It Seems like My Body Is Completely Invincible
It's the fourth year.
学園生活も四年目を迎えました。
どうも、メアリィ・レガリヤ 十三歳です。
「私もついに最上級生かぁ~」
いつもの旧校舎の談話室とは違う部屋で私はお茶を楽しみながら感慨深げに天井を見つめる。
いつの間にやら使っていた部屋は、クラスマスター達が仕事で集まる執務室として生徒達に認識されてしまっていたのだ。うん、まぁ、なるべくしてなったという感じなので今更、私は驚かない。
基本的に余程の理由がない限りクラスマスターは三年生が勤めることとなっている。よって、王子達もその任を後輩に託して、最後の学園生活を満喫することになるのだ。
とはいえ、去年からクラスマスターの役目が飛躍的に上がったため、やりがいはあるものの、その責任は重大となっており、クラスマスター達は相談しにちょいちょい私達の新しい部屋を訪れている。
そして変わったモノがもう一つ。
それは皆で揃えていた自称制服である。
クラスマスター三人が同じような制服を着ていたため、一年間ですっかり『あの制服』=『クラスマスター』というのが定着してしまったらしい。そのせいで私とサフィナはクラスマスターのサポート的ななにかとして今まで認識されていたことを今更ながらに知った私。
なので、クラスマスターでは無くなったのに制服のせいでこちらに相談してくる生徒や先生が続出。
面倒くさかったので「もう、この制服をクラスマスターの制服として任とともに引き継いでいけば」と口を滑らせたら、即採用されてしまった。
というわけで、あの制服は今年から正式にクラスマスターの者達が着ることと相成ったのである。
(なんかこの制服を着ることが夢でしたっみたいなことを皆言っていたけど、いつのまにそんな憧れの服になってたのかしらね~)
私はクラスマスター就任の場になぜか立ち会わされ、それを見届けさせられていた時のことを思いだす。
(まっ、それよりもあの制服を作ったのが私で、危うく学園史の一ページに刻まれるところだったけど、なんやかんや駄々こねて王子の功績の一部にねじ込めたのはラッキーだったわ)
現在、私は一年の時に作ったブレザータイプの制服に舞い戻っている。三年間も自称制服を着ていた手前、今更私服で学園に通うという行為がなんかモヤッとしたからだ。
新しい制服を作ろうかなとも思ったが、また妙なシンボルになってしまったら面倒だしね。
ちなみにマギルカとサフィナ、王子とザッハも理由は様々だろうけど、なんか私と同じようにモヤッとした気分になったらしく、私の自称制服をご所望され、ブレザータイプを皆で着ている。
(男性用もできてしまって、まさかこれも正式に学園の制服になるとか言わないよね? 制服化計画を考えていた時もあったけど、まさか学園史に記載されるような所行だったとは浅はかだったわ~。ほんとマジ勘弁してください)
「……そういえば、メアリィ様は研究レポートのテーマをお決めになりましたか?」
私が物思いに耽っていると、現実に戻すべく向かいに座っていたマギルカが話しかけてくる。
「……あぁ~、それねぇ~……」
私は気持ちを切り替え、現状の問題に深い溜め息を吐きながら静かにカップをテーブルに置いた。
「私達アレイオスでは四年生になると授業数が減る代わりに、一人一つ研究レポートを提出する課題があります。テーマは自由ですが、レポートを提出しないと卒業も危うくなりますよ」
「分かりやすい説明ありがとう。でもねぇ~、急にそんなこと言われても……」
私は天を仰ぎ、今まで自分はなにかに没頭したことがあっただろうか? 自身の研究テーマにするくらいのなにかがあっただろうか? と考えてみた。
(う~ん……私が躍起になってどうこうしたのって、自分の能力の制御くらいじゃないかしら?)
