Itai no wa Iya nanode Bōgyo-Ryoku ni Kyokufuri Shitai to Omoimasu
Defense Specialization and Snow Mountain.
いつも通りメイプルはサリーの馬に乗せてもらって目的地まで向かっていく。
「サリー、今回はどっちに行くの?」
「んー、雪山」
「塔の時以来だよね」
塔を攻略するイベントでは吹雪の中、雪山を下山してボスと戦った。下山と言ってもメイプルのそれは頂上からの防御力に任せたダイブでしかなかったが。
ベルベットと向かった頂上がコロシアムのようになっている山やミィと向かった火山など、七層は広く山と言ってもいくつもある。サリーの目指す雪山はその中でもひときわ高く、頂上は雲に隠れて霞んで見えない。
「私が見つけたのはヒントでしかないから、本当に合ってるかは行ってみないと分からないし、流石に全部正規ルートでいくとすごい時間がかかるからね」
「うんうん」
「ここはシロップに助けてもらおう」
「おっけー!久しぶりだね」
「七層で色んな人が飛べるようになったから、当然飛んで登ろうとした人はいたんだけど、強力なモンスターが襲ってくるだけなんだって」
襲ってくるだけというのもおかしな話だが、メイプルとサリーならただのモンスター程度撃退できる。
「だからモンスター倒しながら中腹まで飛んでいくよ」
「一番上まではいかないんだね」
「流石にそれは無理みたい。ある程度強くて空を飛べるプレイヤー専用のショートカットでしかないからね」
そうして馬を走らせていくと、遠くに見えていた雪山が近づいてきて、二人は改めてその高さを実感する。険しく、外側はほぼ垂直になっているがサリー曰く所々内部に入れる場所があるらしい。
「サリーが途中までって言ったのどうしてか分かったかも……」
メイプルが麓から頂上を見上げると、分厚い雲が目に入る。上の方はいかにも天気が悪そうだった。
「吹き飛んで落ちるくらいならメイプルは大丈夫そうだし、固定すればいいんだけど、ほら溶岩踏んだ時みたいって言ったら分かる?」
溶岩それは塔攻略時にメイプルに初めて傷をつけた、最強の相手もとい地形である。
「それはダメだあ……うんうん」
「だから真ん中辺りまで。天気が悪くなり始める辺りで山をぐるっと回れば入れる場所が見つかるはず」
「おっけー!じゃあれっつごー!」
メイプルはサリーをシロップの背に乗せるとゆっくりと浮上していくのだった。
【念力】によってシロップを浮上させていくと、寒さこそ感じないものの雪がちらつき始めた。
それに合わせて、サリーの言っていたモンスターが向かってくる。それは全身が氷でできた鳥で、左右から三匹ずつけたたましい鳴き声とともに二人に襲いかかる。
「もっと強い氷の鳥知ってるもんね!【全武装展開】【攻撃開始】!」
メイプルはぐるっと体を回転させて両サイドから飛んでくる氷の鳥を撃つ。正確に狙いをつけずとも次々に放たれる銃弾やレーザーを避けきることはできず、氷を放つ間も与えずに粉々になっていく。
「よーし!」
「いや、倒せてない!」
「うぇっ!?」
粉々になった氷の鳥は即座に空中で再生して、銃弾を受けながら迫ってくる。
「こういうのは火属性が定石!朧【火童子】!」
サリーが炎を纏うのを見て、メイプルは効果のない兵器を一旦しまってサリーに任せることにする。
「【身捧ぐ慈愛】【挑発】!」
サリーが攻撃しやすいようにメイプルはモンスターを引きつけて、万が一のために【身捧ぐ慈愛】も発動させておく。
【挑発】を使った上で攻撃せずに突っ立っていれば当然氷の鳥は群がってくるもので、メイプルの全身をくまなくつついて攻撃してはバシバシと氷の羽を叩きつけ、冷気と氷塊によってダメージを与えようとする。
「え、えっと凄いことになってるけど……」
「大丈夫!」
ベチベチと叩かれる鈍い音に紛れてメイプルの生存報告が聞こえてきたため、サリーは一体ずつ斬っていくことにする。
