Isekai Ryouridou

Genos Martial Arts Party, Again ② - Starting the Prize

「準備はできたか? それでは、行くぞ!」

下りの一の刻となり、本日の商売を終了させた俺たちは、わざわざ出迎えに来てくれたダン=ルティムたちとともに闘技場を目指すことになった。闘技場の中はいささかならず殺伐としているので、ルティムの人々が護衛役を買って出てくれたのだ。

かまど番の中で留守番を希望したのは、荒事を好まないトゥール=ディンやマイムなど、ごく一部のメンバーのみであった。そちらの護衛役としては、リャダ=ルウとバルシャが居残ってくれるので危険はないだろう。広場では衛兵たちも目を光らせているし、このように日の高い内から盗っ人が出没する可能性はきわめて低いはずであった。

「それにしても、やはりあのメルフリードという貴族は大したものだな! あやつが剣を振るう姿を見るのは初めてであったが、あれではゲオル=ザザが打ち負かされるのも当然であろうよ!」

「やはりダン=ルティムから見ても、メルフリードは素晴らしい剣士であるのですね。レイリスのほうは、如何です?」

「レイリスか。あやつはあやつで、大した剣士なのであろう! モルガの山ではずいぶんへたばっていたようだが、剣を振り回すという一点においては特別な才覚を持っておるように感じられるぞ。あやつとて、ひとたびはゲオル=ザザを打ち負かしたという話であるのだしな!」

そういえばダン=ルティムは、その後にルウの集落で行われたレイリスとゲオル=ザザの再戦をその目で見届けていたはずであった。

「森辺の力比べであれば、見習いの狩人でもレイリスに負けることはなかろうがな。しかし、棒引きの勝負などであれば……もしかしたら、ジィ=マァムでも危ういかもしれん。それはつまり、相手の呼吸を読み、力加減をするのが得手であるということだな!」

衛兵たちにボディチェックをされ、闘技場の内部に足を踏み入れながら、ダン=ルティムはそのように言いたてた。

「何にせよ、ひとたび敗れたディム=ルティムにもさらなる機会が与えられたのは、幸いなことであった! 不慣れな勝負でここまで勝ち進むことができたのだから、俺は誇らしく思っているぞ!」

「はい。本選ではどんな活躍を見せてくれるか、楽しみなところですね」

そうして俺たちは、闘技場の観客席に到着した。

ついひと月前にもトトスの早駆け大会を観戦することになった、コロッセオのような闘技場だ。現在もそこでは、革の甲冑を纏った剣士たちが激戦を繰り広げているさなかであった。

その広々とした舞台の向こう側には、貴族用の閲覧席が見て取れる。俺の視力では判然としないが、そこには賓客として招かれたジザ=ルウにレイナ=ルウ――それに、本日から正式に公務に復帰したというマルスタインも控えているはずであった。

「えーと、予選の段階で16名まで絞られたのですよね?」

「うむ! こちらの力比べでも、勇者は8名と定められているそうだな! ディム=ルティムやジィ=マァムも、あとひとたびの勝利で勇者の座を得られるというわけだ!」

しかし、その1回を勝ち抜くのが至難のわざであるのだろう。ここまで勝ち抜いてきた16名の中に、弱敵と呼べるような者は存在しないはずであった。

「アイ=ファにアスタ、お疲れ様です」

と、俺たちが最上段の立見席で見物を始めるなり、ガズラン=ルティムが近づいてきてくれた。モルン=ルティムに、ドム本家の兄妹も同行している。

「どうも、お疲れ様です。これは何試合目でしょうか?」

「これは2試合目で、試合をしているのはメルフリードとジェノスの剣士となります」

ガズラン=ルティムがそのように答えるのと同時に、片方の剣士が長剣をはね飛ばされて、その場にひざまずくことになった。そして、『勝者、西、メルフリード!』の声がコールされる。