未だ成就されていない案件を思いだす私。
(ちょっと待ってっ! これはもしかして、研究テーマのどさくさに自身の制御もできてしまうのではないかしら? あっ、良い、良いわっ! 正に一石二鳥じゃないのよっ)
「なにか思いついたのですか、メアリィ様?」
私があまりのナイスアイデアっぷりにムフフとほくそ笑んでいると、首を傾げてマギルカが聞いてくる。
私は慌ててにやけた口を手で隠し、一旦マギルカから視線を外して咳払いをし、心を落ち着かせた。
「そ、そうね。月並みな研究テーマかもしれないけど、思いついたわ」
「へ~、そうなのですか。参考に聞いてもよろしいでしょうか?」
「テーマは、私のぉっじゃなくて、その者の力を抑制させる方法よっ!」
私は握り拳を作って、自信満々にテーマを公言する。まぁ、うっかり不味いことを口走りそうになって慌てて軌道修正したが……。
(ぶっちゃけ『ないのなら、自分で作れ、ホトトギス』ってやつよ)
私は有名な俳句をもじってテンションを上げていく。あぁ、自分のナイスなひらめきが恐ろしい。
「……確かレリレックス王国では王族管理でそのようなアイテムがありましたね」
私の言葉にマギルカが魔族の王国レリレックスにあった例の拘束アイテムを思いだしたみたいだ。私としては不本意な結果に終わったアイテムだったが、可能性はあった。あれでおしまいと言うことはないだろう。
「そうそう、それそれっ! 私はやり遂げてみせるわよぉぉぉっ」
「さすがはメアリィ様ですわ。魔族ですらごく一部の者しかできない所行を学生の段階で成し遂げようなんて」
「ふぇっ?」
「完璧とはいかなくてもその一端でも可能にすれば、もしかしたら王国としては『初』ではないでしょうか?」
私の自信たっぷりな言葉を聞いて、キラキラした瞳でテンション上げてくるマギルカの言葉に、私は変な声を出すとテンションがサァァァッと急降下していった。
「……あぁ~、うん、今のなし、今のなし」
そして、私は即座に右手をパタパタと横に振って、さっきの発言を無かったことにする。
(あっぶなぁぁぁっ。学園どころか喜び勇んで王国の歴史に名前を刻もうとするところだったわよ。くぅぅぅ、良い案だと思ったのにぃぃぃ)
「えっ、おやめになるのですか? メアリィ様なら、もしかしたらできるのではないかと思いましたのに」
私の切り替えの早さにマギルカが冷静さを取り戻しながらも、残念そうに言ってきた。
「はははっ、買いかぶりよ、マギルカ。それよりももっと現実味のあるテーマを考えようかしらね、はははっ」
(あぁぁぁ、自分で現実味のないとか言うと、心が、心が痛いぃぃぃっ!)
マギルカに笑みを見せながら、私は心の中だけで身悶えするのであった。
「……わ、私のことは、まぁ、置いといて。マギルカはどうなの? なにするか決まったのかしら?」
自分の話題はこのくらいにしておいて、私はマギルカに話を振ってみた。
「……う~ん、いくつか候補がありますの。いっぱいありすぎてどれにしようか迷っていますわ」
私の質問にマギルカが顎に人差し指をあてて、ん~っと考え込みながら答えてくる。
「へ~、例えばどんなもの?」
「今一番調べたいのはですね、あの『王鼠』ですわ。なぜあのような能力を持ったのか、いろいろ調べたいところなのですが、どうにも拒否され、逃げられておりますの」
再び瞳を輝かせたかと思ったら、はぁ~と溜め息をつくマギルカに私はかける言葉が思いつかない。
(う~ん、なんだろう。なぜか「王鼠、超逃げてぇ~」と思ってしまう自分がいるのよね)
「……観察と研究の一環としてちょこぉ~と解剖するかもしれないと言っただけですのに……」
マギルカが心底不思議そうに呟いたその言葉に、私は背中から冷や汗をダラダラ垂らしながら、微苦笑を浮かべるのであった。
「……お、王鼠かぁ~。あったわね、そんなことも。いやぁ~、レイフォース様がお姫様になっちゃうとか、不思議な体験だったわね。あっ、不思議と言えばこの学園にも七不思議ってないのかしら?」
私は話題を変えるべく、考えなしに思ったことをベラベラと口にした。
「えっ、七不思議……ですか?」
私の話を聞いてきょとんとするマギルカ。話題を変えることに成功したみたいだが彼女の反応を見る限り、この世界では学園の七不思議というワードはメジャーではなさそうだ。
「学園に起こった七つの不思議ということですよね。不思議……なぜ、七つなのですか?」
「へっ? えぇ~っとぉ~……なっ、なんでだろう……」
考えなしに言った話題だったが、マギルカの素朴な疑問に今度は私がきょとんとした後、思い悩んでしまう。
「ま、まぁ、単に七つあっただけで他意はないと思うわよ。学園で昔から囁かれている未解決の不可思議な現象を指していると思ってくれたら助かるわ」
相手を納得させる理由が思い浮かばなかった私は数のことは曖昧にしてやり過ごすことにした。
「その口振りですと、その七つがなんなのかメアリィ様は知っていらっしゃるのですか?」
(ぐおぉぉぉっ! 墓穴を掘ったぁぁぁっ!)
