If It’s for My Daughter, I’d Even Defeat a Demon Lord (WN)

The demon king of slaughter. (Previous)

『七の魔王』との戦争は、人間族の諸国連合軍の勝利で終わった。

 戦争の爪痕は、戦地となった国土には、痛々しく刻まれ、既に蹂躙された地に活気が戻ることはない。

 それでも紛れもない勝利であり、これ以上の侵略も蹂躙も受けずに済むという事実は、人びとに希望を抱かせた。

 希望は、妖精姫の御旗を掲げる『白金の勇者』という象徴と共に、人びとに語られていくのであった。

 デイルがエルディシュテット公爵から秘密裏に、『二の魔王』の情報を受け取ったのは、勝利に浮き立つ戦地の自軍の陣営の中であった。

「『二の魔王』の居場所がわかった……?」

 デイルもずっと『二の魔王』の行方は捜していた。世界各地に伝のあるティスロウの情報網を用いても、具体的な情報は何ひとつ集まることのない状況に、微かな苛立ちを感じていた矢先だった。

 公爵閣下は、独自の情報網を有しているということだろうか。デイルはそう結論付けて思案した。

 残る魔王は、『一の魔王』と『二の魔王』のみ。『一の魔王』は、魔人族の国家ヴァスィリオの元首だ。居場所は特定出来ている。ならば優先するべきは『二の魔王』の方だろう。

 ラーバンド国としても、『二の魔王』が国内に潜んでいるという事態は、危機感を覚えて然るべきな話であった。

 対存在である『勇者』がいない土地で、『二の魔王』が人びとに牙を剥けば、数多の戦士がどれだけ奮闘しても、魔王への決定打を放つことは出来ないのである。

 被害を最小限に留めることが出来たとしても、被害は甚大なものになるだろう。

 そして『二の魔王』の、最大の脅威は、人心に及ぼす『恐怖心』だ。

 被害の大きさだけならば、軍を有し、全てを蹂躙していく『七の魔王』や、目に見えぬ『魔素』の広がりにより、死病を撒き散らす『四の魔王』たちの方が大きい。

 それでも『二の魔王』が、それらの魔王たちに劣ることなく恐れられているのは、その性質が大きい。

 神出鬼没で、最も残忍な殺戮者。自らの快楽と愉悦の為に殺戮を行う彼の魔王の行動は、予測することすら難しい。

 いつ現れるかもわからず、現れた時には、その地は血臭と屍で埋め尽くされる。

 ただ、人びとを恐怖のどん底へと落とす存在なのだった。

 デイルも今まで、直接『二の魔王』と相対したことはない。

 デイルがかつて戦ってきたのは、『二の魔王』の眷属のみだった。

『二の魔王』の眷属は、敵であるデイルすら、憐憫を覚える存在たちばかりだった。配下と呼ぶには歪な存在ばかりで、ただひたすらに身体のみを強化した哀れな『生き物』たちだった。

 壊れない。死なない。

 だが痛覚ははっきりと残されている。許容範囲外の苦痛にのたうち回っても、壊れることが赦されずに、死ぬことを奪われている存在たちだった。

 デイルは、『彼等』の命を奪ってきた。簡単に死ぬことのない存在たちが死ぬまで、剣を振るい、魔法を行使して、その命を奪った。

『彼等』が死の間際に浮かべた表情は、紛れもない安堵であることが、どうしようもないほどにやりきれなかった。

「デイル、行くのか?」

「ああ……早急に向かうようにとの閣下からの命令だ」

 グレゴールはデイルの返答を聞くと、少し何かを考えるような仕草をした。

「俺も同行しよう」

「は? お前はこれから帰還の指揮を執る必要があるだろ?」

「帰還だけならば、名代に任せることが出来る。だが、『二の魔王』の討伐に赴ける人員はそうそういないだろう。飛竜による移動のことを考えても、数人の精鋭で向かうことになるだろうしな」

