Kochugunshikan Boukensha ni Naru
069. Dragon 2
違和感を感じた。この感覚は知っている。誰かが私の領域に入ってきた時に感じる感覚だ。もう長い間、訪ねてくる者はいなかった。最後に誰かが来たのは、母が生きていた頃だろう。誰も来ないのも当然だ。私に知己はいないし、私は一族の最後の生き残りなのだから。ひょっとしたら母の知り合いかもしれない。どれ、客ならば持て成さなければならない。敵ならば一族の誇りを持って戦うまでだ。
◇◇◇◇◇
アラン様は御一人で行ってしまった。
「… アラン様の御指示通り、西に向かって走るぞ。密集隊形をとれ」
「ヴァルター! まさかアラン様を御一人で、このまま行かせるつもりではないだろうな!?」
「御命令だ。… 仮に俺達が行って、ドラゴン相手に何が出来る? アラン様がおっしゃる通り、何も出来やしないさ。アラン様は俺達を逃がすために時間稼ぎをするおつもりだろう。俺達のために御命を賭けているんだぞ? その想いを無視して足手纏いになりにいくことは、俺にはできない」
「しかし…」
「それよりも、うちのクランにはドラゴンを何とか出来るかもしれない方々がいるだろう? ガンツに戻り、すぐさまA隊に連絡をつける! 間に合うとか合わないとか、この際、関係ない! いいか、ガンツまで走って戻るぞ! 遅れる奴は容赦なく置いていくからな。これからの何時間かに命をかけろ!」
「「おう!」」
◇◇◇◇◇
ドラゴンに向かって走っているとイーリスから通信が入った。
[艦長、何をするおつもりですか?]
(ドラゴンを討伐しようと思う。向こうが逃げないで襲ってきたら、の話だけどな。あのドラゴンは今まで人を襲わずにいたが、人を襲うようになったのなら放ってはおけない)
[まさかとは思いますが、艦長が討伐するつもりですか?]
(そのつもりだ。何とかなるだろう)
[私はそうは思いません。勝率は七割もないでしょう]
(思ったよりあるじゃないか! いけるな)
[… 何故、艦長がドラゴンを倒す必要があるのか、その理由を教えてください]
(それは勿論、貴族になるためさ。そのためにガンツに来たんだ。討伐したら貴族になれると思うか?)
[恐らくなれるでしょう。ドラゴンを倒した者は、ドラゴンスレイヤーと呼ばれ、尊敬の対象となっています。しかも、もう何百年も現れていないようです。それにドラゴンの鱗や血、魔石には、かなりの価値があるという話です。倒したドラゴンを国に納めれば、さらに確率は上がるでしょう]
(そうか! よし、俄然やる気が出てきたぞ)
[艦長が倒す必要はありません。ドローンで撃ち落としてしまいましょう]
(いや、俺がやろう。魔法がどこまでドラゴンに通用するか試してみたい)
[そのような理由で、命と作戦を危険にさらすつもりですか?]
くそ、それを言われると返す言葉がないな。
(セリーナ達がいる。万が一、俺が死んでも作戦に支障は出ないだろう)
当然、死ぬつもりは全くないが苦し紛れに言い返してみた。
[勿論、支障は出ます。ただでさえ人員が少ないのに減る事になるのです。それに、この星では男尊女卑の考えが未だ蔓延っています。平民で女性のセリーナ達では作戦にかなりの遅れが出るでしょう]
男尊女卑か。確かにそんな考えがある事には気づいていた。全く下らない考え方だ。はぁー… しようがないか。
(わかったよ。じゃあ、せめて一撃だけやらせてくれ。もし、瞬殺できなかった場合は、ドローンで倒そう)
[… 分かりました]
ドローンの映像で確認するとドラゴンは、まだ円を描くように飛び、何かを探しているようだった。このまま行けば、あと五分程でドラゴンと出会うことになるだろう。
木が疎らに生えている開けた場所に出た。よし、ここなら視界も開けているし、いざとなれば、あの大きな岩の陰に隠れることもできそうだ。ここをドラゴンとの決戦の場にしよう。
(ナノム、指示がなくても魔力が減り次第、手に握っている魔石から魔力を補給するようにしてくれ)
[了解]
ここに陣取れば間違いなくドラゴンの視界に入るだろう。気になるのは、本当にドラゴンが人を襲うようになったのかどうかだ。もし、あんな目に遭わされた後に人間の俺を見ても、襲わないような知性と自制心があるのなら、この狩りは中止しよう。それほどの生き物だとすれば、ただの魔物としてではなく敬意をもって遇するべきだ。
ドラゴンのあの飛び方であれば、あと一分もすれば俺に気づく。
[艦長、ドラゴンがもう一頭、現れました]
くそっ、最悪のタイミングだ。
(いったい、どこから現れた?)