「あれはメルフリードだったのですね。兜をかぶっているのでわかりませんでした」

「はい。やはりメルフリードというのは、数ある剣士の中でも頭ひとつ抜きんでているように感じられます。ディック=ドムも、そのように仰っていましたね?」

「うむ……北の集落ではゲオル=ザザもずいぶん力をつけてきたのだが、まだあの者に打ち勝つことは難しいように思える」

すると、ダン=ルティムがそちらににゅうっと禿頭を突き出した。

「ルティムの集落でも、あやつに打ち勝てるのは俺かガズランぐらいだと思うぞ! 町にあれだけの力を持つ人間がいるというのは、驚くべきことだな!」

「うむ。それよりも驚くべきは、カミュア=ヨシュやヴァン=デイロといった者たちのほうであろうがな」

そんな言葉を交わしている間にも、戦いは続けられている。見知らぬ剣士同士の試合の後には「東、《赤の牙》、ドーン!」の名がコールされ、全身赤ずくめの甲冑を纏った剣士が試合場に現れた。

「あの者とは、トトスの早駆け大会の折に縁を結んだそうですね。剣士としては、かなりの力を持っているように感じられます」

ガズラン=ルティムはその祝宴に参席していなかったのだが、ジザ=ルウやルド=ルウから風聞を伝え聞いていたとのことである。

試合場を見守るディック=ドムたちの目にも、真剣そうな光が宿されていた。午前中の予選の間に、ドーンがそれだけの力を見せつけたのであろうか。

「これも伝え聞いた話ですが、あの者は何度となく戦を経験しているのだそうですね。どこか、ダグやイフィウスに通ずる気配を持っていたようだと、ルド=ルウがそのように語っていました。……やはり、そういう人間ならではの強靭さというものを有しているのでしょう」

「なるほど! あやつの所作が力強く見えるのは、そういうわけか! 人間を斬るのが生業であるのならば、それは覚悟が違っていような!」

ダン=ルティムも、興味深げに目を光らせている。かつてダグやイフィウスの特殊性を看破したのは、たしかこのダン=ルティムであったのだ。

町の衛兵や騎士たちだって生業として剣の腕を磨いているのであろうが、それを振るう相手は盗賊団や無法者だ。戦場で敵軍の兵士を相手取るのとは、やっぱりわけが違うのだろう。俺などには、想像もつかない世界であった。

そうしてドーンは前評判に違わぬ強さを見せつけて、この本選の1回戦も危なげなく勝ち抜いていた。

これでトーナメントの1回戦目の半分は消化したことになるはずであったが――見知った剣士は、メルフリードとドーンのみであった。他の面々は、みんな同じブロックに詰め込まれてしまったのだ。

(ジィ=マァムとディム=ルティムも同じブロックなのか。まさか、いきなり当たったりはしないよな)

俺はいささか心配になってしまったが、それは杞憂に終わった。トトスに乗った触れ係が試合場の外周を駆け巡りながら、ジィ=マァムと見知らぬ剣士の名をコールし始めたのである。

ジィ=マァムがのそりと巨体を現すと、これまで以上の歓声が轟いた。

俺がそれに驚いていると、ガズラン=ルティムが穏やかに微笑みかけてくる。

「ジィ=マァムは試合を重ねるにつれ、応援する声が増えているように感じられます。彼の豪快な戦いっぷりが、人々の心をつかんだのかもしれませんね」

「ああ、なるほど……森辺の同胞としては、誇らしい限りですね」

「まったくです」と応じつつ、ガズラン=ルティムは試合場に向きなおった。

対戦相手は、やはりジェノスの騎士であるらしい。ジィ=マァムほどではないにせよ、長身で大柄の逞しい体格だ。

試合開始の号令とともに、その騎士は恐れげもなくジィ=マァムに斬りかかった。

ジィ=マァムも慌てることなく、それを弾き返す。それだけで、騎士は大きくたたらを踏むことになった。

しかしジィ=マァムは、むやみに追撃しようとはしない。

まるで、慎重に獲物を狙う大熊のような姿だ。甲冑などを纏っているためか、ジィ=マァムは実際以上に大きく見えていた。

(俺だったら、あんなお人と向かい合うだけで足が震えちゃいそうだな)

