Kono Sekai ga Game da to, Ore dake ga Shitte Iru
Chapter 154: Happiest Endings
「ソーマ、さん……」
苛烈な俺の言葉に、駄メイドが傷ついた顔をした。
……本当は、分かっている。
この盗難イベントも、それどころか駄メイドの行動も性格も、全部『猫耳猫』を作った奴が決めたものだ。
だから、こいつだけを責めるのは間違いかもしれない。
それでもやっぱり、止まれなかった。
「知り合いが病気になって、どうしても助けたいって気持ちは分かる。
シズンさんたちの関係がぎくしゃくして、どうにかしてあげたいというのも分かる。
だが、どんな理由があろうと、恩人たちから盗みを働くなんて、みんながあんなに大事にしている物を奪うなんて、絶対にやっちゃいけない最低なことだ!
お前は、やり方を間違ったんだよ!!」
まるで俺の言葉に物理的な衝撃を受けたみたいに、駄メイドがふらりとよろける。
「で、でも、でも……」
「でもじゃない! 盗むなんて安易な手段で、本当にみんなが幸せになれるって、そう思ったのか?
もしお前が成功したとしても、恩人たちを裏切って作ったお金で助かって、子供たちは本当に喜ぶのか?
それに、カルマに渡した指輪はたぶん一生もどってこない。
何も分からずに指輪を奪われたシズンさんたちは、本当にわだかまりなく元の関係にもどれると思ったのか?
そしてたとえその全てをクリアしたとしても、お前は自分の罪を一生背負って生きていかなくちゃいけない。
それは、本当に幸せな結末だと、そう言えるのか?」
「それ、は……」
機関銃のように飛び出した俺の言葉は、確実に駄メイドの心をえぐったようだ。
ぼろぼろと、その瞳から涙があふれ出す。
「……わ、わたしにだって、これが間違ってるって、分かってたんです。
でも、だったら、だったらわたしは、どうすれば、よかったんですか?
どうしたら、みんなが、幸せに……」
「そんなの、決まってる」
考えるまでもない。
迷う方が信じられないような、単純な解決法がある。
「話せば、よかったんだ。それを、みんなにきちんと、話せばよかったんだよ」
「……ぁ」
駄メイドは驚いたように顔を歪めるが、思いつかなかったなんて言わせない。
「リルム。お前には、ミスばっかりのお前を笑って許してくれる人たちが、何があってもお前を支えてくれる人たちが、いるじゃないか。
シズンさんでも、ミズーさんでも、いや、フウにでもいい。
話せば絶対、家族全員で力になってくれたはずだ」
蒼白になっていく駄メイドの顔を見ても、俺は容赦しなかった。
トドメを刺すように、強い言葉を投げかける。
「なのにお前は結局、家族同然に接してくれた、周りの人間を信じ切れなかった。
そうして、泥棒という最低の手段に逃げたんだ!」
駄メイドが、腰が抜けたようにペタンと座り込む。
魂が抜けたような顔で涙を流す彼女を、
「――もう、やめて!!」
飛び出してきたミズーが、俺からかばうように抱き締めた。
「この子が……この子がずっと塞ぎこんで、一人で迷って、苦しんでいたところを、わたくしは見ていました!
それを知らないあなたに、この子を責める資格なんてありませんわ!!」
「……そうだな。俺に、こんな偉そうなことを言う資格はないかもしれない」
確かに俺は、この世界に来てから好き放題にやってきた。
レイラの件では、人の心を踏みにじるような作戦も立てた。
だけど……。
「俺は今まで、どんな時でも最善の結果が出せるように努力をしてきたという、自負がある。
どんな絶望的な状況でも、一番幸福な結末を、全員が幸せになれる結末を目指してあがき続けてきたという、自信がある。
だから俺は、そんな努力を放棄して、安易な道に逃げたリルムが、どうしても許せないんだ!」
胸の中にある熱い想いをぶつけるように、俺はそう叫んだ。
しかしそれでもなお、ミズーは駄メイドをかばい、俺の前に立ち塞がる。
「なら、この子が苦しんでいるのを知りながら、手を差し伸べなかったわたくしたちも同罪ですわ。
責めるなら、わたくしたちを責めて下さい」
あくまで自分をかばうミズーに、駄メイドは目を見開いた。
「ミズー様……。わ、わたしは、ミズー様を、う、裏切ったのに、どうして……?」
そんな駄メイドにミズーは優しく微笑んだ。
「そんなの、当たり前ですわ。わたくしにとって、あなたは、手のかかる妹。
もうとっくに、家族の一員なのですから」
「ミ、ズーさま……」
駄メイドの目から、大きな滴がこぼれ、それをミズーが優しくぬぐった。
まるで本当に、仲のいい姉妹のような光景。
……やれやれ。
こんなに仲のいいところを見せられて、その上でさらに駄メイドの代わりに自分たちを罰しろなんて言われたら、もう俺に言えることは一つしかない。
「まさにその通り、あんたたちも同罪だな!! いや、リルムが指輪を盗んだのはあんたたちのせいだから、もっと罪が重い!
