「なんで嬉しくなさそうなのよ、あんた」

プラチナランクへの昇進、という言葉を聞いた俺の表情を読み取ったのか、隣りに座っているエルマから刺さりそうなほどに刺々しい気配を孕んだ言葉をぶつけられた。そういやこいつ、俺がゴールドランクに上がった時も嫉妬のオーラを纏っていたな。

「いや、あんまりサクサク上がりすぎると目標が無くなって楽しくないじゃないか」

「……やっぱりプラチナランカーはどこかおかしいな」

ヨハンネス支部長が小さく溜息を吐きながら頭を振る。どうやら他のプラチナランカーと面識があるらしい。

「お前が喜ばなくてももう決まったことだから諦めろ。傭兵ギルドとしても長い帝国史上で四人目となる傭兵のゴールドスター受勲者を上から二番目のゴールドランクのままにはしておけんのだ」

「政治的配慮ってやつか」

「そのようなものだ。だが、お前の実力が足りていないとは俺は思わん。軍から提供されたお前の戦闘データも見たし、ターメーン星系からこっちのお前の戦果も確認している。この短い期間で上げた戦果としては驚異的だ。他のプラチナランカーと比べても遜色ない戦果と評価しても何ら問題ない」

「……そう言われると、その通りなのよね」

「ヒロ様ですから」

俺達の戦果が認められたのが嬉しいのか、ミミがむふー、と満足そうに鼻から息を吐いている。うん、ミミはドヤ顔も可愛いよ。

「それでええと、俺のランクが上がるのはいつになるんだ?」

「即日だ。既に手続きに入っている。ゴールドスターの受勲セレモニーで同時に発表されることになるだろうが、ランク自体は今日すぐにプラチナランクになる」

「なるほど。何か特典とかあるのか?」

「いくつかある。まず、今後傭兵ギルドで手続きなどをする際には最優先で処理が為されることになる。まぁ、傭兵ギルドとしての優遇措置だな」

「なるほど?」

正直、あまり大した恩恵には思えない。多少手続きが有利になるのだろうが、最高ランクの特典としてはショボいと思う。

「他には保険料が三割引になり、適用割合が三割増加する。また、傭兵ギルドに来る各シップメーカーや兵器メーカーからの試作品運用テストの依頼を優先的に回すことになる。継続的なデータ提供という名目で先進的な装備を実質上譲渡されることになるな」

「それは美味しいな」

もっともクリシュナよりも良い船、或いは今クリシュナに装備されている武装よりも良いものが提供されるかどうかはわからんが。正直自分の命を預けるものだからなぁ……あまりいい加減なものは使いたくないものだ。

保険料が三割引になった上に適用割合が三割増加するのは単純に美味しい。出ていく金が少なくなるのは実にストレートな特典と言える。船の購入時にかかる保険料が三割減って、補給や整備、修理にかかる費用が少なくなるってことだからな。

「あとアレは? なんかプラチナランカーになると貴族がそうそう手を出せなくなるとか聞いた覚えがあるんだが?」

「具体的に何かできるというわけではないが、傭兵ギルドにとってプラチナランカーは看板だからな。当然、プラチナランカーが貴族にちょっかいをかけられれば最大限のサポートを行う。そもそも、プラチナランカーに喧嘩を売る貴族というのもそうそういないがな」

「現在進行系でちょっかいを掛けられているんだが」

「今のお前達に降り掛かっているのは自業自得というか、身内のいざこざだろう……そこまでは干渉はせんよ。例えばそちらのお嬢さんを見初めた貴族がお嬢さんを妾に寄越せと言ってきて、貴族の強権を振りかざして無理矢理どうにかしようという案件なら我々も全力で立ち向かうがな」

「役に立つようで役に立たねぇ……」

「自分のケツは自分で拭けということだ」

そう言ってヨハンネス支部長は大きな肩を竦めた。まぁうん、その言い分はわからないでもない。グレて飛び出した良家のお転婆娘がチンピラと一緒に里帰りしてきて『オメェオラ何やってんだアァン!?』ってなってるようなものだものな。即刻エルマを引き渡せというのは少々どうかと思うけど。穏便に話し合いましょう、じゃなくていきなり引き渡せだものな。

