Ihoujin, Dungeon ni Moguru

<Chapter 3: Dragon Hunting> [02]

【02】

「フレイ・ディス・ギャストルフォが願い奉る」

「ラウアリュナ・ラウア・ヒューレスが願い奉る」

「天羽瑠津子が願い奉る」

僕も、彼女らと同じように、名を名乗り願い奉る。

これは、契約している神にだけ祈るのではない。

知る限り全ての神に祈る。

フレイが数多の神の名を読み上げる。

「祖霊、豊穣の神ギャストルフォ。石眼ガンブルプティ。落陽をもたらすアオスフェルン。青王位フォン。蒼天の座シュプレンデン。淵底のシュリッテル。諸王狩りクラスクレボン。悲名のフリート。怪異ディガー。怪異王ディングル。雨名の女神ジュマ。炎将の杖ダングル。炎将の剣ドングル。炎将の滅びドゥングル。消滅せしバーシュテイン。木立ちのクナッカー。王断のトラッシェル。嘲笑アプレ。三つ目のバンガー。銘封ホロビッツ。水明のミドラース。定めのティコレンジック。黒きグランデル。眠りしクノッティ。小勇者シュペルティンク。勇者の守りグランドリヒ。勇名の始祖グランブルマイヤー。ヴィンドオブニクル・法魔ガルヴィング。そして、拒神・睡魔ローオーメン」

ラナも無数の神の名を読み上げる。

「偉大なるエズス。切断のヴァッサー。消滅のグルドリヒ。忌まわしきヒンブリーゼン。喰らう者バーンヴァーゲン。暗然のグーテンアーベント。三公王ビテ・アイン・ニュベルク。残影のブラトヴァステル。献身のミッツェ。半竜リューベル。燐光のフントスフト。月華ガンベルアーバー。恩光の化身シェーネンダンル。落涙のカルプスフレッシェ。落悦のユタ。炎の英雄ミテラ。堕落の英雄ミテラ。死霊王ミテラ。雷鳴のリュリュシュカ。魂縛せし落罪の執行者ハウトコプフ・ウルム。真炎よ、大炎術師ロブよ。深淵のグリズナスよ。そして、我が始祖、霧のヒューレスよ」

瑠津子さんが続く。

「八百万の神々よ」

僕も続く。

僕が知る数少ない神に。

いや、神とは呼ばれない時代に棄てられた者達を。神として、ただ心から祈る。竜を倒せる強さを、その奇跡を。

「暗火のミスラニカ。夜梟のグラヴィウス。西鳳のメルトヴィウス。樹霊王ウカゾール。剛腕のグラッドヴェイン。隠れ名の英雄ルゥミディア。竜喰いのロラ。古き者よ。“全て”の忘らるる者達よ」