[新手のドラゴンは元々、樹海に住んでいた個体です。かなりのスピードでそちらに向かっています。あと三分程でそちらに行きそうです]
仮想ウィンドウ上のマップで確認すると、まっすぐこちらを目指してかなりのスピードで迫っていた。間違いなくドラゴンに合流するつもりだろう。きっとギルドのケヴィンさんが言っていた、目撃報告があったというドラゴンだろう。すっかり忘れていた。しかし、まずは近くにいるドラゴンを何とかしてからだ。
あぁ、片目のドラゴンに見つかったようだ。マップ上の位置情報では、まっすぐこちらに向かってくる。数秒後、上空四十メートル位を飛びながらこちらに向かって飛んでくる姿が見えた。すかさずズームしてドラゴンを確認した。やはりデカいな。こちらまでの距離は直線で百五十メートル程か。雄叫びをあげた後に、息を吸い込むような動作をすると口からファイヤーボールを放ってきた。まさかこの距離で魔法が届くというのか!?
いや、これはただのファイヤーボールじゃないぞ! 魔力センサーによって感知された魔力量はファイヤーボールの十倍以上もの魔力が込められている。これはファイヤーグレネードだ!慌てて迫りくる火の玉に向かって同じくグレネードを放つと同時に、目をつけていた大きな岩に向かって走った。
爆音と共に爆風が吹き荒れる。なんとか岩陰に隠れてやり過ごした。くそ、グレネードだと気づくのが遅すぎた。
[艦長!?]
(大丈夫だ! 凄いぞ! まさかドラゴンがグレネードを使うとはな!)
岩に伏せながらドラゴンを探した。いた! 今度はこっちの番だ。オークの魔石を二つ握るとすぐさま手のひらが光り、消費した魔力が補給される。かなりの魔力を込めたファイヤーグレネードをドラゴンに向けて八連射した。いくらドラゴンでもこれが一発でも当たればタダじゃ済まないぞ!
ドラゴンは迫りくるグレネードを見て慌てたように羽ばたき、身を翻し回避し始めた。ドラゴンも俺が放った魔法がグレネードだと分かったように見えた。気づかれたか。まさかドラゴンには魔力が見えるのか!?
ほう! いざとなればあんなに速く飛べるのか。ホーミング・グレネードはドラゴンを追いかけて飛翔していくが、追いつきそうにない。八発のグレネードは全てドラゴンの後方三十メートルで次々と爆発した。爆発の威力はかなりのものだったが、ドラゴンに被害は無さそうだ。
スピードが足りないならば、スピード重視の高出力のライトアローを試してみよう。威力は足りないかもしれないが、残った目や頭部を狙えばきっと有効だろう。新たな魔石を三つ握ると手のひらが光り、魔力の補給が完了した。
百五十メートルほど離れた所からドラゴンが息を吸い込むような動作をしている。くそ! またグレネードを撃ってくるつもりか。
[艦長、時間切れです。排除します]
(ちょっと待ってくれ、)
その時、ドラゴンに向かって飛んでいく火の玉が視界に入った。なんだ!?その火の玉は、ドラゴンの近くで小さな爆発を起こした。ドラゴンは火の玉に気づいていなかったのか、驚いたような仕草をしていた。慌てて火の玉が飛んできた方向を確認している。
くそ! 俺も見たいが木々が邪魔で見えない。ドラゴンに警戒しつつも、仮想ウィンドウ上のドローンからの映像を確認した。どうやら火の玉は、新手のドラゴンが放ったもののようだ。
どういう事だ? 新手のドラゴンは仲間ではないのか? まさか俺を助けた?
