Kokugensou wo Item Cheat de Ikinuku

Episode 234: Clementine's Delight

リンモン州の州都プレシディオ。

州都のプレシディオの城では、ゴリラ型魔族である州総督サルディバル・ゴメスが、苦虫を噛み潰したような顔で報告を聞いていた。

「農奴ごときが、守将ゴモリーを打倒して、イースター半島を取っただと?」

「はっ、そのように……」

「ゴモリーは、魔獣ブルードラゴンを一匹授けられていたな。それはどうなったのだ」

「それがおそらく、ゴモリー様とともに討ち取られたかと」

「おそらく、おそらく。ギボン卿の報告は、おそらくばかりだな」

牛角(うしづの)の兜をかぶった騎士団長ギボンの報告は、噂レベルのものが多く、まったく裏付けに欠けた。

まあそれはいい。ギボンの役割は諜報ではない。

考えるのはサルディバルの仕事なので、変に気を利かせて情報を精査しようとする男よりは。

ギボンのような愚直な男の話を聞いたほうがいい場合もあるのだ。現状で確かなのは、イースター半島が謎の敵に落とされたということだけ。

「なにぶんと混乱してまして。ゴモリー以上の力を持った女英雄を見たという噂もございます。あと兵士の間で、火を吐く筒を見たなどという話が、飛び交っております。人族の農民風情の間からそのような英雄が出てくるとはにわかに信じがたいのですが」