痛いところをつかれて、私の目が泳ぐ。
この世界に学園の七不思議なるモノがない以上、前世の知識をここで披露してもマギルカには理解できないだろう。最悪、再びノイローゼで痛い子かと思われてしまうかもしれない。あれは、もうこりごりだ。
「えぇ~、あぁ~、うぅ~、そのぉ~、えっとぉ~……忘れたわっ!」
ここで私は伝家の宝刀「記憶にございません」を抜く。
「……なるほど。故にもう一度調べてみてテーマにするか吟味しようと思ったのですね」
「んっ? ん、うん……」
私の苦しい言い訳をなんか妙な解釈でマギルカが理解してくれたので、私はそれに乗っかる。後ろで一部始終見守っていたテュッテの視線が痛いような気がするが、まぁ、見てないのでスルーしておこう。
「では、参りましょうか?」
「へ? どこへ」
とりあえず危機を脱してホッとしていると、マギルカが席を立ち、私を促してくるので私も席を立つ。
「調べるなら図書館ですよね。メアリィ様が言う学園の七不思議というのは聞いたことがありませんが、それは単に私の勉強不足なのかもしれませんから」
「う~ん、どうかしら。そういうのって伝聞系のような気がするのよ、あっ」
私は前世の知識をほじくり返してマギルカにさらりと答えたが、言った後で彼女からしたら何の根拠もない発言だったと気がつき、また墓穴を掘ったかと身構えた。
「そうなのですか。でしたら、先生とか……お祖父様に聞いた方がよろしいでしょうか?」
「え、いや、わざわざそんなことを学園長に聞くのは……というか、どうしたの? いやに積極的ね」
うっかり発言を鵜呑みにして話を進めるマギルカにホッとするよりも、私はその積極的な態度に小首を傾げてしまう。
「そ、それは、そのぉ……ク、クラスマスターの時にいろいろメアリィ様に助けられましたので、その……今度は私がメアリィ様のお力に、と……」
顔を赤くし、視線を逸らしながらマギルカの声が尻すぼみになっていった。
「……友よっ」
私は恥ずかしがるマギルカを問答無用でハグする。
(思えば、マギルカは忙しい学園生活を強いられていたなぁ。やっと、時間が取れたらそれを私のために使おうだなんて……申し訳ないような、嬉しいような。あぁ、やっぱ友達って良いわよねぇ~)
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっとメアリィ様っ」
私のハグがお気に召さなかったのかマギルカがアワアワと体を動かし離れようとする。その気になったら私は彼女を完全ロックできるが、無理強いは良くないのですんなりと解放した。
「えへへ、ありがとう。マギルカ」
「……さ、さぁ、詳しそうなせ、先生をさ、探しに行きましょうっ」
赤い顔のままプイッとそっぽを向いて、マギルカがドアの方へ歩いていくので私は微笑ましく思いながらその後をついて行くのであった。
「学園に起こった噂レベルの未解決で不可思議な現象、古くからあるとなお良し……ですか?」
学園の七不思議というワードが通用しないと分かった私は、別の言い方をいろいろ考えた結果、フリード先生が聞き返したややこしい文章に成り下がってしまっていた。
「そ、そうです。ややこしくてすみません」
「いえ、研究レポートのテーマを模索中なのですからかまいませんよ」
私の無茶振りに笑顔で答えるイケメン先生。なぜ、フリード先生に聞いたかというと、理由は簡単、先にも先生が言ったように研究テーマを探していると言えば、余計な説明は省けると踏んだからだ。
(今思うと、他の先生にあの内容で聞いたら変な子とか思われたんじゃないかしら?)