[二頭とも排除します]
(ちょっと待て! 少し様子を見よう)
新手のドラゴンは、片目のドラゴンよりも一回り小さいようだ。羽ばたきながら空中でホバリングすると、片目のドラゴンに向けて何やら叫び声をあげている。片目のドラゴンも五十メートル程の距離をあけて同じく羽ばたき空中でホバリングし始めた。やがて、小さいほうのドラゴンが強い調子で叫び声をあげる。
まさか、会話をしているのか?
片目のドラゴンは、その叫び声を聞いて同じように強い調子で叫び声をあげた。同じく何かを主張しているように聞こえた。今や二頭とも耳を聾するほどの咆哮をあげている。意思疎通をしていたようだが、それによって問題が解決したという感じには見えない。むしろ、かなり険悪な雰囲気だ。
(これは会話をしているのか?)
[ある種の会話であることは間違いないでしょう]
二頭が同時に息を吸い込むような動作をすると互いに向けてファイヤーグレネードを放った。いきなり戦闘開始か!二発のグレネードは、二頭のちょうど中間辺りで交差し爆発を起こす。しかし二頭とも爆発などお構いなしに相手に向かって突っ込んでいった。ぶつかる寸前に新参の小さいほうのドラゴンが身を躱して衝突を避けた。それにしても俺のことは、もう完全に無視か。決死の覚悟をしていただけに少しイラッとした。
そこからはド迫力の空中戦が始まった。すれ違い距離をとった後に、また旋回し相手に向かって突撃し始める。突撃しながら互いにファイヤーグレネードを放ち、その爆発をギリギリで躱しては、又すれ違うという事を繰り返していた。何らかの流儀があるようで、まるで決闘を見ているようだ。
(何が起こっているんだ?)
[恐らく縄張り争いでしょう。小さいほうの個体は、この樹海のかなり広い地域を縄張りとしていました。そこに、はぐれ竜が入りこんだので戦いになったのではないでしょうか]
[なるほど…。しかし凄い迫力だな]
巨大な二頭のドラゴンが物凄いスピードで、すれ違うたびに爆発が起こる。いくらドラゴンと言えども、あのスピードで爆発に巻き込まれれば無事では済まないだろう。二頭とも命懸けだ。どちらもグレネードの連射は出来ず、軌道も変えられないようだった。しかし、飛ぶ速度を変えたり、グレネードを放つタイミングを微妙に変えたりと、色々と作戦があるようだ。
グレネードの打ち合いが十二回目を数えた時、小さい方のドラゴンが今までとは明らかに動きを変えてきた。相手の避ける方向を読み、それに合わせて動いてグレネードを避けつつ、すれ違いざまに相手が避けられない距離でグレネードを放った。少し威力を落として自分に被害が出ないようにしているらしい。見事な身のこなしだ。
しかし致命傷ではなかったらしく、片目のドラゴンはまだ飛び続けている。なんて頑丈な躰だ。あの爆発を受けても飛び続けられるのか。しかし先程よりも明らかに飛ぶスピードは落ちていてダメージは入っているようだ。
互いに旋回を終えると、また相手に向かって飛んでいく。小さい方のドラゴンは、また先程と同じ作戦で、さらに一撃を加えた。片目のドラゴンは、さらにダメージを受けて明らかに飛び方がおかしくなっていた。
これは勝負あったかな。多分、次で決まりだ。しかし、旋回を終えて突撃した後に片目のドラゴンはグレネードを放たず、相手のグレネードを喰らいながらも羽を広げて相手の進路を塞ぐように、立ち塞がった。正に捨て身の行動だ。恐らくこのままでは敵わないとみての行動だろう。小さいドラゴンは、片目のドラゴンを避けられずにぶつかり、二頭はもつれるようにして地上に落ちていった。