「……そうだな」

 デイルは、妙に静かな眸でグレゴールの言葉を受け入れた。

 デイルは『二の魔王』相手でも、今の自分なら、遅れを取るとは思っていない。単騎で向かうことも否とはしない。だがそれを、自分が『魔族』となったことを知らないグレゴールやエルディシュテット公爵には、説明出来ないことだった。

 グレゴールは、直感的に、デイルを独りで行かせるべきではないと思った。

 自分でなくとも良かったが、『二の魔王』が相手ならば、よほどの腕がなければ、同じ戦場に立つことすら出来ないだろう。急を要する今だからこそ、自分が行くべきだと思った。

 公爵家の名の下率いた軍に対する責任はあるが、『七の魔王』を討った今、脅威となる存在はいない。帰還だけならば、父に補佐として付けられた副官に委ねても問題はない筈だった。

 ラーバンド国公爵家の者として、友人として、『勇者』を失う(・ ・)訳にはいかない。

 不安定な今のデイルを、独りで『二の魔王』の元に行かせてはならない。

 自分では、デイルの求める『存在』の代わりにはなれないだろうし、なるつもりはない。それでも、支えなければならない。

「……俺にも、俺の役割がある」

「そうか……なら、止めねぇよ」

 デイルが向かう先には、白金の鎧を着けた灰色の幻獣がいる。

 幻獣の眸には、自分と同じような色があるように感じられて、グレゴールは微かなため息をついた。

『二の魔王』の元に赴くことになったのは、デイルとグレゴール。そして数人の精鋭たちだった。『七の魔王』との戦直後の慌ただしさのなかで、秘密裏に動かせる飛竜はそれが限界であった。

 飛ぶことに特化した魔獣である飛竜にすら、ハーゲルは遅れを取らなかった。デイルの故郷であるティスロウが、ハーゲルに合わせて誂えた部分鎧は、鞍の機能も備えており、不安定な体勢を支えるのが容易になっていた。

 不眠不休で幾日も剣を振るうことすら、負担ではない今のデイルだが、それを周囲に強いる訳にもいかない。逸る心を落ち着かせて夜営の輪の中に交ざる。

 そのデイルの視線の先では、グレゴールが本国と頻繁に文を交わしている姿があった。

 戦後処理を委ねてきた関係もあるのだろう、彼は非常に忙しそうにしていた。

「……」

「どうした」

「いや、何でもない」

 時折考え込む様子となるグレゴールの姿にデイルも不審を覚えたが、それ以上を問い質すことはしなかった。

 グレゴールもまた、自らの立場上、それを簡単に他者に漏らすことは許されなかった。

 グレゴールを困惑させたのは、本国からのとある情報だった。

 それは、『一の魔王』が、ラーバンド国に使者を送ったことから始まっていた。

『災厄の魔王』たちによる人間族への侵略に、『魔人族』という種を束ねる『一の魔王』は憂いを抱いた。『災厄の魔王』と『魔人族』の意思はイコールではない。だが、『魔人族』が、長年他種族との交流を絶ってきた現在の状況では、その偏見が『人間族』の間に蔓延していることも事実である。

 いたずらに不安と不審を煽ることにより、『魔人族』と『人間族』の種そのものの対立に発展することを案じた彼の魔王は、この大戦最大の功労者であるラーバンド国に使者を送ったのである。

 魔人族の国家ヴァスィリオは、正式に国交をラーバンド国との間に拓く。ラーバンド国もそれに応じ、準備も水面下で行われているのだった。

 その外交関連の情報の断片を知ることになったグレゴールは、父である『ラーバンド国宰相エルディシュテット公爵』が、自分に何をさせたいのか--と、思案を巡らせるのであった。

