気がつくと、麻紀ちゃんとわたしは白っぽい部屋にいた。
広めの教室位のその部屋は、床も壁も石でできていて、表面がぴかぴかに磨かれている。よく見ると、床にはじかに、黒い不思議な模様が描かれていた。
最大直径三メートルほどの何重かの同心円の間に、日本語ではない文字のようなものがびっしりと書かれていて、ええと、これは、まるで……魔法の呪文のように見えるけど?
そして、わたしと麻紀ちゃんは、その円の真ん中に寄り添って立っているのだ。
部屋には立派な石の柱も何本か立っているし、祭壇のようなものまであるし、異国風の建築物だから遊園地のなんとかハウスみたいなアトラクションのようだ。
そして、その部屋の中には、やっぱりなんとなく白っぽい服装をした人たちが10人以上はいて、わたしたちをじっとみつめている。
この人たち、顔が日本人じゃないっぽいんですけど?
髪の毛の色とか目の色とか、人間のものじゃないんですけど?
もしかするとヅラとカラコンですか?
「……ヅラ?」
ほう、麻紀ちゃんとは思考回路が似ているのだな。
頭の片すみでそんなことを考えていると、あまりに衝撃的な事態にただ立ち尽くしていたわたしたちに声がかけられた。
「おお、救いの神子(みこ)様、ようこそおいでくださいました」
救いの神子?
なにそれ……RPGゲームのスタートシーンみたいだけど?
『おお』で始まるセリフなんて、日常生活できいたことなんてないわよ。
心の中でクエスチョンマークを製造しながら、黒い円の前にひざまずいたまま喋る白いお髭のお爺さんを見る。髭は白いのに、髪の毛がグリーンに黄色のメッシュが入った色で、大変なおしゃれさんである。皺は顔だけでなく首や手にもあり、お爺さんに化けた何かではなく本当に年をとっている人のようだ。
そして、この部屋にいる他の見知らぬ人たちも、もしも日本で見たならコスプレだと思われるようなファンタジックな格好をしている。そう、ファンタジーRPGゲームの登場人物のような姿なのだ。
いや本当に、何が起きているの?
ここはどこ?
「先輩……?」
謎のおしゃれお爺さんに熱くみつめられて涙目になった麻紀ちゃんが、すがるようにこっちを見たけど、わたしは何の答えも持っていな……。
いや、実はいくつか仮説を立てていた。
1、わたしたちはふたりともヤバい薬を盛られて意識を失い、そのすきにコスプレドッキリをしかけられた
2、これは全部わたしの夢
3、異世界に召喚された
あはは、どれかなー?
夢にしては感覚がリアルすぎるから、2は消滅だろうな。
じゃあ1かな。この部屋とか、本物のお爺さんとか、あっちに立っている明らかに日本人ではないイケメンとか、すごい準備だね!
たかがドッキリに、意識を失うほどの薬を盛るだろうか?
……盛らないよね、普通。
ドッキリじゃ……なさそうだね。
そして、なぜか言葉がわかるのも気になるのよね。
だって、このお爺さんは日本語をしゃべっていないのよ?
その時、麻紀ちゃんの持つ石が一際輝き、皆が注目した。
「召喚の魔石が、エステイリアの国を救うためにあなたさまを遣わされたのです、神子様。どうかお助けください」
大真面目な顔でお爺さんが言い、その他の人が胸に手を当てて祈るように頭を下げる。
どうやら、石を持っている麻紀ちゃんが救いの神子とかいうものらしい。
うんうん、皆さんとても真剣で、麻紀ちゃんに対する畏敬の念みたいなものがひしひしと伝わってきますね。
麻紀ちゃんが一歩後ずさり、女子にあるまじき引きつった顔で声を漏らした。
「ひいぃ……」
うん、この状況は、ひいってなるよね。
「ミ、ミチル先輩」
お集まりの皆さんにガチで祈られてしまっている麻紀ちゃんは、情けない顔をしてわたしを見た。
その肩にぽんと手を置き、わたしは言った。
「ねえ、この前貸してあげたラノベの話みたいな展開じゃない? どうやら麻紀ちゃんとわたしは、この世界を救うために呼ばれて異世界トリップしちゃったみたいだよ。あ、わたしはおまけらしいだけど。麻紀ちゃんの役どころは『救いの神子』らしいよ」
「異世界! 異世界トリップ! 救いの神子! そんなことって、先輩!?」
麻紀ちゃんがあわあわしながら言った。
さっき石から溢れ出した光が麻紀ちゃんを包み込んだ様子を思い出す。
黒いベールをかぶった謎の人に勧められたあの石は、麻紀ちゃんをこの世界に引き込むために麻紀ちゃんの手に渡された、いわゆる『世界を越えるための鍵』だったようだ。
そして、わたしはその巻き添えをくらったみたいだね。
あはは……もう笑うしかないわ。
女っていうのは、いざという時意外に度胸が据わるものであるようだ。
出産という大きなストレスに耐えられるように、男性よりも強靭な精神力が備わっていると聞いたことがある。
それから15分くらい、わたしたちは泣きも騒ぎもせずにお爺さんにこの状況の説明をされ、顔を見合わせた。
「先輩、本当にまんまラノベですか? わたし、別に超能力とか持ってませんけど、いいんでしょうか?」
「これから未知の力がみつかるのかもよ。ねえ、ラノベって実はノンフィクションだったのかもね」
「そうですね。読んでおいてよかったですね」
異世界トリップのテンプレを作った人って、もしかすると異世界から戻ってきた体験者だったのかもしれない。それはつまり、わたしたちも日本に戻れる可能性があるということだ!
お爺さんの話によると、予想通り、麻紀ちゃんはこの世界にとても必要な人で、生まれたときからここに来る運命が決まっていたとのことだった。やっぱりあの石は麻紀ちゃんを召喚するために世界を越えて送り込まれたものらしい。黒いベールの謎の人は魔法で作り出された幻なのだそうだ。
そして、本来ならば麻紀ちゃんひとりがこっちに呼ばれるはずだったのだが、どういうわけかわたしというおまけがくっついてきてしまい、あちらさんも当惑しているとのこと。
「先輩、マジありがたいです! わたしひとりだったらこんなの耐えられないです、お願いだから見捨てないでください!」
涙目でわたしにすがる麻紀ちゃん。
「いや、わたしは巻き込まれただけのお邪魔虫みたいだから、このままサクッとうちに帰らせて欲しいなあ、なあんて……」
「いやあああああああ、センパアアアアアアイ! わたしを捨てないで!」
腕にしがみつく、わたしより体格のよい麻紀ちゃん。片や身長167センチ、わたし身長160センチ。そして、麻紀ちゃんにはさらにボン、キュ、ボン、というけしからんバディがあり、肉体的パワーでは到底かなわないのだ。わたし、がっちり捕獲されて、逃げられそうにありません。
「センパイさま、どうか神子さまとともにこの世界をお救いください、どうかお力添えを、お願いいたします」
「センパイさま、我々にできる限りのことはどんなことでもいたしますので、なにとぞ神子さまと共にありがたきお計らいを」
「センパイさま、これも神のお引き合わせでございましょう、大変申し訳ないとは思いますが、どうかお慈悲をお願いいたします」
お爺さんと、その後ろに控えている人たちが、今度はわたしに熱い視線を送りながら訴える。ついでにすがりつく麻紀ちゃんまで目で訴える。
「先輩! 先輩!」
「センパイさま! どうか、センパイさま!」
「……あーもう……」
はい、この世界の皆さんから、神子の心の支えに認定されました。