「しゃあないな。話は以上か?」

「いや、まだだ。例のマザー・クリスタルの撃破報奨金が決まった。1500万エネルだそうだ」

「1500万……!」

金額を聞いたミミが僅かに仰け反る。

「1500万、なかなかだな」

「まぁまぁね」

「お前達、金銭感覚おかしくないか?」

俺とエルマの反応を見たヨハンネス支部長が苦笑いを浮かべる。まぁ、大金だとは思うよ。でもブラックロータス一隻分にもならないしなぁっていうね。

「ミミに1%、エルマに3%入れておいてくれ。15万と45万だから、俺の取り分は1440万エネルだな」

「じゅうごまん」

「ありがたくいただいておくわ」

そこそこの金額をポンと渡されたミミが放心状態に陥っているが、そろそろ傭兵の金銭感覚に慣れても良い頃だと思うんだけどな。まぁ、ミミはそんなに貰っても使い途がないから困惑しているのかもしれないな。美食が趣味と言ってもそんなに高い買い物をバンバンするわけじゃないし、服とかをバンバン買うような性分でもないみたいだし。

「これで全部だな? なら俺達はセレモニーに向けて準備しなきゃならんから失礼するぞ」

「わかった。セレモニーには陛下もご出席なされる。失礼のないようにな」

「直接接する機会が無いことを祈ってくれ」

「祈っておこう。ああ、それと」

ヨハンネス支部長に呼び止められ、俺達は退室しようとしていた足を止めて振り返る。

「そちらのお嬢さん、どこかで会ったことはなかったかね?」

ヨハンネス支部長の視線はミミに向けられていた。視線を向けられているミミは不思議そうに首を傾げて、少し考えてから首を横に振った。

「多分無いと思います。首都星系に来たのは初めてですし、ヒロ様に出会うまでは傭兵に関わることもありませんでしたから。私、ヒロ様に連れられて船に乗るまでターメーンプライムコロニーの外に出たこともなかったですし」

「……そうか。ふむ、勘違いだったかな」

ヨハンネス支部長もまたミミと同じように首を傾げている。ミミくらい可愛い子なら一度見ればそうそう忘れそうにないけどな。首都星系の芸能人か何かに似てる人が居るとかかな? まぁ、世の中に三人は似た顔の人間がいるっていうし、それが宇宙規模ともなれば似たような顔と遭遇する確率も上がるのかもしれない。

「ナンパってわけじゃないなら失礼するぞ? ナンパだったら歳を考えろよって言葉を送るけど」

「孫と同じような年齢の娘さんに粉をかけるわけがないだろうが。さっさと行け」

頬をヒクつかせながらシッシとジェスチャーをするヨハンネス支部長に肩を竦めて見せてから俺達は連れ立って傭兵ギルドの応接室を後にした。

☆★☆

その後、俺達は最初に話をした受付のお姉さんの所に戻ってセレモニーに関する諸注意を再度聞き、参加するのに申し分ない服と装飾品を用意してくれる店の情報を聞いて傭兵ギルドを後にした。

ついでに俺の傭兵ギルドのランクも更新され、しっかりとゴールドランクからプラチナランクになっていた。史上最年少でのプラチナランカーということにはならなかったが、登録からプラチナランクに駆け昇ったスピードは史上最速だったらしい。

史上最速のプラチナランカー。うん、悪くない肩書きじゃないか。

「うーん、こっちのほうが……」

「ふわぁ、綺麗な生地ですねぇ」

女性の買い物って長いよな。特におめかし関連となるとさ。いや、わかってる。わかってるよ。時に男性視点の意見が欲しくなるってことは。でも結局は着る本人が決めることになるだろう? 俺、いなくても良くない? ダメ? ああ、うん。そう。

俺にはドレスデザインの良し悪しや生地の良し悪しはわからぬ。わからぬのだ……! かわいい! きれい! くらいの小学生並みの感想しか出ないよ。

敢えて何か言うなら公的な身分が一応あるエルマはともかくして、そうでないミミは変な貴族に目をつけられないようにあまり目立たないようにしてくれたほうが俺は安心ってことくらいだ。あと、他の男におっぱいを凝視させたくないから胸元は隠す方向で。それでも圧倒的な胸部装甲を隠すことは不可能だろうが、谷間を見せるのはNG。それは俺のだから。

「えへへ……」

俺の独占欲丸出しの浅ましい発言を聞いたミミが頬をピンク色に染めてくねくねしている。鼻血が出そうなほど可愛い。対するエルマはミミが身を捩る度にたゆんたゆんと揺れる圧倒的な胸部装甲をジト目で見て自分の胸元を確認している。いや、エルマも無いわけじゃないし。エルマも俺のだから無理に胸元を強調したりしないように。

「……わかったわよ」

ピクンと反応した耳が少し赤くなっている。エルマも大概恥ずかしがり屋だよな。

しかしまぁ、こんな超未来的な世界なのにドレスのデザインとかはそんなに奇抜な感じじゃないんだな。華の帝都とかいうから、ファッションショーに出てくるようなよくわからんデザインの謎衣装とかになるんじゃないかと少し警戒していたんだが。ほら、凱旋門のある某花の都の名前を冠したコレクションとかでたまに「???」ってなる服を着たモデルとかいるじゃん……ああいう感じのがトレンドだったりしないかと心配だったんだよ。

