It’s Not That I Like Using a Blunt Weapon!
Episode 27: Don't destroy the forest.
「うう。せめて一分、いや三十秒だけ、トルフカブトの気をそらせたなら――」
「そうしたら、なんとかなるの?」
「はい。使えそうな鈍器スキルがあるんですけど……」
答えている間にも、トルフカブトの群れは私達に迫ります。
なんと、気がつけば五体にまで増えています。ミラさんを守りながら、この数を相手するのはさすがに無理です。
「そうだ! 【ゼロ・ポーション】って、まだ余ってます?」
「うん。でもなにに使うの?」
差し出された【ゼロ・ポーション】の瓶。
私は急いで蓋を開けると、ミラさんからもらった三個のトルフキノコにぶっかけます。
そしてトルフカブトの群れのなかに、それらを放り投げました。
トルフカブト達の照準は、たちまち私達からキノコへと移り、押し合うように一ヶ所に固まります。
「なるほど。ハンナ、頭いい」
トルフキノコは、魔力濃度の高い場所でしか育ちません。つまり、トルフカブト達の好物は、高い魔力ということ。
【ゼロ・ポーション】で周囲の魔力を溜め込んだトルフキノコは、彼らを吸い寄せるには充分なエサでしょう。
どうですか。魔力の流れなんて一切感じとれないどんくさな私ですが、知恵ならカブトムシよりはあるんですよ!
さて――ちょっと先に謝っておきます。
私、今からちょっとだけ環境破壊しますからね。
「りゃああ!」
私はまわりに生えていたスギの幹をハンマーで叩き、豪快に伐採。
「鈍器スキル【木材化】!」
さらにもう一度、倒れた大木を叩きます。すると樹皮がずるりと剥け、何百枚もの均一な木板へとバラけます。
同じことを五本の大木に繰り返す、出来上がったのは大量の木材の束です。
鈍器スキルの本質は、叩いたものに変化を起こすこと。
大地をハンマーで叩けば形を変えられますし、鉄をハンマーで叩けば武器や防具を作れますし、空中の魔力をハンマーで叩けば固めて透明な杭にすることだってできます。
すごいスキルに思えますが、唯一の弱点は必ず叩かなければいけないこと。
複数に分かれたものを加工する場合には、とても時間がかかってしまうのです。
放り投げたトルフキノコを食べ尽くしたカブト達が、再び私に襲いかかってきます。
「くっ!」
やっぱり時間が足りません。あと一歩のところでダメかも――そう思ったときでした。
「こっち!」
ミラさんが今日一番の声で叫ぶと、カブト達が向きを変えるではありませんか。
もちろん、カブト達は言葉に反応したわけではありません。ミラさんの腕には、【ゼロ・ポーション】をかけたと思われるキノコが抱きかかえられています。
新たなエサを発見し、トルフカブト達は本能のまま、ものすごい勢いでミラさんへと迫ります。
覚悟したようにぎゅっと目を閉じるミラさん。
でも、大丈夫です。彼女が引き付けてくれたおかげで、準備は滞りなく終わりました。
「鈍器スキル【巨大籠】!」
ハンマーをフルスイングし、カブト達とミラさんとを仕切るように、木板をガンガンガンガン、と飛ばします。
カブト達は回り込んでなおもミラさんに襲いかかろうとしますが、許すわけありません。私はさらに取り囲むように木板を彼らのまわりに突き立てていきます。
出来上がったのは、半球形状の木造ドーム。それはすっぽりとトルフカブト達を覆いつくし、左右はもちろん、上まで逃げ道を無くしました。
あとは簡単。本体である菌糸が熱に弱いのはさっき攻撃で確認済みです。
「鈍器スキル【火造】!」
真っ赤に熱されたハンマーを組み上がった木材に触れさせます。
途端に勢いよく燃え上がるドーム。それでも私の建築物は簡単には崩れません。そういう設計を、ちゃんと棟梁から習いましたからね。
「ハンナ、すごい。スキル名がいちいち男くさいことをのぞけば、すごくカッコいい」
キラキラした瞳でミラさんが言います。すいません、技名についてはもう勘弁してください。
ボコン、バコン、と内側からドームを突き破ろうとする音がします。
「む。あがきますね」
ついには角がドームに穴を穿ち、そこからトルフカブトが出てきましたが、全身は炎に包まれ、動きは明らかに鈍くなっています。
引導を渡してあげるべきでしょう。
「ハンナ、倒せる?」
「あたぼーです。鈍器スキル【ぶちかまし】!」
私はハンマーを燃え盛るトルフカブトに叩きつけ、粉々に粉砕します。内側に巣くっていた菌糸はなおもあがき、再生しようと必死に糸を伸ばしているように見えましたが、ついには炎のなかで力尽きます。
さすがに復活してくることはないでしょう。
苦労しましたが、これでようやく、初のクエストクリアです。
*
トルフカブト打倒後、私は再び山頂に登って【封魔の壺】を回収しました。
ミラさんの店に戻って表面の泥を洗い流してみると、そこには古代文字でなにか書いてあります。
「これなんて書いてあるかわかります?」
冒険者学園で習いはしたものの、とても意味を理解するところまで習熟できていない私は訊ねるしかありません。
「ええと。『彼の者の前では、剣は剣にあらず。槍は槍にあらず。全ての利器は使うにあたわず。故に、利器に優るものは鈍器のみなり』だって。……どういう意味?」
スラスラと読みきったミラさんでしたが、どういう意図で記されたものなのかまでは理解できず、首をかしげました。
利器、とは鋭く尖ったもの、つまりは剣や槍を表す、鈍器の対義語です。
そういうものが使えないから、鈍器を使おう? 要約してみると、なんだか私を励ましているかのような言葉です。
でも、今まさに励ましが必要なのは、私ではありません。ミラさんがすっかり落ち込んでしまっているのです。
それはそうですよね。せっかく手に入れた伝説のキノコが、人に食べさせられないものだったんですから。
ただの昆虫をあんな化け物に変えてしまうような代物、知らんぷりして売るわけにはいきませんよね。
熱してしまえば菌糸が死んで食べられるようになるでしょうけど、求められている『背が伸びる』効果も失われてしまいますし。
「もう明日までにお金を集める方法なんてない」
「うん、ないですね」
「……こういうときは、なんとかなるってなぐさめるべき」
「だって、なんともならないじゃないですか」
「そうだけど……」
「大丈夫ですよ。お金が集まらなくたって、ミラさんの薬はすごいことに変わりはないです。あとはそれを伝えられさえすればいいんです」
「でも……、ミラは無表情だし、口べただし、なに考えてるかわからないし……」
「そうですか? 今日一緒にいて、私はわかるようになりましたよ。ミラさんがなにを考えているのか」
「……ほんとう?」
「ええ。それに、ミラさんが本当は強くて勇気のある人だってことも」
「ミラ、ハンナに守られてばっかりだったけど……」
「てやんでーです。私だって、ミラさんに守られたじゃないですか」
ミラさんはきょとんと首を傾げますが、彼女が囮になってトルフカブトを引きつけてくれなかったら、今日の勝利はありませんでした。
もう私、彼女のことがすっごく好きになってしまいました。そんな人が大切にしている店が潰されるなんて、絶対に許せません。
「私、いいこと思いついてしまったんです。よかったらのりません?」
私は彼女にとあるプランを提案します。それはすごく馬鹿げていて、しかし店を救える唯一とも言える策でした。