Kawaranu Mono <Kirameki no Gōremu>

Episode 103: Into the Kingdom of the Desert

我はゴーレムなり。

闘技場からハク達のところに戻ると、ウシボタイ王の護衛や奴隷の女達がハクを取り囲んでいる。いったいどうしたというのだろう。

我が奴隷の女達をかき分けてハクのところへ進む。

……いや、護衛のむさいおっさんと、美女の間のどちらを進むかと言われれば、美女の間を進むのは当たり前だろう。我はゴーレムだから、やましい気持ちなんてこれっぽっちもないのである!

我はむぎゅ、むぎゅっとなりながらも、何とかハクのところにたどり着けた。ふー。

『何があったのだ?』と聞くと、ハクは「レガリア、持つ。王に、なる、らしい」と教えてくれた。へぇ、レガリアを持つと王になるのか。

じゃあ、ハクが王様、いや、女王様になるってこと?

ははは、そんな簡単に王になんてなれないだろう。バカを言っては駄目なのである。いくらファンタジーでも、そんなバカな話はないであろう。

我が、またまたぁという感じで周りを見回すと、みんな真剣な目でハクを見つめている。とても冗談とは言いがたい雰囲気だ。

うそだろ? 本当に女王になったってこと?

なんでそんな物を賭けてしまったのだろう、あのウシボタイ王は。必ず勝てると思っていたのだろうか。いやいや、普通は万が一負けた時のことも考えておくだろう。

そんなことを思っていると、ウシボタイ王の喚き声が護衛の後ろの方から聞こえてくる。ボカ、ドカと殴られる音と、無礼者と喚く声が聞こえてくる。

うむ、どうやら、本当に彼らにとってウシボタイ王は王ではなくなったようだ。

しかし、やっかいだな。

王になどなっても面倒なだけだぞ。我はハクを取り囲む者達を見回し、どうしようかと悩む。とりあえずは、話を聞かねばなるまい。こんな人数でカジノにいるのも迷惑なので、外に出ることにしよう。

ちょっと目立ってしまったので、カジノで遊ぶのも控えることにするのだ。ジスポが抱えているコインを近くにいるバニーガールに渡し、預かってもらう。我はコインを稼いでも交換しないとおっさんに言ったからな。約束を守るのだ。

「ちゅちゅー」

(そんなー)

ジスポががっかりしているが、気にしてはダメなのである。

あ、そうだ。

我はないわーポーチから、ノートを取り出し、1ページをきれいに破る。そしてメッセージを書いて、ハクに渡す。

ハクは我から受け取った紙を見て、こくんと頷き、顔色の悪いおっさんのところまで歩いて行く。そして、ウエストポーチから鑑定の魔道具をひとつ取り出し、メッセージと一緒におっさんに渡して、我のところまで戻ってくる。

おっさんは、驚いた様子で鑑定の魔道具を握りしめ、メッセージを何度も読み返している。

まぁ、Win-Win-Winの計画が失敗したからね。我らは鑑定の魔道具は予備が1つあれば十分だから、1つはおっさんにあげるのだ。我らがまた遊びに来るまでがんばって経営しておいてもらいたい。

おっさんが我らの方に目を向けてきたので、手を振って我らはカジノを後にする。

マジか。

どれほどの大人数でここまで来ているのだ、ウシボタイ王は。あっ、今は王じゃないのか。

我とハクの前にはウシボタイの家来だった者達が並んでいる。護衛達と奴隷の女達だけでなく、荷物運びなどの家来達までいるから、300人ほどはいるのではなかろうか。

護衛隊長のドーラという男とハクが話をする。ハクが我のことを「ゴーレム、私、の、神様」と言って、我を紹介してくれた。ドーラは一瞬、どういうことかと眉間にしわを寄せたが、静かに頷いてくれた。我はドーラに会釈する。

ドーラの話を聞くと、護衛達以外は、ほとんどが奴隷の者だという。そして、レガリアの所有者になったハクがその主だと教えてくれた。レガリアってどれだと思っていると、ハクが左手の薬指にはめられた指輪を見せてくれた。

こんな指輪ひとつで王になったり、王でなくなったりするのか。この指輪を奪ったらすぐに王様になれるのなら、命なんていくつあっても足りないのではなかろうか。

我が首をかしげていると、それを察したのか、ドーラが説明してくれた。レガリアは、所有者の意思がなければ譲渡ができないらしい。そして、レガリアには強力な守護の能力があり、物理的にも精神的にも所有者を守ってくれるのだそうだ。毒も浄化してくれるという。

暗殺対策はばっちりなようだ。

ウシボタイは譲渡の意思がなかったように見えたけど、契約の魔法でレガリアを賭けた時点で、負けたら譲渡するという意思があるとレガリアに判断されたそうなのだ。

なんという阿呆なのだろう、ウシボタイは。

我が遠い目をして、空を眺めているとドーラが、ハクと我に、砂漠の王国へまいりましょうと勧めてくる。うーん、王様なんて面倒なだけだろう。

ハクに『王になりたいか』と聞くと、「ゴーレム、一緒、行きたい」と言ってくる。王になる、ならないはどうでも良いみたいだ。

レガリアをいらないと言って返そうとしても、しばらくは無理だとドーラが教えてくれた。レガリアの譲渡後、1年は外せないらしい。1年以内に外せる例外は、寿命で死んだ時だけだそうだ。

なんという呪いのアイテム。我のないわーポーチほどではないが、呪いの一品とよんで差し支えないのではなかろうか。

まぁ、いいか。

1年経てば外せるのだ。1年間だけ、ハクに女王を経験してもらうことにしよう。こんな大所帯で旅などできないからな。まずは人数を減らし、その後、砂漠の王国とやらに行ってみるか。

