夏休みの宿題を提出してから、更に一週間が経過した。

すでに夏休みの出来事は、思い出の中。

せっかちな者は、早く冬休みが来ないかなぁと想いをはせている。

そんなせっかちな者たちとて、一人前の冒険者になりたいという目標を持って入学した選ばれし生徒だ。

日々の授業はしっかりと受けている。

ローラも冬休みを待ち望んでいる一人だったが、放課後は毎日のように訓練場に通っている。

本当に強くなりたかったら、授業を受けているだけでは不十分なのだ。

志の高い者は自主練に励む。

そして、放課後の訓練場は、そういった志の高い者が集まっているのだ。

しかし――。

「アンナさん、アンナさん。昨日も訓練場に来てませんでしたね。何かあったんですか?」

昼休み。

いつもの三人組はいつものように固まって、学食でランチを食べる。

そのとき、ローラは質問をぶつけてみた。

アンナとは自主練仲間だった。

特に約束していなくても、放課後、訓練場に行けば会える。

だが、昨日も一昨日も連続でアンナと会えなかった。

もちろん、今までだってアンナがいない日は稀にあった。ローラだってたまに自主練を休むことがある。

しかし、二日それが続くというのは初めてだった。

「……ちょっとヤボ用」

アンナは言いにくそうにモゴモゴと答える。

あまり詳しい話をしたくないらしい。

そういうことなら深く追及はしないが、もしトラブルに巻き込まれているなら心配だ。

「ヤボ用ですか……それは今日もあるんですか?」

「そう。もうしばらく、放課後は忙しい。だから訓練場には行けない」

「そうですか……何だか分かりませんけど、困ったことがあったらいつでも相談してくださいね! 私にできることなら何でもやります!」

「わたくしシャーロット・ガザードもお忘れなきよう!」

「ぴー」

シャーロットだけでなく、ハクまでアンナを心配する。

だがアンナは「大丈夫」と言うだけで、何も教えてくれなかった。

そんなアンナを見て、ローラとシャーロットは頷き合った。

放課後、アンナを追跡しようというのだ。

「放課後ですよ、シャーロットさん」

「さっそく追跡開始ですわ!」

「ぴー!」

授業中、ローラの頭の上で大人しくしていたハクだが、場の空気を察して機嫌良く鳴き始めた。

ご機嫌なのは結構だが、これでは追跡には向かない。

なのでローラは一度学食に行き、ミサキにハクを預かってもらおうとした。

すると。

「アンナ殿を追跡でありますか。面白そうであります。私も行くであります」

彼女も付いてくることになってしまった。

人数が多いとそれだけ目立ってしまうのだが……気をつければ大丈夫だろう、きっと。

そもそも、もっと大きな問題がある。

追跡するには、今現在アンナがどこにいるのか把握しなければならないのだ。

学食に来る前に戦士学科一年の教室に立ち寄ったとき、アンナはすでに消えていた。

しかし、まだ遠くには行っていないはずなので、歩き回って探し出す。

「あら。皆さん、窓の外をご覧なさい。丁度、アンナさんが歩いていますわ」

シャーロットに促されて廊下の窓を見ると、確かにアンナが校門に向かって歩いていた。

背中に愛用の大剣を背負っているから、遠目でも分かりやすい。

ローラたちはシュパパと素早く移動し、適度な距離を保ちつつアンナを追いかけた。

物陰に隠れたり、茂みから顔だけを出したりしていると、通行人が不思議そうな顔で見つめてきた。

が、肝心のアンナがこちらに気付く気配がないので問題ない。

「小さい頃、かくれんぼしていたのを思い出すでありますなぁ」

「ふっふっふ。小さい頃、かくれんぼの達人と近所の子供たちに評判だったわたくしの実力をお見せしますわぁ」

「シャーロットさん、妙なことで評判になってたんですね」

「ぴー」

適当な雑談をしつつ、追跡を続行する。

そして辿り着いたのは冒険者ギルドだった。

「クエストでもやりに来たんでしょうか?」

「それだけなら、わたくしたちに秘密にする理由が分かりませんわ。むしろ、誘ってくださればいいのに」

ローラたちはギルド近くにある花壇の裏に隠れ、アンナが建物から出てくるのを待つ。

「お、アンナ殿が来たでありますよ」

また追跡を再開だ。

しかしそのとき、ローラの頭からハクが飛び立ち、アンナの方へと飛んでいった。

「あっ、ハク、駄目ですよ!」

「ローラさん、頭を隠して! アンナさんに見つかりますわ!」

ハクを連れ戻しに行くこともできず、ローラたちは花壇の裏でジッとしているしかなかった。

「ぴーぴー」

そしてハクはアンナの周りをパタパタと飛び交う。

「……ハク? どうしてここにいるの?」

「ぴー」

ハクはアンナの袖を引っ張り、なぜかローラたちのところで連れてきてくれた。

まさかハクは「ローラたちがアンナに会いたがっていた」と勘違いしたのだろうか。

確かに追跡していたし、ギルドの前で待っていたが、実際に出会っては駄目なのだ。

あくまで見つからないよう、アンナがどこに行くのかを調べるのが目的なのに。

「……ローラ、シャーロット。それにミサキまで。そんなところにしゃがんで、どうしたの?」

やって来たアンナは当然の疑問を口にする。

三人並んで花壇の裏に隠れていたのだ。どう控えめに評価しても、怪しいに決まっている。

「え、えっと……ミサキさんに王都の案内をしていたんです! ミサキさんはここに来たばかりですからね!」

「そうなのであります。二人に案内してもらっていたであります!」

「ふーん……でも、どうして隠れてたの?」

「隠れていたのではありませんわ! この辺で小銭を落としたので、探していたのですわ!」

ローラたち三人は一生懸命、言い訳をした。

穴のない理論だったので、きっと誤魔化せたに違いない。

現にアンナは納得したように頷き、無言でハクをローラの頭に乗せてきた。

「小銭探し、頑張ってね」

「は、はい! ところでアンナさんはこれからクエストですか?」

「内緒」

アンナはローラたちを残して、すたすた歩いて行った。

「ふう……何とか切り抜けました。ところでハク。駄目ですよ、勝手に私から離れたら。王都には色んな人がいるんですからね。もしかしたら悪い人に連れて行かれちゃうかも」

「ぴぃ?」

ローラは保護者として説教してみせる。

しかしハクはあまり理解していないらしく、呑気な声を出していた。

「それより、早くアンナさんを追いかけないと見失ってしまいますわ」

「人混みに紛れてしまうでありますよ」

今日は平日だが、王都はそんなこととお構いなしに人が多い。

特に、人里離れた場所からやってきたミサキには、もの凄い大混雑に見えるだろう。

「人が多いということは、私たちが見つかる確率が下がります! 上手く利用して追いかけましょう!」

気を取り直して、アンナ追跡を再開する。

だが、それは読まれていたらしい。

しばらく進んだ頃、アンナは突然、角を曲がって人気のない路地に入り、全力で走り出した。

「なっ、フェイントですの!?」

「あれは強化魔法を使ってます! 私たちも走りますよ!」

ローラとシャーロットも強化魔法を使って路地を駆ける。

しかし、いくら筋力を強化しても、曲がりくねった路地ではあまりスピードを出せない。

それに全力疾走すると、頭にしがみついているハクを振り落としてしまう。

「ま、待って欲しいであります~~」

背中からミサキの声が小さく聞こえてくる。

彼女は強化魔法を使えないので、付いてくるのは大変だろう。

だが一応、一定の距離を保っているので、獣人の身体能力は大したものだなぁ、とローラは感心した。