気合を入れて臨んだ通信だったが、それ自体は実に呆気なく終わった。

『では15分後に迎えをそちらに向かわせますので、そちらにお乗りになってお越しください』

ええ、気合を入れて通信に臨んだんですが、伯爵の秘書官を通してアポイントメントを取り付けただけに終わりました。

「初顔合わせは通信なんかでは済ませたくないということかしらね?」「そういうことでしょうか……?」「うーん、ちょっと私にもよくわかりません」

エルマ達が三人で首を傾げている。メイはノーコメント。お行儀よく手を前で合わせて佇んでいる。なんというかアップグレードしてからメイはこう、一本芯が通ったというか、貫禄が出たように感じられるな。やはり何か心持ちのようなものが変わったのだろうか。俺の見方が変わっただけかもしれないな。ちなみに通信に出た秘書官は間違いなくクリスのお祖父さんの側近だということをクリスが確認してくれた。用心に越したことはないので、一応俺達も軽く情報収集をする。その結果、秘書官の情報などを入手することは出来なかったが、シエラプライムコロニーにダレインワルド伯爵家所属の船が多数寄港していることが判明した。それもただの輸送船や旅客船ではなく、戦闘艦が。どうやらクリスの祖父であり、ダレインワルド伯爵家の当主であるアブラハムは、クリスの叔父であり自分の息子であるバルタザールに対してかなり警戒しているようである。

「とりあえず相手がクリスのお祖父さんだということは信じて良さそうだよな。これで叔父の方の罠ってことは無いだろう」「はい。大丈夫だと思います。あの秘書官の方には見覚えがありますし」「それでも警戒は怠っちゃダメよ」「はい。接触してきたのがダレインワルド伯爵だとしても、それがクリスティーナ様の安全に100%繋がるというわけではありませんから」

エルマの慎重論にメイが賛同する。ミミはコメントに困っているようで、眉根を寄せながら首を傾げていた。

「とにかく時間だ、行くとしようか。一応レーザーガンだけは装備しておこう。ミミもな」「はいっ」

ミミが返事をしながらポン、と自分の腰のホルスターを叩く。ミミにはもう少しレーザーガンの扱いを習熟させないとなぁ……せめて止まってる的には当てられるようにしてもらいたい。また射撃訓練をみっちりやるかな。クリシュナを出てタラップを降りたところで歩哨をしていたいかついお兄さん達がクリスに向かって無言で敬礼をした。クリスはそんな彼らに言葉短に労い、クリスに言葉をかけられたむくつけき男二匹が「もったいなきお言葉!」「姫の安全は我が身命を賭してお守り致します!」などと感極まった声を上げる。うーん、俺には理解し難い世界だ。

「こういうのを見ると、やっぱりクリスちゃんって貴族のお姫様なんだなって感じですね」「お姫様なんかじゃありませんよ……」

感心した様子のミミにクリスが苦笑いをしていると、見るからに高級そうな、ジープのような乗り物がクリシュナの前に停まった。これはアレだな、未開惑星の地表面探索とかに使うRVだな。RVと言ってもアレだ。地球で言うところのRecreational Vehicle(休暇を楽しむための車)ではなくRecon Vehicles(偵察車両)ってやつだ。未開惑星の地表を探索する時に使う特殊車両だな。小型ながらパワーアーマー以上の火力とシールドを装備しているなかなかに強力な乗り物だ。残念ながらクリシュナには積んでいない。いや、アレって傭兵業では使い途がないんだよ。未開惑星を探査して異星文明の遺物とか、各種観測データを入手して売り捌く探索者業をするなら必須なんだけどさ。アレの乗降装置と格納スペースをクリシュナに乗せるとかなりのスペースを食ってカーゴに殆ど何も積めなくなっちゃうからな。歩哨をしていた厳ついお兄さん達も含めて全員でRVに乗り込み、港湾区画をなかなかの快速で移動してゆく。今日も港湾区画は賑やかだ。荷の積み下ろしをする運搬用パワーアーマーを着込んだ荷運び人達、観光に来たらしい裕福そうな家族、俺と同じ立場の傭兵っぽい男、よくわからない異星人……商人かな? そんなのがそこら中を歩いている。勿論帝国軍人も歩いている。あ、あの金髪の美人は間違いなくセレナ少佐だな。まぁ気づかれることもなく素通り――え、こっち見た。なんでわかるの? こわ……戸締まりしとこ。内心戦慄しながらRVに揺られているうちに物々しい船が並ぶ区域に辿り着いた。どれもこれも最新鋭、とはいかないが中々に厄介そうな船が並んでいる。こういう艦隊の編成を見ると指揮官の趣味というものが見えてくるものだ。この艦隊の指揮官は堅実な戦運びを重視するみたいだな。足の早い前衛の船には堅実に迎撃・防御に特化した武装を施し、後衛の大型艦は火力を重視して火力重視の武装を施しているようだ。旗艦らしき大型船は見るからに頑丈そうだな。指揮能力と生存性を重視しているように見える。この艦隊とまともにやり合うのはちょっと骨が折れそうだ。

「お待ちしておりました。そして御身のご無事を心より祈っておりました、クリスティーナ様。よくぞご無事で」

旗艦らしき船の格納庫でRVから降りると、そこには先程の通信で顔を合わせたダレインワルド伯爵の秘書官と、メイドらしき女性が待っていた。よく見ると、格納庫で働いている人員は男性は執事服、女性はメイド服を着ているようである。随分と酔狂な。

