えるかもしれないと、ロアーヌ伯爵は考えたんだ。もしできなければ彼らは王都を捨てなければならない。

デスアントは食欲旺盛で、近くに村や街があれば数日で食い潰す凶悪な魔物だ。

一匹一匹はそれほど強くないが、集団になると途端に危険度は跳ね上がる。

絶対に手を出してはいけない魔物リストの上位だ。

「まずできるかできないかを聞かせてもらいたい」

「……できる」

「おおっ! なんと!」

目の前の男性だけでなく、騎士やジョナサンまでもが驚く。

当たり前のような顔をしているのはカエデくらいだ。

「もし成功すれば爵位と領地をやろう! 英雄の称号だって授けるぞ!」

「悪いがそういうのは興味ないんだ。もらうなら金だな」

すると再び部屋の中がざわつく。

彼らには俺の返答が想定外だったらしい。

目の前の男性だけは「ほう、金か」と呟いていた。

「よかろう。貴公が見事依頼を達成すれば払ってやる」

「いくら出してくれる」

「三億」

破格だな。

だが、王都の危機となれば安いくらいだ。

もちろん断ってもいい。

この話はロアーヌが勝手に進めたことだ。

けれど、危機に瀕している人々を見過ごすのはなんとも気が進まない。

解決できるだろう力もあればなおさらだ。

面倒ではあるが己の心に従い引き受けてやるとするか。

「一つ聞くが、貴公は本当に英雄の称号は求めぬのだな?」

「無駄に目立つの嫌いなんだよ。まぁ、名前とか出ないなら構わないけどさ」

話は終わり俺達は立ち上がる。

去り際、後ろから「名前が出なければいいのだな」などと聞こえた。