I Was Caught up in a Hero Summoning, but That World Is at Peace

"It's not the same as the zero fallen future."

 シロさんの事態を根底から覆しかねない発言により、なんとも言えない静寂が周囲を包み込んでいた。しかし、そこは実績と定評の天然神……まったく気にした様子もなく、軽く指を振る。

 すると巨大な……マグナウェルさんでも余裕でくぐれそうな門が出現し、シロさんは相変わらずの無表情で口を開く。

「世界の時間を少し巻き戻しました。今日は十年に一度の勇者祭本祭です。世界間の移動についての説明などはあとで行うことにしますので、勇者祭を楽しみなさい。その門をくぐれば、それぞれが帰るべき場所へ戻れます」

 そういえば、試練のことですっかり忘れていたが……今日は天の月30日目。十年に一度の勇者祭の本祭の日である。

 ここに集まっている方々の中には、六王や国王といった世界的に重要な立場の人たちもいる。この試練の間に実際どれぐらいの時間が経っていたのかはわからないが、シロさんはどうやら試練が始まった0時まで世界の時間を巻き戻したらしい。

 世界間の移動……今回の試練の成果として得れるものに関してはあとで説明すると告げ、シロさんは俺たちに背を向け去っていこうとしたが……途中で足を止めて振り返る。

「……あぁ、それと……運命神」

「ッ!? は、はい……」

 シロさんに呼ばれたフェイトさんは、ビクッと肩を動かし……青ざめた表情でシロさんの前に移動して片膝をついて首を垂れた。

 その体は小刻みに震えていて、まるで判決を待つ罪人のようにさえ見えた。俺は両者の間になにがあったかは知らないが、恋人であるフェイトさんが怯えているのを見ていられない。

だから、フェイトさんの下に向かおうと一歩踏み出しかけたタイミングで、シロさんが口を開いた。

「……運命神……いえ、フェイト」

「はっ……え? ……シャ、シャローヴァナル様が……私の……名前を?」

 シロさんに名前を呼ばれたことに驚き、思わず顔を上げたフェイトさんの前で、シロさんは薄く笑みを浮かべた。

「よくぞ、私の真意に辿り着き見事な成長をしましたね。貴女を……誇りに思います」

「ッ!? ぁっ……ぅっ……も、もったいない……お言葉です」

 告げられた言葉の意味は、俺にはよく分からなかったが……シロさんがフェイトさんを褒めていると言うことは理解できた。

 フェイトさんは感極まったように声を震わせ、涙を流しながら再び深く頭を下げた。

「時空神、生命神」

「「はっ」」

「貴女たちの選択が間違いであったとは言いません。しかし、フェイトの成長を目の当たりにした時、貴女たちの心には迷いが生まれましたね? フェイトの出した答えこそ正しいのかもしれない。自分たちは間違っているのかもしれないと……ですが、貴女たちはその迷いと己の心を天秤にかけることはなく、迷うこと自体を放棄しました。『自分たちは考えるべきではない』と……」

「「……」」

 表情をいつも通りの無表情に戻して告げるシロさんの言葉に対し、クロノアさんとライフさんはなにも言えずに頭を下げる。

 どうやらふたりには、シロさんの言葉になにか思い当たるものがあるみたいだ。

「貴女たちは人形ではありません。これは他の下級神、上級神にも言えることですが……私は神族を『成長できないようには造っていない』。思考停止するのではなく迷いなさい、悩みなさい。そして、確たる己を見つけなさい。フェイトと同じになれというわけではありません。結果として同じ答えを出すのであれ、悩んで出した答えと思考停止して出した答えでは重みも違います。他の誰でもない、貴女たち自身を見つけなさい……今後の成長に、期待します」

