バンッ。王子が勢いよくドアを両手で開ける。

「何事ですかヒュンケル。王子なら礼儀をわきまえ――」

「母上! アンナを助けてくれた者達へ褒美を!」

「待ちなさい。話が突然すぎます」

王子が飛び込んだのは女王のいる謁見の間だ。

玉座には煌びやかな姿をした女王が、臣下と話し合いをしている最中だった。

部屋の中はざわつき、臣下や騎士達は脇へと下がる。

遅れて入室した俺達は非常に居心地の悪い状態だった。

「それと、ここでは陛下と呼べと何度言ったら分かるのですか」

「しまった。そうだった。すまない母上」

「言った傍から!」

女王は椅子から立ち上がり、王子の頭を扇子でパシンッと叩く。

だが、王子は意に介した様子はない。

叩かれ慣れているのか待ちの姿勢で平然としている。

「どうしましょ、頭を叩きすぎてバカになったのかしら」

「安心してください母上。元からです」

「そうでしたね。我が息子は以前からこうでした。何も安心できませんけど」

女王は諦めたように玉座へと戻る。

彼女は軽く手を振り、部屋から騎士以外の者を下がらせた。

それから俺達に観察するような目を向けてきた。

「どこにでもいる冒険者のようね。アンナを助けるには上級解毒薬が必要だったと思いますが、それを彼らが手に入れてくれたのかしら」

「さすがは母上! 察しが良い!」

「はぁぁ、単純な話でしょうに。どうしてこの子は、はぁぁぁ」

額を手で押さえうなだれる女王。

深い溜め息に心労が窺える。

どうでもいいがそろそろ帰りたい。

褒美があるならさっさともらいたい気分だ。

「ではその者達に百万ずつ渡しなさい。それでこの話は終わりです。わたくしは今、大変忙しい身、そのことは貴方もよく分かっているでしょうに」

「それとこれとは別だ母上。国の一大事も、アンナの一大事も、同じくらい僕には重要なことだ。百万などとは言わず、一人一千万は出さなければ、加えて未来の王妃の命を救ったことを称え勲章を授けるべきだ」

おいおい、勲章だって?