そんなバカな、とはいわない。

これは戦争だ。大魔王イフリール様が使う魔獣が想定外の強さを発揮したなら、またそれに対して予想外の武器を使う敵が出てきてもおかしくないぐらいには考える。

ゴリラ型魔族であるサルディバル総督は、その粗野で豪胆な印象に反して、智謀を謳われたゴメス家の当主。

その発想は柔軟であった。

ゴメス家は、ニスロク国の初代魔王に使えた六十六魔貴族でも、筆頭格の家柄である。

代々ニクロム国の総参謀長を務めているほどだ。

だから順調に、サルディバルはリンモン州の総督にと納まったのだ。

リンモン州は、他の領地に比べて民情が安定していて統治しやすそうにも思えた。

魔国は、魔族を背教者として皆殺しにしようとするような野蛮な神聖アビスパニア女王国とは違う。

一度は非征服者を奴隷落ちさせて農奴として酷使するが、それも生かさず殺さず。

反乱を起こされない程度の締め付けに抑えているし、従順で使える者から市民へと取り立てて不満を分散させたりもする。

サルディバルは、内政こそが自分の力の見せ所だと思っていた。

それにもかかわらず、自らの占領地でこんな反乱が起こるとはついていない。

だが、想定外の事態にせよ、智謀を謳われたサルディバルに備えがないわけではない。

「ともかく、対処せねばなるまい。最小限の防衛戦力を残し、地方の魔軍をこの州都プレシディオに呼び寄せよ」

「ハッ!」

敵はブルードラゴンと英雄ゴモリーを退けたほどの敵。このままでは、各個撃破されてしまう恐れがある。

この地方の魔軍には限りがあるため、戦力を集中させる必要がある。

「それと、魔獣使いハイドラを呼べ」

「あのような人間混じりの下賎な女をお側に呼ばれるのですか。ご命令でしたら、このギボンめがお伝えしますが……」

下級ながら魔貴族の騎士団長であるギボンは、あんな怪しげな平民の女を侍らすなと言外に言っているようだ。

実に不愉快であった。名門ゴメス家の当主であるサルディバルとて、女は純粋魔族が相手でなければ興味はない。

合理的に使える駒なら使うというだけなのだ。

サルディバルは声を荒らげた。

「ギボン卿。私はハイドラを呼べと言ったぞ」

「ハッ、直ちに!」

サルディバル総督の前に、魔獣使いハイドラが呼ばれてくる。

肌もあらわで際どいボンテージアーマーに身を包んだ、美貌の女である。魔獣使いらしく、手には使役するための杖を持っている。

ギボンが、総督が誑し込まれると心配する程度には、そそる女ではあるがサルディバルはその艶めかしい肌に興味はない。

美醜の感覚が人とズレているサルディバルにとっては、そこに価値は感じない。

「いと高き魔軍総参謀長にして、リンモン州総督サルディバル閣下!」

「時が惜しいから、長い挨拶はいい」

「ハッ、御前に参りました」

「ふむ。反乱軍とやらが来てるのは知ってるな。貴様には、私の代わりに魔獣部隊を操ってもらおう。小さい部隊だが、魔獣隊の隊長を任せる」

どうやらハイドラは緊張しているようだ。

最上位の魔貴族であるサルディバルと、平民出身のハイドラでは地位のステージが二つほど違う。普通ならば直接話すことなどありえないほど立場がかけ離れている。

「私ごときが隊長とは、ありがたき幸せ!」

「ハイドラ、地位に見合った働きはしてみせろよ。そこの騎士団長ギボン卿と連携し、我が策を実行せよ」

一緒に動けといわれて、側近のギボン卿は嫌そうな顔をした。下賤の女風情がと、蔑んだ眼すら向けている。

ハイドラは、蛇型魔族で青ざめた肌をしているが、魔族の血は薄い。

人間混じりと言われる、魔族魔法も使えない平民出身。その上で、女となれば魔軍では冷遇される。

一部に例外はあるが、まだ保守的な気風の強い魔国で、女は家を守り子を産めばいいという考えが強い。

だが、柔軟な考えを持つ合理主義者のサルディバルは、地位にも、種族にも、性別にも、囚われない。

大魔王イフリール様の生み出した魔獣は、授けられた鱗によってコントロールするのだが、現状ではサルディバルやゴモリーのような魔力の強い魔貴族が無理やり従わせているのが現状。