「「はっ!」」

 クロノアさんとライフさん……それだけではなく神族全員を導くような言葉を告げたあと、シロさんは光と共に姿を消した。

 なんとなくだけど、抑揚はなくともシロさんの言葉からは……神族たちを思いやる親のような、温かさが感じられた気がした。

 シャローヴァナルが去り、門をくぐって元の場所に戻ろうとする者たちを眺めながら、アリスは心の中でイリスと言葉を交わす。

(う~ん、まさかシャローヴァナル様にその気がなかったとは……予想外でしたね~)

(ぬかせ、それも可能性のひとつとして読んでおったくせに、なにをいまさら……)

(あはは、まぁ、無事一件落着でよかったですよ)

(……結局、用意していた最後の切り札は無駄になったな)

 アリスは今回の戦いに関しては、本当にあらゆる事態を想定して準備をしてきた。最善の結果も、最悪の結果も……そう『快人が試練に失敗して、実際に記憶を消された』としても対応できるだけの準備を……。

 アリスが快人に心具を覚えさせたのは、その戦力を期待したわけではない。本当の目的はヘカトンケイルの中に『快人の心のバックアップ』を確保することだった。

(まぁ、私だってカイトさんの心を上書きするような真似はしたくなかったですし、結果としては使う機会が無くてよかったですよ)

(そうだな……ある意味最善の結果といえるのだろうな。創造神の側にとっては、どうであったかしらぬが)

(……それはアレですよ。ここから先は、私の役目じゃないってことです)

 イリスとの会話を終わらせたアリスは、シャローヴァナルが消えた方向を見つめている快人に近づき、軽くその背を叩いて笑顔で声をかける。

「それじゃ、カイトさん……『またあとで』」

「……あぁ」

 快人がなにをしようとしているのか察していたアリスは、そう言って遠回しに彼の背中を押す。その言葉に快人がしっかりと頷いたのを見て、嬉しそうに笑いながら……。

 神域に集まっていた者たちが順に門をくぐり元の場所へ戻っていくのを見ることはなく、シャローヴァナルは神域の端で静かに世界を見つめる。

「……これで、よかったのですか?」

 静かに告げられた問いかけにシャローヴァナルが振り返ると、そこにはいつの間にか現れたエデンの姿があった。

 シャローヴァナルはエデンを一度見たあと、ふたたび視線を戻してから口を開いた。

「……えぇ。直前まで『迷いました』……ですが、私には快人さんの記憶を消すという選択肢は……選べませんでした」

 そう、たしかにシャローヴァナルは今回の試練において快人の記憶を奪う気はなかった。だが、それ自体を考えなかったわけではない。

 事実彼女は直前まで迷い続けた。快人の記憶を消し、自らが望んだ通りの結末を目指すのか……それとは違う形であれ、いまの快人を肯定するのか……。

「たしかに、いまの快人さんは私が望んだ快人さんとは別なのかもしれません。いまのこの世界は、私が願った幸せな未来ではないのかもしれません。ですが……実際に私に感情を教えてくれて……私が恋をしたのは……『いまの快人さん』なんです」

 寂しげな顔で、なにかを諦めるように告げるシャローヴァナルに対し、エデンは表情を変えない。

「……そうですか。まぁ、私としては我が子が幸せであれば文句などありません」

「貴女にも手間をかけました」

「気にしてません。ですがひとつだけ、あまり愛しい我が子を見くびらないことですね。たとえ貴女が願ったものとは違ういまだとしても……貴女はきっと理解できるでしょう。幸せという感情がどんなもなのかを……」

「……」

 そう言ってエデンは姿を消し、その場にはシャローヴァナルだけが残った。そして少しして、聞こえてきた足音に振り返る。

 そこには彼女にとって、いま最も会いたくて……同時にいま一番会いたくない相手が立っていた。

そう、この世界を巻き込んだ一連の戦いは、未来に恋をしたシャローヴァナルという存在が、得られなかった未来を諦めるという物語では……ない。

 望んだ未来を得られなかった彼女が……『望んだ未来以上に幸せになる物語』である。