騎士はじりじりと、ジィ=マァムを中心に回り始めた。

ジィ=マァムはわずかに腰を落とし、相手の動きにあわせて身体の向きを変えていく。

そうして、騎士が再び動こうとした瞬間――それよりも早く、ジィ=マァムが足を踏み出した。

大きく振り払われたジィ=マァムの長剣が、騎士の長剣を真横から打つ。耳をつんざくような金属音が鳴り響き、騎士の手を離れた長剣が試合場を守る衛兵の足もとにまで弾き飛ばされた。

ジィ=マァムの長剣は、そのままぴたりと騎士の咽喉もとに突きたてられている。騎士は両手を上げて、「参った」のジェスチャーをした。

「ふむ……かつてのゲオル=ザザよりも、よほど落ち着いた所作ではないか」

アイ=ファがそのようにつぶやくと、ガズラン=ルティムが「そうなのですか?」と微笑みかけた。

「うむ。かつてのゲオル=ザザは、ギバのように頭から突撃するばかりであったからな。それで無用に相手を傷つけていたし……また、それがレイリスやメルフリードに敗北する要因にもなったのだろう」

「なるほど。それではレイリスに勝てぬと思い至り、森辺の勝負では心をあらためることになったのでしょうね」

ふたりが語らっている中、ジィ=マァムは歓声をあびながら試合場の外に立ち去っていった。

次に名前を呼ばれたのは、レイリスと見知らぬ剣士である。

どちらも流麗なる騎士らしい剣技を見せていたが、最終的にはレイリスが相手の刀をはたき落とし、「参った」をさせていた。

(ってことは……2回戦目は、ジィ=マァムとレイリスの勝負になるのか)

かつてはゲオル=ザザをも打ち負かしたレイリスに、ジィ=マァムの力がどこまで通用するのか。これが最初の大きな試練になるのかもしれなかった。

その次には、デヴィアスと南の民による試合が始められる。

こちらは両名ともに豪快な戦いっぷりであり、さんざん観客をわかせたのち、デヴィアスが勝利をもぎ取っていた。

そして、1回戦目の最終試合である。

そこで名前を呼ばれたのは、ディム=ルティムと近衛兵団副団長ロギンであった。

「なんだ、ディム=ルティムはまたあやつとやりあうのか。さきほどは負けてしまったが、今回はどうであろうかな」

ダン=ルティムは無邪気に瞳を輝かせながら、身を乗り出していた。モルン=ルティムも、同じような表情である。ルティムの人々は森辺の力比べと同じように、同胞の活躍を楽しみながら応援しているようであった。

「あのロギンなる者は、前回の闘技会でゲオル=ザザに敗れているのだ」

誰にともなく、アイ=ファがそのようにつぶやいた。

「その際には、ゲオル=ザザの無茶な攻撃によって、自分の足で歩いて帰れぬほどの手傷を負っていたのだが……逆に考えれば、ゲオル=ザザがそうまでしなければ勝てなかった相手であるのであろうな」

「うむ! 少なくとも、ドーンという者に劣る力量ではなかったように思うぞ!」

ディム=ルティムの前に立ちはだかるロギンは、それこそゲオル=ザザに匹敵するぐらいの体格であるようだった。

いっぽうディム=ルティムは、俺よりも小柄な14歳の見習い狩人である。甲冑を纏っていても細身であることがわかるぐらいであるし、その手の長剣がやたらと大きく見えてしまった。