片目のドラゴンは、思ったより弱ってはいないようだ。小さいドラゴンの首に噛みつくと、頭を振り回してダメージを与えていく。地上戦では体が大きく力強い片目のドラゴンに分があるようだ。
しかし、この手があるのなら何故もっと早く使わなかったのだろう? ひょっとしたらこの行為は決闘の流儀から外れる行為なのかもしれない。躰の大きいドラゴンに首を噛まれ、のしかかられて小さなドラゴンは身動きが取れずにいた。この状態からの反撃は難しいだろうな。三分もその状態が続くと小さなドラゴンは、動きが無くなり明らかに弱ってきていた。呼吸がろくに出来ない状態なのかもしれない。
(小さい方を助ける。片目の方を倒してくれ。なるべく苦しまないようにな)
いずれにしろ、人間に敵対するようになった片目のドラゴンは放置することは出来ず、処分しなければならない。この二頭の戦いに横槍を入れることは無粋で最低な行為だと思う。しかし、小さい方のドラゴンは、さっき助けてくれたように見えたし、このまま命を奪われるのは何か間違っているように思えた。
[了解しました]
ドローンから狙い澄ました一撃が放たれると片目のドラゴンの頭を貫き、片目のドラゴンはゆっくりと崩れ落ちた。小さいドラゴンは、朦朧としながらも意識はあるようだ。ここで暴れられると不味いな。少し脅してみるか。
[全機、ドラゴンに近づき、ステルスモードを解除しろ]
ドラゴンに向かって歩きながら、この場にいる全てのドローンに命じた。付近には心配性のイーリスが呼び寄せたドローンが十二機も集結している。
ドラゴンまで十五メートルのところまで歩いてくるとドラゴンは俺に気づいた。特に敵意は持っていないようで、じっと俺を見つめている。ヒューンという複数のエンジン音が段々大きく聞こえてきた。エンジン音が更に大きくなりドラゴンも何事かと辺りを見渡している。
その時、ドローンが一斉にステルスモードを解除し姿を現し始めるとドローンの影で辺り一体は少し薄暗くなった。ドラゴンは、上を見上げ暫くドローンを見つめた後に俺に視線を戻し、またじっと見つめている。その後、おもむろに身を横たえると腹を上にして横たわった。視線は俺を見たままだ。
(これはどういう意味だと思う?)
[多くの生物が上位者に降伏の意思を表す行動に似ています。弱点である腹部を相手に晒すことにより降伏の意思を示す行動です]
(やはりそうか。で、俺はどうすればいい?)
[差し出された腹を足で踏みつける事で降伏を受け入れるという習慣を持つ生物も少数ながら存在します]
ではそうしてみるか。危険かも知れないが、この距離にいるドローンが全機ロックオンしている状態ならば、ドラゴンが少しでも俺を襲う意思を見せれば、瞬く間にイーリスが始末するだろう。
ドラゴンに近づき、ジャンプしてドラゴンの腹に飛び乗った。ドラゴンは身動きもせずにそれを見つめている。それからゆっくりと首を地面につけると目を閉じた。
「おい! 死んだんじゃないだろうな!?」
[いえ、心臓は鼓動しています。意識を失ったのでしょう]
「そうか、なんとか治療できないだろうか?」
[やはり重症なのは首でしょう。出血が酷いようです。治癒魔法を試してみてはどうですか?]
