深夜の住宅街。

「ここが、ターゲットの家か?」

「表札の名前も同じなのである。間違いないのである」

「さっさと殺そーよー。早く帰りたーい」

物騒な会話を繰り広げる3人の男女が、闇に潜んでいた。

「メルト。殺害はやむをえない場合なのである。まずは捕獲なのである」

「はーい」

「トイ、メルト、無駄口を叩くな。いくぞ」

そう言い放ち、男の1人が家の敷地へ踏み入ろうとする。だが、見えない壁に阻まれ、前に進めない。

「なんだこれは!?」

「バリアを張る、異能なのである?」

「どいてどいてー、私が溶かすよー」

戸惑う男たちを他所に、メルトと呼ばれる少女はその見えない壁に触れる。

「……あれ?」

しかし、何も起こらない。

「ふむ、主人に結界を張ってもらったのは正解だったな。龍海(たつみ)に教わった術式も、しっかりと機能しているようだ」

「「「!!?」」」

3人は驚き、ブロック塀の上を見る。すると、そこには1匹の黒い猫がいた。

「さて。この結界に阻まれたという事は、悪意を持ってこの家に踏み入ろうとしている。という事で、間違いないか?」

当たり前のように言葉を話す猫の姿に、3人は困惑した。だが、すぐに冷静さを取り戻し、状況を分析する

「動物を操作する、異能か?」

「変身の異能で猫の姿になっている可能性もあるのである」

「トイの言う通りなら、おもしろいねー。猫の姿のまま溶かしたら、どうなるんだろー?」

3人の言葉に、黒い猫は怪訝な顔をする。

「ねーねー、この猫殺そーよー」

「ダメなのである。この猫がターゲットの可能性もあるのである」

「ここは俺がやろう。捕縛すれば、なんらかの反応があるはずだ」

そう言い、男は黒い猫へと手を掲げる。

「ふむ。何を言っているのかはわからんが、こちらの質問には答えてくれないようだな……」

そう呟き、黒い猫は小さな溜息をついた。

札幌市内某所に急遽建設された、とあるビル。

そこの一室に設置されたモニターには、2人の老人と1人の老婆が映し出されている。そして、その映像と会話をする1人の女性がいた。

『チエ。急設の支部だけど、調子はどうかしら?』

「フレア様。人員、機材、共に充分です。問題はありません」

『フレア』と呼ばれた老婆の質問に、『チエ』と呼ばれた女性は淡々と答える。

『ところで、ディエスを倒した相手は判明したのかね?』

続けて、老人の1人がチエへと話しかけた。

「はい、フォン様。ディエスを倒したとされるターゲットには先ほど、『メルト』と『トイ』を向かわせました」

『ランクAに最も近いあの2人をか!?やり過ぎでは無いのかね!?』

フォンと呼ばれる老人が、驚きの声をあげた。だが、それは当然の反応だろう。

メルトと呼ばれる少女には、触れた物を液化させる『溶解』の異能が備わっている。触れさえすれば、どんな生物であっても死に至らしめることができ、迫り来る刃を溶解させることで攻撃を防ぐことも可能だ。当たりどころによっては、銃弾すらも受け流す事ができる。

汎用性の高い、攻防一体の能力なのである。

そして、トイと呼ばれる男は『玩具』という異能を備えている。周囲の物質を利用し、命令を忠実に聞く人形を12体まで作製できる異能だ。人形の大きさや性能は使用した物質や作製時間に影響されるが、たった1体で武装兵士一個分隊を凌駕する強さの人形を作製することもできる。

つまり、彼1人で一個中隊を超える戦力を作り出すことが可能なのだ。

「その2人だけではありません。可能であれば捕縛をと考え、セフェクも向かわせました」

『ランクAのセフェクも送り込んだというのか!?』

フォンと呼ばれる老人は、再度驚きの声を上げる。

『フォン、落ち着け。わしは、チエの判断を尊重するぞ。不意打ちとはいえ、ランクAのディエスを倒した相手だ。捕獲を考えるならば、ランクBが2人では心許ない』

『ですが、メナス様。適切に運用すれば、国家を混乱に陥れられるほどの戦力ですぞ?それを、たった1人の一般人になど……』

『どんな偶然が重なっても、一般人がディエスを倒せる筈はないわ。彼も異能者だと考えるのが自然よ。私も、チエの判断を尊重するわ』

フォンと呼ばれる老人は、その言葉に押し黙る。

『取り敢えず、今はその3名の帰りを待つとしよう。ターゲットを捕縛もしくは始末した後は、ディエスが果たせなかった任務、『寒熱』『付与』『結合』の捕獲を行う。それで異論はないな?』

『構わないわ』

『……わしも、異論はありません』

『それでは、ランクA、チエよ。滞りなく頼むぞ?我らが、神へと至る為にな』

「かしこまりました」

チエの返事と同時に、モニターの映像は途絶える。

そして、任務の経過を確認するため、チエは自らの異能を発動した。

「セフェク、トイ、メルトは……えっ?」

ターゲットの捕獲へと向かわせた3人の現状を知り、チエは驚愕するのだった。

「運ぶのを手伝ってもらい、悪いな」

「カー」

『気にするな』とでも言うように、カラスはひと鳴きした。

「カ、カー」

「大丈夫だ、怪我はしていない。それよりも、近所迷惑にならなかったかが気掛かりだな」

「カー、カ」

『確認したが、誰も起きてはいないようだぞ』とでも言うように、カラスは鳴き声を発した。

「そうか、それならば良かった。しかし、この街は思った以上に物騒なのだな。これでは主人が心配だ。護衛を付ける必要があるかもしれん」

「カーカー」

「む?お主がやってくれるのか?確かに、空を飛べるお主ならば適役か」

「カー」

「それでは、お願いできるか?」

「カー!」

『任せてくれ!』とでも言うように、カラスはひと鳴きした。

「それでは、儂らも寝るとするか」

「カー」

仕事を終えた1匹と1羽は、玄関に設置された猫用通路を通り、それぞれの寝床へと戻っていった。