無心に足を動かし続けてロッジに辿り着いた。扉に耳を近づけてみるが、言い争うような声は聞こえてこない。メッセージにあった通り、話し合いは終わっているようだ。意を決してロッジに入る。
「おかえりなさいませ、ご主人様」「あ、ああ……んん?」
ロッジの中の光景を目にした俺は思わず首を傾げた。
「おかえり」「おかえりなさい」「おかえりなさい。ヒロ様、すみませんでした」
ミミが開口一番に謝ってペコリと頭を下げてきたのはまぁ、いい。問題はカスタムメイドロイドとの距離感だ。さっきまで『がるる』と威嚇していた筈なのに、今は隣に座って気を許している感じである。一体何があったのか。
「どういう……?」「誠心誠意、真摯に私の立場をご説明致しました」「お、おう……?」
困惑しながらエルマに視線を向けると、彼女は肩を竦めてみせた。いや、どういうことなのか説明して欲しいんですが。クリスに目を向けると苦笑を返された。この反応は……機械知性関連の反応と同じだな? つまり、ミミは見事にカスタムメイドロイドに籠絡されたと、そういうことなのだろうか。
「結局どうなったんだ?」「誤解は晴れたわ。それで良いでしょ?」「良いんだけどスッキリしない……」「なんでも根掘り葉掘り聞くものじゃないわよ」「ぬぅ……それもそうだな」
一体どのような話し合いが持たれたのかはわからないが、とにかくミミの誤解は解けて、このカスタムメイドロイドとの間に蟠りは無くなったと。そういうことらしい。あそこまで警戒していたミミを一体どうやって籠絡したのだか……機械知性の話術こええな。
「でも、カスタムメイドロイドを買うかどうかはまだ決めてないぞ……?」「買わないの?」「買うんじゃないんですか?」「買ったとしても彼女の部屋が無いだろう……クリシュナは最大五人乗りで、個室が一つに二人部屋が二つ、二人部屋をミミとエルマが一つずつ使っているだろう?」
クリスにはミミの部屋で寝泊まりしてもらってたが、クリスはあくまで一時的なお客さんだ。もう一人クルーを増やすとなると、空き部屋が足りない。ミミかエルマが相部屋でも良いと言うのなら話は別だが。
「私は肉体的な疲労や精神的なストレスとは無縁ですし、新陳代謝もありませんのでカーゴルームイにでもメンテナンスポッド置いて頂ければ何の問題もありません。後はメイド服や各種備品などを収めるコンテナがあれば大丈夫です」「いや、それはあんまりだろう……」「ご主人様、私はメイドロイドです。有機生命体ではありません。一個の知性として人格を認め、それに相応しい待遇を与えようとしてくださるのは嬉しいですが、有機生命体と同じような居住環境を与えられても持て余してしまうのです」「そういうものなのか」「そういうものなのです」
メイドロイドは何の躊躇も見せずにコクリと頷いた。そう言われたら納得するしか無いのだが、それで良い……ハッ!? 買う流れになっている!?
「もう少し試用期間を経てからな。お互いのことをもっと良く知ってからそういう話は進めよう。うん」「即決しないのはヒロらしくないわね?」「あのな、グラビティスフィアみたいな便利グッズを買うのとはわけが違うだろう? こういうのは慎重にやるべきだ」「慎重なのは良いことだと思います。名前も考えておかないといけないですね!」「なんでミミはそんなに乗り気になっているんだ……」
ミミの態度の豹変具合が凄い。一体どんな説得をされたんだよ。食いしん坊のミミのことだから、何かそっち方面で籠絡されたのだろうか? それともオペレーターとしての腕を上げるための勉強に付き合ってもらえそうだからとか? いや、機体性能をとことんハイスペックにしたのはミミの護衛についてもらうためだから、カスタムメイドロイドがスペックからそれを推測してミミに告げたのたかもしれない。或いは、俺との仲を邪魔しないと宣言されたとか? それは流石に自意識過剰すぎるか。兎にも角にも、カスタムメイドロイドはミミに受け容れられることに成功し、クリシュナへの配属に向けて着実に歩みを進めたようだ。後は俺が籠絡されたら本決まりだな。だが、そう易々と俺を籠絡できるなどとは思わないでいただきたい。
「で、色々とあんたの口からも聞きたいんだけど。この子、本来の仕様だともの凄く高性能だそうね? 殆ど戦闘用ってレベルで。どういう意図でそういう設計にしたわけ?」「護衛としての能力をもたせようと思ってな。何かと物騒なことが多いだろ? ミミが自由にクリシュナから出歩くために護衛ができると便利だと思ったんだよ。それに、俺も生身の格闘戦は得意じゃない」
クリシュナのメンバーの中で格闘戦が一番強いのは間違いなくエルマである。射撃戦ならそうそう負ける気はしないが、殴り合いでは俺はエルマに勝てる気がしない。
「なるほどね。容姿に関しては?」「趣味全振りです」
ここは誤魔化しても仕方がないので素直にゲロった。黒髪ロングクール系美人メイド(赤フレーム眼鏡装備)なんてデザインをして適当に選びましたとは口が裂けても言えない。黒髪ロングは黒髪ロングポニテにもクラスチェンジできるんだ。最強だろう?
「こういうのが好みなわけね。ふーん……」
エルマの視線がカスタムメイドロイドに向く。
「私はこういう方向を目指せばいいんですね」
クリスの視線もカスタムメイドロイドに向く。うん、クリスは黒髪だし美少女だから同じような方向性で行けるかもしれないな。でもクリスはクリスだから、ありのままの君でいて欲しい。
「俺の故郷では俺とかクリスみたいな黒髪が多かったんだ。カラフルにもできたけど、目で見て落ち着く色にしようと思ってな。眼鏡に関しては完全に趣味です、はい」「アンドロイドに眼鏡は不要よね……デバイスとして使うわけでもないでしょうし」「デバイス?」「望遠機能とか、各種分析機能とかがついている眼鏡型のウェアラブルデバイスとかあるじゃない。メイドロイドには必要ないでしょ?」「ああうん、そうね」
そういう物があるんだなぁという意味で聞いたのだが、確かにメイドロイドには必要なさそうだな。各種センサーで代用できるだろうし。
「買うならちゃんと面倒見なさいよ。正確にはあんたが面倒見られるんだろうけど」「別に買うって決めたわけじゃないけどなぁ……」
そう呟きながら何やらミミと一緒にタブレットを覗き込んでいるカスタムメイドロイドに視線を向ける。うん、美人だな。流石俺。まぁ、どういうわけかミミとの相性も問題ないようだし、この分だと買うことになりそうだなぁ。こんなにちょくちょく出費してたらいつまで経っても目標の庭付き一戸建てが買えそうにないが……まぁ、安全を買うと思えば悪くないか。何かのタイミングでミミが一人で行動した時、大変な目に遭うのが防げれば儲けものだ。