よし、やってみるか。ドラゴンに治癒魔法が効くのだろうか? いや、光の精霊達ならばきっとやってくれるに違いない。
エンジン音がうるさいのでドローンを上空に待機させ、ドラゴンの腹から飛び降り首のすぐ近くまでいってみた。噛まれたせいで鱗の隙間から赤い血が、たらたらと流れ出ている。不思議な事に鱗が破損している箇所はない。よほどの強度があるんだろう。
鱗の下の組織を治すイメージを作り上げる。とりあえず血を止める事を優先して治していこう。光の精霊達が破れた血管の細胞を修復するイメージだ。オークの魔石を三つほど手に握ると治癒魔法を発動した。傷口が直接見えるわけではないので加減が難しい。魔石を握りこんだ手のひらが何回か光り、魔力を補給しながら治癒魔法をかけていく。噛まれていた首周りの傷口をぐるりと魔法をかけ終わる頃にはオークの魔石を六個も消費していた。
「ふぅ、とりあえず血は止まったかな。どうだ?」
(容態は安定しているようです。艦長、ドラゴンの血に触ってもらえませんか?)
お安い御用だ。どす黒く赤いねっとりとした血を指で触ってみる。この血にそんなに価値があるのだろうか?
[なるほど、予測通りです。艦長、ドラゴンは何かに似ていると思いませんか?]
何かって言われてもな。コウモリのような羽の付いた恐竜にしか見えない。あぁ、そういう意味か。
六十年程前に発見された原始時代同然の人類惑星、確かサティクという名前の惑星には人類世界でも珍しく恐竜が絶滅せずに生存していた。その惑星で発見された肉食恐竜に似ているといえば似ている。勿論、その恐竜に羽はなく色も全く違う。恐竜は黒っぽい茶色に対して、このドラゴンは暗い血の色だ。大きさもこのドラゴンのように大きくはなく、せいぜい立った姿で五メートルぐらいだったはずだ。確かサティロンという名前だったな。
「ドラゴンがサティロンに似ていると?」
[はい、姿形だけでなく遺伝子レベルでの類似が確認できました]
サティロンには高い知性が確認されていた。研究は進み二十年前には意思疎通が可能となり、かなりの話題になっていた。ちょうど俺が五歳の時で、子供ながらに言葉を話す恐竜に興奮してホロビットを見ていた記憶がある。勿論、実際に恐竜が人間の言葉を発するわけではなくシステムに翻訳された言葉だったが、あの姿には心惹かれるものがあった。現在でもサティロンが知的生命体かどうかは人類世界でも大いに議論を呼んでいる話題だ。なるほど…。
[艦長、試してみませんか?]
「… 面白そうだな。どうすればいい?」
[あれを使いましょう]
イーリスが言うあれとは、こういう時のために作っておいたナノムの塊、ナノム玉だ。クレリアが手足を失った時は、血を飲ませてナノムを移植したが、あのやり方ではあまりに効率が悪い。緊急時に直ぐに移植出来るようにするために、レアメタルを服用してナノムを増産し、それを直径二センチ程の塊になるように指示して作った玉だ。腰のポーチに十二個ほど常備していた。口の中でナノムが球状に固形化するのに一つ当たり一時間もかかるため、作製するのになかなか苦労したものだ。
「よし、指示してくれ」
[頭部付近に傷があるかどうかを確認してください]
ドラゴンの頭を見にいくと直ぐに傷は見つかった。
[傷口に玉を押し当ててください。十個は必要です]
血が出ているドラゴンの鱗を持ち上げるとナノム玉を奥に突っ込んだ。たちまちナノム玉が液状化して奥に浸透していく。程なく十個のナノム玉を移植することが出来た。
「どれくらい時間が掛かる?」
[とりあえず通信機能と神経制御を最優先しています。神経制御に三時間、簡易通信機能に少なくとも五時間は掛かるでしょう]
「そうか。それまで気絶していてくれればいいけどな。じゃあ、俺は細かい傷の治療を続けよう」
(ナノムを移植した傷だけは残しておいてください)
何故なのかは分からないが了解だ。頭の傷以外の目につく限りの傷を魔法で治療していき、さらにオークの魔石を三個消費した。
