Isekai Ryouridou
Accommodation Town Exchange, Again ② - Daily Happiness
それから数刻の後、俺たちは予定通り、《西風亭》に腰を落ち着けていた。
後から合流したアイ=ファとジョウ=ランも、同じ席についている。とはいえ、前回と同様に、森辺の民はあちこちの席に散っていたので、ジョウ=ランなどは遥か遠くだ。俺たちと同じ卓に陣取っているのは、ベンとカーゴの悪たれコンビであった。
「それにしても、まさか王都の貴族に盗み見されてたとはなあ。合戦遊びに夢中で、これっぽっちも気づかなかったぜ」
《西風亭》のギバ料理に舌鼓を打ちながら、そのように述べたのはベンだった。とたんにアイ=ファが眉を寄せたので、カーゴが陽気に笑い声をあげる。
「アイ=ファはよっぽど、その貴族が気に食わねえんだな。でもまあ何も悪さはしてないんだから、そんな目くじら立てることもねえだろう?」
「わかっている」と応じてから、アイ=ファは俺にだけ聞こえる声でぶつぶつとつぶやいた。
「しかし、あやつが現れることを予想していたなら、一言ぐらい伝えてくれればよいものを……ガズラン=ルティムにしては、ずいぶん不親切ではないか」
「なーにをぶつぶつ言ってるんだよ? ほら、新しい料理が来たぜ!」
ユーミの母親であるシルが、新たな木皿を運んでくる姿が見えた。木皿の中身は、ミソを使った汁物料理である。《西風亭》においても、無事にミソは買いつけられることになったのだ。
同じものを配られて、他の席では歓声があがっている。森辺の民に、宿場町の若衆に、あとは宿泊客や通りすがりのお客も詰めかけて、本日も《西風亭》は満員御礼であった。
「お、こいつもなかなかいけるじゃねえか。ルウ家の屋台で売られてる汁物料理とも、ちょいと具合が違うようだぜ?」
ベンの言葉を受けて、俺は「どれどれ」と木匙を取り上げた。
まずはスープだけをすくってみると、ずいぶん質感がもったりしている。まるでシチューか何かのようだ。そうして味を確かめてみると、カロン乳の風味が豊かであり、まさしくミソ入りのクリームシチューを思わせる仕上がりであった。
「ああ、なるほど。これは面白い試みだね。……レイナ=ルウは、どう思う?」
俺はレイナ=ルウと背中合わせの席であったので、首をのばして問うてみた。レイナ=ルウは、真剣な面持ちで振り返ってくる。
「試みとしては、面白いと思います。もう少し、ミソとカロン乳の分量を考えて……あとは何か、出汁を加えて深みをもたせたいところですね」
「ああ、確かに。それと、タウ油や砂糖なんかで味を調える余地がありそうだよね。あとでユーミに提案してみようか」
「そうですね。わたしは何だか、手を加えたくてうずうずしてしまいます。あとほんの少しで、確かな調和が得られるような気がしてしまうのですよね」
これはもう、森辺のかまど番の職業病みたいなものだった。
まあ、このような内緒話を続けるのは野暮なことだろう。俺は自分の卓に向きなおり、料理と談笑を楽しむことにした。
「しっかし、ツヴァイ=ルティムには驚かされたよ! あと、ラウ=レイのやつにもな。数ヶ月前に合戦遊びを覚えたとは思えないような手並みだったよ」
若衆の中ではのんびりとした気性のカーゴが、今日はけっこう饒舌である。あの後もカーゴは何度か対戦していたが、ツヴァイ=ルティムには1度も勝つことができず、ラウ=レイともほぼ五分の戦績であったようなのだ。
「アイ=ファは来るのが遅かったから、勝負できなかったな。アイ=ファもずいぶんと腕を上げてるんだろ?」
「それはまあ、覚えたての頃よりは巧みになっただろうとは思う」
「次の機会には、よろしく頼むぜ? 俺もちょっと、気合を入れて腕を磨いておくからよ!」
カーゴやベンが熱心に水を向けてくれるので、愛想のないアイ=ファもそれなりに会話に加わることができていた。また、アイ=ファにしてみても、家で静かに過ごしたいだとか、俺の料理を口にしたいだとか、色々な本音を呑み込んで、宿場町の人々と絆を深めようとしているのだろう。
