「よし、行くか。ミミ、発艦申請を」
朝食を摂り終えた俺達は早速次なる目的地であるシエラ星系――リゾート惑星のある星系への移動を開始することにした。このアレイン星系では暫くの間セレナ少佐の率いる対宙賊独立艦隊が積極的に宙賊を狩ることになるだろうから、俺達としては旨味が少ないのだ。ただでさえ宙賊基地をぶっ潰して少なくなっている宙賊を彼女と取り合うのはあまりに効率が悪い。
「了解です!」「エルマはいつも通り頼むぞ」「了解、サブシステムの掌握は任せて」
艦の状態はオールグリーンだ。艦のAIによるセルフチェックに問題は一つも見当たらない。
「発艦許可、降りました」「よし、出るぞ」
ハンガーベイとのドッキングを解除し、ランディングギアを格納してコロニー内をゆっくりと移動する。ここで変にスピードを出して他の船にぶつけでもしたら怒られるじゃ済まないからな。下手すると連鎖的に他の船とも玉突き事故を起こして爆発四散、自分の船の修理費だけでなく他の船の修理費やコロニーの修理費、賠償金その他諸々で一気に破産しかねない。
「ええと、ゲート通過の順番は三番ですね。あの黄色い輸送船の次です」「了解」
コロニーの中と外を隔てる狭いゲートに船が殺到したりした日には大惨事確定なので、こういった交通量の多いコロニーの場合はゲートを出るのにも順番が割り振られる。三番目ならまぁ空いている方だな。
「次ですね」「ああ。とりあえず、コロニーを出るまでは安全運転で行くぞ」「はい」「ゲート近辺での事故は洒落にならないからね……」
エルマが遠い目をする。巻き込まれたことでもあるのかもしれない。コロニー内では他の船と干渉する可能性があるからシールドの出力も最低限に落とさなきゃならないからなぁ。程なくして黄色い宇宙船が外に出ていったので、次は俺達の番だ。
「ヒロ様、行けます」「ああ」
ゆっくりと船を進ませてコロニー内と宇宙空間を隔てる気密シールドを通過する。船体は通すが、空気は通さない上に気圧も保つ謎バリアーだ。これは地味に一番不思議な装置だと思う。気密シールドを通過したらあとは無限に広がる宇宙空間だ。一気にジェネレーターの出力を上げて加速し、コロニーから離れる。
「ミミ、ナビを設定してくれ」「はい、航路を設定します」
ミミがオペレーター席でコンソールを操作し、目標の恒星系へのナビゲーションが開始される。俺は画面の表示に従い。目標に設定された恒星へと艦首を向けた。
「超光速ドライブ、チャージ開始」「了解。超光速ドライブ、カウントダウン」
俺の指示に従ってエルマが超光速ドライブのチャージを開始する。
「5、4、3、2、1……超光速ドライブ起動」
ドォンと爆音のような音が鳴り、クリシュナが光を置き去りにして走り出した。遥か遠方にある星々がやにわに動き始める。
「目標、パモニ星系……最終目的地のシエラ星系はレーンの四つ先か。よし、ハイパードライブチャージ開始」「ハイパードライブチャージ開始」「ハイパーレーンへの接続成功」「カウントダウン、5、4、3、2、1――ハイパードライブ起動」
空間が歪み、光が歪曲する。その次の瞬間、極彩色の光が視界を埋め尽くし、クリシュナはハイパースペースへと突入した。俺達の乗った小さな船は、ごうごうと流れる光の奔流の中を進み始める。実際にはごうごうと音は鳴ってないんだけどな。
「さて、それじゃあ暫くはゆっくりできるな」
基本的にハイパースペースでの航行はオートパイロットで運行する。航行時間も長いし、ハイパーレーンの『流れ』から外れないように緩やかに艦首を流れの方向に向け続けるだけだからな。念の為にオートパイロットによる航行に不具合が起きていないか見張る要員は一人置くようにするのが船乗りの慣例であるらしい。これはエルマに聞いたことだけど。ステラオンラインでは星系から星系へのハイパードライブ航行に何十時間とかかかることはなかったからな……星系間の移動にそんなに時間がかかっていたら完全にクソゲーだ。基本的にハイパードライブ起動、ハイパーレーンに突入、ドーン! 到着! みたいな感じだったからな。
「さて、見張りはどうするよ」「あの、実際のところ見張りって必要なんでしょうか?」
前までから疑問に思っていたのか、ミミが首を傾げる。
「どうなんだろうな。俺もエルマに言われてじゃあやるか、って感じで決めたから理論的に必要性を説明することはできないな。正直に言えば俺も疑問には思っている。オートパイロットには予定外の挙動をした時に誤差を修正する機構も完備されているようだし、なんならアラームも発生するし」
そう言って俺はエルマに視線を向ける。俺とミミに疑問を投げかけられたエルマは一つ頷いてから口を開いた。
「うん、アレは嘘よ」「えっ」「なんですと」「だってその、これだけ長い時間、特にやることもなく暇となると……ね? 二人きりになれる時間があったほうが良いじゃない」
エルマはそう言って俺達から顔を逸らし、明後日の方向に視線を向けた。なるほど。
「じゃあ、今回からは見張りはナシってことで」「ちょ、ちょっと……」「分別を弁えて行動すれば良いだけの話だろう。そのために無駄にシフトを組んだり、睡眠不足になるのはあまりにも馬鹿馬鹿しいよ」「そ、それはそうかもしれないけど」「爛れた生活を送るのも悪くないと思うし」「それが本音でしょ?」
エルマがジト目を向けてくる。そりゃ男のロマンですしおすし。まぁ、交代制でコックピット番をしている時でも割と爛れた生活を送っていたんだしあんまり変わらないんじゃないかな。さして広くない船の中で何十時間……下手すると百時間以上も缶詰になるんだ。勿論ハイパードライブ中にはネットワークは繋がらないからネットで情報集めなんかもできないので、予め暇つぶし用のホロ動画だのゲームだの電子書籍だのを用意しておかなければトレーニングルームで身体を動かして、飯食って、風呂入って、寝るくらいしかやることがないのだ。基本的にめっちゃ暇なのである。そんな中で、互いに身も心も許し合っている男女がやることなんて決まっているわけです。娯楽の少ない時代は子沢山の家が多かったというのも頷ける話だよな。
「よーし、それじゃ解散解散。船長として各員に自由時間を認める」「わかりました」「えぇ……もう、ほんとにあんたは……」「まぁ、そこそこ長い旅路なわけだしのんびり行こう。ミミ、シエラ星系の観光案内みたいなものとかあるか?」「はい、あります!」「じゃあ食堂で皆で見ようぜ。リゾート惑星ってのに興味があるんだよ。ほら、エルマも行くぞ」「ちょちょ、ちょっと! 押さないでったら!」
エルマの背中を押し、連れ立って食堂へと向かう。邪魔するものは何も無いんだから精々ゆっくりのんびりするとしよう。アレイン星系ではなんだかんだいってあまりのんびりできなかったからな。