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レジナルド様との対面から数時間後。屋敷に帰ってきた私は、私から話を聞こうとそわそわとしているお父様とお母様に対し、「疲れているのでお話は後にしてくださいませ」とだけ言って自室に引っ込んだ。とりあえず、状況を整理しなくては。そう思いながら、私は部屋の隅に追いやられていた姿見の前に立つ。……うん、これは間違いなく『妖精の乙女』の悪役令嬢であるユーフェミア・エイデンだ。まぁ、私の名前がそうだったからそうだろうとは思っていたけれど。

「ユーフェミア様、珍しいですね。姿見の前に立つなんて」

「……まぁ、気まぐれってあるじゃない」

姿見の前に立つ私に対して、専属侍女であるシンシアがそう声をかけてくる。シンシアは疑いがこもった視線で私を見つめた。大方、私が本当に主なのかを見極めているのだろう。失礼ねぇ。まぁ、私はシンシアのそう言うところを気に入って専属侍女にしたのだけれど。

(でも、性格や過去は乙女ゲームのユーフェミア・エイデンとは全く違うわ)

乙女ゲーム内のユーフェミア・エイデンは悪役令嬢の名に相応しい令嬢だ。このバンクス王国の名門侯爵家であるエイデン家に一人娘として生まれ、それはそれは甘やかされて育ってきた。そして、その美貌や他者を貶めることを躊躇わない性格から、レジナルド様の婚約者にまで上り詰めた。常にレジナルド様の周りの女性に威嚇し、自分を磨くことに余念がないユーフェミア。そのユーフェミアはヒロインに犯罪紛いの嫌がらせを繰り返し、エンディングでその悪事を暴かれ断罪される。そのまま実家没落、国外追放という末路を迎えるのだ。

だが、私の頭の中に残っているユーフェミア・エイデンとしての記憶は、そんな物とは似ても似つかない。確かに、両親から「可愛い可愛い」とされて育ってきたのは認める。だが、この世界のユーフェミアは美よりも食に興味があり、自分を着飾ることよりも美味しいものを食べることに執着していた。高いドレスを仕立てるぐらいならば、他国の美味しい食材を取り寄せ美味しく調理してもらう。自身を着飾る時間があるのならば、他国の美食を研究する。幸いにも、ユーフェミアは食べても食べても太らない体質だったらしく、容姿は乙女ゲームのままなのよね。これで太りやすい体質だったら、きっと体型が悲惨なことになっていたわ。

(う~ん、前世の行動を無意識の内にやっていたのかなぁ……?)

自分の頬を引っ張りながら、私はそんなことを脳内で唱える。確かに前世の私も食べることが大好きで、素で色気より食い気を行くような女だった。美人なのにもったいない! と何度言われたか分からない。でも、美味しいものを食べるって重要じゃない? 恋愛は乙女ゲームでしているから十分よ! そう思い続けていたのだけれど、確か二十一歳の時に事故に巻き込まれて命を落としたのよね。

「ユーフェミア様。その格好で寝台に寝転がらないでくださいませ。ドレスがシワになりますよ」

「……は~い」

シンシアのその言葉に素直に返事をして、私は姿見の前から立ち去る。この世界のユーフェミア・エイデンはとにかくものぐさだった。世に言う面倒くさがりなのだ。食以外のことには興味がなく、寝癖で髪の毛がぼさぼさのままでも、寝間着のままでも自室を出ていくのだ。まぁ、そんなユーフェミアを見ても両親は「可愛い!」と連呼するのだけれど。多分、それ原因でこんなユーフェミアになったんだと思うよ? 「ユーフェミアはどんな格好でも可愛いなぁ!」なんて言われ続けたから、そんな恰好で出歩くようになったんだと思うよ?

「それにしても、ユーフェミア様。殿下との対面はどうでしたか?」

「う~ん、美味しいお菓子にありつけたわ」

シンシアにそう問いかけられ、私は素直にそう答える。確かに、レジナルド様はとてもお美しい人だったわ。乙女ゲームのメインヒーローを飾るだけはある。そう言えば、レジナルド様は溺愛系のヒーローだったのよね。とことんヒロインを甘やかす。私はそう言うヒーローはタイプじゃないんだけれど。

(やっぱり、甘やかしてくれるけれどいざというときには頼りになる包容力のあるお兄様系が良いわよね!)

前世の私は良くこの乙女ゲームをプレイしていた。ちなみに、お供は菓子パンとコーヒー。本当にこれでよく太らなかったわね、って言いたいわ。あぁ、それよりも乙女ゲームの情報を少しでも脳内から引っ張り出さないと……。

「……はぁ、本当にユーフェミア様は」

私の後ろで、シンシアが露骨にため息をついた気がする。本当にシンシアは正直な人ね。、ま、そう言うところが好きなんだけれど。

さてさて、いったん中断したんだけれど、この乙女ゲームの情報をまとめましょう。タイトルは確か『妖精の乙女』。舞台は妖精の国と呼ばれているバンクス王国。ヒロインは子爵令嬢のジンジャー・ゴレッジという少女で、彼女がその年に開かれる妖精祭の乙女に選ばれるところからお話が始まる。あ、妖精祭とはこのバンクス王国で一年に一度開かれる国一番の大きなお祭りだ。国を守ってくれている妖精に感謝の意を捧げるというもので、一週間続く。そのお祭りの主役の乙女に選ばれたヒロインジンジャーは、その妖精祭を成功に導く過程で様々な攻略対象を恋に落ちていく。攻略対象は全部で五人+隠しが一人。各キャラクターにハッピーエンド、バッドエンド、トゥルーエンドの三つがある。とりあえず初期情報はこんなところだろうか。

あ、そう言えば続編もあるんだっけ。前世の私はプレイする前に亡くなったから、よく知らないのだけれど。

(しかし、悪役令嬢がバグを起こしていてゲーム通りに物語は進むのかなぁ?)

ゲーム内のレジナルド様は、ユーフェミアに無関心だった。側においておけば、女避けになるとかそう言う意味で婚約を続けていただけなのだ。……うん、ゲーム通りだと間違いなく捨てられるわね。悲しいことに。

(でもまぁ、美味しいものもいっぱい食べられるし、それはそれでいいかも!)

だけど、私の思考回路は何処までも色気より食い気。二次元は好きだったけれど、それはあくまでも二次元だから。三次元になった時点で好きじゃない。私は画面の向こうに恋い焦がれるのが好きだったのだ。

(そもそも、レジナルド様からユーフェミアに会いたいといったことは一度もないはずなのよね)

レジナルド様とユーフェミアの対面は、いつもユーフェミア側からの希望、もしくは必要な時だけだったはず。つまり……こちらが望まなければレジナルド様と無駄な対面をせずに済むっていうことね! そう思っていた時期が、私にもありましたよ。えぇ。

何故ならば、それから数日後。私は――レジナルド様から直々に王宮に招待されてしまったのだ。