ヤミル=レイやツヴァイ=ルティムも、それは同じ心境であるのかもしれない。彼女たちはそれぞれの家長とともに、ちょっと離れた席で宿場町の若衆と卓を囲んでいる。そちらではどのような会話が為されているのか、俺としてもいささか気になるところであった。
「レビとテリア=マスも、来りゃあよかったのにな。せっかくの集まりだってのによ」
「ああ、確かにね。今日はちょっと、人手の都合がつかなかったみたいだよ」
「あっちの宿屋も、毎日繁盛してるみたいだしな。……にしても、あいつら、いつになったらくっつくんだろうなあ? 屋台の商売も順調みたいだし、そろそろ頃合いなんじゃねえか?」
「……森辺においては、余所の家の婚儀に口出しをするのは非礼とされている」
「でも、あいつらは森辺じゃなくって宿場町の民だからな。適当に冷やかしてやるのが、親切ってもんだよ」
「冷やかすことが、親切であるのか?」
アイ=ファが心から驚いたように、目を丸くする。その反応が面白かったのか、ベンとカーゴは笑い声をあげていた。
「まあべつに、こっちは親切心で冷やかしてるわけじゃねえけどよ。でも、周りに囃し立てられたら、それに気持ちを後押しされることもあるだろ? 似合いの連中を似合いって言ってやるのは、まあ親切なんじゃないのかね」
「なるほど……心から納得することは難しいが、それで正しき道が開かれることはありえるのやもしれんな」
「そうそう。ま、アイ=ファとアスタには後押しなんて必要ねえんだろうけどさ」
アイ=ファの瞳がぎらりと光り、「おっかねえよ!」とベンを椅子ごと後ずらせることになった。
そこに、料理をのせた盆を手に、ユーミが近づいてくる。
「あー、やっと手伝いが終わったよ! みんな、盛り上がってる?」
「なんだよ、ジョウ=ランのところに行かなくていいのか?」
「うっさいよ! ……あっちは席が埋まってたんだから、しかたないじゃん」
「だったら、あっちを呼びつけりゃあいいだろ。しかたねえなあ。俺が呼んできてやるよ」
ユーミが止めるのも聞かず、ベンはさっさと席を立ってしまった。それを見て、カーゴも残っていた料理を口の中にかきこむ。
「俺はちょいと、ラウ=レイたちと話してくるよ。邪魔者あつかいは御免だからな」
「もう! 余計な気は回さなくっていいったら!」
顔を赤くするユーミを尻目に、カーゴも立ち去っていく。ユーミは「もう!」を連発しながら、やけくそのように果実酒をあおった。
「……お前は他の者たちにも、ジョウ=ランとの一件を打ち明けたのか?」
「あたしは、なんにも言っちゃいないよ! あいつらが勝手に気を回してるだけさ!」
「そうか。ならばいっそ、すべてを打ち明けてはどうだ? あやつらは、お前の大事な友であるのであろう?」
アイ=ファはかねがね、その一件を気にかけていた。レビやテリア=マスには打ち明けた話を、ベンやカーゴには秘密にしているというのが、森辺の価値観には合致しないゆえであるのだろう。ユーミはますます顔を赤くしながら、アイ=ファのことを見返していた。
「そういう話は、べらべら喋る気になれないんだよ。あいつらなんて、冷やかすに決まってるからさ」
「……冷やかすという行いもひとつの親切であると、私はついさっき耳にしたところであるのだが」
「そんなの、冷やかす側の理屈でしょ? あたしは……あたしもまあ、ヴィナ=ルウを冷やかしちゃったりすることはあるけどさあ」
「ならば、なおさら打ち明けるべきではないか?」
ユーミは、ぐったりと突っ伏した。
「やめてー。そんな真っ直ぐな目で追い詰めないでー。……アイ=ファだって、こういう話を打ち明けるのは気恥ずかしいでしょ?」
幸いなことに、ユーミは卓に突っ伏していたので、アイ=ファは頬が赤くなるところを見られずに済んだ。
「私はべつだん、心情を打ち明けるべきだと言っているわけではない。お前の家とランの家が、どのような形で正しき道を探そうとしているか、それぐらいは知らしめておくべきではないかと考えたまでだ。それを正しく知らしめれば、むやみに冷やかそうという気持ちも失せるかもしれんではないか?」
