事態が動き始めたのは、それから十分ほど過ぎた頃だった。

「ん、あれかな」

受付付近に、なにやら人相の悪い男達が集まり始めている。

やがてしばらくすると、彼らに引きずられるようにして一組の親子連れが現れた。

やたらヘタヘラした父親と、真っ青な顔で俯く娘。

間違いない、写真で見たあの子だ。どういうわけか今日の髪型は、幼さを強調するかのようなツインテールになってるけど。

……なるほど、ロリコンに高く売るためのヘアスタイルにしてきたってわけか。

本当に趣味が悪いったらありゃしない。

「どうします? このまま身柄を確保しちゃいます?」

いつの間にか俺の背後に回り込んでいた加藤さんは、押し殺した声で言った。

何気にこの人も身のこなしがいいよな。

「何か理由をつけて、怪しまれないように近付けるといいんですけど」

「権藤がなんとかしてくれるんじゃないかな」

俺はチラリとJK大好きヤクザに視線を向けた。

今回のミッションが成功するかどうかは、あいつにかかっている。ちゃんと内通者としての仕事を果たしてくれよ……と心の声で念じていると、権藤は「任せろ」と言いたげに親指を立てた。

「あ、やっぱり何か考えがあるんだあいつ」

権藤は大股で親子連れの元に歩み寄ると、周囲の黒服達と話し込み始めた。何度も俺の方を振り返り、俺の顔を指さし、俺の名前を持ち出して熱弁をふるっている。

……なんだ? 俺を交渉材料に使っているのか?

周りの男達も俺の方を見ては、嫌な感じのする笑いを浮かべてるし。

「まさか権藤の奴、俺を売ったんじゃないだろうな」

「所詮やくざ者ですね。やはりあの男は射殺した方がよい」

俺と加藤さんは二人がかりで早坂さんを落ち着かせるという、無駄な作業に労力を割かれることとなった。

加藤さん曰く「恵は正義感が強すぎて、こんな犯罪者だらけの空間は耐えられないんだと思う、だから今日ちょっと変なの!」とのこと。

ほーん、で、それが?

俺は平常心そのものな態度で早坂さんをなだめ続ける。

すぐ発砲したくなる女性警官なんて、俺の周りにいる女子全体で見ればマトモな部類に入るしなぁ。

俺を甘やかすために大人用紙おむつをまとめ買いしてきたアンジェリカとか、

それを自分用の調教器具と思い込んで勝手に発情したリオとか、

全てを察して嫉妬のオーラを放つ綾子ちゃんとか、

無言でおむつを装着したフィリアとか、

フィリアの変わりように泣きじゃくりつつも若干羨ましがってたエリンとか、

「私は実の娘なんだから、父上にオムツ穿かせるのもお風呂に入れるのも介護とみなされるよね、合法だよね」と屁理屈で理論武装しながらじりじりと迫って来たクロエとか、

もうとにかくろくな奴がいなかった昨日の夜を乗り越えた俺にとって、たかが乱射魔婦警くらい可愛いものよ。

「凄い……中元さん、相当の修羅場をくぐり抜けてきたんですね。恵の狂乱っぷりを見て全く動じないなんて……!」

「伊達に地獄は見てきてないさ。そら、話はついたようだぞ」

権藤は首をポキポキと鳴らしながらこちらにやってくる。

裏切ったわけではない、俺の勘はそう告げていた。

「旦那、あの子を連れだしてさっさととんずらしてくれや」

「……信じてたぞ。ところでどうやってあいつらを説き伏せたんだ?」

人身売買マーケットを黙らせるなんて、一筋縄じゃいかないだろうに。

権藤はタバコに火を点けながら答えた。

「簡単なこった。旦那があのJCを買いたがってるって言ってきたんだよ」

「おい」

「楽勝だったぜ? なんせ旦那は現役JKと婚約してるし、十代の少女に囲まれてデレデレと司会やってるし。あー、中元なら少女買春くらいするわな、って皆納得してくれたぜ。日頃の行ないってやつだな」

「おい!」

「というわけで、これから旦那はあのお嬢ちゃんとラブホに行ってくれや。怪しまれないように二~三時間ほど休憩したら、あとは好きなとこに解放してやればいいさ」

「……金はどうすんの?」

「そこは公安が気前よく払ってくれるんじゃねーのか?」

そうなの? と俺は加藤さんの方を振り向く。

「……確かにおとり捜査中ならば……相手の信用を得るために非合法な商品を購入することもあります。ですが……」

「ほうら、あの子もそう言ってる。おまわりさんのお墨付きってわけだ。買うのが女子中学生だからためらってんだろうが、これは本質的には捜査の一貫だ。潜入捜査官が麻薬の売人を騙すために、わざと少量のヤクを買ったりするだろ。それと同じことじゃねーか。どうすんだ旦那? 何時までもぼーっとしてると不審がられるぞ」

権藤の言う通りだ。迷っている暇はない。

「……わかった」

俺は顔を上げ、哀れな女子中学生の元に向かう。

決して怪しまれないように。

イメージするのは最低の自分。

裏社会にズブズブに浸り、少女買春に目が無い変態おじさん、それが今の俺だ。

自分を欺け。

良心を封じろ。

俺の演技で、あの子を救うんだ。誇りなんてドブに捨てちまえ!

「やあ」

俺は怯える少女に声をかける。

そして、にんまりと口角を持ち上げて言った。

「おじさんとホテルで遊ぼう!」