「こいつはめんどくせえな」

俺は黒丸の一撃を受けても無傷なカゲロウを見て愚痴る。

「効かんと言っただろう」

お返しとばかりに振られる剣。

俺はそれを片手で受け止め、空いている手で腹を殴りつける。

しかし感触は鈍い。

なんでもこの黒い鎧、あらゆるエネルギーを吸収して0にしちまうらしい。

俺の攻撃が効かないのは運動エネルギーを0にされているからだそうだが、魔法や魔力を込めた攻撃でもダメだった。

魔力すらも吸収されているようだが、簡単にいえば全身強力な衝撃吸収材ってことだな。

「無駄だ!」

「おっと」

再び振られる剣を、体をそらしてかわす。

こりゃ参った。

現状打開策がない。

かなりの力を込めて殴ってもダメージがないってことは、全力に近い攻撃じゃないと話にすらならないだろう。

全力出したら砕けるのかって聞かれると、多分としか言えないが……もし全力でカゲロウを攻撃すれば、こいつは死ぬ。

それはまずい。

現状、負けはしないが勝てもしない。

瞬殺して他の連中の助けに入る予定が総崩れだ。

「ふっ……さすがは主の認めている男、あの虫けらどもとは違うな!」

「あ?」

「確か……五大魔将とか言ったか?」

カゲロウの表情は嘲笑っていた。

こいつまさか……

「てめぇ……何しやがった?」

「何と聞かれても、殺しただけ、としか言えないな。汚い地面にデカブツと小さな女の死体が並んでいるはずだぞ?」

「……」

五大魔将が負けた?

