Kanzen Kaihi Healer no Kiseki
7 Long time no see old man
夜の闇に紛れながら、馬の走る音が響く。まるで何かから逃げるように、急いで、前へ前へと進んでいく。
緊張からか、無意識のうちに手に力が入る。
「きゃっ! ちょっとヒロキ、お腹つままないで!?」
「うわっ、悪いルーシャ! ごめん!!」
――やらかした。
自分の手に力が入った結果、ルーシャのお腹に回していたせいで、その、ちょっとつまんでしまったようだ。
「もう~! しっかり掴まっててとは言ったけど!」
ぷくっと頬を膨らませたルーシャを後ろから見ると、耳がほんのり赤くなっている。どうやら、かなり恥ずかしい思いをさせてしまったようだ。
……というか、俺だってなんとも気まずい。
大樹の民から、蓮とるりが海底ダンジョンにある牢屋に囚われているという情報を得てすぐ、街を出た。
もう真っ暗の真夜中だけど、二人の無事を確認したくていてもたってもられなくなってしまった。
どうしようか考えた結果――急用だと言って、夜中に関わらず馬を売ってもらった。
もし問題があるとすれば、俺がそこまで上手く馬に乗れないためルーシャと二人乗りという点だろうか。正直に言うと、女の子の後ろに乗せてもらうというのは格好悪いが仕方ない。
とりあえずそっとルーシャのお腹に手を回し、俺はただただ前を見つめることに集中した。
海底ダンジョンは、人間の大陸と魔族の大陸をつないでいるトンネルのようなダンジョンだ。出てくる魔物も比較的強く、一筋縄ではいかない場所。
とはいえ、俺とルーシャはもうボスを倒したことがある。なので、厳しい場所と言いつつもクリアすることは問題ない。
ただ、そこに牢があるなんて情報は持っていない。それを探さなければいけないのが、きっと今回一番大変だろうなと思う。
◆ ◆ ◆
海底ダンジョンへ行く途中にある、ピズナット王国までやってきた。ここは俺が召喚された国で、まあ馴染みのある街だ。
街に入る前に鍵を合わせて光を確認したところ、俺たちが進む方向に向いたままだった。これなら、蓮とるりを助けてそのまま光を辿ることができそうだ。
「ヒロキ、宿はいつものところでいい?」
「もちろん! あとは、海底ダンジョンの情報も必要だな……」
「そうだね。でも、手に入るかな……」
「うぅ~ん……」
そう、問題はそこだ。
最初に海底ダンジョンに行ったとき、もちろん調べた。けれど、難易度が高いアプリコット大陸へ繋がるダンジョンとしか情報を得ることができなかった。
「大樹の民が秘密裏に作ったところだもんな」
「あと考えたんだけど、魔法陣対策みたいなものってないのかな?」
「魔法陣対策……」
ルーシャに言われて、確かにそれも必要かもしれない。魔法陣が発動した場合、どうやって抵抗すればいいんだ?