四人で声を揃える。

『竜狩りの力を、その奇跡を我らは望まん』

ガラスのような粒子が周囲に生まれ、舞う。

誰の願いが届いたのかは分からない。

誰が為に神が奇跡を届けたのかは分からない。

だが確かに。

願いは聞き届けられ、地球ゴマが回り始める。

粒子は集い。

そして生まれたのは、

雷でもなく。

炎でもなく。

氷でもなく。

風でもなく。

土でもなく。

光でも闇でもなく。

無類の美しさを秘めた結晶の槍だ。

長さは2メートル。細く鋭く脆く。想像すらできない力を秘めている。

真水のように精練でありながら、それでいて無辜の邪悪を秘めている。

ここで怯むな。

ここで立ち止まるな。

未知を手にするのに怯んでいては、男が廃る。

僕は結晶の細槍を手にする。

「ヒッ」

澄んだ音で槍は空気を裂く。その様にラザリッサが脅えた声を上げた。

両端が鋭すぎて弓に番えられない。ならば、方法は一つ。

「後は任せてくれ」

女達に笑いかける。

城壁から飛び降りて、15メートルの落下を難なく着地。

建物の屋根を蹴り駆ける。

チャンスは一度、外せない故に肉薄する。

竜と戦う冒険者の数は、もう二人しかいない。

親父さんとバーフル様だ。

戦闘不能になった冒険者達は、組合員に保護され治療を受けている。前衛はほぼ全滅、後衛も魔力を使い果たし、もしくは心が折れて膝をついている。

戦場は、街の目抜き通りに移動していた。

二人の冒険者の背後を、竜と同じ白いダンジョンが見下ろしている。

横合いから僕は近づく。

竜の大蛇の如き尻尾が横薙ぎに振るわれる。ガンメリーを破壊した一撃がバーフル様に直撃した。いや、彼はワザと避けなかった。

建物が脆く散らされ、土煙が舞い、石畳が空を飛ぶ。

阻むモノ全てを薙ぎ倒す暴君の一撃。

だがバーフル様は、その尻尾を大剣で受け止めていた。

真昼の月に向かって狼が吼える。

白い暴竜の体が一時停止する。

親父さんは僕を一瞥すると、

「バーフル! 俺は右。あんたは左だ!」

「応ッッ!」

叫び、バーフル様も答える。

二人が何をするか、何にせよ、彼らを信じて僕は竜に近づく。

真っ直ぐ。

一秒でも速く。

この槍で竜を貫く為に。

当然、竜も僕に気付く。

しかし、濃密な殺気に竜の注意が僕から逸れる。

親父さんは竜の肩に立っていた。そこで居合い抜きの構え、脱力から一転、爆発するような速度で刀を抜く。

膨らんだ殺気が炸裂した。

時間も音も止まり、色すら失せたような瞬間。

次元すら斬り落とすような一撃。

何者にも、その剣線は読めない。

刀が鞘を滑り、鯉口が鳴り、時が動き出す。

竜が悲鳴を上げた。

竜の血を始めて見た。

翼からの血しぶきが親父さんを赤く濡らす。

親父さんは翼の節を狙った。そう竜の翼角の一部には鱗が存在しない。目視では確認すら出来ない小さい一点だが、そこに刃を通した。

居合い抜きで針穴を広げるような芸当だ。

「ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッッッッッッ!」

続くバーフル様は、真逆の技を見せた。

親父さんと同じように翼を狙う。しかしそれは、この世の暴力を全て集めたかのような荒い一撃だった。

翼は斬れなかった。だが、折れた。翼角の稼働と逆の方向に曲がる。

竜の絶叫が上がる。

二人は竜を傷付けた。

逆鱗に触れたのだ。そして、翼を失ったからといって竜が偽物になるわけではない。

そう、獣は手負いになってからが本物だ。

生ける嵐を見た。

本物の竜はそう形容するに相応しい荒れ模様だ。

バーフル様は空高く蹴り飛ばされ、親父さんも殴り倒され地面に転がる。

『おい、こっちだ。トカゲ野郎』

だが、所詮は獣だ。

偽物だろうが本物だろうが、理性のない生き物ほど殺しやすいものはない。

屋根の上の僕を、竜の腕が薙ぐ。

それは手応えなく空を切る。当たり前だが、雪風の作り出した映像だ。

短い助走に全体重を乗せて腕を振り下ろす。

「二度も引っ掛かるな、バーカ」

本物の僕は、地面に降り立ち竜の正面にいた。言葉は、槍を投げた後で発した。

結晶槍は竜の正中線を狙い飛ぶ。

こいつがどんな生き物だろうが、翼が潰れた今、回避する手段はない。

光の残滓を残し、槍は竜に突き刺さった。

竜は避けられなかった。

だから受けた。

器用にも、鞭のように翻した尻尾の先端で。

正確には、そこから伸びた隠し棘で。

槍は、棘に接触すると侵食して花を咲かせる。美しい結晶の大輪。ダイヤでも水晶でも、こんな美しい輝きは見せない。

確信する。

これは、竜を滅ぼすに足る魔法だった。

死が咲き誇る花の種槍。満開の花が散る時、飲み込んだ全てを塵に還す。

竜が“切り離した”棘は、わずかな欠片を残し花と共に塵に消えた。

巨大な手が僕をすくい上げる。

「がッ」

全身の骨が鳴り、内臓を吐き出しそうになる。

握り潰すのは簡単だろうに。どうやらそれでは、おさまりが付かないらしい。

竜は大口を開いた。

ゾッとする牙の並びが見え、次に見えたのは赤い熱風だ。

あなた! とラナの声が遠くから響く。決定的に間に合わない事に安心する。巻き込まれる可能性がないからだ。

竜の炎は僕の全身を包んだ。

抵抗する暇もない。魔剣を呼ぶ時間も。

視界は真っ赤に染まり、呼吸が止まる。妙に冷静な回想が浮かぶ。異世界に来てから常に死は覚悟してきた。銃を廃棄したのだって、生きる事より死ぬ事を考えたからだ。

その後の冒険で、更に色んな死を覚悟する。

豚に食い殺されたり、骸骨に全身を突き刺されたり、巨大なモンスターにペチャンコにされたり、狂った騎士に両断されたり、魔剣に刺し殺されたり、醜い獣に惨殺されたり、ラナの料理に穴だらけにされたり、不可視の化け物に彼女が攫われ、それを追いダンジョンを彷徨い歩き一人朽ち果てる。

