どうして。

何度目だろう。何かがある度にあたしはそう思うようになった。

そのくらい、何もかもが上手くいかない。

(どうして)

色々と失敗してしまったことを踏まえて、あたしは『真面目な才能ある女の子』というスタンスを貫くために治癒師になった。

治癒師としてのレベルはすでに治癒師をしている人たちなんか比べものにならないくらいだって自信があったし、実際その通りだった。

だからこそ、魔力も沢山在って治癒の実力があって、若くて名声もあるあたしという存在は今度こそ『特別』になれるのだと信じていた。

初めの頃こそ、見習い扱いなのはしょうがない。

一人前として認められる、その過程で大勢の人に賞賛されて、特別扱いされて、そこでようやくヒロインとしての地位を確立して学園生活を始めれば元通りとまでは行かなくても、きっとなんとかなるって思ったのに……。

来る日も来る日も、あたしがするのは決まった人数の治癒。しかも先輩と一緒。

見習いだから当然だって言われればそうだけど、こんな程度の人数を、地道に頑張ることに意味なんてあるの?

能力ごとに階級を分けたり、待遇を変えればいいじゃないの……!

あたしみたいなすごい能力を持つ治癒師は、特別扱いしてしかるべきじゃないの? だって英雄だよ? 強いモンスターが出る場所にだって行ける治癒師なんて垂涎(すいぜん)ものじゃないの!?

イライラする。

認めてくれているはずなのに、あたしの思い通りにならないこの状況に。

あたしが認めてほしい人に認めてもらえず、それでいてちやほやされる分束縛ばっかりされて、何も楽しくない。

(こんなはずじゃなかった)

どうして、どこから間違えたのか。

でも今更逃げ出せるわけもないし、あたしにはまだやるべきことが残っている。

(アルダールさまと、幸せになれなかったら今までの苦労が)

それが全部無駄だったなんてことになったら、あたしは……どうしたらいいのかわからない。

最初は、大好きだったゲームの世界だって嬉しくてたまらなかった。

その世界のヒロインとして、誰よりも優遇された勝ち組だって思ってた。

ゲームと同じように振る舞って、ゲームと同じようにイベントをこなして、ステータスさえあげればみんな(・・・)がちやほやしてくれて、幸せになるだけ。

そう思ってたけど、実際その通りだったはずだったけど……。

(だめ)

気がついていた。途中から、なんとなく気づいていたけど、知らない振りをしてきた。

でももう、引き返せない。

あたしは、ルートがあると信じて進んできたのだから。

(今更、そんなのは“ナイ”なんて……あたしがただ、作り上げてきただけなんて……)

在るべきルートを進んできた。そのつもりだった。

多少の違いがあるのは、ゲーム画面じゃなくてそこに生きた人間がいるって違いだからだと思っていた。そのくらいは、感情があるのだから当然だと。

そう思っていた。

だけど、ルートなんてものがそもそも存在しない(・・・)としたら?

(だめだ、そんなこと考えちゃいけない)

あたしが、あたしでいられなくなってしまう。

ミュリエッタの人生を歩むあたしは、ヒロインではないって自覚はした。

だからこそ、あれこれ彼女がしない道で、あたしがあたしらしくいられるようにした。

でも元々は【ゲーム】と同じ設定なんだから。

あたしは、愛される人間なんだ、そうじゃなきゃいけない。

(……お父さんと、お母さんは……ルールを破って、逃げ出して、あたしを生んだ)

前世とは違う、あたしは満ち足りた世界に生きている。

そのはずだったのに。

どうして、暗い影がいつまでもつきまとうんだろう?