魔法陣の仕組みを知れたらいいけど、さすがにそれは難しいだろうし。
「あ、そうだ」
「ん?」
「こんなときは、おっちゃんに聞いてみよう!」
もしかしたら、何かしらの情報があるかもしれない。
「うん、聞いてみるのがいいかも! 魔道具も取り扱ってるし、何か詳しい人が知り合いにいるかもしれないもんね」
「ああ」
ということで、俺たちは久しぶりにおっちゃんの店へとやってきた。
カランとドアベルを鳴らしながら入ると、懐かしい店内。俺が召喚されて一番最初に装備を買いに来た店だ。
ドワーフの店主が武器を作り装備には特殊効果を付けてくれる。俺ももっと回避を極めて、大量の魔物からもダメージを食らわないようにしたい。
カウンターにいたおっちゃんが、俺を見るなり「おお!」と声をかけてくれた。
ドワーフの鍛冶師のおっちゃん。
この世界に召喚されてすぐ、まだわからないことだらけの俺に親切にしてくれた。鍛冶はもちろんだが、旅に必要な道具類も用意してくれる。
回避ヒーラーにも理解を示してくれる、めちゃくちゃいい人……もといドワーフだ。
「久しぶりだな、二人とも」
「タンジェリン大陸から戻ってきたところです」
「私は無事にハンターに転職して、新しい弓を作ってもらいましたよ!」
簡単にあったことを説明すると、おっちゃんは喜んでくれた。
「ついにお前さんもハンターか! おめでとう。弓もすごくいいできだな!」
「ありがとうございます! 花雫っていう名前がついてて、私と一緒に成長するんですよ」
「そうかそうか。大事にするんだぞ」
「もちろんです!」
ルーシャは弓をとても気に入っているようで、満面の笑みだ。おっちゃんも「すごいなぁ」と言いながら見ているので、俺は微笑ましく様子を見ている。
「使ってある素材もいいし、これは一生もんの弓だなぁ」
「ですよね! もっともっと強くなって、この弓に相応しくならないと……!」
まだまだ強さが足りないと主張するルーシャは、今にも狩りに行こうと言い出しそうだ。
でも今は、まずやらなきゃいけないことが多すぎる。
「おっちゃん、魔法陣に対抗する方法とか知らないか?」
「ん? 魔法陣か……。本当にお前さんたちは面倒そうなことにばっかり首を突っ込んでるな……」
やれやれと頭をかきつつも、おっちゃんが店の奥へ下がった。もしかして、何か対抗する武器でもあるんだろうか。
俺とルーシャはソワソワしながら、おっちゃんが戻ってくるのを待つ。
するとすぐ、複数の魔石を持って戻ってきた。
「「魔石?」」
たまに魔物が落としたり、ダンジョンの宝箱からゲットできる。俺たちのような冒険者にとっては見慣れたもので、そこまで珍しくはない。
俺たちが不思議そうにしていると、おっちゃんは笑いながら説明してくれた。
「これはただの魔石じゃないんだ。ちょっと加工されてるやつで、投げると魔力を放出することができる」
「放出、ですか?」
「俺だってそんなに詳しいわけじゃないが、魔法陣っていうのは、少ない魔力で発動したり、他者の魔力で発動したり、そういったもんだろ?」
おっちゃんの言い分としては、こうだ。
魔法陣が発動した瞬間、想定していない魔力を起こしてみたらどうか? ということだ。もしかしたら、魔法陣が不発になるかもしれないと。
「なるほど……」
たとえば、俺がうっかり魔法陣の上に乗ってしまったとする。魔法陣は俺の魔力を吸い取ろうとするが、横から違う魔力をぶつけてみる。
本当にそうなるかはわからないけど、試してみる分にはよさそうだなと思う。
「よし、買います!」
「助かるよ。それはまだ実験的な部分が大きいから、材料費だけでいい。その代わり、使った感想を教えてくれないか?」
「もちろん」
おお、高そうだと思ってたけどラッキーだった。材料費だけで、四個の加工した魔石を譲ってもらうことができた。
「ありがとうございます!」
「ああ。お前さんたちは十分強いだろうが、その分とんでもないことを仕出かすからな……気をつけるんだぞ」
「「はい!」」
おっちゃんに見送られて、俺たちは店を後にする。
時間はまだ昼過ぎだけど、ここ数日はずっと馬を飛ばしていたから今日はもう休むこと決めた。特にルーシャにはしっかり休んでほしい。
――海底ダンジョンに行ったら、どれだけ大変かわからないからな。
完全に疲れを取るのは無理かもしれないが、できるだけコンディションはよくしておきたい。
「久しぶりの星降り亭、楽しみ~! ベッドに入ったらすぐ寝ちゃいそう」
「ああ、今日はゆっくり休もうぜ」
明日になったらポーションや保存食やらを買って、海底ダンジョンに向けて出発だ。