そんな僕の最後は、竜の炎で生きたまま火炙りか。

人間は火で炙られたくらいじゃ、なかなか死なないから火刑というのは殺してから行うそうだ。

冗談にもならない最後だ。

ある意味、僕らしいのか。

ともあれ、受け入れるしかない。

ごめん皆、おさらばです。

「………………」

あれ………………熱くない。

「あれ?」

熱くなかった。

ただ今、絶賛火を吹かれ中。ゼロ距離から炎の息吹をくらっているが、熱風すら届いていない。炎は完全に防がれていた。僕の周囲に現れた水の膜に。

急な事で頭が付いて行かない。

「あ」

疑問は、それを見て氷解した。

僕は、珊瑚を繋ぎ合わせたネックレスを首に下げている。魚人から貰った信頼の証。初めて手に入れた異世界のアイテム。それが淡く輝いていた。

間違いない。

これが水の膜を作り出し炎から僕を守っている。

感慨無量で涙が出た。

人の出会いに無駄なものはなかった。

本当に彼と出会えてよかった。

負けられない。

絶対に負けられない。

「ッ―――――アガチオンッッ!」

魔剣を呼ぶ。

音速を超えた魔剣が、竜の口に突き刺さる。

竜が仰け反り、炎が途切れる。水の膜は弾け、珊瑚の首飾りは粉々に砕ける。

手から解放された僕は、着地して妖刀を引き抜く。

「戻れ!」

竜の口から魔剣が僕の所に戻る。微かに血が付着していた。鱗のない箇所なら魔剣で斬れる。妖刀で斬れる。親父さんも同じ事をやった。僕にできない道理はない。

できないのなら、今やれるようになればいい。

考えて見れば簡単な事だ。血が流れるなら殺せる。いつかは殺せる。

殺してやるぞ。

僕は醜い獣と戦った。白く大きな狼とも戦った。このトカゲ野郎が、あの二匹に勝るとは思わない。

一刀と一剣、魔剣が一振り。

三刃でお前を倒す。

「キュァオオオオオオオオオオアオオオオオオオオオォォォォォォォ!」

「オオおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

竜の血の混じった叫び。

僕も同じように叫ぶ。

竜よりも大きく叫ぶ。

性懲りもなく伸ばして来た竜の腕を避け、翼の傷に狙いを定める。

「アガチオン行け!」

飛んだ魔剣が親父さんの作った傷を抉る。竜の膝と肩を足場に、顔面にまで駆け上がる。

目を狙ったが届かず、だらしなく開いた口の舌を斬り付けた。

刃を通し、肉を斬った感触が伝わる。

絶叫のやかましさが不快を通りこして滑稽だ。デカい図体して子供みたいに泣き叫びやがって。

爪が迫る。竜の顔面を蹴りつけて回避。

間抜けな事に、竜は自分の顔を手で引っ叩いてバランスを崩す。 

建物の屋根を走り回る。

遅い。

僕ではない竜が、だ。

体捌きに精彩がない。どうやら翼の傷みが原因のようだ。

わざとらしく距離を取り、背後に回り込む。攻撃を誘う。

笑える事に簡単に乗って来る。

予想通り尻尾の一撃が迫る。

所詮は獣。

いい加減、何度も見れば余裕で反応できる。

妹特製の暴力的スパイスを刀に振り掛ける。

距離を読み。相対速度を合わせ、後方に跳ぶ。紙一重の回避。尻尾の先端が目の前に来た所で、カウンターで刀を突き刺す。

棘があった場所、人間でいう生爪が剥がれた場所だろう。

刀が手から離れる。

柄まで竜の尻尾に潜り込んだ。

「キュアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!」

本日一番大きい絶叫。

周囲の窓ガラスが割れ、衝撃に体が震える。

「エア、あのスパイス一体何を混ぜたんだ?」

竜が尻尾を振り回して悶絶しているぞ。

遠心力で刀を抜こうとするが、抉り込ませた刀はそんな程度では抜けない。

ダメ押しに翼に食い込んだアガチオンが、グリグリと肉に潜り込み痛みを与える。手を伸ばし引き抜こうとする竜の腕を、跳びかかり、ザモングラスの剣で斬り付ける。

大槌のような音が響く。

最後の業物だ。

一番手に馴染んで信頼の置ける剣。元の持ち主のように無骨で頑強で飾り気のない得物。

平均的なロングソードより肉厚の剣身。重い得物ではあるが、この厚さを並みの鍛冶が造り上げると倍の重さになる。

銀と鉄、それに解析できない不純物が混ざった鋼材。名を残さず剣を残した。無名の鍛冶が造り上げた逸品。価値が判る者が見れば、珠玉の無名剣である。

だが、この剣で竜の鱗は斬れない。

だが、竜如きでこの剣は壊れない。

「かかって来いッ! 叩き潰して、カレー粉で炒めてやるッッ!」

肉薄する。

竜に無数の刃を浴びせる。

剣戟を繰り広げる。

めくるめく魅惑の時間だ。

色が失せ、時間が粘質を帯び、巨大な死と紙一重で踊る。

ネズミのように地を這い。猫のように屋根を駆け。狼のように喰らい付く。

血が沸き、魂が燃える。

まさしくこれが生命なのだと実感できる。剣を振る度に再生点が減る。竜を剣で殴打する度、竜の爪を受け流す度、回避するだけでも、沸騰して湯気が上がる体を動かす度に、命が削れる。

恐らくは、直撃を受ければ再生点は空っぽになり体はバラバラになる。

しかし、それがどうした。

そんなもの、ありふれた死の一つだ。

冒険者を舐めるな。死に挑戦する物を舐めるな。

剣を振るう。

金属の不協和音が響く。残響を打ち消し立て続けに。鉄を鍛えるような剣の奏で。

僕は全ての攻撃を受け流し回避した。

放った斬撃は八十を超える。

短い時間だが、張り詰めた精神のせいか。ひどく遅く感じ、だが速くも感じた。

竜の片翼は周囲に血を振り撒き、僕のポンチョにも重たく滲みる。

残念だが、

「―――――――ッ」

致命傷は与えられていない。届かなかった。

竜の鱗の打撃耐性は、斬撃ほどではない。後、200も撃ち込めば肉を潰し骨を折る事ができる。しかしまあ、悲しいかな。後一撃で僕の再生点は尽きる。

これが限界。楽しい時間ほど早く過ぎる。

冒険者らしく危険な賭けだが、もう一度目を狙う。脳を貫く。竜も警戒しているだろう。自ら口に飛び込む危険な行為だ。

それがどうしたものか。

挑戦してやる。

剣で鱗を引っ掛け、ザギンッッと軽快な音を鳴らす。

すっかり目減りした建造物の屋根に降り立ち、大きく間合いを開ける。

彼我の距離は40メートル。

これ見よがしに剣を構える。

左手は柄を強く握り締め、右手は柄頭を握る。

見え見えの突きの体勢。

切っ先を竜の目に合わせた。もう変な絡め手は使わない。純粋に速く鋭く穿つ。

それだけの技。

故に極致。

「これで、お前を殺す」

殺気を練る。

体の全てを、これだけに特化させる。

これが最後。

貫く。貫き殺す! それ以外何もいらない!