「しかし、さすがはメアリィさんですね。皆さんとは違った観点で妙なモノに興味を示すとは」
(ガハッ! 他の先生どころじゃなかったぁぁぁっ!)
悪意が全くない優しい笑顔でさらりと私の心を抉ってくるフリード先生。この人は乙女心というものを分かっていらっしゃらないのか。
「……それでフリード先生、なにか心当たりはありませんでしょうか?」
私が傷心しているのを見かねて、マギルカが代わりに聞いてくれる。
「う~ん、そうですね。学科内で困ったことならいくらでもあるのですが……」
なんだかお疲れのような困った顔で自分的にはナイスブラックジョークだと思っているのだろうフリード先生の発言に、私もマギルカもどう返していいのか分からず作り笑いを浮かべるだけにとどまる。
(いろいろと地味に騒ぎを起こしているからね、アレイオスの生徒は)
「あっ、そうだ。古い話ですが一度調べて結局解決しなかった事件ならありますよ」
「あの、事件とかは……もうちょっと穏便なものでお願いします」
立場上そういったものによく出くわすのかフリード先生が物騒なワードを放り込んできたので丁重にお断りする私。
「これは失礼。『自己幻視の魔鏡』という話でしたが、他、他ですか……」
「な、なんですか、それは。そこ、詳しく教えていただけませんか?」
さらに続けたフリード先生の話にマギルカが飛びついた。というか、釣られた。
(あ~、こうなってしまったマギルカはもう誰にも止められないわね。ははは、妙な事件に首突っ込むのだけはマジ勘弁してください、神様)
興味津々な瞳をキラキラと輝かせたマギルカを横目に見ながら、私は深く溜め息を吐くのであった。
フリード先生の話をまとめるとこうだ。
十年ほど前に生徒の間でまことしやかに囁かれていた事件。
それが『自己幻視の魔鏡』だそうだ。
その魔鏡は学園内のどこかで突然姿を現し、その鏡を覗くと映ったその人が鏡から出てきて自分とすり替わろうとするという話らしい。
(おおっ、なんか七不思議っぽいっ……んだけどぉ。現代日本ならオカルト感あるけど、こっちの世界じゃ「それはきっと、マジックアイテムの仕業じゃないでしょうか」と思ってしまう自分が、悲しいぃぃぃっ)
「……そのような話があったなんて知りませんでしたわ」
「噂の域を出ませんでしたから、時とともに風化していったのでしょう」
心の中で一人モヤモヤしている私をほっぽいて、マギルカとフリード先生の冷静な議論が展開されていく。
「しかし、作り話にしては現実味がありそうですね」
「はい。私としては、なにか高位なマジックアイテムが放置されているのではないかと思い、探してみたのですが……結局見つかりませんでした」
二人の話を絶賛蚊帳の外で聞いている私は、なんとなく以前に起きたサークレット事件を思いだす。
やはりというか、フリード先生もマジックアイテムの犯行という線に行き着いたみたいだ。さらに、誰かが放置したという話がやけに説得力を感じてしまうのは、この学園ならではのことではないだろうか。
(いろいろフリーダムにやらかしてるからなぁ、この学園……)
「まぁ、噂の真偽はどうであれ。どうですか、メアリィさん。参考になりましたか?」
「え? あ、はい。とっても」
フリード先生が急にこちらに話を振ってきたので私は慌てて返事する。それを聞いたフリード先生は、ここで話を切り上げるとその場を後にした。
「……そ、それでどうします? メアリィ様」
「どうするって言われても……」
フリード先生を見送った後、すぐにマギルカが私に聞いてくる。ものすごく興味津々な瞳を輝かせて……。
(あぁ~、めっちゃ気になってる。めっちゃ調べたがってるわね、これは)
ここでこの話はなかったことにすれば、おそらくマギルカは一人で調べるのは明白であった。そのくらい付き合いが長い私には容易に想像できる。
仮に魔鏡の噂が本当なら、それはそれで物騒な話なので、彼女一人にするのは心配だ。なので、私の結論は……。
「う~ん、一応テーマとして調べてみようか、なぁ~」
私の決定にパァ~と子供のような笑顔になっていくマギルカ。うん、可愛い、可愛い。
かくして、私は研究テーマを求めて、妙な噂に首を突っ込むのであった。