Kanzen Kaihi Healer no Kiseki
17 Tea Party in Lucia
ヒロキが湖底のダンジョンへ行ってから、五日が経った。
主が何階層にいるかわからないので、まったくもって攻略日数が読めない。このダンジョンを攻略した人はいるらしいけれど、その情報はほとんど出ていない。
「ヒロキ、大丈夫かなぁ……」
思わずそう呟くと、目の前の相手がくすりと笑ったのに気づく。
その相手は勇者パーティのウィザード、ルリ。ヒロキと同郷で、とても強く美しい女性。
「あらルーシャ、そんなに広希が心配?」
「ごめん、私ったら。今はルリたちとお茶をしてたのに」
「別に気にしなくていいよ。僕も、広希がどれくらいで帰ってくるか気になるし」
私が返した言葉にすかさずフォローを入れてくれたのは、勇者のレンだ。優しい雰囲気からは、戦いの前線に立って戦う姿はいまいち想像できない。
そんなすごい二人といる私、ルーシャ。ヒロキのパートナーで、職業はアーチャー。
今日はルチア様のお茶会に招待されて、私、ルリ、レンの三人で彼女のお屋敷までやってきた。公爵家の令嬢という高い身分の方なので、会うだけでも緊張しちゃう。
今は先に応接室に案内されて、三人でルチア様を待っているところ。
「私とヒロキは高難易度ダンジョンのこと、詳しくないんだよね。だいたい何階層くらいまであるんだろう?」
「そうね……湖底のダンジョンがどれくらいかはわからないけれど、私と蓮が行ったダンジョンは、五〇階層ぐらいあったかしら」
「あったね。まだ体力もあんまりなかったから、ヘトヘトになったのを覚えてる。今思うと。るりはウィザードなのによくあんな地下までついてこられたよね」
はー……やっぱり二人はすごいんだなぁ。
ルリはといえば、レンに「根性よ」なんて返している。
五〇階層もあるダンジョンなんて、下りていくだけでも大変なのに。その奥にいる主は、いったいどれほどの強さだったんだろう。
想像しただけでも、身震いしてしまいそう。
紅茶を一口飲んで、私は扉へ視線を向ける。
「……ルチア様、遅いですね」
「そうね。以前お茶会に招待してもらったときは、こんなに待たなかったけれど……」
なんて、噂をしたからだろうか。ちょうど扉がノックされ、ルチア様と、その後ろには紙の束を持ったイシュメル様が立っていた。
一緒にお茶をするのはルチア様だけだと聞いていたけれど、どうやらその予定は変わったようだ。
部屋に入ってきたルチア様は、ドレスの裾を掴んで優雅に一礼した。
「お待たせしてしまって、ごめんなさい。ちょうどお兄様が資料を持って帰ってらしたんです」
「資料?」
いったいなんの? そう思っていたら、イシュメル様が持っていた紙の束をテーブルの真ん中に置いた。見てみると、湖底のダンジョンと書かれている。
「茶会に混ざってしまい、すまないな。気になったから、湖底のダンジョンについて調べてきたんだ」
「わっ、本当ですか? ありがとうございます、イシュメル様!」
「とはいえ、たかが知れているが……」
私はすぐさまお礼を述べて、紙の束を覗き込む。
そこに書かれていたのは、ダンジョンの推定階層と、出てくる魔物、主の情報だ。
「すごい……。ダンジョンを攻略した人はいるけど、わからないと聞いていたので……主のことまで書いてあるのは驚きました」
「この情報によると、主はクラーケンって書いてるわね。普通は海にいる魔物のような気もするけれど……」
そう言いながら、ルリが私のことを見る。
クラーケンの詳細を知らないから、教えてほしいのだろう。私も実際にクラーケンに遭遇したことはないけれど、強かったり危険な相手はチェックしてる。
「クラーケンは、その体長は一〇メートルともあると言われている巨大な魔物です。手の部分には強い吸盤がついていて、冒険者を捕らえて水の中に引きずり込むそうです」
「水の中に連れ込まれたら、一気に不利になるわね……」
「呼吸も続かないし、攻撃を受ける前に倒しちゃいたい相手だね」
ルリとレンは水中戦になるのはまっぴらごめんだと、嫌そうに首を振った。もちろん私も同意見。
メイドさんが新しい紅茶とお菓子を用意してくれ、話題は湖底のダンジョンそのままで、ルチア様のお茶会が始まった。
貴族のお嬢様のお茶会なんて……と最初はドキドキしていたのに、話題がダンジョンのことになったのでとても冷静になる。
我ながら安易な性格だ……。
まずはお茶会主催者ということもあり、ルチア様が口を開いた。