「朧【渡火】【妖炎】」
朧にさらに炎を使わせて、氷の鳥を倒していく。サリーにとっても、最早メイプルからモンスターを削いでいくのは慣れたものだ。
「これで、最後!」
「ふぃー……ありがとー」
「でもまだまだ飛んで来てるんだけどね」
「うぅ、サリー頑張って!」
「任せて!結局のところメイプルから剥ぎ取るだけだし!」
メイプルが鳥に滅茶苦茶にされている間もシロップはゆったりと浮上を続けている。こうしてサリーの言う中腹に向けて、雪空を飛ぶのだった。
雪が強くなってくる中、何度も氷の鳥を処理しつつ浮上する二人は一際強い風を感じて身を屈める。それは気のせいではなく、ここまでと比べると明らかに天候が悪化しているのだ。
「ここが限界かな……」
「じゃあぐるっと回るね」
メイプルは高度を維持したままシロップの移動方向を横に変えて山肌のすぐ隣を回っていく。もちろんその間もメイプルをモンスターが襲うため、山にぶつからないように顔の部分だけ優先して剥がすようにして、見逃さないようゆっくり移動する。
「あった!朧【渡火】!」
入り口を見つけたサリーは朧の助けを借りてモンスターを一気に倒すとメイプルにより壁に近づかせる。
「よし、捕まってて」
「うん!」
「【跳躍】!」
サリーはメイプルを抱き抱えたままシロップから跳ぶと山肌に沿うように突き出た足場に着地する。両側には山の中に続く上り坂の道と下り坂の道があり、二人が行くのはもちろん上である。
「ありがとうシロップ!」
「じゃあ行こう」
二人が内部に入るとそこは床も壁も青く光る氷に覆われていた。凍りついているとはいえ滑るわけでないようで、足場の心配はいらないため自由に歩いていける。周りの環境がはっきりしていれば、モンスターの性質も予想がつくため、メイプルは自分でも攻撃できるように発火するお札を取り出して握っておく。
「氷地帯もちょっとは慣れてきたよ!」
「じゃあ慣れではどうしようもないところはアイテムでカバーしよう。ちょっと待ってね?」
サリーはインベントリを操作するとイズに用意してもらったアイテムを取り出す。一つは外套、もう一つは赤い光が中でちらつく球体である。
「それを着てその球を使えば氷属性の攻撃は大分威力が抑えられるし、【氷結耐性】もつくから」
メイプルはそれを聞くと早速両方使ってみせる。外套は分厚く、いかにも寒い場所に行くための服といった風だ。
「効果もあるし、雰囲気も出るでしょ?」
「うん!いいと思う!」
「帰ったらイズさんにお礼言わないとね」
球体はいくつもあるため数が足りなくなることはない。他にも作ってもらったものはあるが、今のところはこの二つが役立つお助けアイテムというわけである。
二人が中を進んでいると、正面から三つの氷の塊が白く輝く冷気を纏ってフワフワと飛んでくる。
二人はそれを見てピタッと立ち止まると武器を構える。そうして出方を窺っていると氷の塊に青い光で目と口ができ、意思を持って向かってくる。
メイプルの【身捧ぐ慈愛】の範囲内なのもあり、サリーはぐっと前に踏み出し、素早く動く氷塊をスパッと斬り裂く。【火童子】によって纏った炎がダガーから氷塊に流れ込み、赤いダメージエフェクトが散る。
サリーは手応えを感じつつ残る氷も撃破しようと足に力を込めた。しかし、斬り捨てて通り過ぎようとした氷塊の中から青い光が大量にこぼれだすのを見て、サリーは咄嗟にブレーキをかけてメイプルの方に【跳躍】する。
その直後、氷の爆ぜる音とともに氷塊は弾けて辺りにに鋭い欠片を撒き散らす。ギリギリで察知して回避したため直撃することはなく、サリーはひとつ大きく息を吐いて立ち上がる。
「爆発するとは思わなかった。危ない危ない」
「心配しないで戦って!【身捧ぐ慈愛】あるし!」
「うん、ありがとう。それに一度見たから爆発は大丈夫」
サリーが後退した隙に顔のついた氷塊は口から輝く冷気を吹き出す。それは逃げ場のない狭い通路を吹き抜けていき、サリーが無理やり回避せずメイプルに任せることを選択したため、メイプルに二重に直撃する。
