Immortal Sage
Deepest
「『ハイエルフが世界樹を守護している』という伝承って事でしたが、其れらしい気配は感じませんね」
バルガナーン大森林の最深部と思わしき場所は近付いている筈だが、その様な高位の存在は気配さえも察知出来ずにいた。
ヴォクオーンから聞いた伝承では、世界樹の外周部をエルフ達が、世界樹近辺はハイエルフが守護している筈であった。
しかし、最深部間近まで迫った現在でも、人間種に属する者らしき気配や魔力は感知出来ないでいた。
クリスが不安な表情で言葉を発した真意、『既にヴェレダがハイエルフを殺害しているのでは?』という不安は、シズカ達も感じている物であり、だからこそ、誰も返事を返す事が出来ずにいたのだ。
「私の予測通りなら、世界樹は……この次元その物であり、その存在を察知出来ない仕掛けがある筈ですわ」
唯一、ホリーだけは、ハイエルフやヴェレダの気配を察知出来無い事が当然という確信を持っている。
そして、その先にウォルフが閉じ込められているという確信も……
ヴェレダが使った魔法陣により、この次元との因果を断たれたウォルフは、この次元から弾き出され、次元と次元の狭間にいるとホリーは仮説を建てていた。
ウォルフとこの次元を繋ぐ因果が断たれていたとしても、自分達とウォルフを繋ぐ因果は健在である以上、【神滅の剣(レーヴァテイン)】が再びウォルフとこの次元を繋ぐ因果を結びつける事は可能だとも……
「古代竜の領域みたいな感じって事か?」
周囲を眼だけで警戒しながら、マークがホリーに聞く。
マークが指摘した様に、この世界の中にありながらも隔絶された空間にこそ世界樹は存在するとホリーは仮説を建てていた。
そうでなければ、ヴェレダの様な者が現れた時点で、この世界を含む全ての次元は危機を迎えていた筈だからだ。
古代竜の領域に踏み込むには、古代竜グラノスの認可が必要であった様に、世界樹に到達するためには某かの条件があるのであろう。
ウォルフが此処に居れば、簡単に到達しているのだろうと皆は考えていた……
勿論、頭を抱えたくなる様な方法でだが……
「方法は考えてますわよ?」
そんな皆を横目で見ながら、ホリーは当然と云わんばかりの表情で宣言する。
「ある意味……、ウォルフ殿よりも恐ろしい事態が待ってる気がしますね」
「間違いないでしょ……」
淡々とした表情のホリーを見たシズカが呟き、カナデが相槌を打つ。
何の感想も洩らさず、表情に変化を見せないマーク達の様子が、シズカ達の不安を更に掻き立てる。
「ウォルフさんに会うためなら、あの人は……どんなヤバい事でも平然とやってのけるでしょうね……」
「マークさん達も、それを当然と思ってるのは間違いないし……」
この先に待ち受けるであろう、頭を抱える瞬間が確信に変わる中で、コダマとカガミがため息混じりの会話を交わす。
「ところで……ホリー、気付いているんだろうな?」
此処まで、スカウトとして先導していたマークが振り向き、ホリーに声を掛ける。
「目的地に着いたって事でしょう?」
「『着いた』って言うか、『着いてた』って事だろ」
感じる環境魔力は、とてつもなく濃い領域には入っていたが、特に違和感を感じていなかったシズカ達は、二人の会話に眼を見開く。
「どういう事ですか!?」
驚愕の表情で、シズカがホリーに問い掛ける。
「気付いて無かったのですか?」
「この風景は三度目だ……」
呆れた表情で問い返すホリーだったが、マークがシズカの疑問に対し簡潔に答える。
ひたすら北に向かっていた筈の【黒狼】だったが、マークの言葉通り、この場所に足を踏み入れるのは三度目だったのだ。
途中で曲がった訳では無い……
樹を避ける程度の事はあったが、方角を間違える程では無く、仮に間違えたとしても、綺麗に同じ場所を三回も訪れるなんて事はあり得ない。
周囲を警戒しながら進んでいたシズカ達だったが、風景その物には気を配ってはいなかった。
しかし、スカウトとして【黒狼】を先導して来たマークの目は、風景を含めた特徴を見逃す事は無かった。
ホリーがこの事態に気付いていたのは、彼女の予測の範囲内であったからだ。
「空間が歪んでいる?」
「えっ……此処から出れるんですか!?」
「帰れないって事ですか!?」
マークの返事で、事態を把握したタケル、コダマ、カガミがそれぞれ喚く様な声をあげる。
「やっと、目的地に着いたのに、帰ってどうするつもりですの?」
そんな三人に冷たくホリーが言い放つ。
「では、どうやってこの先に?」
ゴクリッと唾を飲み込みながら、シズカがホリーに問う。
「こうするんですわ……」
シズカの問いを受けたホリーが前を向いたまま答え、魔法の詠唱を始める。
「【次元断】!!」
かつて、ドゥニームが使った魔法【次元断】が、ホリー達の目の前の空間を切り裂いた。