威嚇と予備動作で、一歩踏み込む。

竜が一歩退いた。

「ク、ハッ」

笑みがこぼれる。

こいつ、怯えたぞ。

駄目だろお前。そいつは駄目だ。そんなデカい身体と至境の鱗を持っていて、こんな人間に脅えちゃ駄目だろ。

「ハッ、ハハハハハハハ!」

面白すぎて爆笑する。

だが刃は微塵も揺るがない。殺す事は絶対に止めない。お前は死ぬのだ。ここで絶対に殺す。

最低でも僕と共倒れ、最悪でも僕と共倒れだ。

僕は、お前を殺す事以外、何もいらない。

お前はどうだ?

冴え渡る感覚の中、刃が閃く。無我の極致による一撃。これには僕という存在全てを載せた。ちっぽけな存在だが、ちっぽけだから竜が殺せない理由にはならない。

さあ、死ぬぞ。

死ね。

—―――――—―――――――と。

殺気が解けてしまった。

「は?」

拳の唸りで空気が破裂した。

横合いから竜が殴り倒されたのだ。

脳震盪を起こした竜がノックダウンする。首が大通りに倒れる。スリーカウントを待たず、降り立った拳の担い手が竜の顎にもう一発。

巨体が跳ね上がった。空を飛んだ。竜もこんな形で飛ぶのは初めてだろう。グルン、グルンと回転して後頭部から着地。

ゴキャンっと骨が鳴る。

「お、おおおおおお」

彼女は叫び声も可愛い。

可愛いが、竜の額を捉えた拳は、人類がくらったら跡形も残らない威力だった。

腕力は強い気がしていたけど、これは異常だ。

細腕と小さい拳に、衝撃破を生むような破壊力があるとは思えない。竜の鱗を殴り付け、傷付けるほどの威力があるとは。

………………あ。

いや。ある。

簡単な事だ。

素手で竜を制した女がいるではないか。彼女にはその血が流れている。

神と契約した者の最大の役目とは、その神の伝説をなぞる事。ならば、神の血を継ぐものが、その神の伝説を再現してもおかしな事ではない。

剛腕のグラッドヴェイン。

ラナの竜を殴り付ける姿は、まさしくそれだった。

「てか」

あの、奥さん。

「ラナ、それはちょっと流石に」

ラナは大きく息を吸い。無呼吸連打で竜の腹を殴る。

ドドドドドドドドドドドドッ、と大瀑布のような奏で。

竜の腹がすり鉢状にヘコむ。

次は顔面に取り付き。

グシャ! ゴスゴス! ガリリリリ、ボクン! ガガガガガ、ベキンッ! 膝、肘で顔面の急所を陰湿に攻撃している。角の一本にヒビが走った。

返り血で白いローブが真っ赤になる。

流石に、竜が哀れである。

「よし! よい! やめい!」

大きな声が響く。どこからかと思ったら、竜の口から発された声だ。

な、まさか。

「ラナ、それ以上はいけない」

夢中で竜を甚振るラナを、後ろから羽交い締めにする。骨の二、三本は覚悟したが思ったより簡単に止める事ができた。

「え、あなた? ………………無事ですか!」

「僕は無事だが。君が、うわ」

再生点が尽きていた。彼女の拳の皮は、ズル剥けになっていた。骨は覗いていないようだが、浅い傷ではない。

竜を殴り付けた代償にしては安いのだろうが、女性の傷にしては深すぎる。痕が残らなければ良いが。

「あ、痛っ。いたた」

我に返って痛みが来たようだ。

竜の血で感染症にならないと良いが、一先ずポンチョを千切ってラナの拳に巻く。

お互い真っ赤である。

のそっと竜が体を起こした。よく見れば、知性のある瞳だ。

そいつは僕らを見下ろしていう。

「此度の降竜祭は、“痛み分け”で終わらせてやろう。ありがたく思うのだ。レムリアの小民よ」