巨体のコカトリスの攻撃が、冒険者たちを襲う。

それを受け止めるのは、フロイツを含めたある一定以上の熟練冒険者たちだ。ダイアたちのようにまだ強敵との戦闘経験が少ない冒険者は、フロイツたちが攻撃を防御した隙をついて攻撃したりしている。

とはいえ、やはりでかい。

メインの攻撃主力は、マジシャンやアーチャーなどの後衛職だ。俺は、その後衛部隊の周囲で支援を行なっている。

「ん、ん、【ファイアー】!」

ティナが魔法スキルで攻撃をし、ルーシャは……間違いなく味方に矢が当たってしまうので物資の補給や怪我人の誘導などを行なっている。

「ヒロキ、回復お願い!」

「わかった! っと、数人いるのか」

ルーシャが怪我をした冒険者たちを後方に連れてきたので、俺はすぐに運ばれてきた人たちを見る。

肩口をざっくりやられた男性に、腹部に打撃を受けたと思われる女性。そのほかには、打撃を受けて腕や足などを押さえている人が何人かいる。

怪我をした人たちが、縋るような目で俺を見た。

「【エリアヒール】【シールド】【シールド】……」

全員の回復に加えて、シールドをかける。

「ありがとう、助かった。前線にはヒーラーがいないから、死ぬかと思った……」

肩口をざっくり遣られていた男性がそう言って、俺に礼を言った。ヒーラーだから、治すのが俺の仕事だし……それは別にいい。

問題はそこじゃない。

「ヒーラーが前にいないんですか?」

俺がいる場所は、後方だ。

アーチャーやマジシャンなど、後衛職が攻撃する場所。もちろん後方にもヒーラーが必要だということはわかるから、俺がいる分には問題ない。

「前にいなかったら、誰が回復するんですか?」

そう聞くと、男性は顔をしかめる。そしてその理由を、説明してくれた。

「ポーションだ。前に来たがるヒーラーなんていないし、もしやられでもしたら……誰が回復するんだ」

「ヒーラーは防御力がないから……ですね?」

「そうだ」

回復するために前に来てほしいけれど、それでヒーラーがやられてしまってはもっとまずい。確かにその言い分はもっともすぎる。

そんな俺たちのやりとりを聞いていた、ほかのヒーラーたちが話に入ってきた。

「前線になんて、行けるわけがないだろう……! あのコカトリスが目に入らないのか!? 俺たちヒーラーなんて、あいつが歩いた衝撃でやられちゃうよ!」

「できることなら、もっと後ろにいたいくらいなのに……」

ヒーラーの男性と女性が、首を振って後ろに下がる。その体は震えていて、彼らにとってコカトリスがどれほど恐ろしい存在かということがわかる。

……確かに、こんな人たちに前に行けとは言えないよな。

そのとき、小さな舌打ちが耳に入った。見ると、俺が怪我を治した男性の冒険者だ。

ヒーラーが前線にもいたら、もっと戦いやすくなる……そう思っているのだろう。それは俺も理解できるので、彼の考えを否定したりはしない。

男性が何か言おうと口を開いたので、それを遮るように俺が名乗りをあげることにした。

「なら、俺が前衛の支援として前に行きます」

「――っ!?」

俺の申し出が予想外すぎたのか、ヒーラーはもちろん、舌打ちした男性もあんぐりと口を大きく開けて目を見開いた。

文句を言う分にはよかったのかもしれないが、ヒーラーから名乗り出られたらさすがに戸惑ってしまうらしい。困惑している人たちを見て、俺は笑顔を見せる。

「こう見えて、そこそこ経験は積んでるんですよ?」

「で、でも! あなたヒーラーでしょう!? コカトリスの攻撃で死んじゃったらどうするの!? 過去の書物には、尻尾の部分が石化攻撃を仕掛けてくるとも言われているのに……っ!!」

ヒーラーの女性が心配して、俺を止めにかかる。

まあ、その気持ちもわからなくはない。でも、もう決めた。――というか、おそらくこれが一番の改善策だろう。

「大丈夫ですよ、心配しないでください。【リジェネ】【シールド】っと」

「……わかったわ。でも、無茶はしないで、厳しいと思ったらすぐ後方支援に戻ってきてね? こっちにも、怪我人はどんどん運ばれてくるから」

「わかりました」

新しく来た怪我人にエリアヒールをかけて、俺は支援のため前線へ向かった。

見上げるほどの大きな巨体は、もうすでにこの世界に来てから何度か見ている。けれど、そう簡単に慣れるものでもない。

……でかいな、コカトリス。

辿り着いた前線は、後方から一〇〇メートルほど離れた場所だった。

前衛が必死でコカトリスの進行を妨げ、攻撃をしかけている。その合間には、後方から遠距離の攻撃がコカトリスにダメージを与えていく。

「はぁ、はぁっ、クロー、お前は怪我が酷い、下がれ!」

「くそ……っ!」

「やばい、ポーションが足りないぞ……!!」

「また一人やられた、くそっ!」

前衛たちの声が、俺の耳にダイレクトに届いてくる。

現場は一応の統率を取れてはいるものの、圧倒的に押されているし、目に見えて疲弊している。

ポーションも足りてなくて、ヒーラーもいない。当たり前だ。

「【エリアヒール】【シールド】!」

俺は回復をして、前衛たちに次々とシールドをかけていく。これで、コカトリスの攻撃も多少は防ぐことができるだろう。

「ヒーラー!? まさか前線に来てくれたのか! 助かる!!」

「行くぞ、おらあああぁぁ!」

冒険者たちは、支援を受けると一気にやる気を見せた。

「やっぱり支援職は重要だよな……【リジェネ】【シールド】【エリアヒール】」

どんどん支援をしていくと、次第に冒険者たちがコカトリスを押し始めた。それゆえか、今度はコカトリス側に異変が起きた。

今までは鳥の部分……前足や翼で攻撃を仕掛けて来ていたが、尻尾の部分の蛇が意識を持って動き出したのだ。

あれって、もしかしてもしかしなくても石化攻撃だよな!?

