じゅぅうう。熱に炙られ魚から脂が滴る。
焼けたものから炎斧団(フレイムアックス)に渡す。
一番最後に魚を手にとり囓った。
「うまっ!」
「ここのお魚は臭みもなくて美味しいですね」
「あつっ、はふはふ!」
焼きたての魚はジューシーでしっとりしている。
オルロス達にも好評のようだ。
ちなみに彼らのトロール狩りは成功したそうだ。
一時間で狩り終えて戻ってきたのだから、さすがはSランクと言うべきか。
「ふぅ、満足だ」
すっかり胃袋を膨らませ、俺達は木陰でのんびりする。
天気も気温もちょうど良い。
誘ってくれたオルロスには感謝だな。
「おまたせにゃ!」
茂みから水着姿のリンが出てくる。
遅れてカエデ、フラウも姿を現わし思わず目を奪われてしまう。
透き通るような白い肌に白のビキニ。
すらりとした美しい体のラインが男の視線を釘付けにする。
カエデは恥ずかしそうにこちらをちらちら窺っていた。
「ちょっと! 主様! フラウも見なさいよ!」
「うぎっ」
顔を掴まれ強引に逸らされる。
いま、ぐきってなったぞ。
まったく小さいくせに強引な奴隷だな。
フラウはスレンダーな体型だが、それなりに出るところは出ている。
身につけている水着は、ピンクのひらひらが付いた可愛らしいものだった。
長いツインテールはお団子にされていつもとは少し印象が違う。
「男共、わたしの肉体に惚れるなにゃ!」
リンは黒色のビキニで色気を際立たせている。
だが、炎斧団(フレイムアックス)の面々は、ちらりと見てからすぐにカエデに視線を戻した。
「おまえらー! カエデばかり見るにゃ!」
「だってよぉ、俺達幼なじみで嫌ってほど水遊びしてきた仲だぜ。今さら水着姿を見たくらいで、思うところなんかねぇよ」
「それでも言うことがあるにゃ! 褒めろにゃ!」
まばらにぱちぱち拍手が起きる。
ますますリンの機嫌が悪くなった。
「さ、リンさん。一緒に泳ぎましょ」
「それもそうにゃ……ごくり。なんて柔らかいにゃ」
腕を掴まれたリンは、腕に当たるカエデの胸に冷や汗を流す。
「ご主人様も!」
「そうだな……うわっ!?」
立ち上がろうとしたところで、引っ張られて強引に座らされる。
すかさず器を持たされ酒が注がれた。
「自分だけ女共の中心に行こうなんて、そんなことしないよな?」
「そうだぞトール。こっちはこっちで酒盛りだ」
「そうそう、男は男で飲むダ」
ポロアと体格の良いバックスに肩を組まれ、逃げられない。
正面には酒瓶を持ったオルロスがニヤニヤしている。
しょうがない、付き合うとするか。
「ぐがぁ~、ぐがぁ~」
「やめてにゃ、もうお魚は……むにゃ」
バックスがいびきを掻き、リンは寝言を言いながら苦悶の表情だ。
周囲を見ればポロアもフラウもカエデも静かに寝ている。
焚き火がゆらゆら揺れ、俺とオルロスだけが起きていた。
「すっかり寝入ってしまったみたいだな」
「飲ませすぎなんだよ」
「のようだな。楽しくてつい、な」
真上をロー助が静かに泳ぐ。
見張りをしてくれているのでこんな場所でも危険は少ない。
彼から酒を注いでもらい、礼を言う。
「で、この後どうするつもりなんだ」
「どうとは?」
「行き先だ。名前の通り漫遊しているのだろう?」
俺は少し考えてから返答する。
「実は勇者を待っているんだ。聞いた話では円卓会議というものが開かれるので、グリジットに来るらしい。予定では明後日開かれるとか」
「何言っている。円卓会議は一昨日終わったぞ」
「なんだと!?」
驚きで酒がこぼれる。
どうして、ネイに聞いた話では明後日のはず!
予定が変ったのか!? なぜ!??