ゲームから逸れて、隠しルートで悪役に加担する商人をバックにつけて、好きな人に嫌われて……あたしは、どうしてこうなってしまったんだと嘆くばかり。

スタートは悪くなかったはずなのに。

あの頃は、すべてが【ゲーム】通りだったのに。

「そういえばミュリエッタさま、今度治癒師団で向かわれる先の町にやつがれは先んじて行かねばならなくなりましてな」

「え?」

ぼんやりとそんなことを考えながら、いつものようにタルボットさんと一緒に治癒師協会へ足を向けているとそんなことを言われてあたしはハッとした。

そういえば、今度治癒師団で派遣されるんだっけ……断れるけど、断ってもすることは代わり映えしないから受けたんだった。

でも今思い返すと、面倒くさいなあ。

「ミュリエッタさまが旅立たれる前までに戻り、お見送りはしたいと思っておりますが……間に合わない場合もございますのでご報告申し上げておきます」

「そう、なんですね。お仕事ですか? お疲れさまです」

「お優しいお言葉、痛み入ります」

とりあえず、ヒロインらしく誰にでも親切にしておかないといけない。

そこからずれるわけにはいかないから、嫌な顔なんて見せない。

まあタルボットさんもあたしに向かって優しい顔しか見せないんだからお互いこれが表面上だってことはわかってるんだけどね。

「あちらにもうちの系列の店がありますから、ミュリエッタさまが行かれる際にお役立ちできるよう指示は出しておきますので」

「ありがとうございます」

「そういえばご存知ですかな、王太子殿下のご婚約者が近々この国に来られるそうですよ」

「えっ? 婚約者……?」

なにそれ、だってゲーム開始の時には婚約とかそんなの一切なくて……じゃないとヒロインとロマンスにならないんだから当然って言えば当然なんだけど……。

でも、この世界では確かに王太子殿下の年齢だったら結婚していてもおかしくないってされているんだから、婚約者くらいいて当然で……。

(……そんな)

この世界での常識、それに当てはめると【ゲーム】が成立しなくなってしまう。

だけど、ここは【ゲーム】の世界ではなくて、だったらそれはおかしくなくて……そう頭がぐるぐるし始めたけれど、タルボットさんは気がついていないようだった。

「南方の国の姫君で、フィライラ・デルネさまと仰るのですが大層利発な姫君だとか。……婚約発表も近いうちにされるとのことで、うちの商会でも祝いの商品などを考えているところですよ」

「……!!」

フィライラ・デルネ。南の国。

ああ、どうして、そんな。

彼女は“続編”のキーパーソンなのに……。

誰も選ばなかったミュリエッタが、旅先で出会う不思議な少女、それが王女フィライラなのに。

あたしと出会うこともなく、すでに婚約してこの国に来る……?

(どうして)

どうして、世界はあたしに、優しくないのだろう。

あたしはただ、大好きだった世界の、大好きだった人と結ばれたい。

それだけを願って行動していただけなのに。

(アルダールさま)

きっとあの人なら、わかってくれるって思ったのに。

でもあたしのこと毛嫌いして、ユリアさんにばっかりべたべたして。

ユリアさんがあたしのことを嫌うように仕向ける、意地悪な人だったらもっと話は簡単だったのに!

ハンスさんは『このまま大人しくしていたら、身の丈に合った幸せが得られるよ』とかワケわかんないこと言うし。

タルボットさんは親切だけど、それはお父さんの“英雄”の肩書きが商売に役に立つからに過ぎなくて。

ああ、ああ、どうして。

アルダールさまを諦めたら、幸せになれるんだろうってわかってる。

だけど。そうしてしまったら……あたしは、ここまで頑張った意味をなくしてしまう。

そうしたら、この先どうしていいかわからない。

(どうして)

どっちにしろゲームが終わった後の話なんて知らない。

愛されたら幸せになれるだろうって、それだけを希望にしてきたのに。

(あたしはどうやって生きてきたっけ)

愛されたら幸せになれる。

あたしがみんな(・・・)を幸せにしたら、みんなはあたしを喜んで愛してくれる。

そのはずだったのに。

「ミュリエッタさま?」

「……いいえ、少し……立ちくらみが」

「それはいけません。協会で休ませていただきましょう」

そのはずだったよね?

あたしは、間違えてなんて、いないよね?

ちゃんと設定通りに、彼らに適した答えを出して行動してきたよね。

じゃあどうして今繋がっていないの?

ああ、あの人に言われた言葉が蘇る。

『アルダールの、気持ちを大事にしてあげてはくれませんか』

……あたしは、大事にしてきたはずだ。

たくさんたくさん【ゲーム】をプレイしてきて、キャラクターたちを愛してきたんだもの。

足元がぐらつく。

おかしい、こんなの、あたしが望んだ未来(エンディング)じゃない。

誰か、間違っていないってあたしを助けて。

ねえ、そうでしょ? あたしはみんな(・・・)のことをずっと想ってきたの。

そんなあたしが、どうして大事にしていないなんて言うの!

誰か教えて。

その声は、出せずに終わった。

……それじゃ負けを認めるような気がして、悔しかったから。

いつだって、前を向かないといけない。

だって、あたしはヒロインなのだから。