I Was Summoned to Be the Saint, but I Was Robbed of the Position, Apparently

External Edition Deputy General's Beloved Wife 1

珍しくレクトールが、渋い顔をして副将軍を見ていた。

私もそろそろ体力が戻ってきて、お城のお仕事も少しずつ復帰してきたある日。

ちょうど聞きたいことがあったので、書類を手に将軍の執務室を訪れたときだった。

「来るのか……あの自由姫が……」

「はい……もうこちらに向かっていて明日には着くという手紙でして……」

副将軍が、なにやら諦め混じりの微妙な顔をしていた。

レクトールと副将軍は私が入って来たことをわかっているとは思うのだけれど、会話は続いていた。

……自由、姫?

レクトールが私の方にその書類を寄越せといわんばかりの手を差し出しつつ、副将軍にまだ渋い顔を向けている。

私は書類を渡しつつさりげなく会話の続きを聞いた。聞くよね、もちろん。

「ジュバンス、私が許可する。今から休暇を取れ。しばらく実家に帰ってきていいぞ」

「ですからもう、明日には着くらしいのですよ。もうすぐそこまで来ています。手遅れです」

「なんで今ごろ言うんだ」

「もちろんこっちに来たかったからでしょう。でないとあなたが私を急遽ここから放り出すことまでお見通しですよ」

そうして二人は同時に深いため息をついたのだった。

「あの……?」

どうにも話が見えないが、それでもその自由姫とやらが明日ここに来るんですよね?

ということは、私としてはお出迎えの準備とかしないといけないと思うのよね?

でもその人、なんか問題ありな人なの!?

だいたいこの城、ついこの前まで戦争の最前線基地という役割だったから、まず純粋な来客なんてなかったのだ。こんな危ないところに来たい人なんていない。

だから今まではたとえ誰かが来るとしても軍人さんが何かを伝えに来るとか、使者の人が王宮からの言伝を伝えに来るとか、そういう仕事がらみの短期滞在の人ばかりだった。そしてみんなそそくさと帰っていった。

そして今も戦争の後処理を理由に、特に理由のない来客は暗にレクトールが断っている状況だった。

まあね、いるのよ。

戦争の功労者にゴマをすって近づきたい人や、「救国の聖女」を見たいという人がね……。

だけれどそれでもここに不意打ちで来る、そしてレクトールが断れない、そんな人もいるのだね。しかもなんか妙に逃げ腰だ。

しかしその自由姫と呼ばれた件の人が、まさか男性とは思えなかった。

ということは、その人、私が初めてお迎えする女性ということですね?

女性……ふむ、ということは、客間はどのお部屋がいいかしら? その人の身分は? そして立場は? と疑問符を大量に頭から生やしていたら。

「あのう……すみません、アニス様。実は私の妻から、なんか突然こっちに来るという手紙が先ほど届きまして……ご迷惑をおかけします」

そう言って副将軍がぺこりと頭を下げたのだった。

「奥様!?」

副将軍の、奥様!

この! ゴツい、男臭い、この城の兵士たちが敬愛している副将軍の! 妻!

「あー、クローウィル姫といって、先々帝の娘にあたる姫なんだが、なかなか奔放な方でね……」

何か言いにくそうにレクトールが言った。

「お姫様! 王族!?」

大変! そんな人をおもてなしなんて、どうやるのか知らないぞ! しかも明日!? なんでそんな急に!?

私はその身分の高さと準備の時間のなさに、さあーっと血の気がひいた。

これはやばい。ライザに緊急相談案件だ!

慌ててレクトールの執務室を出ていこうとしたら、それを副将軍が慌てて止めた。

「あの! 元王族とはいえ、今は降嫁していて正式な身分は我が公爵家の人間ですから特別なお気遣いは不要です。自由姫というのは私と将軍の間での渾名でして……なのでアニス様より立場は下になりますし、全くお気遣いなく」

「いやいやいや、そんなこといっても元王族なら私よりずっと高貴な方ですから……」

生まれと育ちが王族ならば、もう私には十分とんでもなく高貴なお方になるんですよ。きっと私の粗野なあれこれをすぐに見抜いてびっくりされてしまう!