若干素材が普通の生地じゃないというか、サイバー感溢れる感じがするけどデザインそのものはいかにもドレスって感じのものだ。帝国貴族はファッション面に関しては俺が思っているよりずっと保守的なのかも知れない。

考えてみればレーザーガンに対抗できる技術が開発されたからって一度はお飾りになった剣をまた実用的な段階に持ってくるような連中だ。保守的な考えが強いのも当然といえば当然か? もしかしたら一度奇抜なデザインが大流行して、その後に落ち着いただけかもしれないけど。

結局ミミは清楚で上品な感じの白を基調としたドレスに、エルマはスタイリッシュな萌葱色のドレスを注文することになった。スキャナーで体型はバッチリ計測してあるから、後はデザインのテンプレートと合わせてすぐに出来上がるらしい。数時間で完成させて船へと送ってくれるそうだ。

「オーダーメイドのドレスが数時間で完成ってのも凄いよな」

「それよりもお値段が凄かったですけど……」

「気にするな。可愛くて綺麗な二人が見られただけで俺は満足だ」

「まったく。あんなに退屈そうにしてたのによく回る口だこと」

そう言いながらエルマも満更では無さそうな表情だ。

実際、ドレス一着に1万から2万エネル駆けたところでなんとも思わないからな。二人のドレス代金よりも対艦反応弾頭魚雷一発のほうが高いし。

「次は装飾品だが……?」

ドレスを購入した店を出たところで横合いから奇妙な気配を感じた――と思った次の瞬間、殺気と共に何かが飛んできた。

「ぬっ!?」

視界の端に何か白い布の塊のようなものを捉えた。それが何なのか理解する前にミミとエルマの前に立ち、腰の剣の柄に手をやる。この人混みの中でレーザーガンをぶっ放すのは流石にマズい。

「ほう、一丁前に剣を腰に差しているのか」

美しい容姿の男だった。整った顔立ち、ピンと伸びた尖った耳、均整の取れた身体つき、そして白を貴重とした上品な衣装と、腰に差した細身の長剣。そして俺の足元に落ちている白い手袋。

「私の名前はエルンスト・ウィルローズ。貴様に決闘を申し込む!」

「え、嫌ですけど」

俺は素でそう返した。すると、男は一瞬ポカンとした表情をした後、美しい顔を修羅のように歪めた。

「何故だ!?」

「や、俺には戦う理由が無いですから。お義兄さん」

「私を義兄と呼ぶなぁ! ぶっ殺すぞ!」

俺が剣の柄から手を離してニコリと笑みを浮かべると、エルフの男――もといエルンストお義兄さんが腰の剣を抜き放って怒鳴り声を上げた。それを見た通行人達が悲鳴を上げて俺達から距離を取った。

「おおっと、俺は手袋を拾ってませんよ。俺が手袋を拾わなかったら決闘は不成立です」

「なら一方的に無礼討ちにするまで――」

「この状況で斬りかかってきたら流石に色々と問題なのでは?」

「ぐっ……!」

俺が胸元の銀剣翼突撃勲章を指差しながらそう言うと、エルンストは美しい顔を歪めて押し黙った。

衆人環視の下、特に無礼を働いた様子もない傭兵に激昂した貴族が斬りかかる――別にこれだけならまぁ、貴族の権力でゴリ押せばギリギリなんとかなるかもしれない。

だが、今の俺は腰に一対二本の剣を下げている上、胸には銀剣翼突撃勲章をつけている。つまり貴族に準ずる存在であることは見る者が見ればすぐにわかる。生粋の貴族である彼がそれを見てわからないわけがなく、決闘が不成立である状態で一方的に斬りかかれば後々そこに突っ込まれるのは自明の理だ。

「兄様」

「エ、エルマ! そんな奴の所になんかいる必要はない! すぐに連れ帰って――」

「乱暴な兄様は嫌いです。どこかに行ってください」

「エ゛――ッ!?」

エルマに氷のように冷たい視線と言葉を向けられたエルンストが手に握っていた剣を取り落し、立ったまま白目を剥いて気絶した。え? 気絶した? マジ? うわ、泡吹いてるぞ。エルマ何したの? 視線で殺したの? コワイ!

「放っておいていきましょう」

「えっ」

「いいから。ほら」

「お、おぉ……?」

エルマが俺とミミの手を引いて歩き始める。さすがの事態に混乱したまま、俺とミミはエルマに手を引かれて宝飾品店へと向かうのであった。