なにせ知能を持たぬ魔獣だ。細かい命令を言い聞かせるのも難しい。

そんな中でこの魔獣使いを名乗るハイドラは、サルディバルよりも魔獣を巧みに操ってみせた。

まだ確かめられてはいないが、どうやら女の中には魔獣を上手く使える才能を持つ者がいるらしい。

魔獣は使いたいが、危険な前線には出たくないサルディバルにとってはかなり好都合な人材だ。

成り上がり者らしい欲深さを持つハイドラは、適当に地位を与えて成功すれば貴族に取り立てるとでも言っておけばいかようにも使いまわせる。

「全ては総督サルディバル閣下の御意のままに!」

「うむ、では任せた」

前線は配下に任せて、サルディバルは全体のことを考えなければならない。

敵に討ち取られた守将ゴモリーに、五千もの兵を与えておいたのはイースター半島が、敵地であるアンティル島に接する国境地帯であったから。

もしや農民の反乱ではなく、旧アビスパニアの軍人が起こした反乱ではないかとも考えられる。

しかし、アンティル島にもすでに魔軍が侵攻を開始しているはずで、そこから反抗の軍がやってくるなどあり得るだろうか。

「まったく。何をしている。ダモンズめ」

アンティル島の攻略は、いまは魔国のタンムズ州となった、旧タンムズ国海軍が中心となって行なっているはずだ。

もしそっちから、こちらに軍が逃れてきて暴れているのだとすれば、あいつらの失態である。

地方によって指揮系統がバラバラであるのも、魔軍の厄介なところだ。

アンティル島攻略軍に向けて、失敗を詰る使者を送ってやりたいぐらいなのだが、そんなことをしている暇はない。

そんなことをすれば、自分の失態までもが大魔王イフリールに知れることにもなりかねない。

顔はゴリラでも、サルディバルは魔軍総参謀長である。怒りに任せて、藪をつつくような真似をしないだけの知性は兼ね備えている。

「あの、サルディバル総督。このことを、大魔王様にお知らせしなくてよろしいのですか。これはアビスパニアの反攻の恐れもございます。念のために援軍を要請しては」

「ギボン卿! 貴様はこの私に、おめおめと本国に助けを求めよというのか!」

むしろイースター半島が敵に奪取されたという報告よりも、その言葉に一番憤るサルディバル。

サルディバルは、保身に長けた男だ。

自らの失態を報告される事態となれば、新参の騎士団長のギボンなど平気で殺されるとようやく気が付き。

ギボンは、床に頭をこすりつけんばかりに平伏した。

「も、申し訳ございません。浅慮でございました!」

「ギボン卿。貴様は私の命令に従っておけばいいのだ」

「御意!」

「この反乱は、絶対に我々だけの手で収めねばならん。わかったな!」

再度、ギボンに「ハハー」と平服させ、サルディバル総督はようやく荒い鼻息を抑えた。

魔都ローレンタイトに己が失態が知れるなど、冗談ではない。

愚直な男だからこそ飼っているとはいえ、ギボンの愚かさにはサルディバルも頭が痛い。

本国に失態を報告してどうなるか考えもしないとは、どこまで愚かなのか……。

大魔王イフリールは、拍子抜けするほど容易く部下に強大な魔獣を与えて、一度は鷹揚に仕事を任せる。

だがその一方で、失敗した部下を切るときもあっさりしたものだ。

おめおめと農民の反乱で領地を失ったと報告しようものなら、援軍とともにやってくるのは新総督である。

そうなれば、処刑はないもののサルディバルは解任で無役に落とされる。

二度とサルディバルが総督として重用されることはないだろう。

魔軍総参謀長を務めるゴメス家当主に、そのような生き恥を晒すことが許されるわけがないのだ。

むろん彼とて、敵を甘くみているわけではない。

リンモン州を落とした、プレシディオの戦いにおいて英雄となった守将ゴモリー。

それとともに、五千もの兵を敗走させてオルランド砦を奪った敵はそれ以上と相手とは見なければならない。

戦は数だ。今のうちに、戦力をかき集められるだけ集めておく。

「二万……二万五千、いや州都の民兵も使おう。リンモン州全体で三万は集められる」

「しかし、リンモン州で新たに徴募した人族の兵は、信用がおけませんが」

「人族は欲深い生き物だ。信用できんなら、地位で釣っても、金で釣っても良い。それでも動かぬなら、後ろから追い立てて督戦してやれば良いのだ。すり潰して使え! 敵の数を減らせれば良い」