「本日は急なお誘いだったにも拘らず、わたくしのお茶会にきていただきありがとうございます。本当は、一人だとサクライ様のことが心配で仕方がなくなってしまって、気が紛れれば……とも思ったのですが……」
「ああ、私が情報を持ってきてしまってさらに気になったのか……」
「そうです! いえ、お兄様の持ってきた情報には感謝いたしますが……!!」
どうやら、ルチア様はお一人でいるとヒロキのことが気になって仕方がないらしい。私だって心配だし、戦いに不慣れなルチア様にその不安が大きいこともわかる。
私だって、そろそろ帰ってきてもいいころじゃないかな? って、思ってるもん。
二人のやり取りを楽しそうに見ていたルリが、資料を手に取りダンジョンに出てくる魔物の種類を読み上げていく。
「ピラニア、ヒトデ、ドリル貝、キラーマーマンに……壺オクトパス、キラーアザラシに、湖亀……。名前だけを見ると、そこまで素早そうには見えないわね」
「飛び抜けて素早い魔物はいないが、階層が深くなるとどの個体も強い」
「ええ。イシュメル様は、いったいどこでこの情報を手に入れたんですか? わたくしも図書館で調べてみましたが、こんな資料はありませんでした」
ルリがイシュメル様に言ったことに関しては、私も同意。
冒険者ギルドでも聞いてみたけれど、湖底のダンジョンの情報は全然なかったから。いや、正確には用意されていたけれど……それは一〇階層までのものだった。
このダンジョンの攻略をしている冒険者が何人かいて、その人たちからギルドは情報を買っているのだ。だから、探索を専門にしている冒険者もいる。
イシュメル様は資料を手に取りながら、ただ簡潔に「騎士団だ」と告げた。
「とはいっても、資料を保管していたわけじゃない。実力のある人間に湖底のことを聞いていたら、たまたまこの情報を持っていたんだ。いつか挑戦するために、手練れの冒険者に会ったときに聞いていたらしい」
「そうだったんですね。サクライのためにいろいろ聞き込みをしてくださって、ありがとうございます。イシュメル様」
ルリが深く頭を下げたので、私も同じように「ありがとうございます」と伝える。
けれどイシュメル様の表情は晴れておらず、どちらかといえば苦しそうだ。
「いや、元々は私がクロリアならジョセフ陛下が交渉に応じてくれると判断した私の甘さだ。しかもサクライはすでにダンジョンの中で、こんな資料は役に立たないが……」
「いいえ。サクライがいつ戻ってくるかの目安は立てられるので、それだけでも助かりますわ」
資料には、四〇階層あると記載されている。
これだけ長いと、普通に歩いて一番奥まで行くだけでもかなりの日数がかかるはずだ。さらにヒロキは体力がないから、だいぶかかりそうだと内心で苦笑する。
イシュメル様は顎に手をあてながら、攻略日数の計算をしているようだ。
「かなり過酷だろうから、本当に攻略できたとしても……一ヶ月程度の時間は必要なんじゃないか?」
「一ヶ月……! そんなにかかるのですか?」
予想された日数を聞いて、ルチア様が口元を押さえて青ざめる。
「そんな長期間の間、一人でダンジョンを進んで行くなんて……」
「確かに強靭な精神がなければ、辛いだろう。しかしこれは私が見積もった攻略日数なだけだから、実際はもっと時間がかかることも想定できる」
「さ、さらにですか……」
うぅ〜ん……。
確かに、私も四〇階層あると言われたらいまいちどれくらい日数が必要そうかはピンとこない。ダンジョン内の地図作成とか含めて、こういったことはヒロキに頼りっぱなしだったから……。
今後は二手に別れることもあるかもしれないから、私も勉強した方がいいかもしれない。
……でも、さすがに一ヶ月はかからないような気がするけれど、どうだろう。
ルリとレンを見てみると、私と同じように少し首を傾げている。やっぱり、そこまでの日数は必要ないと考えていそうだ。
私は心配しているルチア様に、笑顔を向ける。
「サクライなら、きっとすぐ帰ってきますよ。それに、あまりに遅かったら私が迎えにいきますから!」
「ルーシャ様……」
ぐっと腕を曲げて宣言すると、不安そうにしていたルチア様の表情が和らいだ。そのことにほっとすると、部屋にノックが響いた。
イシュメル様が入室の許可を出して迎え入れると、メイドさんとヒロキがやってきた。
「ただいま。星降り亭の女将さんから、ルーシャはここだって聞いて。無事に湖の雫、ゲットしてきた――って、なんでそんな呆けた顔?」
不思議そうにしているヒロキに対して、全員の早すぎだという声が重なった。