ハクに最初にしてもらったのは、奴隷達の解放だ。別に奴隷など必要ないからね。帰るところがあるという者や、お金があれば自由に生きたいという者には、ある程度のお金を与えて、自由にさせた。

ただ、奴隷達のほとんどが帰るところはないし、自由にしろと言われてもどうしていいかわからないということで、そのまま我らと砂漠の王国まで戻ることになった。結局、我らは280人ほどの大所帯のままだ。

元奴隷達の中には、奴隷から解放されたことを非常に恩に感じて、ハクに忠誠を誓う女達が何人もいたことに驚いた。ウシボタイはこの者達をどんなふうに扱っていたのだろう。

砂漠の王国の者達には、3日ほどブルギャンで休息を取らせ、その後に我らは砂漠の王国へ出発することにした。さすがにみんな、着いたばかりで疲れがたまっているようだったからね。

その3日の間に、ウシボタイが何度も来ていたみたいだが、護衛や元奴隷の者達に追い返されていた。情けは人の為ならずとはよく言ったものだ。

陸路から海路を辿り、1ヶ月ほどかかって砂漠の王国へ到着することが出来た。風と水の精霊の力を借りられたので海路でかなり時間を短縮できたそうだ。普通なら、1ヶ月半から2ヶ月ほどかかるという。

砂漠の王国内には一本の大河があり、その大河の恩恵を受けられない部分が砂漠となっているそうだ。地球で言えば、エジプトみたいな感じなのだろうか。ともかく、その大河があるおかげで、船で王都まで行くことができるらしい。思ったよりも便利だ。

砂漠の王国の王都に着くと、船着き場には大勢の人間が集まっていた。何事だと思っていると、身なりはそこそこ良いが奴隷の首輪をつけている男が、皆を代表するかのように前に出てくる。どうやら、この状況について説明してくれるらしい。

なんでも、1ヶ月ほど前のある日に、隷属の首輪の呪が働かなくなり、奴隷だった者達がほとんどの王族の者達を殺してしまったのだそうだ。主を害することはできないという呪が、ウシボタイが王でなくなったことにより、無効になったんだろうな。

それにしても、ほとんどの王族の者が殺されるとか、どんな風に扱っていたのだろう。

「新たな王よ、我らは元王族の者達を殺したことを後悔はしておりません。そして、殺したことにより、我らもまた殺されることを覚悟しております。ただ、願わくば直接、王族の者達に手をかけた者以外には御慈悲をいただきたく」

そう言って男は膝をつき、両手と頭を地面につける。その後ろには人混みの中から50名ほどの者達が前に出てきて、同じように膝をつき、両手と頭を地面につけた。こやつらが直接、手をかけた者達ということか。

目には目を、歯には歯をみたいな法律があるのかな。それと最後の言い回しだと、連座制みたいな連帯責任でもあるのだろうか。

「ハク様、どうか彼らの言い分をお聞き届けください。あの者達の命だけで許してやってください」

護衛隊長のドーラが、ハクの前に跪き、彼らの願いを聞き届けるようにと嘆願する。ハクは我の方を見てくるが、王はハクなのだ。『ハクが思うように決めたらいい』と言って、我はハクに丸投げした。

まだ子供のハクにはちょっと酷かなとも思ったが、ハクならそんなにひどいことはしないだろう。

なぜならば、ハクも痛みを知っているからね。

「ダメ」

「は、ハク様!?」

ドーラがハクの方を見上げてすがろうとするが、続くハクの言葉で、ドーラは動きを止めた。

「あなた、たち、の。命も、いらない。それでも、死にたい、なら」

ハクは、いったん、ふーっと大きく息を吐く。

「私は、止め、ない。みんな、顔を、上げて」

そう言われて、頭を地面につけていた者達は全員顔を上げて、ハクの方を見上げる。ハクは右手の手袋を外し袖をまくり、右の顔を覆っていた眼帯も取り外す。

ブルギャンから共に来ていた護衛や元奴隷の者達も、ハクの火傷の痕を見るのはこれが初めてのため、みんな息をのんでいるのがよくわかる。目の前で跪いている奴隷達ももちろんその痛々しい後に顔を引きつらせている。

「私も、元、奴隷」

その言葉に辺りは静まりかえる。大きな声でしゃべっているわけではないのに、ハクの声は辺りによく響いた。

「ひどい、主を、殺したい。その、気持ち、は、わかる」

ハクは我の方を指さし、言葉を続ける。

「ただ、私は、ゴーレムに、救われた。おかげで、まだ、生きてる」

ハクは長くしゃべるのが疲れるので、また、ふーっと大きく息を吐いた。

「罪だと、思う、なら。生きて、償ったら、いい」

ハクは言うべき事は言ったと思ったのか、眼帯をし直し、手袋もはめ直した。跪いている奴隷達は、また地面に両手と頭をつけ、身体を震わせている。

「ちゅ、ちゅちゅちゅ」

(ちょっと、かっこよかったです)

と、ジスポがないわーポーチから顔を出して、クッキーをかじりながら話しかけてくる。我はその言葉に、ハクの方を向いて、うむと頷く。やはり、そんなにひどいことにはならなかったのだ。

ハクはドーラの方を向き、「行こう」と声をかけて、その場を後にする。

その日から、ブルギャンで解放した奴隷達と同じように、王の奴隷達を解放していった。ただブルギャンの時と違ったのは、解放された奴隷達のほとんどが新たな王であるハクに仕えることを望んだということだ。

隷属の首輪がなくなったのだから、どこにでも行けるのにね。まぁ、彼らが生きたいように生きればいいのである。