セレナ少佐の率いる対宙賊独立艦隊付きの民間輸送船の護衛を始めて三日。

『貴方が居るせいで宙賊が寄り付いてこないのですが?』「俺は悪くねぇ! この船に少佐達が張り付いてるのがバレてるんだろ」『そんな筈はありません。船舶IDと船名は新しく付け替えたばかりです』「サラッととんでもないこと言ってるわよ」「国家権力ですねぇ……」

船舶IDというのは宇宙を航行する船舶一隻ごとに振られているユニークなIDである。同じIDを持つ船は存在せず、船の所属などを照会する際の重要な情報となるIDで、普通は付け替えたりなんぞはできるものではない。普通は。まぁ、抜け道がないわけではないし、宙賊どもが使っている船のIDなんかは撃沈されたものとして抹消されたものであることが殆どである。奴らは基本的に拿捕した船を改造して宙賊艦に仕立て上げているので。話を戻すが、船舶IDが違えば基本的にはまぁ、別の船だと認識される。本来は船ごとに振られたユニークIDなわけなので。それを最近変えたばかりと発言するとか普通に失言である。聞かなかったことにするけど。発言の無いクリスはどうしているのかと思ったら、悟ったような表情で両手で耳を塞いで口を噤んでいた。うん、漫画とかだとお口が×マークになっているやつだね。皆で揃って何をしているのかと言うと、特に警戒以外にすることもないので全員でコックピットで待機中である。襲撃が無いせいでセレナ少佐も暇なのか、こうしてちょくちょく通信を送ってきているわけだが。彼女は彼女で襲撃がないとなると書類仕事が増えるらしく、先日訪れた艦長室に缶詰になって書類仕事に追われているらしい。そのストレス解消というか、休憩がてら同僚ではなく俺達に通信を送ってきて駄弁っている辺り、彼女の職場の人間関係が少し心配になる。もしかしてぼっちなのだろうか?ちなみに、ここにいないメイは船内の掃除中だ。一応生活空間に関しては俺達もそれなりに気を遣って掃除していたのだが、メイに言わせれば細かい埃が溜まっているということで、彼女はここ数日暇さえあれば船内を掃除しているのであった。

「宙賊が出てこないのが俺のせいかどうかは因果関係が証明できないからとりあえず横に置いておくとして、シエラ星系全体での遭遇率とかはどうなんですか? 少佐殿」『自分に都合の悪いところをサラッと横に置きましたね……全体的に見ると、先日の大規模襲撃以降減少傾向――』

とセレナ少佐がそう言った瞬間、クリシュナに警報が鳴り響いた。どうやら随伴している輸送船にインターディクターが使用されたらしい。

「……お出ましのようで」『すぐにそちらに向かいます。少し距離を取っているので、駆けつけるのに五分かかります。持たせてください』「アイアイマム。ミミ、レーダーモードを近接戦闘用に変更、あとペリカンⅣに通信回線開いてくれ。エルマ、通常空間に戻り次第戦闘に入るだろうから防御システムは任せたぞ」「了解です」「了解」

俺の方はインターディクトに備えてクリシュナのスラスターと超光速ドライブの出力を調整しておく。ペリカンⅣは超光速ドライブを停止させるインターディクターから逃れるように船を制御しているようだが、恐らく逃れられまい。インターディクターの作動原理は確か人工の重力井戸を作り出して超光速ドライブ状態の艦船を無理矢理通常空間に引きずり出すとかそんな感じだったはずだ。艦船用の人工重力発生装置をとびきり強力にしたような装置だというゲーム内解説を読んだ覚えがある。インターディクションをかけた側は人工重力場に対象を捉え続け、かけられた側はその重力場から逃れるべく船を上下左右に縦横無尽に動かすわけだ。だが、クリシュナのような小型で運動性の高い船ならともかく、大型の輸送船では宙賊達が使う小型から中型の船から逃れることは至難の業だ。まず逃れられまい。

「こちらクリシュナ。ペリカンⅣ、応答してください」『こちらペリカンⅣ。現在所属不明船からインターディクションをかけられている。なんとか逃れようとしているが、難しそうだ』「こちらクリシュナのキャプテン・ヒロ。下手に抵抗せず超光速ドライブを停止してくれ。その方が反撃に移りやすいし、ジェネレーターに掛かる負担も少ない筈だ。通常空間に出たらシールドに出力を割り振って防御を固めてくれ。騎兵隊は五分で来る」『了解、健闘を祈る。こちらは白兵戦の準備をしておく』

通信が切れる。民間輸送船――ということになっているペリカンⅣには軍用パワーアーマーと重火器で武装した帝国航宙軍の兵士が乗っている。宙賊が略奪のために接舷して乗り込んだらガチガチに装備を固めた筋肉ムキムキのマッチョマンが「やぁ!(笑顔)」とお出迎えするわけだ。えげつない。

「十中八九戦闘になる。各員シートベルトを確認しろ。メイ」『はい』

掃除をしていたであろうメイに通信を繋ぐと、すぐにメイからの応答が返ってきた。

「これから戦闘に入る。速やかに安全を確保するように」『はい。承知致しました。ご健闘を』「ああ」

言葉短にやり取りを終え、艦の状態を再チェックする。散弾砲の弾薬も帝国軍経由で補給できたので、艦の状態は万全だ。宙賊艦に遅れを取ることはあるまい。

「ペリカンⅣ、出力を落とし始めました。所属不明艦の数は……えっ!?」「どうした?」「あ、あの、所属不明艦の数は11隻なんですが」「ですが?」「大型艦……いえ、そのうち戦艦級の反応が1、巡洋艦級の反応が2個あるんです……」「Oh……」

