It’s Not That I Like Using a Blunt Weapon!

Episode 51: No way. It's an invitation.

「……残念。レイニーちんじゃないんだよな、これが」

ダンディな声質なのに、どこか軽薄な印象のぬぐえない喋り方。

答えたのは、椅子に座った見慣れぬ男です。

長身痩躯。年齢は三十代前半、といったところでしょうか。オールバックの黒髪。垂れ気味な目尻、顎には無精髭。

顔のつくりはなかなか端正、穏やかな印象を受けますが、瞳の奥にはどこか冷めた輝きがあります。

特徴的なのは背中の槍です。一本や二本ではありません。長短様々な形状の槍がまるで扇のように彼の背後を彩っているのです。

そういう装備の冒険者を、私はひとりだけ知っていました。

「【七本槍】のスラッド・アークマン!」

ランクAどころか、世界に十人と存在しない【特A】。

最強の一角と称される槍使いの男です。

「おお、俺っちのこと知ってくれているのか。嬉しーねえ、これは」

「あたぼーですよ! 七本の魔槍を使いわけ、どんな魔物とも渡り合う天下無双の槍使い。知らなかったら冒険譚好きとは言えません!」

「レイニーを期待してたみたいだけど、ガッカリさせなかったかい?」

どうやら私の叫び声は、スラッドさんに聞こえてたみたいです。

「ガッカリなんてまさか! 会えてすっごく嬉しいです!」

本心からそう言って、スラッドさんに握手を求めます。そりゃ、レイニーに会えなかったのは残念ですけど、今はテンションが上がっちゃって気になりません。

だって【七本槍】は、レイニーの物語にも何度も出てくるんです! つまり、私にとっては憧れの人の仲間ってことです。

スラッドさんは薄く微笑んで、差し出した私の手を握ってくれます。

うわー。【魔の大地】に行ったら会ってみたかった人TOP3に入ってたんですよ。すっごく嬉しいです!

「サ、サインもいただいていいですか?」

畏れ多くてスラッドさんに話かけられずにいる他の冒険者を尻目に、私はずうずうしくお願いします。

「おお、どこにでもしてやるよ。ペンは?」

「借りてきます! 今すぐに!」

私はマーチさんのところへ行って、紙とペンを拝借します。

はああ、なんて日でしょうか。スラッドさんにサインもらったら、エッグタルトの一番目立つ場所に飾らなければいけませんね!

そうだ、エッグタルトにも来てもらわないと! ウチ、槍の在庫ってまだ何本かありましたっけ?

スラッドさんのお墨付きとかもらえたら、絶対に売れると思うんですけど!

興奮を抑えきれずにいると、私が離れた隙に、スラッドさんに話しかける冒険者がひとり。

「――久しぶりだね」

長い青髪の女の子。言うまでもなく彼女です。

「おー、誰かと思えば、セシルちんじゃないの。おっきくなったねー。剣、前よりは使えるようになった?」

「ふん。あれから何年経ったと思っているんだい?」

「んー、一年くらい?」

「三年だよ。ボクが学園に入る前だったから」

「ああ、そう。結構経ったもんだねえ。俺っちもおじさんになるわけだわ」

「カッコつけて無精髭なんか生やしてるから、余計におじさんくさくなるんだろ?」

スラッドさんを相手になんて口の利き方を! 剛胆な性格にも程があります!