ああなんていうことでしょう。

せめて少しでも居心地良くして機嫌良く過ごしてもらわなければ。

ということで準備は一番上等なお部屋と一番上等なシーツとお布団、あとはなんだろう? 一番上等なお風呂とかタオルとか? あああちゃんと在庫は十分にあったかしら!? もうちょっと準備期間が欲しかったわねえ!

「……アニス、一応君も今は王族だからね? クローウィル姫より形式上は上だよ?」

「ああ、はい、そうですね。でもハリボテじゃなくて生まれながらの方ですからね……なんていうかこう、常識が違いそうで……」

「あー、そういう生まれとか常識とかはぜんぜん気にしないタチなので、大丈夫です。口うるさいタイプでもありませんし」

「でも公爵家だって十分高貴でお金持ちなんですから、きっと華やかな生活に慣れていらっしゃるでしょう。なのにこんな辺境の城なんて、たとえ精一杯のおもてなしをしてもたかが知れていると理解していただけたらいいんですけれど。まさか絹のシーツしか受け付けないとかじゃあないですよね?」

なにしろここには基本実用的なものしかないのだ。一応戦争していた軍事施設だったから、シーツとしても使ってよし、でもいざというときには裂いて包帯にもよし、みたいな観点で置かれたものばかりしかないのだよ。

そんなお姫様や貴婦人が来るような場所ではなかったのだから。華美で華奢なものなんて基本そろえて置いてなんていないのだ。

レクトールだって普通にリネンのシーツだしなあ……。

でも丈夫で汚れ落ちも良くて非常に実用的ですばらしい。

なんて思っていた私のこの実用性重視な性格が、この国の元とはいえお姫様のご機嫌を損ねないといいんだけれど。

「ああ、大丈夫ですよ。むしろそんな絹なんて繊細なものは近づけないでください。それに今は私の妻なので、部屋も別に客室なんて用意しなくていいです。私の私室に収容します」

なんだかちょっと照れながら副将軍が言った。なんて新鮮……照れる脳筋。

「まあ、そうでした。ご夫婦ですもんね。せっかくの逢瀬に別室はないですよね! では副将軍の居住区間にもう一つ奥様用のベッドを入れましょう」

そこでやっと私も冷静になったのだった。そうだよ。夫婦なんだから一緒にいたいんだよね。

なにしろご主人に会いに来るんだもんね。

そうか、そうだよね……。

ここはレクトールの城とはいえ軍の主要なメンバーも住んでいるので、副将軍も寝室や居間や書斎といった最低限の居住空間を持っているのだった。副将軍の区画なら、そこそこ広い立派なお部屋だ。ならばおそらく夫婦二人でも、それほど不自由なく過ごせるのでは。ベッドももう一台くらいは余裕で入るだろう。

「それもそこらのヒマそうな部下に適当なのを運ばせますから、奥様にはリネン類だけお貸しいただけますか。何でもいいので」

「そんな何でもいいなんてダメですよ。私も出来るだけ快適にお過ごしいただくために、出来るだけのことをさせていただきます。他に必要なものはありますか? 何でも言ってくださいね」

私がそう言うと、なぜか副将軍は目線を泳がせながら歯切れ悪く言った。

「大丈夫です。あー、彼女はたくましいですから……」

なぜか言葉を濁しつつ、でも言葉とは反対にちょっと弾んだ足取りで退出した副将軍。

「あの副将軍が……るんるんしてる……」

思わず私がそう言うと。

「まあ……仲はいいからな……どうせあの奥方が『戦争は終わったのだから、もう行ってもいいわよね!』とか言いだしたんだろう。いつも突然なんだ……」

あら、そういう人なの……?

そういえば戦争が終わっても副将軍が休暇を取った話は聞いていなかったから、会いたくなったのかしらね。

それなら女性として気持ちがわかる。ならば心ゆくまでお二人にはいちゃいちゃしていただきましょう。

ふふふ~あの副将軍の奥様って、どんな方なのかしら?

そして私は真新しい、一番上等のリネン類やカトラリーやお世話する侍女の準備に入ったのだった。

もちろんライザの力をお借りしたのはいうまでもない。いやどちらかというとライザの指示に私が従ったとい、げふんげふん。