「では、そのように手配致します。全ては総督の御意のままに!」

幸いなことにプレシディオは、かつての神聖アビスパニア女王国の首都ともなった、三重にも及ぶ街壁に囲まれた堅固な都である。

港を持ち、そこには独自の海軍力も有している。

サルディバル自らが治める都。敵の攻撃に対しては、陸からも、海からも、防備は万全であった。

ここを守りきれば、敵はイースター半島から先に軍を進めることはできない。

「かかってくるがいい。待ち受けて、追い返してやるわ」

報告に聞く火の出る筒とやらは気になるが、こちらにも魔獣が多数ある。

そうだこの街が簡単に敵に抜かれるようなら、魔軍など滅びてしまうに違いない。そう思うと、臆病なほど慎重なサルディバルはようやく安心できた。

ポッと出の反乱の勢いは、いつまでもは続くまい。むしろ敵を上手く誘い込んでやるのだ。

敵が想定よりも弱ければ大軍を以(もっ)て鎮圧すればいいし、思ったよりも強ければプレシディオを守り切り、後に反攻する。

魔国の支配地域は広大であるため、いまだ地域によって連携の取り難いのが魔軍の弱点でもある。

その上で人族の徴募兵も使うとなれば、作戦はわかりやすくシンプルであるほど良い。

「よし!」

我ながらいい作戦だと、サルディバルは頷き、配下に指示を与えた。

リンモン州総督サルディバルは、リンモン州軍の全てを以て迫りくる反乱軍を迎え撃つ。

※※※

「というわけで、ぜひ攻撃しましょう!」

「しましょう!」

アビスパニア軍前線の天幕まで来たベレニスとクレマンティーヌ。

シレジエ近衛騎士団から派遣された二人は、タケルが「もう自重しなくてもいい」と言っていると伝えてくる。

むしろ、このまま一気に州都プレシディオを攻略しろというのだ。

それを聞いて、ルイーズとバーランドは顔を見合わせる。

軍師であるライルの命令書もないし。

慎重なタケルらしくもない提案なので、おそらくこの二人が話を盛っているに違いない。

「ゲリラ戦を続行だな。義勇軍の募兵と訓練を続ける」

「うむ。いま州都を狙うのは、現実的ではない」

「なんでですか、バーランド騎士長は都を取り戻したいとは思わないのですか!」

そのクレマンティーヌの質問に、ため息を吐いて答える。

「私とて、アビスパニアを取り戻したいのは山々だ。だが、だからこそ都で不用意な戦闘を起こせば多くの住民が犠牲となる」

民の犠牲は避けたいと語る、苦渋の表情のバーランド。

普段は王都シレジエを守る分隊長でもあるベレニスはもとより。

貴族の娘であるクレマンティーヌも、ぐうの音も出ない。

自らの都をできれば戦場にしたくない。

民を守る騎士や貴族ならば当たり前の倫理だ。

「では、当面の方針は守りの堅い州都を手前で囲みつつ、その付近で義勇軍の参加者を募って軍備を増強するということで良いな。長期戦になって敵が焦れて出てきてくれれば、それで勝負を決めるチャンスもあるだろう」