「今日は、ここに泊まりだな。俺はすることが無いし泊まる準備をしよう」
もう夕方で薄暗くなっている。ドラゴンの死体と血だらけの所に座り込むのは御免だ。食事はポーチの中に入れていた干し肉数切れで我慢するしかないな。
ドラゴンから少し離れた所に、刈った草を積み上げクッションにして大きな葉を敷いた、なかなかに快適な寝床を作った。焚き火も四箇所に焚き、明かりを確保する。そういえば、こうやって一人で行動するのは凄く久しぶりだな。クレリアに出会う前は、これが当たり前だった。随分と昔の事のように感じる。
お、セリーナから通信だ。
(アラン、定時連絡です。こちらは問題なく野営予定地に到着し、これから野営に入ります)
(そうか、お疲れ様。… こちらも概ね問題ないよ。皆もホームに到着した。引き続きみんなを頼む)
(了解です。以上)
セリーナ達に余計な事を言って心配させるのは止めておこう。知らせたところで、どうなるものでもない。B隊の皆もホームに着いた頃だろう。
ナノムを移植して三時間が経過した。もうすっかり夜になり真っ暗だ。ドラゴンは相変わらず眠りについたままだ。まぁ、さすがにあれだけ大暴れすれば、疲労が溜まっていてもおかしくはない。
[艦長、ナノムを移植した傷を触ってください]
意味が分からないが言う通りにした。頭の所に行き、鱗を持ち上げて指を突っ込む。
[情報を入手できました。やはり神経系統や脳などの体組織の作りはサティロンに酷似しています。細かな制御はまだですが、神経系統の制御を手に入れました。これでもうこのドラゴンに危険はありません]
なるほど、通信機能の構築にまだ時間が掛かるからナノムによる有線通信をおこなったということか。神経の制御を奪ったのなら確かにもう安全だろう。視覚と聴覚を遮断するだけでも大抵の生物は何も出来なくなるものだ。
ドラゴンの頭の傷は、もう治療していいとの事なので魔法で治療した。さらに待機の時間が続く。
[簡易通信機能が構築できました。神経系統の制御も概ね完了です。これからドラゴンの意識を戻して意思疎通を図るための学習に入ります]
(全て任せるよ)
三分程するとピクピクとドラゴンが動き始めた。目が覚める予兆だろう。暫くしてハッとしたように首をもたげ目を覚ました。立ち上がり辺りを見渡している。
「近づいても平気か?」
(勿論、大丈夫です。足と羽の制御を奪っています。一歩も歩けませんし飛べません)
「なるほど…。なかなか酷い事をしているな」
(相互理解のためです。少しの間、我慢してもらいましょう)
近づいてみるとドラゴンは驚いて頭を仰け反らせる動作をしたり、首を振ったりとなかなか忙しいようだ。
「ドラゴンに何が見えているのか俺にも見せてくれないか?」
いきなり世界が変わった。真っ黒な空間の中に存在するのは俺とドラゴンだけだ。俺達の前にゴブリンが一匹現れた。ゴブリンは、二匹、三匹と次々と増えていく。あっという間に周りに何千匹というゴブリンに囲まれた。
それがいきなり全て消え、次はオークで同じ事が繰り返される。
(こうやって見せたり、聞かせたりするものによって、どういう反応をするかを記録しています。恐らく一晩あれば、ある程度の意思疎通が可能なくらいの語彙や情報が集まるでしょう)
一晩もこれが繰り返されるのか…。ある意味地獄だな。
(分かった。あとは任せる)
通常の視界に戻った。こんな事をされてドラゴンの精神が持てばいいけどな。
[艦長、起きてください]
あぁ、眠っていたのか。徹夜しようと思っていたが横になっているうちに眠ってしまったらしい。ってもう朝の九時か!
「もっと早く起こしてくれればいいのに」
(起きてもする事がありませんよ。やっと意思疎通できるレベルまで情報が集まりました。そろそろ試してみましょう)
「よし、やってみよう」
ドラゴンを見ると項垂れている。あれからずっとあれをやられていれば、ああなるのも納得だ。精神状態は大丈夫なのだろうか?
