Immortal Sage

World of the Original Murderer 4 Madness

レイスル王国の王都に戦慄の報告が入った。

『【死者の迷宮】で氾濫(スタンピード)が発生しようとしている』

王都近郊のダンジョンで氾濫が発生すれば、少なからず王都も被害を受ける事となる。

王城と冒険者ギルドでは氾濫を抑えるための方策、氾濫が発生した場合の対処方法、様々な事態を想定した動きを見せ始めていた。

「スヴェイン卿、騎士団、魔導師団の指揮を委ねる。スヴェイン伯爵家の名に懸けて事態を終息させよ!」

「はっ! 先祖代々、王家より賜りし恩義に応えてみせましょう!」

国王バルクⅢ世より総指揮官に任命されたラルフ=フォン=スヴェイン伯爵が、握った右手を胸の前に置き、軍礼で応える。

二ヶ月前、亡き父の爵位と役職を引き継いだばかりのラルフは、総指揮官の任に重圧を感じながらも勅命を奉じた。

先代伯爵であったカイン殺害の最重要容疑者であり、自身の弟であるウォルフの行方は依然として知れず、凋落した家名と信用を復権させなければならないラルフの胸中に、焦りが無かったとは言えない。

その焦りがスヴェイン伯爵家のみならず、レイスル王国に更なる不幸を呼び込む事になるとは、この時点で誰も予想していなかった。

何時、氾濫が本格的に始まるのか分からない状況で、レイスル王国の主力軍は、ダンジョン【死者の迷宮】を包囲していた。

「この数年、氾濫の気配は報告されていません。此度の氾濫は異常事態であり、人為的な現象も可能性としては棄てきれません」

ダンジョンでの活動を主とする、冒険者達を纏める冒険者ギルド長が、ラルフに冒険者ギルドの見解を上奏した。

「何者かの陰謀とでも言うのか!?」

作戦参謀として幕舎に控えていたゲインが、馬鹿馬鹿しいといった声を挙げる。

その反応は、ある意味当然の物である。

古代から続くダンジョンの神秘性に、人間が干渉した事例など皆無なのだ。

『そんな力を持つ存在がいる筈が無い』

それは、幕舎内で作戦策定に関わる人間の総意であり、常識でもあるのだから……

「冒険者ギルドの報告義務について議論するのは後だ。とにかく、この事態を終息させるために我等がいるのだ」

冒険者ギルドが自らの失態を誤魔化そうとしている、と判断したラルフは正攻法で氾濫を抑える判断を下した。

【死者の迷宮】に出現する魔物は例外無く不死者(アンデッド)であり、鍛え上げられた騎士団ならば、個々の戦力で圧倒出来る筈と考えたのだ。

「なっ、魔導師団が全滅しただと!?」

ダンジョン【死者の迷宮】内に突入した騎士団と魔導師団はほぼ壊滅、生き残り脱出して来た騎士団員の報告は、ラルフ達の顔面を蒼白にさせた。

「魔導師団長のリーヴァル嬢は!?」

「いきなり、我々の前に現れた……弟君、ウォルフ=スヴェインの手で……」

「ウォルフだと!?」

国王から預かった兵力を壊滅させた失態だけでも、スヴェイン伯爵家の未来は閉ざされたと言える。

その上、王族に列なる公爵家の令嬢を失った事実は、ラルフの判断を狂わせた。

しかも、この事態を引き起こしたのが、父の仇である弟ウォルフと聞いては冷静でいられる筈が無い。

「俺とゲインを先頭に、残った者でウォルフを討つ!」

周囲の者達は止めるべきか迷ったが、現状レイスル王国最強の剣士二人を先頭に、氾濫の元凶を討つ以外に自分達の未来は無いと理解している。

結局、彼等に残された選択肢は、有って無い様なものであった。

「ウォルフ………貴様!」

ダンジョンに突入したラルフ達が、苦労の末辿り着いた最深部で目にしたのは、裸に剥かれ手足を拘束されたクラウディア=リーヴァルと、彼女を凌辱したであろうウォルフの姿だった。

「相変わらず、無粋な奴等だ……」

クラウディアから身体を離し、黒いローブを羽織りながらウォルフは眉間に皺を寄せる。

「この恥知らずが!」

怒りの感情を叩き付ける様に叫んだゲインが、次の言葉を紡ぐ事は無かった。

ウォルフが右掌を向けただけで、ゲインの腹部には大きな穴が穿たれていたからだ。

酷薄な笑みを浮かべ歩み寄るウォルフの姿に、ラルフ以外の者達が恐慌を起こす。

「ひっ、ヒイイイィィィ……」

「助けてくれぇっ!」

悲鳴をあげながら逃げ出す騎士達を、ウォルフが放つ魔力の矢が刺し貫く。

敢えて急所を外し、長く苦しみながら事切れる様に……

ウォルフの悪意と狂気を、騎士達の呻き声が彩る。

「…………お前、本当にウォルフ……なのか?」

得体の知れない化け物を観る眼でラルフが声を絞り出す。

そんな兄の言葉に、ウォルフは更なる狂気を浮かべた笑みで応えるのであった。

「この女は俺が飼ってやるよ……兄さんには死んで貰う!」

魔力の矢がラルフの両脚を吹き飛ばし、動けなくなった事を確認したウォルフは、ラルフの周囲に炎の壁を展開し、時間を掛けて兄を焼き殺す事を選んだのだった。