I Woke Up Piloting the Strongest Starship, so I Became a Space Mercenary
# 089 Negotiation
対宙賊独立艦隊の旗艦である戦艦レスタリアスの格納庫に着艦し、クリシュナから降りた俺達は兵に案内されて艦長室へと向かっていた。ミミとエルマにとってはアレイン星系で艦隊の教導役を務めた際に何度か訪れた場所であり、俺に至っては割と入り浸っていた場所でもあるので案内は要らないのだが、まぁこれも案内役を任された兵士の大切なお役目なのだろうから黙って案内されておく。一方、初めて帝国軍の戦艦の中に入ったクリスにとってはこの体験は非常に稀有なものであったらしく、目を輝かせてあちこちに視線を向けているのであった。戦艦の内部は基本的に壁も床も金属製なので、転んだりしたら結構痛い。というか下手をすれば怪我をする。なので、クリスが転んだりしないようにミミが手を引いてやっていたりする。なんとなくほっこりとする光景だな。ちなみに、メイはクリシュナでお留守番である。流石にレスタリアス内でクリシュナに何かをする人物などいないだろうが、念には念を入れてというわけだ。
「艦長、キャプテン・ヒロ御一行を案内して参りました」『ご苦労様。任務に戻って頂戴』
艦長室の扉の前に辿り着き、兵が扉に向かって声を掛けるとスピーカー越しにセレナ少佐の声が聞こえてきた。
「はっ、失礼致します」
俺達をここまで案内してきてくれた兵がドア越しにセレナ少佐に敬礼をして去っていく。うーん、さすが軍人。キッチリしてるな。などと思っていたら、艦長室の扉がひとりでに開いた。
「どうぞ、入って」
中からセレナ少佐の声が聞こえてきたので、素直にその言葉に従って全員が艦長室の中へと入る。艦長室の中は意外とスッキリしていた。執務机のようなものが一つ、応接セットのようなものが一組、壁際には戸棚のようなものがあり、そこには勲章や盾のようなもの、そして何振りかの剣などが収められている。剣かっこいいな。俺も欲しい。使い途は無いけど。
「この度は私どものようないち傭兵の要請に応じていただきありがとうございます」「やめてください、鳥肌が立ちます」「そうか? それじゃあいつも通りの感じでいかせてもらうよ」「はぁ……まぁ、いいでしょう。それで、今回はどうしたんですか? 単にリゾート惑星で遊んでいたのを自慢しに来ただけなら刺し違えてでも斬り捨てますよ」「やだこわい。いや、割と真面目な話なんだ。今回シエラⅢを襲撃した宙賊、妙だと思わないか?」
俺の言葉にセレナ少佐が赤い瞳を細めて見せた。俺の言葉に思うところがあるらしい。
「襲撃規模もさることながら、小惑星に亜光速ドライブを仕込んで隕石爆撃なんてそうそうできることじゃない、って話だな。何者かが裏にいると考えるのが妥当だろう? そして、その何者かというやつに心当たりがあるんだよ」「興味深いですね。是非聞かせてもらいたいですが……何が目的ですか?」「なに。暫くの間──一週間か二週間くらいの間、行動を共にさせてもらいたいだけだ。できれば帝国軍経由で補給もお願いしたい」「それが目的ですか……我が艦隊を盾にするつもりですね?」「盾だなんてそんな人聞きの悪い。巨悪を相手に共に戦う仲間になって欲しいだけだ。期間限定で」「物は言いようですね……それで?」
どういう事情なのか? ということを言外に漂わせてセレナ少佐が事情の説明を促してきた。さて、どこから話したものか。
「最初から全て話したほうが良いかな?」「その方が良いんじゃないでしょうか?」「そうね、クリスのことから話したほうが良いと思うわよ」
俺達三人の視線がクリスに向けられる。遅れてセレナ少佐の視線もクリスに注がれたようで、クリスは少し居心地が悪そうにしていた。まぁ最初から話すのが妥当か。
「まず、この星系に来た途端に宙賊に絡まれてな。インターディクターで亜光速ドライブを解除されて、それを返り討ちにしたんだ」「相変わらずトラブルに巻き込まれやすいようですね。それで?」「その宙賊どもの残骸の中からコールドスリープポッドを見つけてな。その中身がこのクリスだ。本名はクリスティーナ・ダレインワルド。ダレインワルド伯爵家の直系の娘で、現ダレインワルド伯爵の孫娘だな」「ダレインワルド伯爵家……確か何ヶ月か前に跡継ぎ一家が宙賊の襲撃で亡くなったと聞いていましたが。成程、生き残りが……待ってください、ということは?」「宙賊の襲撃に見せかけた跡継ぎ争いだったらしい。そして、クリスが生き残っていることが発覚して跡継ぎ争いが再燃しているわけだ。今回の宙賊の襲撃もクリスの叔父である……なんつったっけ?」「バルタザール・ダレインワルドですよ、ヒロ様」
ミミがそっとクリスの叔父の名前を耳打ちしてくれた。