反省しろ、この底なしの馬鹿どもが!!」
「なぁっ!?」
俺のあまりの暴言に、ミズーたちだけでなく、仲間たちも驚きの声をあげる。
自分でも、キャラに合わないことを言っているという自覚はある。
だが、止まらない。
「最初から、あんたらの最終回一歩手前のホームドラマみたいなギスギスっぷりには、いい加減嫌気がさしてたんだ。
アーケン家の後継者争いだっけか? 全くほんとに、くだらないったらないぜ」
侮蔑を隠さない俺の言葉に、ファイが爆発した。
「テメエ!! もう一度言ってみやがれ! 事情も知らない癖に……」
「事情なら、知ってるさ! この場にいる、誰よりもな!!」
「なっ!?」
その言葉を、さらなる圧力でもって封殺する。
「事件の調査をする途中で、結界の部屋の利用状況についても聞かせてもらったよ。
それで、あんたらの人間関係は、大体把握した」
これは、流石に嘘だ。
俺がアーケン家の人間関係を把握したのはゲームプレイ時で、今回の数倍の情報を集めていたから分かったこと。
だが、ここはそのまま押し通す。
「何だよ、何が分かったって……」
「ファイ。あんただって、本当は知っているんだろう?
もうミズーが、二属性の結界魔法を使えるってことを」
俺がそう口にした瞬間、ファイとミズー、そしてフウが驚愕の表情を浮かべる。
「ほ、本当なのか、ミズー!!」
「そ、れは……」
シズンさんに問い詰められ、ミズーが目を逸らす。
その反応が、何より雄弁にそれが真実だと示していた。
「し、しかし、どうして部外者のソーマさんがそんなことを……」
シズンさんの言葉に、俺は肩をすくめた。
「簡単な推理ですよ。……リルム。お前が話してくれたよな。
ミズーが一度だけ、結界の部屋にフウを連れてきたことがあるって。
たぶんミズーはその時、解除したクリスタルの修復を彼女に頼んだんだ。
ミズーが地属性の結界魔法に成功して、機能停止させてしまった風属性のクリスタルの修復を、な」
俺が言うと、今度はフウが大きく目を見開いた。
こちらも正解ということでいいらしい。
「しかしミズーさんは、自分が二つ目の結界魔法を使えるようになったことを伏せておくことにして、フウにも口止めをした。
だけど実は、それを知っている人がもう一人いた。
……それがファイ、あんただ」
「お兄様が!? でも、どうして……」
取り乱すミズー。
錯綜する状況を一つ一つ解きほぐしていくように、俺は話を続ける。
「ミズーさんが訓練をしていた時間は、午後三時から五時。
そして、ファイが訓練をしていた時間は、午後五時から九時。
いつもミズーさんの訓練が終わったところで、ファイさんは自分の訓練を始めていた。
だからミズーさんが魔法に成功したことを、訓練に来たファイさんが偶然知ってしまったんでしょう」
「そんな、ことが……」
そして、彼らの歯車が狂ってしまったのは、ここからだ。
「その時から、ファイとミズーさんは結界の部屋を訪れる機会が減り、ファイは荒れた行動を取るようになり、ミズーさんはファイを挑発するような言動が増えた。
これは、なぜですか?」
俺が水を向けると、ファイとミズー、まさに火と水のようにぶつかり合い、いがみ合っていた二人は、ぽつぽつと語り出した。
「お、オレは、オマエが当主に名乗り出ないのは、オレに遠慮してるんだと思って……。
だったらオレがろくでもないヤツだったら、ミズーも気にせずに当主になれるんじゃないかって……」
「そんな!? わたくしは、お兄様が当主になるためにどれだけ努力していたか、間近で見てきました!
