数日後、カスミは慣れた様子で浮かぶ刀の所へとやってきていた。

それもそのはず、カスミが挑んだ回数は既に五十回を超えているのである。

「……よし、いくか」

カスミが階段を下り部屋の中へと入ると今までと同じように刀がカスミを出迎える。

「…………」

カスミは静かに刀を抜くと、この後の動きを思い出しながら飛来する刀と斬り結んだ。

金属音が薄暗い部屋に響き渡る。

浮かぶ刀の上にはHPバーがあり、カスミはそれに気を配りつつ刀を捌く。

「【跳躍】!」

刀のHPバーが少し減った所で、カスミは前方へと跳躍した。

直後、カスミのいた場所は何本もの刀によって串刺しにされていた。

つまり、この刀はHPがある値になる度に特定の行動をしてくるという訳である。

この行動などは回数を重ねれば簡単に回避出来るようになるものだった。

「【一ノ太刀・陽炎】!」

一度離れた距離を再度詰め直して刀を斬りつけると、カスミは一歩分だけ右へとずれる。

剣が地面から突き出してくることが分かっていたからである。

カスミは刀の相手をしつつ、刀を中心に円を描くように一歩ずつ移動する。

カスミの移動から一秒ほど遅れて刀は地面から突き出してくる。

停止すれば致命傷、また地面から生える刀は条件を満たさない限り消えないため下手に移動すれば勝ち筋を失う。

カスミが今の移動法に至るまでにはなかなかの時間を費やした。

丁度一周回りきったところで刀のHPバーが一定値まで減り、行動が次の段階へと移る。

地面から生える刀が消えた代わりに天井からは紫の炎が降ってくる。

もしも当たれば十秒間AGIがゼロになってしまう。

肝心の刀は高速飛翔に切り替わっており、AGIが減少すればまともに躱すことは出来ないことは明らかである。

カスミがここまでで最も詰まったのがこの炎の雨である。

どうしても次の段階に移るまで炎を躱し切ることが出来なかったのだ。

そのため、カスミは今使うことが出来るスキルを見直し何か突破方法がないか考えた。

「【終ワリノ太刀・朧月】」

その結果、やられる前にやるということになったのである。

高速の十二連撃が刀を叩き折らんばかりの勢いで繰り出される。

凄まじい勢いで減少する刀のHPバー、それでもカスミの表情には喜びはない。

その十二連撃は刀の行動の段階を三段階飛ばして最終段階へと持ち込んだ。

刀のHPバーはあとほんの一ミリだけ残っているが、これは必然である。

事前にどれだけHPを減らしてもほんの僅かだけ残るのだ。

カスミの奥の手である朧月はカスミのステータスを一定時間半減させ、【太刀】の名を持つ残りのスキルは使用不可能になってしまう。

その状態で最終局面を迎えるのだ。

つまるところカスミはここを突破出来ないまま数十回挑戦しているのである。

「…………」

刀は部屋の最奥へと瞬間移動し、その刀身が今までより強く怪しく輝いた。

カスミを包むように揺らめく炎が天井まで立ち上り、それが消えた時には炎を壁として刀までの一本道が作られていた。

その距離十メートル。横幅三メートル。

カスミはここを駆け抜け、刀に最後の一撃を加えなければならない。

「ふっ!」

短く息を吐いて幾分か遅くなった足で刀へと走る。

前方からは無数の刀が飛来してくる上、両側の壁からは定期的に炎が噴き出す。

止まれば真下から刀が生えてくる。

近いようで遥かに遠い十メートルだ。

「はあっ!」

飛んでくる刀に自身の刀を合わせ、僅かに逸らして進んでいく。

炎はAGIを消し飛ばすため絶対に避けなければならない、また地面からの刀も受けるわけにはいかない威力だが、飛ぶ刀はそうでもない。

ここまで無傷の場合に限り、三発だけなら受けられる。

カスミが順調に半分まで辿り着く、そしてそれを体感で理解していた。

「【超加速】!」

温存しておいた【超加速】でより攻撃が激しくなる地帯を切り抜けようとする。

昨日カスミは攻略を中断して、サリーとシンに頼んで飛ぶ剣に対する回避の技術の上昇を図っていた。

それが影響したのか、カスミには今までよりもよく刀の軌道が見えていた。