「そんなことないよー。あいつらは森辺の民とは違うんだから。いっそう調子に乗って冷やかしてくるに決まってるさ!」
「そうか。……それではいささか、悩ましいところだな」
ユーミは少しだけ顔をあげると、「あは」と笑い声をあげた。
「なんか口調は堅苦しいけど、普通の年頃の娘同士っぽい会話じゃなかった? アイ=ファとこんな話ができるとは思わなかったなあ」
「そうか」と応じながら、アイ=ファは赤みがかった頬を撫でていた。
そこに、ジョウ=ランがひょこひょこと近づいてくる。
「ああ、ユーミ。ようやく仕事が終わったのですね。ベンが知らせに来てくれました」
「うん、まあね。……あの馬鹿はどうしたの?」
「馬鹿というのがベンのことでしたら、俺が座っていた席に座っています。席を交換すればいい、という話であったので」
ベンもきっと、カーゴと同じように気を利かせたのだろう。笑顔でユーミの隣に座したジョウ=ランは、不思議そうに小首を傾げた。
「ユーミ、いくぶん顔が赤いようですよ。果実酒を飲みすぎたのでしょうか?」
「何でもないよ! あんたは気にしなくていいから!」
「そうですか。果実酒の飲みすぎには気をつけてください」
ジョウ=ランは、にこにこと笑っている。それを魅力的と思う人間も、とぼけたやつだとげんなりする人間も、ともに存在することだろう。俺としては――前者が7割、後者が3割ぐらいの比率だった。
(ユーミが森辺の民だったら、とっくに婚儀を申し入れている、なんて言ってたもんな、ジョウ=ランは)
それは奇しくも、ディック=ドムがモルン=ルティムに告げた言葉と非常に似通っていた。立場に差異はあれども、彼らはかなり似通った境遇に身を置いているのだった。
(ジョウ=ランとユーミ、ディック=ドムとモルン=ルティム、ラウ=レイとヤミル=レイ、シュミラルとヴィナ=ルウ……それにいまでは、モラ=ナハムとフェイ=ベイムもか。みんな、簡単には婚儀をあげることのできない相手に懸想しちゃったんだよな)
そしてそれは、俺とアイ=ファも同じようなものだった。
だから俺は、彼らの境遇を他人事と思えないのだろうか。
もちろん、シン=ルウやララ=ルウ、レビやテリア=マスにだって、幸福になってもらいたいと願っている。しかし、それよりも困難な状況にある人々のほうに、俺はより強く感情移入してしまうのだ。
(もしかしたら……俺とアイ=ファも、そんな風に思われてるのかもしれないけどな)
そんな風に考えながら、俺はアイ=ファのほうを振り返った。
料理の残りをついばんでいたアイ=ファは、俺のほうに向きなおり――そして、一瞬で顔を赤くする。アイ=ファは俺の肩を引き寄せて、耳もとに口を寄せてきた。
「やめんか。どうしてそのような目で、私を見るのだ?」
「アイ=ファによく言われる台詞だけど、こういうとき俺はどんな目をしているんだろう?」
俺が囁きかえすと、アイ=ファに右耳をきりきりとひねられた。「痛い痛い!」とわめいてしまうと、正面のふたりがけげんそうに見やってくる。
「どうしたの? アスタが何か悪さでもした?」
「アイ=ファも果実酒を飲みすぎたのですか?」
「何でもない!」と言い放ち、アイ=ファは俺の右耳を解放してくれた。すぐに痛みは去ったので、相当に手加減はしてくれていたのだろう。
「なー、ユーミはまだ歌わねーのか?」
と、後ろの席からルド=ルウが呼びかけてくる。ユーミはすすっていたスープをふきだしそうになっていた。
「な、なんであたしが、毎回歌わなきゃなんないのさ? ていうか、どうしてルド=ルウがそんなこと知ってんの?」
「ここで歌って評判がよかったから、フォウの祝宴でも歌うことになったんだろ? 確かにユーミの歌って、なんかすげーもんなー」
ルド=ルウも、フォウとスドラの婚儀の祝宴で、ユーミの歌を耳にしていたのだ。ユーミが「まいったなー」と頭をかいていると、ジョウ=ランがびっくりまなこで振り返った。
「ユーミは、歌わないつもりだったのですか? 俺はユーミの歌に合わせて横笛を吹くことを、とても楽しみにしていたのですが……」