体格的にイデスとリリーだろう。

あの二人は強い。

けど、納得はできる。

こいつがこの鎧を着て戦えば、あの二人でも勝てる見込みはない。

現に俺がこいつにダメージを与えられていない時点で、二人にはダメージソースはないはず。

つまりこいつの話は本当のこと――――――――――

「悲しむことはない、貴様もすぐに同じ目に遭わせてやるぞ!」

「……うるせぇ」

俺は剣をかわし、カゲロウの胸を蹴って後退させる(・・・・・)。

「ふん! この程度では――――――――何?」

やつは気づいた。

自分が蹴られて距離を取られたことに。

自分が、衝撃を受けたことに。

「……ごちゃごちゃうるせぇんだよ。てめぇ、何してくれてんだ」

「な、なん――――――――――――」

「何してくれてんだよ! あぁ!?」

何かを言う前に、カゲロウの顔面を殴り飛ばす。

尻もちをついたこいつは、ようやく理解しただろう。

自分の鎧が、俺の攻撃を受けきれていないことに。

「オラァ!」

「ぐぁぁ!?」

黒丸を叩きつける。

それを受け止めようとしたカゲロウは、衝撃を殺しきれず大きく後ろに吹き飛んだ。

ちくしょう。

怒りが沸々と湧いてきやがる。

足りない、この程度の攻撃じゃ。

もっと、壊すくらいの力で――――――――――

「は、はは! そうこなくてはな!」

身体を起こしたカゲロウに、俺は静かに黒丸を振り上げる。

こいつを✕すにはまだ足りない。

俺の魔力が黒丸を這って行く。

やがてそれは白く見えるほどに厚みを増し、魔力の昂ぶりで大地を震わせた。

「――――――――――――死ねよ」

「ッ! 〈闇の衣(ダークローブ)〉!」

顔を一瞬青くしたカゲロウは、新たに黒いオーラを身体に纏う。

「この二重着はさすがに辛いが……これで貴様の攻撃を受けることは二度と――――――――――――」

ああ、うるさい。

今すぐに黙らせたい、いや、黙らせてやる。

黒丸に注いでいた魔力はもはや最高潮に達していた。

一瞬――――――――周りの音が止む。

「――――――――――――――〈飛剣・絶〉」

一筋の線が、大地を走った。

「よかった、生きてんな」

「はぁ……はぁ……」

カゲロウは立っていた。

肩から足にかけて深い切り傷を負い、大量の血を水たまりに吐きながらも、立っていた。

「その剣で切っ先をずらして、頭を守ったのか」

やつの足元には、切断された片手剣の刃が落ちていた。

切った感触からして、黒丸レベルの上物だったんだろう。

そんでもって影の鎧、まさか両断を防ぐとはな。

振り下ろす直前で頭が冷えて、少し加減しちまったのも原因だろうが、まさかここまでダメージを抑えるとは思わなかった。

この男は間違いなく強い。

おそらく、黒ローブの中で一番強いのはこいつだろう。

「俺の〈限界突破(リミットブレイク)〉ですら……貴様には及ばないと言うのか……」

切断された鎧が砕けて落ちる。

同時に、カゲロウも膝から崩れ落ちた。

膝を地面につき、空を仰ぐ。

「殺せ」

すべてを諦めた声だった。

「ここで貴様を始末できれば……よかったんだがな」

「欲張り過ぎだ、馬鹿」

俺を殺したきゃカゲロウを50人連れて来い。

負ける気はしないがな。

「ま、お前も知ってるだろうが、俺は殺しをやらねぇんだ」

さっきは自分でもあそこまで血が上るとは思っていなかった。

まさか……殺してやろうとまで思うとはな。

怒りはある、今はそこまででもないが。

とりあえずは速く二人のもとに向かいたい。

やつらのことだ、まだ息があるかもしれない。

最悪……俺なら助けられる。

「ちょっと急ぐが、これで死なれちゃ困るのは俺だ。手当してやっからじっとしてろ」

だからってカゲロウに死なれても俺が困る。

この程度の傷ならさっさとやってしまおう。

こいつも抵抗する気はないようだし、このまま治して縛り上げときゃいいだろ。

「……お前は、なぜ命を奪わない?」

「あ?」

これからを考えながら回復魔法をかけていると、カゲロウの声で現実に戻された。

「お前が人の命を奪わないことは主から聞いている。最初にこの世界に来てから、今までずっととも……ならば、なぜ貴様は人を殺さない?」

「……」

……そういえば、何でだっけ?

冬真を殺した時に、もうこれ以上人の命を背負いたくないと思ったのは本当だ。

けど、それよりも前から、俺は人を殺さなかった。

この残酷な世界で、俺は頑なに命のやり取りを拒んだ。

どんなに悪逆非道なやつでも、殺していない。

どんなに気に食わなくても、殺しはしなかった。

なぜ……と聞かれれば、なぜだろうか?

前世での日本暮らしが原因だったら、もう俺には思い出せない。

しかし、仮にそうだとしたら、俺は誰かに話していると思う。

こういうことがあったんだ、だから命は奪わないんだ……と。

そんな記憶はない。

この理由は……俺が人を殺さない理由は、もっと深く……心よりも記憶よりも……深いところに刻まれている気がする。

まあ……今この場で思い出すことは出来ないだろう。

「自分でも、分かんねぇや」

治療を終えたカゲロウを、魔力の練り込まれたロープで縛りながら言う。

ついでに魔法袋から魔石を取り出し、ぐるぐる巻になったロープの中にねじ込む。

これは魔封じの石だ、しばらくは一切の魔法を使えないだろう。

「ま、相手が俺でよかったな。他のやつだったら死んでたぜ、お前」

「……負けた俺に生きている価値はない」

カゲロウは顔を伏せた。

「俺たちは作られた人間だ。多種族を滅ぼす武器として、戦争の道具として……。敗北すれば、俺たちは何の価値もなくなってしまう」

「……」

なんだこいつ、いきなり重いぞ。

そういう話は基本聞きたくない。

つまらないし、何も言えなくなる。

どう頑張っても、俺は同情することが出来ないからだ。

こんな俺(化物)は、誰にも同情してもらえないからだ。

「……てめぇの事情は知らねぇがな……ま、生きてることは死んじまうよりはマシだと思うぜ」

死はどうしようもない恐怖を伴う。

一度だけ死んだことがあるから分かる。

ディスティニアの連中に罠にはめられ、日本に強制送還された時、俺は膨大な魔力の本流の中で、自分の身体が溶けていくのを感じた。

やがて全ては溶け切り、俺の意識は消えていく。

あの時はとにかく怖かった。

最強になり、怖いものなしだった俺が、恐怖を抱いた。

もうあれを味わうのはごめんだ。

「とりあえず、魔族に誤って許してもらうところから始めるんだな。少しだけなら俺も弁護してやるからよ。そんで飯でも食いに行けって。腹減ってるからそんな考えが下向きになるんだ。満腹は幸せの元だぜ?」

「……」

カゲロウは何も言わない。

色々思うところはあるんだろう。

「おっと……そろそろあいつら見つけて治さねぇと……」

「……やつらは死んだぞ」

「知るか。生きてるって、あいつらは」

俺の勘がそう言っている。

やつらは人間なんかよりもしぶとい。

「さっさとあいつらが倒れてる場所教えろ、もうお前に拒否権は――――――――」

「――――――――――ダメじゃないかカゲロウ、死ぬまで戦わなくちゃ」

「「ッ!?」」

俺は、真後ろから聞こえた声に反応し……思わず、黒丸を振った。

加減のない、一振りだった。

そいつは、にやりと笑う。

「ほら――――――――主のピンチだよ」

しかし、俺が斬ったのは……。

「……ありがとうカゲロウ、おかげで僕は助かったし、セツに、「人」の命を奪わせることが出来た」

血しぶきが飛ぶ。

カゲロウが、自分の胸を見ながら崩れ落ちる。

俺が、心臓と肺を切断してしまい、命を失ったこいつは……ゆっくりと……体温を失い始めた。

「さあセツ――――――――――見せて(・・・)?」

冬真が俺を見て笑っていた。

自分で操り、壁にしたカゲロウには目もくれず、俺に顔を向けていた。

カゲロウが死んだ。

俺が殺した。

冬真が壁にしたから、いや違う。

俺の刃だ、俺の刃が殺った。

俺がこの手で――――――――――殺した。

命を奪った、この手で、俺が、俺が、俺が――――――――――――――

「あ……ああ……あああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁ!」