そんなもの受け取るわけないだろ。

たまたま手元に薬があって渡しただけなんだぞ。

女王はすでに頬杖を突いて不満そうな顔だ。

息子のバカな発言を黙って聞くのはこれが初めてではない、そんな雰囲気をひしひしと感じる。

「貴方の主張はよく理解しました。で、そこにいる者達の紹介はまだなのかしら」

「おおっ、そうだった! トール、自己紹介をしてくれたまえ!」

いきなりこちらに話が振られる。

非常に面倒だがここは名乗ることにしよう。

「漫遊旅団のトールだ。こっちがカエデ、そっちがフラウ、それからこいつがパン太だ。今は旅をしながら観光をしている」

「漫遊旅団……最近噂になっているあの?」

呟いた女王は俺の腕輪を見てハッとした様子だった。

彼女は口元に指を当てて黙り込み、それから何かを思いついたのか笑みを浮かべる。

それからすぐに服装を正し、姿勢もきっちりと正した。

「よくお見えになられた漫遊旅団の方々。義理の娘となるアンナを助けてくれたこと、一人の母親として感謝をさせていただきます」

「大したことはしていないのだが……」

「ところで話は変わりますが、貴方方はこの後どのように過ごされる予定でしょうか。やはり冒険者らしく割の良い仕事とか、お探しではないのですか?」

「それはまぁ」

女王の目が光った気がした。

嫌な予感がする。

面倒事が舞い込んでくる匂いだ。

慌てて「用事があったのでこれにて」と退室しようとすると、騎士によって扉が閉め切られ閉じ込められた。

「お噂はかねがね聞いておりますよ。魔王直属の配下を二人も倒したと。ぜひ三人目も倒していただけませんか。もちろん報酬ははずみます」

「ちょ、おい」

別の騎士が俺の両腕を掴み、女王の前へと強制的に戻す。

話を聞くまで逃げられない状態らしい。

ここは女王の腹の中だった。

「ふふ、落ち着いてお話ができそうですね」

女王は嬉しそうに目を細めた。

グリジットの首都より、二つの街と三つの村を越えた先に山脈が存在する。

隣国グレイフィールドへ行くには、その山脈を越えなければならない。

だがしかし、二週間前より魔族が、国をまたぐ街道を占拠しているそうなのだ。

すぐに女王はこの魔族の掃討作戦を開始した。

結果は壊滅。

敵は魔王直属の幹部率いる少数精鋭部隊だった。

これに頭を抱えた女王は、勇者のいるバルセイユへと助力を求めた。

だが、その勇者が一向に来ない。

すでにここへ着いていなければならないはずなのに。

またもや頭を抱えていた女王の前に、都合良く俺達が現れたというわけだ。

「王子と女王にはめられた感じだな」

「いいじゃないですか。人の為世の為は漫遊旅団の為ですし」

「お前はほんと、俺には勿体ないくらいの奴隷だよ」

「えへへ」

隣を歩くカエデの頭を撫でる。

さりげなく俺のお尻に尻尾がすりすりされる。

そう言えば遺跡から出た、シャンプーとリンスとやらを使っているおかげなのか、ずいぶんと髪艶が良くなった気がする。

さらりとしていて撫でるこちらも気持ちが良い。

狐耳もふわふわしてて撫でると、ぺたっと垂れ下がる。

「あっ」

カエデが小石に躓き、咄嗟に俺の服の裾を掴んだ。

「すいません! うっかり!」

「気にしてないさ。足下には気をつけろよ」

「はい」

なぜかカエデが裾を離さない。

俺の目をじっと見ていて、何かを言いたそうだ。

「あの、しばらく握ってて良いですか」

「構わないぞ」

「ごしゅじんさま!」

ぱぁぁ、花が咲いたように笑顔となる。

彼女はモジモジしながら、裾をつまんだまま少し後ろから付いてくる。

やっぱり俺の奴隷は可愛いな。

「いいなぁいいなぁ、フラウもカエデサイズで生まれたかったなぁ」

「きゅう?」

「あんたには関係ない話よ。白パン」

「きゅう!」

頭の上ではフラウとパン太が今日ももめている。

仲が良いのはいいことだ。

だが、後方から呆れたような溜め息が聞こえた。

「なんでこんな奴らに付いていかなきゃいけないんだよ」

「団の為にゃ。嫌なら一人で帰るにゃ」

「はっ、さらに最悪だね。オルロスの怒鳴り声を聞かなきゃならないんだ」

「じゃあ黙って同行するにゃ。良い男は余計なことは喋らないにゃ」

ポロアが舌打ちする。

今回の魔族討伐には同行者がいる。

それが炎斧団(フレイムアックス)のポロアとリンである。

彼らはグリジット王室とも懇意らしく、俺達の協力者兼監視者として派遣された。

何故この二人なのかは簡単な話で、比較的俊敏性が高く、魔族相手でも逃げられる可能性が高いからだ。

「トールとか言ったっけ? お前本当に強いのか?」

「どうしてそう思う」

「実はさ、こっそり鑑定のスクロールでステータスを見たんだよ。なんだよレベル50って、相手は100を越えているかもしれないんだぞ」

俺は偽装の指輪でレベルを50に誤魔化している。

スキルだって、ダメージ軽減、肉体強化、スキル効果UPしか表示していない。

過去の英雄クラスと比べれば鼻で笑われるレベルだ。

「俺達は個人ではなくパーティーに英雄の称号を授かっている。できれば個の力じゃなく全体で見てもらいたいな」

「言っちゃ何だが、それくらいだったら炎斧団(フレイムアックス)の方がふさわしいね。多くの英雄を輩出してきたアルマンもとうとう地に落ちたかな」

「言い過ぎにゃ。そりゃあわたしだってちょっと不思議には思ってるけど」

ポロアは「だろっ! 絶対おかしいって!」などと声を荒げる。

金を積んだだの、知り合いの貴族に頼んで称号をもらっただの、本人達がいる前で言いたい放題。

まぁ、俺からすればどうでもいいことだが。

言いたい奴には言わせておけ、が昔からのスタンスだ。

ちなみに現在、俺達は断崖絶壁の細道を進んでいる。

どうやらここは近道らしい。

がらっ。

真上から大きな岩が転がってきた。

「あぶないっ!」

「早く避けるにゃ!!」

いち早く気が付いた後ろの二人が声を発する。

べしんっ。

俺は蝿を叩くように、岩を軽く手で弾いた。

岩は空の彼方へと消える。

そうか、こんなところだと岩が降ってくるんだな。

一応気をつけておくか。

その後、後ろの二人は恐ろしいほど静かになった。