ドラゴンはいきなり視界が開けたように頭を上げて周りを見渡している。俺が目に入るとまるで犬が伏せをするように地面に伏せた。
(これは従順を示す仕草です。一族の長に挨拶をしています)
「……… 一族の長とは?」
(勿論、艦長の事です)
「… いつ、俺がドラゴンの一族の長になったんだ?」
(逆です。艦長の一族にドラゴンが加わったのです)
「… どうしてそうなる?」
俺の親戚連中はドラゴンが親戚になったと知ったら卒倒するぞ。
(ドラゴンの習慣ではそうなるようです。降伏し、相手に降伏が受け入れられたら、今まで所属していた一族を抜けて、降伏した一族に加わるという習慣があるようです)
「あぁ、なんてことだ! じゃあ、もうコイツは元の一族には戻れないのか?」
(心配する必要はありません。彼女は一族の最後の生き残りだそうです)
「彼女!? このドラゴンはメスなのか!?」
(艦長、その発言はハラスメントに該当します。彼女ほどの知性をもった存在を動物同然に見下しているとも受け取れます)
「いや、そんなつもりはなかった! 訂正する」
くそ! 自分こそさっきまで虐待同然の事をしていたくせに!
「そうか、一族最後の生き残りか。しかし…」
ドラゴンは、グルグル、ガオガオと何やら唸り始めた。
(彼女が質問しています。あの黒い者たちは一族の戦士達なのか、と訊いています。恐らくドローンのことでしょう)
実際にはドラゴンが話している言葉を翻訳しているのではなく、思考を読み取っているんだろう。
「ああ、そうだ」
(全機、五十メートルまで高度を下げてフォーメーションAで整列し、ステルスモードを解除しろ)
ヒューンというエンジン音が聞こえてくると、ドラゴンが立ち上がり空を見上げている。やがて一列に整列したドローンが一斉に姿を現した。
ドラゴンは、またドローンに向けて身を伏せている。いつまでもその体勢のまま動かないので、ドローンを解散させ通常待機に戻した。
ドローンが見えなくなると俺の方を向き、またガオガオと何やら唸り始めた。
(やはり凄い戦士達だと言っています。また質問です。一族には戦士達が何人いるのかと訊いています)
「ドローンの数なら八十二機だ」
ドラゴンは、頭を仰け反らせて驚愕している。また俺の前に伏せた。伏せながらのガオガオと何やら話している。
(そのような強大な力を持つ一族に加わる事ができて嬉しいと言っています。一族の全員が自分が一族に加わる事に納得しているのかと心配しているようです)
「えーと…。まぁ、そうだな」
ドラゴンは身を起こすと、空に向かって大咆哮というべき雄叫びをあげた。なんて音量だ!
(艦長の一族に加われた喜びを表現しているようです)
長い咆哮がやっと止んだ。
「ところで名前はあるのかな?」
いつまでもドラゴンと呼ぶのも何か変だ。恐らく名前ぐらいあるだろう。イーリスが俺の質問の意味を伝えたようだ。
「グロァールァ」
「…… すまないが、もう一度頼む」
「グロァールァ」
駄目だ。グルグルと喉を鳴らすような音が混じっていて、とてもではないが人間が発音できる音じゃない。
「よし、グローリアだな。女性らしい、とても良い名前だ」
名前を褒められてグローリアは嬉しそうに見えた。また何事かグルグル、ガオガオと言っている。
(あまり高望みはしないが、若くて強い男がいいそうです)
「……… いったい何の話だ?」
(ドラゴンの世界では一族の長が、全ての一族の伴侶を決めているようです。伴侶の好みを言っていたようですね)
「… つまり、俺がオスの、いや男性のドラゴンを何処からか見つけてこないといけないのか?」
(そういう事になるのでしょう)
あぁ、何かどんどんと変な方向へ事態が進んでいるように思うのは気のせいだろうか…。