「貴方……姉さんにいったい何をしたんです」
ハーディスト伯爵を部屋の外に連れ出して扉の外でその美しい顔を睨みつけた。
ハーディスト伯爵は無表情にじっと僕を見下ろすのみだ。
この人が表情を無くすと顔の造形が整いすぎているせいか恐ろしく冷たい印象をうける。
くそっ、この余裕そうな表情がカンに障って仕方がない。
「アルテンリッヒ、君は姉君のこととなると途端に冷静さを欠くな」
「姉さんの前だとものすごいヘタレに成り下がる貴方に言われたくはありません」
ハーディスト伯爵はぴくりと眉を動かした。
図星だろう。
「…ん?……ヘタレとはなんだ」
「貴方のような人のことです。話を逸らさないでください」
ヘタレ?とやけに真剣に呟くハーディスト伯爵に嫌気がさす。
そんなことはどうでもいいし、貴方がヘタレだろうがそうでなかろうがなんだっていい。とにかく、今は。
「…………別に何もしていない」
「何も無ければ姉さんの先程の態度は一体何なんですか」
ハーディスト伯爵のアメジストの瞳は徐々に陰っていきやがて眉間のシワは壮絶なものになった。
自分の顔立ちを自覚した上でそういう顔をしてほしいものだ。
子供だったらとっくに泣きだしていると思う。
うんざりしたような、傷ついたような複雑な顔でため息をつくハーディスト伯爵の様子を見ても、何も無かった、訳が無いことが伺える。
「……彼女への好意を自覚した。から、それを伝えた。
そしたら嫌いだと言われた」
それだけだ。
盛大なため息とともにハーディスト伯爵はそう言って目を閉じた。
「……え?」
「………」
「え、………馬鹿なんですか?」
あ、元王子にとんでもないことを言ってしまった。
いや、でも別にいいか。
「……うるさい、この話をさせられたのはお前を入れて3人目だ。
………それから、そう言われるのもな」
「そりゃそうでしょうよ。
貴方もしかして、好かれる要素が少しでもあるとお思いだったのですか?
だとしたら相当めでたい頭してますね」
「お前…………。そんなこと思ってはいない。
気が付いたら勝手に…。
俺もそれが得策だと思っていた訳では無いのだ、俺に聞くな」
「いやいや、あなたの事じゃないですか…。」
「…………ともかく、意識されるようになったからいいんだ別に。
ただの弟の君よりは幾分もマシだと思うが」
どうにか余裕を取り戻したハーディスト伯爵が鼻で笑う。
………ムカつく。
そこは確かに難しいところだ。
僕と姉さんの距離は近くて遠い。ただの可愛い弟としての認識を壊さないことには、このままの関係が一生並行して続いていくのみだ。
そんなことは僕が1番分かっている。
貴方なんかに言われる筋合いはない。
じろりと睨みつけると僕より高い位置にある顔は腹立たしい笑みを浮かべていた。
「……うるさいですね、………ん?ちょっと待ってください、じゃあ姉さんは、あなたに好きだと言われたってだけであんな動揺しきっているんですか?
あのアルトステラ・リンジー・ルーファスですよ?その程度のアプローチや好意くらいいくらでも向けられてきているはずでしょう?」
イゾルテ送りにされたあとならともかく。
それまでの彼女は敵意を向けるものも多かったがそれ以上に羨望の的だったはずだ。
好意や下心にはある程度慣れているはずである。
それなのに、この男の言葉で動揺するなんて……やはり、姉さんにとってこの男は……
「いや、それはない」
再びぞわっと嫌な悪寒がしたところで僕の最悪な推測を遮ったのはまさしくその張本人だった。
「はい?」
「それはないと言ったんだ。
彼女に好意を向けるもの下心を抱くもの、近づこうとするものはすべて俺が排除したからな」
「…………」
なんでもないことのようにさらりと言った彼に先程とは違う種類の悪寒が走った。
なぜ、そこまでしていて気持ちに気づいていなかったのか。
この人本当はやはり馬鹿なんじゃないだろうか…。
もう、疲れた。こんなのに付き纏われて姉さんが可愛そうだ…。
「………とにかく、今日は僕も行きますので。
僕は少々貴方を侮っていました。
危険だということは承知しています、僕は勝手にやりますので貴方も僕と姉さんから離れたところでどうぞご勝手に」
本格的に危ない人だ、この人。こわい。
「アルトステラ嬢は君を守るために危険な目に合わせたくないから、ああいっているのだぞ、少しはわかって……」
「自分を守るために誰かが犠牲になるなんてただの自己満足でしかないですね。
そんな自己犠牲嬉しくもなんともない」
貴方まだそれが分からないんですか?
ため息混じりにそう言った僕の目の前の元王子はあまり良くなかった顔色をさらに悪化させて押し黙った。
本当に、この人は姉さんが絡むと弱いな。