「だってさー、あんまり知り合いが多いと、やっぱり小っ恥ずかしいんだよ」
「そうなのですか……俺はユーミの歌に合わせて横笛を吹いていると、何だかとても幸福な気持ちになれるのです。指一本ふれていないのに、ユーミとひとつになっているような心地になれるのですよね」
ユーミは再び顔を赤くして、ジョウ=ランの背中をひっぱたくことになった。
「あ、あんたねー、大真面目な顔して、何を言ってんのさ!」
「何か、おかしかったでしょうか? でも、それが本心です。……ユーミが嫌でなかったら、今日も横笛を吹かせてもらえませんか?」
真剣な面持ちをしたジョウ=ランの瞳に、哀切なる光がたたえられている。ユーミは頭をかき回してから、もう一度その背中をひっぱたいた。
「わかったから、そんな目で見ないでよ! ……ったくもう、でっかいなりして、子供みたいなんだから……」
「それはやはり、弟のように感じられてしまうということでしょうか?」
ジョウ=ランが慌てた様子で身を乗り出すと、ユーミはまだ手をつけていなかった焼きポイタンをその口の中に突っ込んだ。ジョウ=ランは首を傾げつつ、とりあえず焼きポイタンを咀嚼している。
(なんか、ジョウ=ランも少し犬っぽく感じられるな。ラウ=レイとは、犬種が違うみたいだけど)
俺は笑いを噛み殺しながら、そのように考えた。
それからしばらくして、料理を食べ終えたユーミとジョウ=ランが席を立って、室の中央に進み出ていく。それだけですべてを察した人々は、早くも歓声をあげていた。
「えーと、しかたないから、何曲か歌うよ。あんたたち、何が聞きたいの?」
とたんに、さまざまな曲名があちこちから提案される。「いっぺんに言われてもわかんないよ!」とわめくユーミを横目に、俺はアイ=ファへと語りかけた。
「今日もユーミの歌を聞けるなんて、幸運だったな。ジョウ=ランも吹ける曲がずいぶん増えたみたいだから、また新しい歌が聞けるかもしれないぞ」
「そうだな」と応じるアイ=ファは、仏頂面であった。アイ=ファとて、ユーミの歌には並々ならぬ好感を抱いているはずであるのに、何やらご機嫌ななめのようである。
「どうしたんだよ? まだフェルメスのことを気にしてるのか?」
「うむ。あやつが私のいない場でアスタと語らうのは、やはり気にくわん」
「俺はほとんど、語らってないけどな。今日のフェルメスは、ガズラン=ルティムに夢中だったみたいだからさ」
「そのガズラン=ルティムの言いようも、私は気にかかる。あやつが気の毒というのは、いったいどういうことなのであろうな?」
アイ=ファの目つきは真剣であったので、俺も真剣に答えることにした。
「それはやっぱり、見果てぬ願いに身を焦がしていることが、気の毒に思えたんじゃないのかな。この世のすべてを見届けたいなんて、それはやっぱり人間の身には余る行いなんだろうしさ」
「当たり前だ。あやつは本心から、そのような戯言を述べたてていたのか?」
「うん。これ以上ないぐらい、本気だったと思うよ」
アイ=ファは真剣な目つきのまま、ゆっくりと首を横に振った。
「それはあまりに、愚かな考えだ。あやつはどうして、そのような妄念に取り憑かれてしまったのであろうな」
「どうだろう。俺にはそんなこと、理解できるはずもないけど……そういう思いに没頭することが、フェルメスには幸福に感じられるっていうことなんじゃないのかな」
「日々を生きることよりも、そのような妄念にひたることのほうが、幸福に感じられるというのか?」
そう言って、アイ=ファは周囲に視線を巡らせた。
ようやく曲が決まったのか、ユーミとジョウ=ランは小声で何か打ち合わせをしている。人々の多くは、早く始めろと急き立てて、それ以外の人々は食事と談笑を楽しんでいる。
ルド=ルウとレイナ=ルウ、ガズラン=ルティムとツヴァイ=ルティムとディム=ルティム、ラウ=レイとヤミル=レイ――カーゴはラウ=レイたちと語らっており、ベンは別の卓で果実酒をあおっている。十数名の森辺の民に、それに倍する宿場町の民。誰もが熱気に頬を火照らせて、この集まりを心から楽しんでいる様子であった。
「……アスタよ」