わたくしは、たとえお兄様に憎まれてもどうにかお兄様に奮起して頂いて、それで、当主になったお兄様の補佐をしたいと……」
二人は初めて自分の胸の内をさらけ出し、そのすれ違いに息を飲んだ。
「そう。二人共、お互いのことを思いやった結果が、あの不和だった。
だけどそのせいでアスは自分が二人の喧嘩を止めるんだと張り切って結界魔法の特訓に励み、そして全てを知るフウは、そんなアスを止めるために毎日結界の部屋に足を運んだ」
「あ、フウちゃん。だから、毎日結界の部屋に…?」
リルムの言葉に、顔を赤くしたフウがうなずく。
単独では結界の部屋に寄りつかなかったフウがアスにだけはついていったのは、ひとえにそのため。
兄を当主にしたいというミズーの想いと、リルムの安らかな眠りのために、毎日アスを止めようと人知れず努力していたのだ。
「こんな、ことって……」
「まさかオマエたちが、そんなことを考えていたなんて……」
ミズーさんとファイの口から、そんな言葉が漏れる。
この兄弟は、全員が全員、誰かのために行動していたのだ。
けれどそれがかみ合わず、結果的にこんな悲劇を生んでしまった。
何を言っていいのか分からず、硬直する四人。
その膠着を破ったのは、彼らの父親だった。
「すまない、お前たち!!」
子供たちの前に飛び出したシズンさんは、地面に頭をつけるようにして謝った。
「わたしが、わたしが悪かったんだ! 結界を解いた者が次期当主になるなんて、つまらない過去の慣例に縛られ、お前たちの未来を考えなかったわたしが馬鹿だった!!
わたしの考えの甘さが、お前たちを苦しめてしまったんだ!
すまんお前たち、すまん……!!」
それを見た子供たちは、すぐにシズンさんに駆け寄っていく。
「や、やめてくれよ、オヤジ! オレが、オレが悪かったんだ」
「いいえ。わたくしが、もう少し考えていれば……」
「ううん! 僕が、僕が、うわぁあああああん!」
「み、みんな、泣かないでよぅ……」
あとはもう、ぐちゃぐちゃだった。
四兄弟にシズンさん。
傍らに立つエルムさんに、ミズーさんに抱えられた駄メイドまで加えての、大謝罪大会。
大人も子供も大泣きに泣きながら、今まで言えなかったこと、話せなかったことを、最愛の家族にぶつけ合っていた。
もう部外者の出る幕はない。
俺はそっと彼らから距離を取り、まさに家族一丸となったその光景を見ながら、俺はつぶやいた。
「あんたたちはみんな、不器用すぎたんだよ。もっと、素直にぶつかればいいだけだったのに、さ」
数十分後、目の辺りを赤くしたファイが、家族を代表するように前に出てきて、俺の前に立った。
「話は、まとまったのか?」
俺が尋ねると、少し照れたような顔で笑う。
「ああ。当主については、みんなで相談して決めることになった。
でもたぶん、オレが二属性を扱えるようになったらオレが当主になると思う。
ミズーがオレに、毎日付きっ切りでコーチをしてくれるってさ。
まったく、妹に魔法を教わる次期当主なんて、威厳がないけどな」
だがその笑みに、今までのようなとがった雰囲気はない。
彼の本来の人柄がにじみ出るような、優しく頼りがいのある笑みだった。
「それと、リルムのヤツはもう一回オレたちのところで働いてもらうことになった。
もちろん、ちゃんと罰は受けてもらうけどな」
「罰?」
「ああ。オレとミズーのことを、これからずっとお兄ちゃん、お姉ちゃんって呼ぶっていう、とんでもなく厳しい罰だよ」
「はっ! そいつは厳しいな!」
「おい、どういう意味だよ、それは!!」
軽口を叩き合って、もう一度笑い合う。
だがそこで、ファイは急に神妙な顔つきになった。
「もう一つ。大事な話がある。
その……今回のことは、本当に感謝してる。
オマエがいなきゃ、オレたちはずっと仲たがいしたまんまだったし、リルムのことも、許してやれなかったかもしれない」
「おいおい、いきなり何を……」
言いかける俺を制して、
「だから、オマエに、これを受け取って欲しい」
ファイは俺に、見覚えのある真っ黒な指輪を差し出した。
「お前、これは『不死の誓い』じゃないか!