「円卓会議について聞かれなかったから興味ないものと思ってた」
「気にしないでくれ、事前に伝えなかった俺が悪い。でもなぜ早まったんだ」
「ノーザスタルで魔族の襲撃があっただろ。そのせいで予定よりも早く話し合いをするべきだってことになったらしい。俺達も又聞きではあるんだが」
ばきっ。
うっかり器を握りつぶしてしまった。
冷静になれ、まだセイン達がグリジットを出たとは限らない。
大丈夫だ。焦るな。ちゃんとあの三人と会える。
オルロスが新しい器を差し出す。
「そんな顔を嬢ちゃん達に見せるなよ」
「――!?」
慌てて自身の顔に触れる。
無意識に殺意が顔に出ていたらしい。
指摘されないと気が付かなかった。
「すまない」
「謝るな。しかし、勇者に会いたいのか……それなら悩むほどじゃないと思うが」
「どう言う意味だ」
「勇者が最終的にどこへ向かうか知らないわけじゃないだろ」
そりゃあ、魔族が支配する暗黒領域……。
そこでハッとする。
「グレイフィールドか!」
「そう、勇者はいずれ暗黒領域と接しているグレイフィールドへ行く。そこで準備を整え暗黒領域へと突入するんだ。しかも今は砦で道が塞がれている。少なくとも突破には数ヶ月はかかるはずだ」
もしグリジットで会えなくとも、すぐに追いつくことができる。
それを知って俺は安堵した。
元々グレイフィールドには行くつもりだった。
その予定が早まるだけである。
「分かってると思うが、勇者は魔王に対する有効な切り札だ」
「……やったことの責任はとるさ」
オルロスはそれ以上語らない。
だが、何を言いたいのかは理解できた。
もしそうなった時は、カエデとフラウを解放して謝らないとな。
「ほら、今日はたらふく飲め」
「いつもそうだろ」
「ふっ、そうだったか?」
こいつ、散々付き合わせたことを忘れたのか。
とぽとぽ、酒が注がれる。
ぎゅっ。
誰かにズボンを握られた。
「ごひゅひんひゃま」
「カエデか」
寝ぼけて掴んだのだろう。
気持ちの良さそうな寝顔に心癒やされる。
「奴隷を放り出して死ぬような真似はするなよ」
「分かってる。できる限りのことをしてから責任を取るつもりだ」
「その、できる限りができない時は、ウチでなんとかしてやる」
「いいのかそんな約束して」
「もしもの時だ。そうならないことを願ってる」
ちんっ、器と器を打ち合わせる。
まったく懐のでかい男だよ、あんたは。
ポロア達が信頼するわけだ。
俺にも……あんたみたいな頼れる兄貴が欲しかった。
そうすれば、こんなことにはならなかったのかもな。
いや、過去を嘆いても仕方ないか。
俺は目の前のできることしかできない。
カエデの頭を撫でてやる。
すると尻尾がぱたぱた動いた。
尻尾の辺りで寝ているフラウがうなされ始める。
「うぐっ、やめて、やめろ……フラウは、そんな拷問には、屈しない」
「きゅう!?」
フラウがぎゅぅぅと寝床にしているパン太の一部を握る。
みるみるパン太が不機嫌になった。
そして、カエデを撫でるのを止めろと睨む。
「そ、そんなに睨むなよ」
「きゅう!」
「ぶははははっ! お前ら本当に面白いな!」
オルロスは足を叩いて大笑いする。
別にお前を笑わそうと思ってしているんじゃない。
カエデの頭を撫でたら……もういい。
「ぱくぱくー!」
「なんだあの鳴き声」
「ん?」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。
なんだったのか。
酒が入っているせいで思い出せない。
「ぱくぱくー!」
「まただ」
切ない鳴き声だ。
何か忘れているような。
「そういえば、あの魚みたいなの放置してるんじゃないのか」
「あ!」
慌てて湖へと走る。
水際ではサメ子が陸に這い上がろうと藻掻いていた。
「すまない! 忘れていた!」
「ぱくぱく」
サメ子を抱きしめ謝罪する。
ピンクのサメは『置いていかないで』と、俺の服を口ではむはむした。