「うん、そうだな」
俺たちは、以心伝心でうなずき合うことになった。
ガズラン=ルティムの言葉が、俺たちにもはっきりと理解できたような気がしたのだ。
このような日々を過ごすことよりも、世界のすべてを知りたいと願うことのほうが、幸福に感じられてしまうというのは――ひどく気の毒なことであるように思えてしまったのだった。
(もちろん、それが悪いってわけじゃない。俺のもといた世界にだって、そういう人たちはたくさんいたはずだ。日常生活や人との交流を顧みないで、研究に没頭する学者さんだとか……そうだ、言ってみればヴァルカスだって、同じようなタイプかもしれないじゃないか)
しかしそれでも、ヴァルカスは料理を通じて、たくさんの人々と繋がっている。彼の弟子たちは心から師匠を敬愛しているように思えるし、森辺にだって、ヴァルカスを慕う人間はたくさん存在するのだ。
だけど、フェルメスはどうだろう? 彼の行いに心から賛同し、敬愛し、共感してくれる人間が存在するのだろうか? そもそも彼は、最初からそのようなものを、いっさい求めていないように感じられてしまう。
(そうか……だからフェルメスは、あれだけ善意や好意をふりまいているのに、森辺の民からなかなか好かれないのかもしれない。やっぱり彼は、カミュアに少し似たところがあって……そして、カミュア以上に浮世離れしているんじゃないだろうか)
いつだったか、バルシャがカミュア=ヨシュのことを批判していたことがある。カミュア=ヨシュ本人はその場におらず、彼を師と仰ぐレイトに対して、厳しい言葉を向けていたのだ。
それは、たしか――カミュア=ヨシュが、さまざまな場所で紡いだ縁を組み合わせて、サイクレウスを打倒する図面を描いた、というレイトの言葉を受けて、そんなのは神様か何かが人間の運命を弄んでいるようなもんじゃないか、と述べたてていたのだった。バルシャには、カミュア=ヨシュが人間を手駒のように扱って、合戦遊びにでも興じているように思えたのかもしれない。
(でも、俺はカミュアからも、人間らしい情愛を感じることができるようになっている。カミュアは決して、他者を手駒としか思っていないような人間ではないんだ)
それが伝わったからこそ、カミュア=ヨシュも森辺の民に受け入れられることになったのだろう。
では、フェルメスはどうなのか。
彼もまた、学術的な興味だけではなく、人間らしい情愛を育むことができるのか。そういえば、ディアルとの食事会の日に姿を現した彼は、自分と俺たちの間に人間同士の情愛が育まれれば幸い、などと述べていたはずだ。
(俺たちも、それを目指すしかないんだろうな。カミュアとだって、きちんと打ち解けるにはかなりの時間がかかったんだ。フェルメスと、人間らしい交流を深められるように……一歩ずつ進んでいくしかないんだろう)
俺がそのように考えたとき、ついに横笛の旋律が食堂の内に流れ始めた。
歓声がわきおこり、それがすみやかに静まっていく。それからすぐに、ユーミの歌が横笛の旋律に重なった。
俺の知らない、陽気な歌だ。
人々は、歌と演奏を邪魔しないていどに、手拍子を打ち始めた。
ユーミの歌には、やっぱり人の心を動かす力があるのだろう。あまり愉快ではない思考に没頭していた俺も、その歌で心を解きほぐされていくかのような心地好さを覚えることになった。
人々も、満足そうな笑顔でユーミの歌に聞き入っている。
振り返ると、アイ=ファもまぶたを閉ざして、ユーミの歌に心をゆだねているようだった。
(フェルメスに、この歌はどんな風に聞こえるんだろう)
最後にそんなことをちらりと考えてから、俺は卓の下でアイ=ファの手を取った。
アイ=ファは一瞬だけ驚いたようにぴくりと身体を震わせたが、すぐに無言で俺の手を握り返してきた。
まぶたを閉ざしたその面に、とてもやわらかい微笑がたたえられている。
それをしっかりと目に焼きつけてから、俺もまぶたを閉ざすことにした。
大事に思う相手と、その場の喜びを分かち合う。それ以上に、幸福なことなどあるのだろうか。
俺はフェルメスに、そんな風に問うてみたいのかもしれなかった。