当主の証だろ? 大事にしておかないと……」
「だから! 大事だから、オマエにもらって欲しいんだ。
……頼む。オレたちを助けると思って、これを受け取ってくれ」
ファイの懇願に、俺の喉がごくりと動く。
その手に載った真っ黒な指輪を見る。
俺はその黒い輝きに吸い込まれるように手を伸ばし……。
「――悪いけど、それは受け取れない」
……差し出されたファイの手を、ぐっと押しもどした。
予想外の行動に、ファイが目を見開く。
「どう、してだ? いや、この指輪の歴史を知らない者にとってはこれは呪われた指輪なのかもしれない!
だけど、これはオレたちにとっては……」
「分かってる!」
俺は強い語調で、ファイの言葉をさえぎった。
そんなことは分かっている。
これは、俺にとっても苦渋の決断だった。
俺は気を落ち着かせてから、ゆっくりと話し出す。
「俺にだって、その指輪の価値はよく分かってる。
あんたがそれをくれると言ってくれた時、俺は心の底からその指輪を欲しいと思った。
だけどやっぱり、俺には受け取れない」
「だから、なんでだよ!?」
興奮して叫ぶファイに、俺はきっぱりと言った。
「――それを受け取ったら、俺が望む最高の結末は訪れないからだよ」
なおも叫ぼうとしていたファイが、その言葉を聞いて押し黙った。
「……俺はこの指輪の価値が分かる。
でもそれ以上に、この指輪がファイ、あんたや、あんたの家族にとって、どれだけ大きな意味を持つかも分かってるつもりだ」
「だけどよ。オレが、オレたちが、いいって言ってるのに……」
「それじゃ、俺が嫌なんだ」
何を言われているか分からない、という顔をするファイに、俺は言葉を尽くして説明する。
「俺にとってはこの指輪を手に入れることより、あんたたちがこの指輪を見て笑顔でいられるって想像することの方が、ずっと嬉しいんだよ」
言った瞬間に、顔が熱を持つ。
自分でも、くさい台詞を言ってしまった自覚はあった。
だがそれが、俺の本心だったのだ。
俺の言葉を聞くと、ファイはチッと舌打ちをして、俺に背を向けた。
家族の許にもどりながら、ファイは独り言のようにつぶやく。
「この、お人好しが! ……オマエのことは忘れねぇ、ありがとよ」
そう言って、顔を髪くらいに赤く染めたツンデレ野郎は帰っていった。
「……お前もな」
届かないと知りつつ、その背中に語りかける。
その背中が遠ざかっても、胸の中に、彼の起こした火のように熱い何かが、残っている気がした。
それから、館から大急ぎで盾の紋章を持ってきたシズンさんが、俺に最後のあいさつをしにきてくれた。
「正直に言えば、最初あなた方を見た時は、どうなることかと思いましたが……。
スパークホークさんの代わりに来たのがあなたたちで、本当によかった」
シズンさんは俺に盾の紋章を渡すとそんな言葉を漏らし、館へともどっていく。
その後、フウは俺にぺこりと頭を下げ、アスは俺たちにビッとピースサインをしてみせ、ミズーは俺の両手を無言で握って、それぞれ去っていった。
次にやってきたのは、駄メイドだ。
さっき散々にいじめたので、さぞ怖がっているだろうと思ったが、
「ソーマさん!!」
近寄ってくるなり、いきなり抱きつかれた。
胸と胸がぶつかってぼよんってなる。
これはやっぱり……ではなくて、
「リルム、その……」
言いかけた俺を、駄メイドがさえぎる。
「ソーマさん、本当にありがとうございました。
わたしもまた、あそこで働けるようになりましたし、病気の子供たちも、シズン様の援助でどうにかなりそうです。
これも全部、ソーマさんのおかげです!」
「そう、か」
だったらもう、無駄なことを言う必要はない。
俺は一言、激励の言葉をかけることにした。
「頑張れよ。また失敗しまくって、首にならないようにな」
「はい! でも、大丈夫だと思います。
みなさん、こんなわたしをか、家族だって言ってくれましたし、わたしにも本業がありますから」
「ほん、ぎょう…? お前、メイド以外に何かやってたのか?」
そう尋ねると、駄メイド、いや、リルムはころころと楽しそうに笑った。
「もう! わたしみたいなドジをメイドとして雇うワケないじゃないですか!
たしかにメイドの仕事の方が多いですけど、わたしの本業は用心棒ですよ、用心棒!
よく騙されて無一文になるのでスラム常連ですけど、わたし、これでも元凄腕冒険者なんですよ!」
「え、えぇぇ……」
そういえば、鎧や床を持ち上げたり、力強いなとは思っていたが……。
えぇぇぇぇ……。
「それじゃあ、また何かあったら、連絡してください!