コカトリスの蛇が『シャアアァッ!』と声をあげ、数人の冒険者に向けて何かスキルのようなものを使った。

攻撃を仕掛けようとしていた冒険者たちは、ピタリと勢いを止めてしまう。手は動いて剣を振り回しているから、足が動いていないみたいだ。見ると、

足から石化してくるっていうことか……!

「うわっ! 石化の、ポーション……っ」

攻撃をくらった冒険者たちが慌ててポーションを手に取ろうとするが、それより先に俺がスキルを使う。

「【キュア】」

状態異常を回復するスキルに、冒険者たちはぱっと表情を輝かせる。

「サンキュ! これでもっと戦える――うわっ!」

「【シールド】!」

咄嗟にスキルを使い、冒険者のフォローをする。さらにその先では、コカトリスが蹴りを繰り出し負傷している人が視界に入った。

「【エリアヒール】!」

すかさず回復スキルを使って怪我を治し、続けてシールドをかける。蛇も石化攻撃をしているのがわかったので、さらにキュアも使う。

「【シールド】【シールド】、それから【リジェネ】っと!」

「ありがてぇ! ヒーラーが一人いるだけで、すっげぇ楽だ!」

「そう言ってもらえると支援のしがいがありますね、【エリアヒール】!」

前衛を務める冒険者たちが持ち直したが、コカトリスに決定的な一撃を入れられないでいる。それに、ほんの少しずつ街も壊されているし、早いとこ結着をつけたいが……。

「やっぱり災害級の魔物だと、厳しい……か?」

どうしたものかと悩んでいると、「ヒロキ〜!」と呼ぶ声が聞こえた。

「ルーシャ! 何かあったか?」

「怪我して前線から下がってくる冒険者が減ったから、余裕ができたの」

だからこっちの様子を見にきたのだと、ルーシャが俺の横にくる。

「そっか。どうにかコカトリスの進行は食い止めてるんだけど、どうにも致命的な一撃が与えられてなくて……倒せるビジョンが見えない」

こちらも負けてはいないが、勝ててもいない。

「ティナも頑張って魔法スキルを使ってたけど、魔力が切れそうになったから後ろに下がったよ。このまま持久戦になると、こっちの魔力が尽きるのが早そう」

「そうなると厄介だな……」

どうにかして強烈な一撃を――そう考えて、ルーシャがいるじゃんと至極当然の答えが脳裏に浮かぶ。

とはいえ、ルーシャが普通に攻撃をするとほかの冒険者に当たる確率は九九パーセントくらいだろうか。コカトリスに当たる確率といえば、一パーセントといったところだろうか。

……でも、ルーシャの一撃ならかなりでかいだろうなぁ。そう考えると、せっかくここにいるのに攻撃に参加しないのはもったいない。

俺がそう考えていると、コカトリスがジャンプをして攻撃をしかけてきた。

「――っ、【シールド】」

そしてコカトリスが着地をする瞬間を見て、俺の中に一つの考えが浮かぶ。

「ルーシャ、もしかしたら……すぐ倒せるかもしれない」

「え?」

「危険かもしれないけど……コカトリスがジャンプして着地する直前に、攻撃するんだ」

それなら、自分の目の前にいる敵ということと、空に矢を撃つから余程のことがない限り外れることはない……はずだ。

仮に矢がそれたとしても、俺がほかの冒険者たちにシールドをかけておけばダメージを受けることはない。

そう説明すると、ルーシャが悩むそぶりすら見せずに頷いた。

「そんな大役が務まるか不安はあるけど、ヒロキがそう言うなら絶対に成功すると思う。絶対に期待に応えるから、フォローお願い」

「もちろん」

コカトリスのジャンプ攻撃が増えてきているので、きっとチャンスはすぐにくるだろう。こまめに冒険者たちにシールドをかけなおし、声をかける。

「コカトリスがジャンプをしたら、アーチャーが攻撃をするから、少しずつ前を空けてもらっていいですか?」

「はっ!? それだとコカトリスがさらに街を壊すだろう!?」

食い止めきれないと叫ぶ前衛に、多少であれば俺が前衛を務められることを伝える。

「それは、シールドでってことか? 確かにスキルを切らさずにかけられたら、攻撃は受けないかもしれないが……」

何があるかわからないから、それは無理だろうと言い切られてしまう。

「でも、このままだと後衛の魔力とポーションが先に切れます」

「……っ! それは……」

「だから一度だけ、チャンスをください」

俺がそう頼み込むと、少し向こうにいたフロイツがこちらにきた。

「そいつなら俺の仲間で、信頼できる。アーチャーも転職間近で、攻撃力は高い。一回信じてやってくれないか」

「だからって……ああくそっ、わかった、わかったよ。このまま消耗していくことなんて、俺たちだってわかってるんだ。それなら、その作戦をやってみろ!」

「ありがとうございます!」

前衛の冒険者たちからオーケーが出たので、俺とルーシャは顔を見合わせて頷いた。