ルイーズの言葉に、バーランドは頷く。

ベレニスもクレマンティーヌも、それに渋々に同意した。

さも不服そうな二人に、ルイーズは「ふうむ」と唸る。

おそらく二人は手柄を立てようと焦っているのだろう。

ルイーズも、かつては二人のように血気盛んであった。

向こう見ずで、周りも見えず、ただ直向きに上ばかり見ていた。

それが変わったのは、皮肉なことに冒険者に落ちてからだ。

正確にはタケルに会ってからだな。

フッとルイーズは笑う。

功名を競うガチガチの騎士の考えしか出来ない彼女らだって、タケルの側にいれば変わるかもしれない。

「二人とも、そうむくれるな。一軍の将として、活躍の機会は十分にあたえよう」

「はい、ルイーズ様。私ども粉骨砕身努力します!」「聖槍(せいそう)のマンチーヌ家の家名に賭けて!」

幸いなことに、ベレニスは分隊長。

クレマンティーヌは副隊長としての指揮官経験も持つという。まだ二人とも若いのに立派なものだ。

貴族であるクレマンティーヌが、騎士団の副隊長を務めるのは当たり前なのだが。

ベレニスは平民出身で分隊長まで登るとは、叩き上げだなと嬉しく思った。

近代的な戦闘を任せるには不十分だが、銃を持たない歩兵も多いので、その指揮を任せるにはちょうどいい人材であると思えた。

むしろ昔風の価値観を持つルイーズには、近衛騎士の二人に共感するところが多い。

銃と大砲の時代になっても、騎士道とてまだ捨てたものではないだろう。

二人にも、騎士の気概を持ってせいぜい活躍してもらうことにしよう。

※※

州都プレシディオ近郊で、義勇兵団二千と魔国の討伐軍二千騎が対峙していた。

数は同数なれど、義勇兵団が雑兵の集まりであるのに比べて、魔軍は全て魔族騎士団である。

おそらく敵が機動力のある騎士だけで編成されているのは、義勇兵団を誘い込んで囲い込もうとする策があると見えた。

智謀の魔将と謳われる総督サルディバルは、蜘蛛が巣を張るように待ち構えているのだろう。

その作戦に乗るほどルイーズ達も愚かではなく、前線にでたシュザンヌ達にはあまり攻めすぎないようにと厳命はされているのだが……。

「お姉様がたは、気合入りすぎだから気をつけてくださいよ」

「ほんとにねー。久しぶりの戦争で興奮しすぎて、役割と段取り間違えないでくださいよ。攻めすぎちゃダメですからね」

シュザンヌとクローディアが、あまりに気がはやりすぎている近衛騎士の二人をたしなめる。

やや口調が意地悪なのは、やはり近衛騎兵と近衛騎士はライバル関係だからか。

「小娘どもバカにするなよ。私達近衛騎士だって王都防衛戦を経験しているし、毎日厳しい訓練をしてきたんだぞ!」

「まあまあ、クレマンティーヌ落ち着いて。近衛騎士の実力をみせてやればいいじゃん」

シュザンヌ達が、ベレニスとクレマンティーヌをたしなめるのも当然だった。

彼女らは、一人ずつが将として、五百人程度の義勇兵を与えられているのだがその内実は全然違う。

シュザンヌ達の義勇兵が、慣れないながらもマスケット銃と大砲を持っているのに比べて、ベレニス達の義勇兵は長槍しか持っていない。

下手すると長槍の代わりに農機具のピッチフォークを手にしている兵もいるぐらいだ。

銃と大砲の衝撃力がなければ、訓練不足の農兵にすぎないのである。

従って作戦はシュザンヌ達の銃士隊が銃と大砲で敵の出鼻をくじき、その勢いに乗ってベレニス達の長槍兵が敵を追い散らすという形になる。

無理に攻める必要もない。

ルイーズ達はこの後方の村々で義勇兵を募って、兵力の増強を進めている。

時間さえ稼げれば、アビスパニア解放軍が優位に立てるのだ。

戦はいつものように銃声と大砲の轟きで始まった。

「シュザンヌ!」

「うん」

いつもの敵ではない。

これまでの敵ならば、一斉射撃と大砲の衝撃を浴びせられただけで尻尾を巻いて逃げていく。

それが前面の騎士が倒されても、猛進を止めない騎士団。

これまでの敵とはワケが違うとシュザンヌ達は肌で感じた。

鉄砲と大砲の衝撃力でも止まらなければ、騎兵の突進を前に鉄砲を覚えたての農兵などかき散らされてしまう。

シュザンヌ達がそう危惧したとき、クレマンティーヌの澄んだ美声が響き渡った。

「皆の者、これは解放戦争だ! 女神アーサマよご照覧あれ、正義は我らにあり! 祖国を奪え返した勇士には地位も名誉も望むままだぞ!」

「うぉぉおおお!」

単なる農兵にすぎない集団が、長槍を果敢に振るう。

粗末な装備の農兵とはいえ、まとまって槍衾(やりぶすま)を形勢できれば騎兵にも強い。

前に出たクレマンティーヌ隊は、敵の突進力から陣を守りきってみせた。

これにはシュザンヌ達も舌を巻く。ベレニスは長槍兵を指揮しながら、得意げに叫んだ。

「どうよ。これが近衛騎士の力よ!」