わたし、ソーマさんのためにがんばりますから!!」
最後までこっちを翻弄しながら、駄メイドあらため凄腕用心棒リルムは去っていったのだった。
そして、最後にやってきたのは、俺を目の仇にしていたあの執事、エルムさんだった。
エルムさんは俺の前に直立すると、鋭い眼光を崩さぬままで話し始めた。
「正直に言えば、私は最後の瞬間まで、あなたが何かをしでかすのではないかという疑いを捨てきれませんでした。
ファイ様が指輪を差し出した時も、あの指輪を受け取ってしまわれるのではないか、あるいは指輪を返すフリをして、手の中で偽物と取り換えてしまうのではないか。
そんなことまで疑っていました」
「そう、か。ずいぶんとまあ、嫌われたもんだな」
結局、この執事さんだけとは打ち解けることが出来なかったのか。
俺が乾いた笑いを返したところで、
「……ですが、それは私の勘違いでした。
あなたの行動は最後まで公平で高潔だった。
あなたは指輪を受け取らず、指輪をすり替えるどころか、一度も指輪に触れずにファイ様に返して下さいました」
エルムさんは、俺の想像もしていなかった行動を取った。
「今までの数々の無礼、心より謝罪致します」
身体を九十度に曲げる、手本のような最敬礼。
だが俺は苦笑して、頭を上げてください、と言った。
楽しいハッピーエンドに、謝罪の言葉なんて似合わない。
それを正確に読み取った出来る執事は、もう一度頭を下げた。
今度はさっきの半分、四十五度ほど。
「失礼しました。では、本当にありがとうございました、ソーマ様。
……執事が入り用な時は、是非アーケン家までご一報を」
そうして最後までダンディな仕種を崩さないままで、彼もまた、主人たちの後を追った。
「……終わったな」
つぶやいてみると、虚脱感と同時に達成感が俺を包む。
ゲームの流れにない行動をしてしまったが、ああやって仲良く歩く家族の姿を見ていると、頑張ってよかったと心の底から思えた。
「……お見事でした」
「…ソーマ、おつかれさま」
すると、今まで空気を読んで俺から離れていた仲間たちがやってきて、俺を祝福してくれた。
その言葉に、喜びが込み上げてくる。
だがそれを俺がかみしめる前に、ミツキは俺を見て目を細めると、こう言った。
「それに……どうやら貴方の真の目的も、無事に果たしたようですし」
「――ッ!?」
言われて、思わず身構える。
それを横目に、ミツキは何でもないことのように言った。
「もし、貴方が今『天の眼』を持っているなら、館を出た瞬間に私にレイラの居場所を探らせたはずです。
そうしなかったという事は、貴方は消したのでしょう?
あの結界の部屋で、『天の眼』を」
ミツキの鋭い眼光が、俺の心の底までを射抜く。
「タイミングは、私が貴方から目を離した時間。恐らく真希さんとリルムさんと部屋を訪れた後。
その時に結界の部屋に『天の眼』を置いて、そして……」
「全部、お見通し、か。ミツキの言う通りだ」
観念して、俺はうなずいた。
それが、俺がこのクエストを受けた一番の理由。
俺は結界の部屋の「犯行の直前に部屋が再生成される」という特徴を利用して、破壊不可能アイテムである『天の眼』を削除したのだ。
確かにパッチにより、貴重品属性のついたアイテムのデリートは困難になった。
以前の長時間フィールド放置や同じフィールドにアイテムを捨てまくるという手段では、アイテムの消去が不可能になったからだ。
だがそれは、貴重品が時間経過によるアイテム消滅や、フィールド限界数を超えた場合のアイテムデリートの対象から外されたというだけの話。
それ以外の手段を用いてアイテム消去を行えば何の問題もない。
そこで出てくるのが、今回の結界部屋の再生成だ。
そもそも部屋の再生成とはつまり、その時の部屋のデータを丸ごと破棄して、昔の部屋のデータに置き換えるという力技だ。
その部屋にあったアイテムが消去不可能だろうとなんだろうと、全く関係はない。
再生成が行われた瞬間に部屋にあった物は全て、データの海の彼方、あるいはこの世界では、異次元の彼方にでも葬り去られるのだ。
「全く、本当に、貴方は……」
ミツキの呆れたような声が耳に入ってくる。
別にやましいことをしたという意識はないが、こんなに早くバレるとは思わなかった。
またどうせ非難されるのだろう。
そう思って俺が顔を伏せると、
「――貴方は本当に、私の誇りです」
頭がぐっと下に引かれ、何かやわらかい感触に包まれた。
「えっ? えぇっ!?」
横から真希の「あーっ!!」なんて叫びが聞こえるが、それどころじゃなかった。
何が起こったか分からず、俺が思わず顔を上げようとすると、
「う、動かないで下さい! これでも、恥ずかしいのです!」
さらに深く頭を抱え込まれる。
もう何が何やら、という感じだった。
やがて俺の頭が解放されると、目の前に上気したミツキの顔があった。
そこにはうっすらとした微笑みが浮かんでいる。
「ど、どうして…?」
俺の言葉に、ミツキは反対に首をかしげた。
「責められる、とでも思いましたか?」
「そりゃ、そうだろ。俺は、今回の依頼にかこつけて自分の目的を果たしたんだぞ?!