それに昔からの知り合いみたいな雰囲気ですけど、これは一体……。

「マ、マーチさん。セシルとスラッドさんって、どういう関係ですか?」

ペンを受け取りながら私は受付嬢のマーチさんに訊ねます。

「あー、セシルちゃんって、スラッドさんの弟子じゃなかったっけ、確か」

「え、そうなんですか? てっきり理事長が剣を教えたと思ってたんですけど」

「【剣闘王】の剣は腕力がないとダメな剛の剣だからね。女の子には向かないわけ。それで家庭教師に抜擢されたのがスラッドさん」

「でもスラッドさん、槍使いじゃないですか。剣なんて教えられるんです?」

「知らないの? スラッドさんは複合条件スキルを習得するために、色んな武器をマスターしてるのよ?」

マーチさんはハッと気づいたように口をおさえます。

「ごめんなさい。多分、鈍器は無理だわ」

それ、あえて言わなくてもよくないです? 普通そんな武器使わないって意味にしか聞こえないんですが。

「しかし、感動の再会、っていう雰囲気じゃないですよね。むしろ険悪と言ってもいいくらいですよ」

「スラッドさん、見た目に反して弟子には死ぬほど厳しいらしくてね……。セシルちゃんが敵意剥き出しなのもそのせいじゃないかしら」

なるほど。

しかし、そんな厳しい修行でも、セシルの曲がった根性は直らなかったんですね……。

「で? わざわざ声をかけてきたからには、なんか用があるんでしょ?」

「ボクを難度Aのクエストに同行させてもらいたい」

「ダメー」

とりつく島もなく、スラッドさんが断ります。

「な……! なんで!」

「なんでもくそもないでしょ。セシルちん、まだランクCだって聞いたよ。難度Aのクエストなんて受けられるわけないじゃない?」

「別に受けようとは思ってない! 一緒に連れてってくれればいいんだ! そうすれば、絶対に役に立てる!」

「で? ランクを上げる近道にしようってこと? なんでランクに対応した難度までしかクエスト受けられないか、理解してないの? 低ランクのやつが高難度のクエストに行ったら、死ぬからだよ」

「ボクなら大丈夫だ! もうランクAにふさわしい実力を持ってる! 正規のランクアップ制度じゃ時間がかかるだけでね」

「ふーん、でもダメ」

このままでは望み薄だと思ったのでしょう。まわりで様子をうかがっていた同級生達が、スラッドさんのテーブルに近寄り、頭を下げて頼みます。

「私達からもお願いします。セシルを連れて行ってあげてください!」

「このティアレットじゃセシルが一番強いんだし、絶対戦力になるはずですよ!」

「……一番強い? セシルちんが?」

スラッドさんの眉がぴくりと動きます。

ピリリとした雰囲気に気づいて、口にした同級生はたじろぎました。

「そ、そうですよ。ランクが一番高いのは魔術師のグスターブさんですけど、得意なのはまわりのサポートですから、戦闘力ならナンバーワンはセシルです!」

「マジか。ティアレット支部ってくっそレベル落ちてんなあ……」

ガシガシと頭を掻く彼に、当然セシルは憤ります。

「どういう意味だ! 低次元の戦いをしているとでも言いたいのかい!」

「いや、別にセシルちんが一番だから低次元って言ってるわけじゃないのよ?」

はあ、とスラッドさんは改めてため息をつき、同級生達をにらみました。

「俺が『ティアレット支部のレベルが落ちた』って言ったのは、キミらがあまりに周囲を見れていないから、さ。他に強いのがいるのに、セシルちんが一番とか笑っちゃうんだよなあ」

同級生達は動揺を隠せません。私も意外に思いました。同級生達だけでなく、ティアレット支部のほとんどの冒険者は「ナンバーワンはセシル」と思っているはずです。

その常識を、さっきティアレットに着いたばかりの人がいきなり否定するのですから。

「他に強いの……?」

「だ、誰ですか一体」

みんなの質問への答えとして、スラッドさんは腰に提げた、ナイフと見まがうほど柄の短い槍を抜き、その先端を私のほうへ向けました。

「――お嬢ちん。何気にムチャくそ強えだろ」

「え……?」

いきなり話を振られて言葉に詰まった私に、ニヤニヤしながらスラッドさんは続けます。

「わかんだよなー、俺っちには。君だったらさー、難度Aのクエストに連れて行ってあげてもいいよ?」