「お父様とお母様、そしてこちらのキャプテン・ヒロのおかげです。お祖父様は?」「お部屋でお待ちです。どうぞこちらに。キャプテン・ヒロと同行者の方々はあちらの者がご案内致します」「どうぞこちらへ。応接室にご案内致します」

なかなかに怜悧な雰囲気のメイドさんが俺達を案内しようと声をかけてくる。さて、ここでクリスを一人で行かせて良いものだろうか? とクリスに視線を向けると、クリスは俺の視線に頷きを返してきた。心配要らないらしい。一応エルマにも視線を向けてみたが、エルマも同様に頷いてきた。なら良いか。

「わかった。また後でな、クリス」「はい、ヒロ様」

微笑むクリスに手を振り、ミミとエルマ、そしてメイを引き連れてメイドさんの案内に従って歩き始める。少し歩いて気付いたのだが、この船の内装はなんとも凄いな。クリシュナの内装も客船並みだと前にエルマが言っていたが、この船はそれ以上だ。外見は立派な戦闘艦のように見えたが、内装はまるで一流ホテルかそれこそ貴族の屋敷のようである。流石は貴族の当主が乗る船ということだろうか。この船はダレインワルド伯爵家の私設軍の旗艦であると同時に、宇宙を駆ける別荘でもあり、迎賓館でもあるのだろう。だからクルーも執事服やメイド服を着ているのか。うーん、なかなかに自由な発想だな。

「どうしたのよ、キョロキョロして」「いやぁ、この発想はなかったと思ってな」「あんたも似たようなもんでしょ」「そうか?」「そうよ。やたら居住性の高い船にメイドロイドまで用意してるじゃない。その延長線上よ、この船」「そう言われればそうか……?」

確かににそう言われればそうかも知れない。うーむ、我が家という意味では居住性の高い大型母艦を入手するというのも一つの手なのかね? 無論、安い買い物ではないだろうけど惑星上の居住地に土地を買って、市民権を買うよりはお安く済むだろうし。それに、荷物を沢山運べる母艦を買えば稼ぎも一気にドンと上がるし、行動の幅も広がる。急がば回れとも言うし、本気で母艦の購入を検討したほうが良いかも知れないな。始めは一人では広すぎると思っていたクリシュナの船内も何かと手狭になってきたようにも思えるし。いや、これ以上クルーを増やすつもりは無いけど。無いぞ。本当だぞ。

「なんだかお貴族様のお屋敷、って感じで私は落ち着きません……」「その気持ちはなんとなくわかるな。でも趣味の良い内装じゃないか? もっとギンギラギンにいかにも成金って感じだったら辟易するところだが。船ってことで調度品なんかも無いし」「それはそうですけどなんというかこう、雰囲気が」「まぁ、ミミの趣味ではないよな」

ミミはこう見えて割とパンキッシュな美的感覚の持ち主なので、こういうきっちりとしたお上品な感じは趣味に合わないのだろう。是非もないな。

「こちらでお待ち下さい」

俺達が通されたのはなかなかに趣味の良い応接室のような部屋であった。壁一面がガラス張りになっており、見事な庭園が望めるようになっている。まぁ、本当に窓の向こうに庭園があるわけじゃなく、そう見えるホロディスプレイか何かのようだが。

「了解」「お飲み物をご用意致します。紅茶でよろしいでしょうか? ご希望であれば他にもご用意させていただきますが」「俺はそれでいい。二人は?」「私もそれでいいわ」「私もそれでいいです」「承知致しました。少々お待ちくださいませ」

俺達を案内してくれたメイドさんがそう言って一つお辞儀をしてから応接室から出ていく。それを見送ってから俺は応接室に設置されているソファに身を沈めた。おおう、なかなかのふかふか具合。弾力が絶妙で深く沈みすぎることもないのは得点が高いな。テーブルも黒い光沢を放つ重厚な木製、のように見える。触ってみると感触的にもそう思える。本当の木製テーブルだとしたら、これだけでも一財産になりそうだな。少し待っているとメイドさんがお茶を運んできた。湯気の立つ真っ赤な液体である。

「どうしたの?」「どうしたんですか?」「……いや、なんでもない」

俺の知ってる紅茶と違う、と思ったが慎ましい性格をしている俺はそっとその言葉を胸の内にしまいこむことにした。味と香りは普通の紅茶だった。なんだろう、着色料でも添加しているんだろうか? 謎だ。もしかしたらそもそもの茶葉が違うのかも知れない。そうして紅すぎる紅茶をしばきながら待つこと一時間弱。ついにその時が訪れた。

「主がお越しです。席を立ってお出迎えください」

メイドさんの言葉に素直に従い、席を立って彼女の主――ダレインワルド伯爵の到着を待つ。程なくして応接室の重厚な扉が開き、一人の初老の男性が部屋へと入ってきた。その後ろにはいかにも貴族のお姫様、という感じの瀟洒な白いドレスを着たクリスの姿もある。初老の男性は背が高く、体格もがっしりしていていかにも頑強そうな体つきだ。腰には大小二本の剣を差していて、貫禄がある。もともとは黒髪であったであろう髪の毛には白髪が目立つが、ふさふさとしていて健康そうだ。なにより、その目が特徴的だった。鷹のように鋭い雰囲気を宿す黒い目には力と光が溢れており、衰えといったものが欠片も見られない。正直に言えば、もっと弱々しい姿を想像していたんだが……うん、強そうな爺さんだ。

「アブラハム・ダレインワルド伯爵だ」

クリスの祖父、アブラハム・ダレインワルド伯爵はそう言って俺に睨みつけるかのような視線を向けてきた。なんだか知らんが凄い迫力だな。どうにも一筋縄では行かなそうだが、さて。