随分早く、頂上に着いてしまった。

あたりは一面の雪景色で、決戦前だというのに静けさすら感じさせる。

カナ達はまだ、こちらに向かっている最中だろう。

それとも既に上り終えていて、どこかに潜伏しているのか?

感知系の能力を持たない俺では、サーチすることなど出来ない。

俺が連れてきたカナに、生命感知を依頼する。

「どうだ、人の気配はあるか」

「……ないけど」

酷い仏頂面である。

信頼など皆無。あくまで力で繋ぎ止めた関係。

嘘をついている可能性は十分にある。

もう少し心を開いて貰わなければ、情報に確証が持てない。

「そういえばカナは、一体どうやって人を増殖させる方法を思いついたんだ? 普通こんなの考えつかないだろ」

「……?」

話題などなんでもいいので、とりあえず話を振ってみる。

「いや、原理はわかるんだけどな。でも人間で試そうだなんてまず思わないだろ。頭の中に理科の実験の知識があったとしても、それと生身の人間を結びつけるのは無理だ。まさかいつもこんなこと考えてたのか?」

「……あっちの世界で……教わらなかったの……?」

カナは困惑しているらしかった。

今の質問に、ここまで戸惑う要素があっただろうか?

「教わる?」

「そもそも異世界人を作った方法がこれだって、言われなかった?」

「どういう意味だ?」

なんでもないことのように、カナは告げる。

「地球人を分割して、コピーして。その片方を持ち帰って増やされたのが、異世界人でしょ?」

「……なんだそれは。初耳だが」

「ふうん? 中元さんのいた世界ってかなり不親切だったみたいだし、あんまり情報を与えられなかったのかもね」

もう話は済んだとばかりに、カナはしゃがみ込んだ。

「も、いいよ。うち諦めたから」

「何をだ?」

「……抵抗しないから。その代わりうちと裕太は殺さないでよ」

「わかってる。約束だ」

カナはどこか遠い目をしながら、「二十人くらい来てるよ」と囁いた。

「多いな」

「また増やしたんでしょ、うちのことだから。どうせ無駄なのにね」

山道に目を向けると、誰もいないはずの雪道に、続々と足跡が増えている。

わざわざ雪の積もった山を選んだ甲斐があった。これでは隠蔽など無意味だろう。

カナ達の方もそれを悟ったのが、次々に隠蔽を解除していった。

「クソオヤジ!」

集団の中の一人、赤いマフラーを巻いたカナが、鬼の形相で怒鳴りつけてきた。

俺の隣でへたり込んでいるカナはすっかり従順になっているのに、あちらのカナは未だ戦意が健在。

同一人物だというのに、経験の差が出るだけでこうも違うというのか。

「わかってんの!? うちら二十人いんだからね! あんたがうちの十倍ちょっとのステータスあったとしても、これならこっちが有利なんだけど!?」

「やってみなきゃわかんないだろ?」

ザクザクと雪を踏みしめながら、カナの群れに近付く。

「もーやめよーよ! 無理だよ! その人のいた異世界って、うちらがいたとこと全然違うし! あんなとこで戦ってた人に、勝ち目なんかないって!」

背後で、俺に白旗を上げた方のカナが声を上げた。

無謀な戦いを繰り広げんとする分身達に、精一杯の助言をしたつもりなのだろう。

しかし、それが聞き届けられることはない。

「うちの顔でふざけたこと言うな!」

叫びながら、マフラーのカナはもう一人の自分に魔法を放った。

手のひらから放たれた光弾が、冴木カナの肩を撃ち抜く。俺のパーティーメンバーとなった冴木カナを。

裏切り者への懲罰行為。

だがそれは、滅びの予兆でしかない。

【勇者ケイスケは、パーティー内年少者の負傷を視認】

【ユニークスキル「父性」が発動しました】

【180秒間、ステータスとスキル倍率を上方修正し、状態異常を無効化します】

【HP+1000%】

【MP+1000%】

【攻撃+1000%】

【防御+1000%】

【敏捷+1000%】

【魔攻+1000%】

【魔防+1000%】

【スキル倍率✕10】

「馬鹿な真似を。せっかく縮めた戦力差がまた広がったじゃないか」

せめて苦痛のないように終わらせてやろう。 

俺は上段に構えると、右手に魔力を込めた。

最大出力で光剣を生成し、肥大化させる。

倍率を強化され、全長が数十メートルに達したそれは、もはや剣というより光の柱だった。

世界が、白い光に満たされる。

まるで頭上に、もう一つの太陽が生じたかのよう。

「なにそれ……」

恐れおののくカナの集団に向けて、ゆっくりと剣を振り下ろす。

「聞いてない……! こんなの聞いていないよ……!」

ボウッ。

と音を立てて、純白のプロミネンスは哀れな犠牲者を飲み込んでいく。

「やだ、やだ、やだあああああああああ! やだああああああああー!」

雪が蒸発し、山肌がむき出しになる。

無音の空間で、淡々とシステムメッセージが視界を流れていく。

【中元圭介は戦闘に勝利した!】

【EXPを200000獲得しました】

【スキルポイントを20000獲得しました】

「終わったのか」

俺は生き残ったカナを連れて、下山した。

俺に恭順の意を示すことで生存した、たった一人のカナと共に。