「始め!」の号令とともに、ディム=ルティムは長剣を繰り出した。

その小さな姿からは想像もつかないほどの、鋭い斬撃である。

しかし相手も、同じぐらいの鋭さでその攻撃を防いでいた。

あとはもう、息もつかせぬ攻防だ。

実力は、完全に拮抗しているように感じられる。観客たちは、怒号のような歓声を張り上げていた。

「いいぞいいぞ! 小手先の技などいらぬから、お前の力をぞんぶんに振り絞るのだ!」

ダン=ルティムも、歓声をあげるひとりであった。

重くて動きにくい甲冑を纏いながら、ディム=ルティムは歴戦の剣士と互角の勝負を演じている。それだけでも、賞賛に値するだろう。繰り返すが、ディム=ルティムはいまだ14歳の少年であるのだ。シン=ルウやゲオル=ザザほどの力量など、望むべくもなかった。

両者の剣は、たびたび相手の甲冑をも叩いている。

刃を落とした剣であるので、それで傷つくことはない。しかし、革の甲冑ごしにも、強烈な痛みが生じるはずであった。

勝利条件は、相手を戦闘不能の状態に追い込むか、「参った」をさせるのみである。いったいさきほどはどのような形で決着がついたのか、それを想像するのが難しいぐらい、両者の実力は互角であるように感じられた。

だんだんと、おたがいの動きが鈍っていく。

そんな中、強烈な斬撃がまともにディム=ルティムの右胸を叩いた。

ディム=ルティムの小さな身体が吹っ飛ばされて、手から離れた長剣が宙に舞う。観客席からは、喜びと落胆の声が同じ質量であげられたようだった。

しかしロギンは、その勢いのままにディム=ルティムのもとへと駆けつけていた。

審判も、まだ試合の終了は告げていない。ディム=ルティムが戦闘不能に陥ったとは見なしていないのだ。

それを証し立てるかのように、ディム=ルティムは凄まじい勢いで身を起こしていた。

武器を持たないディム=ルティムのみぞおちに、長剣の切っ先が繰り出される。

それが革の胴丸にめりこむかに見えた瞬間――ディム=ルティムの身体が、コマのように回転した。

ロギンの長剣はディム=ルティムの背中をかすめて、虚空に突き出される。

そして横に一回転したディム=ルティムは、そのままロギンの横っ面に強烈な裏拳を叩きつけていた。

ロギンの身体が、ぐらりと倒れかかる。

その間に、ディム=ルティムはロギンの手から長剣をもぎ取っていた。

ロギンは仰向けに倒れ込み、ディム=ルティムはその咽喉もとに長剣を突きつける。

慌てて駆け寄った審判はロギンの顔のあたりを覗き込んでから、両腕を振って試合終了の合図をした。きっとロギンが、「参った」を宣告したのだろう。

観客席に、新たな歓声が爆発した。

ダン=ルティムは「おお、やったぞ!」と愛息の肩をがくがくと揺さぶっている。

「あわやと思ったが、見事な切り替えしだ! あやつはまた腕を上げたようだな!」

「はい。一人前の狩人と認められる日も、遠くはないでしょう」

ガズラン=ルティムも、満足そうな面持ちでそのように答えていた。

モルン=ルティムは嬉しそうに微笑みながら、観客席を見回している。ディム=ルティムが勝利を収めたことはもちろん、これだけ大勢の人々が同胞の勝利を祝福していることを喜んでいる様子であった。

もちろん俺も、ルティムの人々に負けないぐらいの喜びを噛みしめることができていた。これでディム=ルティムもジィ=マァムも、祝賀の宴に招かれる資格を得ることがかなったのだ。力試しとしては、十分に満足できる結果であるはずであった。