それでも、距離が近づいたことにより反応出来ない速度となった刀を受けることになってしまう。

「いけ……っ!」

衝撃と共に左肩、右腹部、左太腿に刀が突き刺さる。

痛々しい赤いエフェクトが鮮血のように弾けて舞う。

それでも止まらないカスミはまさに修羅の様だった。

突き出した右手、握られた刀が浮かぶ刀の刀身に触れる。

それと同時、刀は輝きを失って静かに地面に落ち、浮き出るように現れた御札が巻き付けられた鞘に包み込まれて収まった。

炎も、刺さった刀も消え、薄暗い部屋が戻ってくる。

「…………」

カスミは落ちている刀に手を伸ばし、それを拾い上げた。

「ふふっ……ははは!やった、やったぞ!遂にやった!」

抑えきれない喜びを全面に出して、装備品らしいそのアイテムを確認する。

『身喰らいの妖刀・紫(ゆかり)』

【STR+30】

【妖刀】

【自己修復】

【妖刀】

HP減少・MP減少・一時的ステータス減少・永続的ステータス減少・身体制限をそれぞれ対価とした五つのスキルを含む。

【自己修復】

鞘に収めている間、耐久値が回復する。

「試してみるか。手頃なモンスターを探しに行くとしよう!」

カスミは早速刀を装備すると部屋から出て、試し切りに向いている体力の多いモンスターを探しに向かった。

カスミはしばらく歩いて手頃なモンスターを発見した。

「よしよし、あいつは確か体力が高かったな」

カスミが刀を鞘から抜き放つと紫色の煙が吹き上がった。

「おっ……と?ん?」

煙は直ぐに風に流されるように消えていったものの、カスミは明らかに変わった点を見て取った。

それは自分の服装。

下半身は濃い紫の袴、そして上半身は胸と両腕に薄紫のさらしが巻かれている他は、なにもない。

腕のさらしと刀からは紫の煙が後方へ流れ続けている。

「…………」

カスミは静かに刀を鞘に戻した。

すると紫の煙が刀に吸い込まれていき、服装も元に戻った。

「な、慣れるか?いやしかし……」

せっかく手に入った最上級の装備を使わない手はない。

カスミは咳払いをし、うっすらと頬を染めつつ刀を抜き直した。

カスミは唯一対価の分かりにくい身体制限を代償とするスキルから試すことにした。

「【紫幻刀】!」

カスミの体はスキルの補助を受けて加速し真っ直ぐにモンスターへと向かう。

右手に持った刀で斬りつける。

スキルの進行に従いそのまま右手から刀を放すと、その刀は消えて左手に刀が現れる。

それを掴んで左手で斬りつけ、刀を手放し再度具現化した右手の刀で斬りつける。

右手から始まって、交互に刀を振るい相手を弾き飛ばし突進しながらの十連撃。

最後に手に持っていた刀を手放すと、カスミは胸の前で勢いよく手を合わせた。

放り投げてきた十本の刀。

それらがモンスターを取り囲むように浮かび一斉に突き刺さった。

計二十連撃。それに体力が多少高いだけのモンスターが耐えられるはずがなかった。

スキルが終わるとカスミの右手に刀が戻ってきた。

「いいな……いい」

服装を気にしなければ完璧だ、などと考えていたカスミを再度紫の煙が覆う。

「う……っと消えたか。おっと刀を落として……?」

落ちている刀に手を伸ばしたカスミはその手が酷く小さいことに気づく。

「う……ん?」

袴はシステムにより脱げないで保たれてはいるもののぶかぶかで腕と胸のさらしも緩んでいる。

身長は120センチもないだろう。

「何……お、もい?」

刀を持ち上げようとしても片手ではまともに構えることすら出来ない。

両手で持っても振るのは苦労しそうだった。

「これは……」

現状を確認しているカスミの元に別のモンスターがやってくる。

モンスターは配慮などしてはくれない。

「お……っ!?お、おい待て!愛嬌のある姿だぞ!多分な!見逃せ!う…ぐ」

命乞いが届くはずもなく、カスミは街へと送還された。

街に戻った時には緩んでいた腰元とさらしは締め直されていたが体は小さいままである。

カスミはステータスを確認した。

「十分間このまま……」

諦めたカスミは裾を引きずりながら近くの段差まで歩いてそこで目を閉じて周りの視線をシャットアウトして過ごした。