「どう?」
「何もなさそう。多分……?」
「ん、いつも通りでよかった!」
素早く確認を取るとサリーは再び前進する。この氷の塊は位置付けとしてはトラップに近く、HPが少ない代わりに下手に処理をすると一般人は致命傷を負うようにできている。
「よっと!」
サリーは残る二つの氷塊の間に滑り込むと、体をぐるっとキレよく回転させ、両手のダガーで氷塊をそれぞれ斬り裂く。
「ここは、【超加速】!」
先程は【跳躍】よって範囲から逃れたサリーだったが、今回は使えないため加速することによって走って範囲から逃れる。
滑り込むようにしてメイプルの元に戻ってきたサリーの背後で残る氷塊が爆ぜて白い冷気が氷の床を駆け抜ける。
「すごーい!鮮やかって感じ!」
「そう?ありがと。あの爆発は念のため避けるね。氷の欠片が尖ってたし、貫通攻撃だと危ないから」
サリーはダメージ自体は負っていないが、繊細な動きの切り替えを要求されるため、もっと楽に倒せるならそれに越したことはないと、メイプルがサリーに提案する。
「じゃあ次は遠くから私が撃ってみる!復活しても足止めになるし、その間にサリーが炎魔法で攻撃したらどう?」
「いいね。そうしよう。でもあんまり使いすぎないように」
「はーい!」
とりあえず氷塊相手なら問題ないと、二人は氷の道を進む。
「そうだ、メイプルはメダルスキルもう取ったの?」
「うん!サリーが使ってたのがいいなって思ったから似た感じのにしてみた」
「……何かあったっけ?」
「ほら【水操術】!だからおんなじ感じの【地操術】!」
メイプルはそう言ってニコニコ笑顔を見せつつ両手を突き出してピースサインを出す。
「ああー!確かに属性分あったね。っていうかその属性にしたんだ」
「うん、シロップとも相性いいかなって」
「いいね。レベル上げれば面白いスキルも覚えるかも」
「サリーは?」
「じゃあ次の戦闘で見せるよ」
「楽しみにしてるね!」
少し進むと、そんな二人の前に氷でできた熊が現れた。青く透き通るその体からは先程の氷塊と同じように白い冷気が立ち上っている。
「お、ちょうどいいのが来たね。メイプル、盾を構えて……そうそう」
「だ、大丈夫だよね?」
「うん、行くよ!」
どうするのだろうと不安半分期待半分のメイプルをおいて、サリーは氷の熊に向かって走っていく。当然熊もサリーに反応して距離を詰めに来る。駆け出した姿を見てどんな攻撃スキルかと思っているメイプルの前でサリーはスキルを発動する。
「【変わり身】」
直後メイプルの視界が一瞬ブレたかと思うと、目の前には熊の氷の爪が迫っていた。
「うぇっ!?わっ……!」
思考が止まったメイプルだったが、サリーに言われた通りに構えていた大盾はメイプルの意思に関係なく【悪食】を発動させ、復活も何もさせることなく氷の熊を光に変えて飲み込んだ。メイプルはほっと一息つくと後ろを振り返る。そこでは上手くいったという表情のサリーが小さく手を振っていた。
「もー!サリー!」
「あはは、ごめんごめん」
「びっくりしたよー。【蜃気楼】見せてもらった時思い出しちゃった」
「本当、びっくりさせてごめんね。味方と自分の位置を入れ替えるスキル。上手く使えば攻撃にも防御にも活かせると思うんだ」
「サリーなら上手く使えそう」
「じゃあ起死回生の一手になるのを期待しててよ」
「うん!あ、また来たよ」
「うわ……熊の巣か何か……?」
二人が話していると通路の奥からまた氷の熊がのそのそと現れる。二人の目的は熊と楽しく遊ぶことではないため、ここはささっと切り抜けてしまいたいところだ。
「【悪食】でぱぱっと抜けちゃおう!」
「賛成。かわりにボスは私が頑張るよ。炎も使えるしね」
「じゃあとっしーん!」
トコトコと走っていくメイプルはぱっと見は可愛らしいものだが、目の前に突き出しているのは触れるものすべて消し飛ばす盾である。
結果、メイプルが正面衝突する度に、パリンパリンと音を立てて氷は光に変わっていくのだった。