「小さいわりには、なかなかやるじゃない。同じ見習い狩人の身として、わたしも負けていられないわね」

レム=ドムも、すっかり昂揚しているようだ。その大きく切れ上がった黒い目が、横目でディック=ドムを見やった。

「たぶんあのディム=ルティムっていうのは、わたしとさほど変わらないていどの力量よね。来年あたりは、わたしが出場するというのはどうかしら?」

「なに? お前は町の力比べなど、さほどの興味はないと言っていたはずだ」

「だってそれは、実際に見る前だったもの。あれだけの手練れが町にもいるのだと知れれば、おのずと身体が疼いてしまうわ」

すると、アイ=ファが冷ややかな目でレム=ドムをねめつけた。

「そのような願いを抱くには、時期を逸していたな。次の年には、お前がさほどの興味をかきたてられることもなかろう」

「あら、それはどうしてかしら?」

「1年も経てば、お前がロギンやドーンといった者たちに後れを取ることはあるまい。力試しというものは、もっと若くて力の足りていない狩人に譲るべきであろうと思う」

レム=ドムは一瞬きょとんとしてから、しなやかな蛇のように兄のかたわらをすりぬけて、アイ=ファの腕にからみついた。

「もう……ひさびさに会ったと思ったら、嬉しいことを言ってくれるじゃない……別の意味で、身体が疼いちゃいそうだわ」

「意味がわからん。暑苦しいので、腕を離すがいい」

「うふふ。そうやってアイ=ファにじゃけんにされるのも、なんだかひさしぶりだわあ」

そんな微笑ましい語らいを余所に、試合は粛々と進行されていた。

トーナメントの第2回戦である。その第1試合ではメルフリードが、第2試合ではドーンが、それぞれ楽々と勝利を収めていた。ベスト8による準々決勝戦とは思えぬほどの力量差である。

やはり運命伸のはからいによって、第1ブロックと第2ブロックは過酷さの度合いが偏ってしまったのであろう。こちらには、ジィ=マァム、レイリス、デヴィアス、ディム=ルティムという強豪が固まってしまっているのである。

その苛烈なる第3試合は、ジィ=マァム対レイリスであった。

両者には、同程度の声援が届けられている。この場には城下町の民も多いはずなので、騎士団のレイリスを応援する者も少なくはないのだろう。城下町の祝宴で見る限り、彼は王宮内でもそれなり以上の人望を勝ち得ている印象であった。

「さあ、この試合こそ、まったく結果が読めんな! かつてはゲオル=ザザをも打ち負かしたというレイリスに、ジィ=マァムの力が通用するものかどうか……これは楽しみなところだ!」

ダン=ルティムの期待通りに、それもまた壮絶なる大接戦であった。

かつてレイリスは、その優美なる剣術でゲオル=ザザを翻弄していた。あれはたしか3位決定戦であり、おたがいに万全な体調でなかったように記憶しているが――そんな中で、ゲオル=ザザの突撃を軽妙に受け流し、最終的には戦闘不能の状態にまで追い込んでみせたのだ。

このたびは、レイリスもジィ=マァムもさほど消耗していないように思える。よって、その身の力を余すところなく振り絞り、観客たちを熱狂させるような好勝負を繰り広げることになったのだった。

「ふむ……さきほども思ったが、あやつもずいぶん戦い方というものをわきまえてきたようだな」

アイ=ファはひとり、静かにつぶやいている。

確かに俺の目から見ても、ジィ=マァムはそれほど力まかせではないように思えた。かつての収穫祭の力比べでは、猛牛のようにアイ=ファを追いたてていたジィ=マァムであるのだ。

もちろん力強いことに変わりはないし、ガズラン=ルティムがさきほど言っていた通り、豪快でもあるのだろう。

しかし、かつてのゲオル=ザザに比べれば格段に落ち着いており、無茶な攻撃を仕掛けたりもしない。2メートル近い巨体を持つ森辺の狩人が、その膂力でもって堅実な攻撃を仕掛けてくるのだから、これは恐ろしい話であった。

よって俺は、それと互角の勝負ができるレイリスのほうにこそ、非凡さを感じてしまった。

彼は彼で、ゲオル=ザザとの2度に渡る戦いにより、自分よりも身体の大きな森辺の狩人を相手取る道筋を見出すことがかなったのであろうか。ひらりひらりと舞を踊るようにステップを踏み、ジィ=マァムの豪剣を受け流し、時には鋭い攻撃を繰り出す。実際のところ、刀身を相手の身体に当てている割合は、レイリスのほうがまさっているように感じられた。