突進するクレマンティーヌ隊に加えて、ベレニス隊も左右から援護に回って、ゆっくりと長槍を構えた陣を進める。

それが魔軍の騎士団を前に驚くほどに崩れない。よくここまで短期間に、農兵をその気にさせたものだ。

見目麗しい女性騎士が前に立つと士気が上がるということはある。

ただ敵の的になるだけだろうと思えた、近衛騎士のバカげたほどに綺羅びやかな格好も無駄ではないらしい。

「なるほど、お姉さん達も口だけではないってことね」

「今のうちに急いで弾込めして、第二射!」

シュザンヌ達が放つ、銃と大砲の第二射が敵陣に襲いかかると、魔軍の二千騎はじわりと後退してく。

それを追いかけて先頭に立つのは、白馬に乗って金髪の美しい髪ををたなびかせるクレマンティーヌだ。

まるでその姿は、騎士道物語のヒロインのようであった。

ただ美しいだけではない。

近衛騎士団一の怪力を誇るクレマンティーヌである。

直刀(サーベル)を振るうたびに、シュパシュパと敵の騎士の首を飛ばす。

そもそも直刀(サーベル)はそんなに切れ味の良い武器ではないのだが、力で強引にねじ斬っている風情である。

美しいのは見た目だけで、殺し方は結構残酷であったりする。

ただ、クレマンティーヌも調子に乗って敵を追いすぎた。

気がつくと配下の長槍兵から離れて、敵の騎士に囲まれてしまっていた。

クレマンティーヌの前に、牛角(うしづの)の兜をかぶった黒騎士が姿を現す。

黒騎士は、馬上で大きな黒塗りのハルバートを振り回して大見得を切った。

「ハハッ、調子に乗りすぎたな金髪の女騎士!」

「貴君は?」

「問われれば答えてやろう。俺は、新生プレシディオ騎士団団長ギボン・クルパン」

「魔軍二千騎の団長殿か。相手にとって不足なし。クレマンティーヌ・マンチーヌが参る!」

敵に囲まれても、クレマンティーヌは果敢に直刀(サーベル)で斬りかかっていく。

だがっ、パキンと音を立ててその刃は折られた。

ここまでの激戦で、すでに刃が弱っていたのだろう。

黒光りするハルバートの一撃を耐え切ることができなかったのだ。

「よくも我が部下をやってくれたが、ここまでだクレマンティーヌとやら!」

「何をまだまだ!」

振り下ろさんとする黒騎士ギボンのハルバートを前に、なんとクレマンティーヌはぶつかるように突撃してその長い柄を受け止めた。

「思い切りがいいな女騎士!」

「私は、負けない……マンチーヌ家の誇りにかけて!」

クレマンティーヌは、相手のハルバートの柄を掴み、武器を奪い取ろうとする。

金髪の女騎士と牛角(うしづの)の黒騎士は、馬上で取っ組み合いとなった。

「ギボン様、お助けします!」

と、そこにギボンの部下達が、左右から長い鎖のついた鞭のような武器を振るって、クレマンティーヌの動きを封じだした。

「卑怯!」

「一騎打ちとは言っておらんわ。相手をしてやりたいのは山々だが、女騎士は生かして捕らえよとサルディバル様に命じられておってな」

クレマンティーヌは、左右から投げつけられた鎖に縛られて絶体絶命となった。

そこに、敵の囲みを突き破った長槍隊と共にベレニスが飛び込んでくる。

「クレマンティーヌを離せ!」

「ぐあっぷ」「ぐふっ」

黒髪のドワーフ、ベレニスは腰から短剣を引き抜くと、両手で投げてクレマンティーヌを捕らえていた鎖を握る二人の騎士の喉元へと投擲する。

一気に二人を刺殺。盗賊顔負けの見事な投剣術である。

「なんとっ!」

ベレニス隊の突進に刹那、気を取られたのがギボンの油断であった。

クレマンティーヌにハルバートを奪われてしまう。

「これでも喰らえ!」

「ぐはっ」

クレマンティーヌは、奪ったハルバートの石突きで、ギボンの胸をしたたかに打った。

鎧を着込んでいるので、それで死んだりはしないが、馬上からは吹き飛ばされる。

落馬した騎士団長ギボンを守ろうと、慌てて部下が駆け寄るがクレマンティーヌが振るう黒いハルバートによって瞬く間に斬り飛ばされる。

「ギボン様をお守りしろ!」

「うぁぁぁ!」

部下が犠牲になっている間に、ギボンは体勢を立て直してようやく腰の黒剣を抜いた。

「ぬうっ、このギボンを地につかせるとは、だが女になど負けん!」

「騎士道も解さぬ男が!」

ギボンの不幸は、持っていた黒ハルバートが強化の魔法の掛かった得物であったことであろう。

クレマンティーヌの怪力によって振り下ろされた黒ハルバートの鋭い斧刃によって、受け止めた黒剣ごと牛角(うしづの)の兜をグシャリと叩き潰されて息絶えた。

「やったクレマンティーヌ!」

アシストに成功したベレニスも喜びに手を振り上げた。

「敵の騎士団長が首、クレマンティーヌ・マンチーヌが討ち取ったりぃいい!」

堂々たる決闘のもとに敵将の首を取る。

子供の頃から夢描いてきた光景が現実のものとなった喜悦に、クレマンティーヌはその白い頬を紅潮させるのだった。