このクエストを受けたのだって、そもそも自分のために……」
「それの、どこが悪いのですか?」
はっきりと反問されて、俺は絶句した。
「貴方は確かに自分の目的を一番に考えていたのかもしれません。
でもそれは、貴方の起こした功績を打ち消す物ではありえません。
……全員が幸せになれる結末を求めてあがき続ける。
貴方の言葉、胸に響きましたよ」
「ミツ、キ……」
そして、ミツキだけじゃなかった。
俺のところに仲間たちが寄ってきて、次々に声をかけてくる。
「ソーマさん! ソーマさんはやっぱりすごい!
すごいです!! 尊敬します!!」
イーナが大はしゃぎで俺を褒め称え、
「ふん! その……停電の時には、悪かった。
ただ、貴様は僕にとっても多少は頼りになる相手だとは、その、認めてやってもいい、というか、その……」
サザーンがそっぽを向きながらそんなことを言って、
「悔しいけど、そーま、今日はちょっとかっこよかったよ。
答えを知ってるのはズルっぽいけど、でも、小説の中の名探偵みたいだった」
真希が頬をふくらませながらコメントして……そして、最後に、
「…ソーマ。ごめんなさい。ソーマは、まにんげんだった」
リンゴがそう言って俺にぺこりと頭を下げた。
「何だよ、みんな……。そんな、いきなり、言われても……」
つい口ごもってしまう。
不思議な、気持ちだった。
魔王を倒した件でも英雄英雄と言われてたくさんの人におだてられたが、仲間たちからはどちらかというと呆れの視線をもらうことの方が多かった。
考えてみれば、俺がやったことを仲間に褒められたのは、初めてかもしれなかった。
「みん、な……」
思いも寄らない仲間たちの温かい言葉に、目元の辺りに熱い物が込み上げてくるのを感じる。
「…ソーマ? ないてる?」
リンゴに言われて、俺はあわててごしごしと目をこすった。
「な、泣いてない! 泣いてないって!」
そんな醜態をさらしても、誰も笑ったりはしなかった。
暖かな表情で、俺を見守ってくれている。
(俺が何をしても、受け入れてくれる。これが、仲間、なのか)
今まで、俺の考えは誰にも理解されないものと思っていた。
それどころか、ゲームに毒された俺の考え方は仲間たちとも共有出来ないと、勝手にあきらめてさえいた。
だけど、そうじゃなかった。
「みんな、その、ありがとう。俺は、俺は……」
みんなにこの気持ちを伝えたいと思うのに、言葉にならないのがもどかしい。
だが、そんな俺の肩に、ミツキがそっと手を置いてくれた。
「分かって下されば、いいのですよ。さぁ、笑って下さい。
貴方は、いつものように自分の戦果を誇って、不敵に笑っているくらいでちょうどいい」
「そう、か。そうだよな」
やっぱり俺たちに、こういう湿っぽい場面は似合わない。
そう認めた俺は、まず首を振って涙の残滓を飛ばした。
どうせなら、ミツキの言う通り景気よく行こう。
そう考えた俺は、
「ちょっと、持っててくれ」
「え? ええ」
シズンさんから受け取った盾の紋章をミツキに渡すと、鞄から今回の戦利品を取り出して高く掲げ、わざと明るい声で号令をかける。
「――じゃあ、みんな! 盗る物も盗ったし、さっさと帰ろうか!!」
なぜか唖然とする仲間たちの視線の先、高く突き上げられた俺の手には、陽光を浴びた『不死の誓い』が妖しい輝きを放っていた。