(まあ、ジィ=マァムの攻撃を一発でもまともにくらったら、そこで試合が終わっちゃいそうだもんな)

それにやっぱり、甲冑の存在が勝負に大きな影響を与えているのだろう。ジィ=マァムほどの怪力であれば甲冑の重量などハンデにもならないのであろうが、視界の悪さと可動域の制限については、どうしたって影響が出てしまうのだ。それに森辺の狩人は、皮膚感覚でもさまざまな気配を察知することができるのではないかと、俺はそのように考えていた。

(でも、実力が拮抗しているんなら、やっぱり身体の大きいほうが有利なんじゃないだろうか)

少なくとも、よりスタミナを消費しているのはレイリスのほうであるように思える。じょじょに足さばきは鈍くなり、斬撃を繰り出す頻度が減っていく。そうすると、ジィ=マァムはいっそう暴風雨めいた勢いでレイリスを追い詰めていった。

「これは、勝負あったかな」

ダン=ルティムがそのようにつぶやいたとき――レイリスが、足をもつれさせた。

ジィ=マァムは、大上段で長剣を振りかぶる。すると、アイ=ファとダン=ルティムが同時に「いかん」という言葉を発した。

ジィ=マァムの長剣は、レイリスの肩あてをかすめて、大地に叩きつけられる。

それと同時に、レイリスが地を這うようにして長剣を一閃させた。

レイリスの長剣が、ジィ=マァムの右膝あたりをしたたかに打ちのめす。鎧や衣服や肉を通過して、鋼が骨を打つ鈍い音色が響いたかのようだった。

今度はジィ=マァムがよろめいて、がくりと膝をつく。

その肩口に、レイリスはおもいきり長剣を振り下ろした。

今度は、硬質的な音色が響きわたる。

かろうじて、ジィ=マァムが長剣の腹で斬撃を受けたのだ。

その一撃で、ジィ=マァムの長剣はへし折れていた。

しかし勝負は、まだ終わっていない。

後方に跳びすさったレイリスは、ひとつ呼吸を整えてから、再びジィ=マァムに斬りかかった。

俺に認識できたのは、そこまでである。

俺がまばたきをしたその一瞬で、様相が一変していた。

レイリスは仰向けに倒れ伏し、ジィ=マァムがその上にのしかかっている。レイリスの剣はその手を離れて地面に転がり、ジィ=マァムの折れた剣はレイリスの咽喉もとに押し当てられていた。

「それまで! 東、ジィ=マァムの勝利!」

これまでで一番の歓声が爆発した。

ダン=ルティムたちは、大喜びで手を打ち鳴らしている。それを横目に、俺はアイ=ファに呼びかけることにした。

「なあ、最後はどうなったんだ? 俺には目で追えなかったよ」

「うむ? ジィ=マァムが左足1本で起き上がり、折れた刀でレイリスの刀を弾き、そのまま拳で突き倒したのだ。あとは、踏ん張りがきかなかったのであろう。レイリスともども、倒れ伏すことになった」

アイ=ファは沈着に解説してくれた。

ただその青い瞳には、ちょっぴり賛嘆の思いが浮かべられているようである。

「あやつは、よほど修練を積んだのであろうな。ひとたびは勝負を急いで我を失いかけたが、すぐに自制をして窮地を脱することがかなった。あれだけの腕力を持つジィ=マァムが、自らを律する心の強さまで手に入れられたのならば……今後はシン=ルウやラウ=レイとも互角の勝負をすることがかなおう」

「そっか。でも、右足は大丈夫なのかな? 見てるだけで痛そうだったけど」

「骨までは折れていまい。しかし……今後の勝負には影響が出そうだな」

アイ=ファの言う通り、ジィ=マァムは右足を引きずって退場することになった。

そんなジィ=マァムとレイリスに、惜しみない拍手が届けられている。俺ももちろん大きな喜びを胸に、加わらせていただいた。

そうして息をつくひまもなく、今度はディム=ルティムとデヴィアスの試合である。

これはまた、ロギン戦にも劣らない激闘であった。

デヴィアスは、かなり豪快な剣術を体得しているようである。どこか優雅にも見える騎士の太刀筋とは異なり、ドーンや森辺の狩人にも通ずる実戦的なスタイルであるように感じられるのだ。