「おお、そうだ。バルタザールとかいうおっさんの手引きである可能性が高い。現に、俺達が滞在していた島にピンポイントで戦闘用ロボットが降下してきたしな」「……ちょっと詳しく話を聞かせてもらいましょうか」
立ち話もなんだ、ということで皆で応接セットに座って今までの経緯と、襲撃について説明を行う。戦闘ロボットの降下に関してはメイがミロから受け取っていたデータがあり、ミミのタブレット端末を経由してセレナ少佐に用いられた戦闘ロボットや使用されたであろうドロップシップ──軍用のステルスドロップシップと思われる──に関するデータも含めて全てが引き渡された。
「……ざっと目を通しましたが、割と洒落にならない情報がありますね」
データを確認したセレナ少佐が盛大に顔を顰めた。
「ステルスドロップシップか?」「そうですね、本来は軍以外で運用されていることなど考えられないものです。どのような手段で手に入れたのか……」
戦闘ロボットに関してはそれなりに高性能ではあるものの、伯爵家の関係者ならば手に入れられてもおかしくないグレードのものであるらしい。流石に軍用グレードの高性能機だったら俺達も無事では済まなかっただろうな。
「我々、というか帝国軍としても見過ごせない事態であるということはわかりました。つまり、そのバルタザール某とやらが最後の足掻きとばかりに何かをやらかしそうだから、私の艦隊を隠れ蓑にしようというわけですね」「まぁとどのつまりそういうことだな」「素直に認めましたね……」「こういうのを誤魔化すのは好きじゃないから。俺は誠実な男なんだ。それに、もしそうなったらそっちにとっても悪い話じゃないだろ?」「はぁ……まぁ、いいでしょう。高く付きますよ?」「貸しを返してもらうだけだから高くつくも何もないよなぁ?」「ぐぬぬ……」
セレナ少佐が悔しげな表情を見せながら生まれたての子鹿のようにプルプルと震える。ははは、気分が良いなぁ。
「逆に考えるんだ。通常業務をこなしているだけで借りがチャラになると思えば安いものじゃないか」「はいはい、そうですね……まったく。ではキャプテン・ヒロ。貴方を民間補給部隊の護衛として雇います。そういうことで良いですね?」「ハイヨロコンデー、とはならないな。具体的な内容を教えてもらおうか」「……ちっ」
おい、舌打ちしたぞこの女。
「我が艦隊と密接に接触して補給を行ってくれているホールズ侯爵家──オホン。個人所有の輸送船が二隻存在しています。一つはペリカンⅣ、もう一つはフライングトータスですね。こちらの二隻の護衛として雇わせてもらおうというわけです」「おい待て。独立部隊と一緒に行動しているホールズ侯爵家所有の輸送艦って宙賊どもに対する生き餌じゃないのか」「オホホ、人聞きの悪いことを仰りますわね。何故か頻繁に宙賊に襲われて、偶然我々が救助することが多いだけですわ。ですが、貴方達の敵対者を炙り出して始末するには一番良いのではなくて?」
散々煽られた鬱憤が溜まっていたのか、憎たらしい表情でセレナ少佐が煽ってくる。くっ、確かに炙り出して一網打尽にするなら有効な手ではあるかもしれないが……まぁ、俺達だけで相手にするよりは遥かに安全か。少し時間を稼げば対宙賊独立艦隊が駆けつけてくるわけだし。
「まぁ、それでいいや。それで、報酬は?」「ゴールドランク傭兵に対する標準的な雇用費は一日あたり8万エネルですね」「……安くね?」「賞金のついた宙賊を撃破すればその賞金は別途入りますから」
俺はエルマに視線を向ける。
「立場を考えれば報酬が出るだけマシじゃない?」「そうか……わかった。じゃあその内容で」「わかりました。では正式な書類を作って傭兵ギルドを通しますので、船で待機していてください」「了解」「クリスティーナさんはよろしければこちらで保護しますが?」
そう言ってセレナ少佐がクリスに視線を向ける。続けて俺も視線を向けると、クリスはフルフルと首を振った。どうやらクリシュナに残りたいらしい。
「だそうだ。お気遣い感謝する」「そうですか。まぁ、軍人だらけの船というのは女の子には少し酷な環境ですからしかたありませんね」
納得するようにセレナ少佐が頷く。いや、それを言ったらセレナ少佐も女の子なのでは? と内心首を傾げながら視線を向けると。
「私はちゃんと訓練を受けた貴族で、軍人ですから。剣も持っていますしね」
そう言ってセレナ少佐は不敵な笑みを浮かべた。剣を持っているから何なんだろう。フォースに導かれし者のようにレーザーを防いだり反射したり、念動力を使ったりするんだろうか? 謎の言い分だな。
「じゃあ、失礼する」「ええ、今迎えの兵を呼びましょう。迷って機密区画に入ってしまったら大変なことになりますから」
そう言ってセレナ少佐は小型通信機を操作してどこかに連絡をし始めた。一時はどうなることかと思ったが、これで俺達だけで居るよりは多少は危険の度合いが減っただろう。いやぁ、持つべきものはコネだよな。