『二の魔王』が、潜伏していると目されている館は、貴族の別荘という印象の豪華で繊細な外観をした館であった。

 その中庭の薔薇園の中で、金の巻き毛に赤い飾り紐(リボン)を結び、同じ赤のドレスを纏った少女は幸福そうな笑顔を浮かべていた。

 白磁の器で供された茶の香りを楽しみ、小さな笑い声を漏らしてそれを花の蕾のような愛らしい唇へと運ぶ。

「楽しいわ。楽しいわね。『白金の勇者』ですって」

 クスクスと笑い、細い指先で用意されている焼き菓子を弄ぶ。

「他の魔王たち、ほとんどみぃんな殺されちゃっているのよ! なんて素敵なのかしら」

 金の少女が視線を向ける先には、数人の男女がいる。

 返事をすることもないその人物に向かい、『二の魔王』は、いかにも楽しげに言葉を継いだ。

「『神』に、魔王を殺すことを赦されている『勇者』と、ひとを殺すことを赦されている『魔王(わたくし)』何処が違うのかしら? 『勇者』なら答えを持っているのかしら?」

 行儀悪く指先の菓子の欠片を、紅い舌で艶かしく舐め取って、金の少女は笑う。純真無垢であるからこそ、狂気を含んだ歪な微笑みだった。

「『勇者』を殺すのは、楽しそう」

 紅い唇が三日月のような笑みを作る。

「『一の魔王』を殺すのは、簡単だった。呆気ないくらいに。その後に『一の魔王』の候補を殺すのも、簡単だったわ。あれは、周りの慌てる様子が少し面白かったかしら」

 金の少女の言葉に、倒れ伏していた幾人かが、暗い眸で『魔王』を睨む。憎悪の籠ったその視線に、少女は欲情したかのようにぞくりと熱に身体を震わせる。

「まだ、壊れていないのね? 嬉しい。もっとわたくしを楽しませてね」

 ティーセットの隣に当たり前のように並んでいた、磨き込まれた銀の小さなナイフを手に取り、躊躇の欠片もなく、自分への憎悪の視線の先へと投げる。自然すぎる動作の結果は、狙い外れることなく一人の男の眼を貫いた。

「わたくしをもっと恨みなさい。『あの』小さな子どもは、確かに時が満ちれば『王』となれる資格を得た。でも、貴方は『あの』子どもを護れなかった。その、奪ったわたくしの玩具となる絶望は、何れ程のものなのかしら」

 クスクスと笑う金の髪の少女には、罪悪感は微塵もなかった。

『一の魔王』が、『二の魔王』に惨殺された後、ヴァスィリオには、『一の魔王』と成ると目された『候補者』が生まれた。

 その時のことは、はっきり覚えている--と、紫色の長い髪を揺らしつつ『彼女』は眼前の光景を見ながら独白した。

 高位の紫の神(バナフセギ)の加護を有していても、全ての未来を上手く選びとる事が出来る訳ではないと、自分の無力さを痛感したのもその時だった。

 その子は王とはなれなかった。『王』となる資格を得る前に、先代と同様に『二の魔王』に害されたのだ。

 今、目の前で『二の魔王』に玩具とされている男女は、その幼子の護衛と乳母だった男女だった。彼等は命懸けで護ろうとし、護れなかった。そして、『死ぬこと』を奪われ、今ここに在る。

 簡単に壊れる『玩具』は、『二の魔王』の興味を惹かない。強き心あるからこそ、お気に入りの『玩具』と成ってしまう。

 神の色たる『紫(モヴ)』の名を持つ巫女は、憐憫の籠った眸を微かに伏せることで、自らの心の内を悟られないようにした。

 目の前の者たちも自分も、同じ一念の元、心を保っている。

 目の前の者たちは、喪われた主の為に。自分は、喪わない為に。

 そして、母国とそこに住む民の為に。

 この『災厄』に、一矢を報いること。来るべき時に、この『魔王』を確実に討つこと。

 今度は、仕損じない。仕損じる訳にはいかない。決意は揺るぐことなく、心は定まっていた。

(後……少し。そうしたら……)

 心の中で呟いて、かつて無力さにうちひしがれる自分を慰めてくれた優しいひとの--もう、二度と逢うことの出来ないひとの、優しい微笑みを思い出した彼女(モヴ)は、祈りの形に指を組んだ。