さきほどのロギンも、太刀筋そのものは稲妻のように鋭かった。それに比べると、デヴィアスの剣術は吹き荒れる炎のようだった。

正直に言って、俺は昨年の闘技会におけるデヴィアスの戦いっぷりというものを、これっぽっちも覚えていなかった。おそらくデヴィアスやドーンたちは、シン=ルウの前になすすべもなく、あっさりと刀を飛ばされてしまっていたのである。

だけどそれは、シン=ルウの力があまりに秀でていたためであったのだ。その事実を、俺はこの場でまざまざと思い知らされることになった。

デヴィアスは、猛攻に次ぐ猛攻でディム=ルティムを追い詰めていく。たとえ小柄でも、たとえ14歳の若年でも、森辺の狩人として修練を積んできたディム=ルティムを、力と勢いで圧倒しているように見えてしまうのだ。その猛攻を受け流し、なんとかスピードで対抗しようとしているディム=ルティムのほうこそ、まるで猛牛をあしらうマタドールのような役割を担わされてしまっていた。

「なんだ、こやつはこれほどの剣士であったのか。……ディム=ルティムよ、力を振り絞るのだ! 母なる森が見守っておるぞ!」

ダン=ルティムは興奮しきって、両腕を振り上げていた。

そこでデヴィアスが、下からすくいあげるような斬撃を繰り出した。

それを受け損ねたディム=ルティムの剣が手を離れて、天高く舞い上がる。

デヴィアスは、すぐさま長剣を頭上で旋回させ、今度は袈裟斬りの格好で振り下ろした。

ディム=ルティムは頭を下げて、デヴィアスの懐に潜り込む。

その手でデヴィアスの腕をひっつかみ、ディム=ルティムはさらに深く身を沈めた。

剣を振り下ろしているさなかであったデヴィアスは、その勢いも相まって、前方に倒れ込んでいく。その腰が、ディム=ルティムの腰に乗せられた。昨年のシン=ルウがメルフリードに仕掛けた、柔道のごとき投げ技である。

デヴィアスの長身が、ふわりと虚空を1回転した。

が――デヴィアスは途中で身をよじり、自分の足で地面に着地をしてみせた。甲冑を纏っているとは思えぬような身のこなしである。

そしてさらに、驚くべきことが起きた。

今度はディム=ルティムのほうが、横合いに倒れ込むことになったのだ。

ディム=ルティムはまだデヴィアスの手首をつかんでいたのだが、そこで何か小手返しのような技をくらってしまったのだろうか。ディム=ルティムは背中から地面に転がされ、デヴィアスはその顔面へと長剣を振り下ろした。

たとえ兜をかぶっていても、そのまま長剣を叩きつけられていれば、ただでは済まなかっただろう。下手をしたら、頭蓋骨がどうにかなっていたかもしれない。

よってデヴィアスの長剣は、兜に触れる寸前で寸止めをされていた。

そうしてデヴィアスが長剣をひっこめると、上体を起こしたディム=ルティムが力なく首を振る。審判はひとつうなずいて、デヴィアスの勝利を宣言した。

「うむ! 勝負はすでに決されておった! それを認めることこそが、勇気であり誇りであるのだ!」

ダン=ルティムは満面の笑みで、手を打ち鳴らしていた。

「何も恥じることはないぞ、ディム=ルティムよ! おぬしは立派に成長しておるからな!」

周囲の歓声を圧する勢いで、ダン=ルティムはそのような声をほとばしらせた。

そのくりくりとしたどんぐりまなこには、我が子の成長を喜ぶ父親のごとき光が灯されているようだった。