俺達が使う大型艦の反応というのが軍艦で言うところの巡洋艦級に当たり、戦艦級の反応となると更にその上ということになる。ちなみに駆逐艦はおよそ中型艦、コルベットは小型艦から中型艦に分類される。

「とてつもなく嫌な予感がするんだけど?」「ははは、俺もだ。出たら速攻でチャフとフレア、ECMも全開だ」

乾いた笑いを漏らしている間にインターディクトが成立し、クリシュナが超光速ドライブ状態から通常空間に引きずり出された。それと同時に俺はクリシュナのジェネレーター出力を最大にし、アフターバーナーも使って急加速をする。

「おおっとぉ! 情け無用の無警告射撃!」「笑い事じゃないわよっ!」「ひええぇぇっ」

つい一瞬前までクリシュナが存在した空間を幾条もの真っ赤なレーザー光が貫いていった。急加速していなかったら直撃していたかもしれない。フライトアシストモードをオフにして速度とベクトルを維持したまま姿勢制御スラスターを噴かして方向転換、艦首を戦艦級に向けてその姿を目視する。

「型落ちだけど帝国軍の正規品の戦艦と巡洋艦じゃねぇか。帝国軍の装備管理ガバガバ過ぎない?」「形振り構わないにも程があるわね!」

エルマの叫びを聞きながら再度スラスター出力を最大にして戦艦に突っ込む。戦艦相手に距離を取るのは下策である。距離を離せば離すほど強力なレーザー砲の餌食にされる可能性が高まるからだ。クリシュナの搭載する慣性制御装置でも制御しきれないほどのGが全身に襲いかかってくるが、奥歯を噛み締めて耐える。俺とエルマはともかく、ミミやクリスにはキツいだろうな。特にクリスにとっては。

「う、くううぅぅぅ……ッ!」

背後からクリスのものと思しき苦悶の声が響いてくるが、残念ながら気遣っている余裕は無い。戦艦や巡洋艦が装備している高出力、大口径のレーザー砲が相手ではいくらクリシュナのシールドが厚いとは言っても耐えきれるものではない。まともに喰らえば瞬く間にシールドが飽和させられてしまうだろう。

「どうするの!?」「どうするったって、そりゃやるしかないだろうよ!」

戦艦を倒すだけなら接近戦に持ち込んで対艦反応魚雷をぶち込んでやるのが手っ取り早いが、そうすると詰むからな。こちらより火力の優れる大型艦を含む敵集団と戦うには、コツというものがあるのだ。敵戦艦から放たれる豪雨のような近接防御射撃を浴びながら戦艦の死角に回り込もうとするが、戦艦は巧みに姿勢制御を行ってクリシュナが死角に回り込むのを防ごうとする。巡洋艦とその他の艦船も戦艦の動きをカバーしようとする……が、遅い。

「あらよっとぉ!」

回り込むのを防ぐように回頭を続ける戦艦の艦橋を掠めるように突っ込み、再度姿勢制御スラスターを噴かして方向転換。戦艦の真後ろ、完全な死角に回り込んでピッタリと張り付く。こうやって戦艦の死角に回り込んでピッタリと張り付いてしまえば、敵側の僚艦は誤射を恐れてそうそう強力な武器を使えなくなる。要は、敵戦艦のデカい図体を盾にするわけだ。正面戦闘なんかした日には火力と手数に押されて十秒も持たずに爆発四散は必至だからな。敵を倒すために敵を利用するというわけだ。

「小型艦が回り込んできます!」「想定内想定内」

こうなると、張り付いた俺を排除する方法はこちらと同じような小型艦による迎撃戦闘しかない。だが、小型艦との戦闘はクリシュナと俺の最も得意とするところである。なんとかクリシュナの貼り付きから逃れようとする戦艦にぴったりとくっつきながら、こちらを排除しようとする小型艦を四門の重レーザー砲と散弾砲で粉砕していく。向こうから近づいてきてくれるのだから、七面鳥撃ちみたいなものだ。

「相変わらず変態みたいな機動を……」「え? こ、これどうなっているんですか?」「敵戦艦にバックスラスターと姿勢制御スラスターを使ってくっつきながら戦っているんですよ。どうやっているのかはさっぱりわかりませんけど」

変態だなんて失礼な。レーダーとHUDを同時に見ながら敵戦艦の動きを予測してスラスター制御しつつ防御戦闘をしているだけだぞ。流石に話す余裕は無いけど。

『こ、こいつ離れんぞ!? おい、早く迎撃しろ!』『なんだあの気味の悪い機動は……なんであんなクルクル回りながらバックで戦艦に貼り付けるんだ?』『クソ! ファイターⅢがやられた! 思ったより火力が高いぞ!』

敵の通信が聞こえてくる。帝国軍の共通周波数で話してるってことは、こいつら帝国軍人なのか?オイオイオイオイ、帝国軍装備の管理ガバガバ過ぎない? とか思ってたけどこいつらガチの帝国軍人かよ。クリスの叔父に買収でもされたのか? お前らどこ所属の何者だよ。とか思いながらひたすら防御に徹すること数分。戦艦レスタリアスを旗艦とする対宙賊独立艦隊が遂に戦闘宙域に姿を現した。レスタリアスを筆頭に巡洋艦五隻、駆逐艦三隻、コルベット二隻が轟音を上げながら次々にワープアウトしてくる。超光速ドライブ状態の解除をワープアウトと表現するのは正しいかどうかはわからないが。

『戦闘中の帝国航宙軍所属艦に告ぐ! 我々は帝国航宙軍、対宙賊独立部隊。私は指揮官のセレナ・ホールズ少佐である! 貴艦の戦闘行動は重大な軍規違反の疑いがある! 直ちに戦闘行動を中止し、機関を停止せよ!』

騎兵隊の登場だ。これで丸く収まると良いが。