Kuishinbo Elf

25th Food School

「学校?」

「はい、聖女様も六歳になられましたので是非」

先日無事に六歳になった俺に、デルケット爺さんが学校の入学を勧めてきた。

ここ、王都フィリミシアには王国運営の巨大学校施設があるそうな。

ラングステン王国の優秀な人材を発掘するために設立したそうだ。

どの世界でも、人材の確保に苦労するのは同じようである。

入学費や授業料は基本無料、しかも給食が出る。

破格の待遇なので、大抵の子供は学校に入学するそうだ。

「仕事が……あるんですがねぇ?」

そう、俺は仕事持ちである。

俺はサラリーマン! 企業戦士なんですよ!?

「それなら問題ありません、ティファニーさんもランクがAになりました

聖女様が抜けた穴もカバーできるでしょう」

とギルドマスターのレイエンさんが言った。

最近ようやく、調子が良くなって復帰したのだ。

青白かった顔にも赤みがさしてきているので、

このまま穏やかに過ごせれば、体の調子も回復し続けるだろう。

「何より授業も、午後三時には大抵終了しますし、

小学部は週三回程度の授業です。

シフトを調整すれば問題ないでしょう」

加えて「友達もできるはずですよ」とも言った。

ふむ、一理ある。

同年代の知り合いがいない、というのは問題ではないだろうか?

どうせ、お金はかからないのだし、こちらに問題はない。

仕事も続けられるので、そちらの問題もクリアーしている。

よぅし、決めたっ!

「わかった、学校に行ってみよう」

ぶっちゃけると俺にとって授業はほぼ無用である。

だって、初代の知識がある上に、初代はその学校の卒業生だからだ。

つまり、俺の学校での目的は、友人の発掘である。

ここでは年上の知り合いは増えるが、同年代の友人は増える見込みがなかった。

いないなら、いないでも何とかなりそうだが、

友人はいた方が良いに決まっている。

嬉しそうに「手続きをしておきます」と言い、帰っていったデルケット爺さん。

最近は世話ばかり、かけている気がするなぁ……。

今度、彼の肩でもトントンしてやるか。

◆◆◆

時は少し流れ、季節は春。

今日は俺の入学式の日である。

俺は学校の制服を身に纏い、エレノアさんに手を引かれ学校へと向かう。

学校の名は王立ラングステン学校。

国の名を冠する、千年を超える歴史を持つ由緒正しき王立学校である。

「でかっ」

俺の素直な感想だ。

巨大な門に守られた、門より大きい建物。

敷地面積どんだけよ? というくらい馬鹿げた広さの学校施設が姿を現した。

尚、移動には馬車や『テレポーター』も使うらしい。

広過ぎだろう……。

学校には寮や宿泊施設もあり、購買部という名目の総合販売店も完備。

これは最早、一つの町と言っていいほどの規模であった。

防衛機能も素晴らしいそうで、結界に守られたここは、

いざという時の避難場所にも使われるらしい。

警備用のゴーレムも常に巡回しているそうで、

生徒の安全面も完璧だ。

生徒も六歳から、成人に当たる十五歳までと幅広く在籍しており、

十五歳になって卒業すると同時に成人となる。

そして冒険者や商人、騎士や城勤めなどの仕事に就くことになるらしい。

当然採用されなかったヤツは、プータローとして放り出される。

どこも世知辛いのであ~る。

「さぁ、着きましたよ」

そこは体育館だった。

ここでも入学式は体育館なのか。

ただ、大きさが半端ではない!

野球の試合が、余裕でできるほどの規模を持った体育館であった。

移動が大変そうだぁ……。

今年入学する子供は、三百二十人ほどらしい。

王都は元より遠くの町や村、他国の貴族の子も入学しに来るそうな。

貴族様は面倒臭いのが相場だ、極力かかわらないようにしよう。

といっても、既にそれよりも面倒な方々と、

かかわりを持ってしまっているのだが。

尚、俺が聖女であることは、国によって情報操作されている。

俺が一般人を治療するようになってからは、

頭からすっぽりフードを被り、謎のヒーラーとして活躍している。

まぁ、露店街に出かける時はフード被らず出歩いてるのだが。

治癒魔法も使ってないし、エレノアさんも俺と話す時は顔を近付けて、

小声で話していたからわからないだろう。

後は、平穏な学園生活を送りつつ、友達を作ればオッケーてわけだ。

ん……だれか近付いてくる。

沢山の取り巻きに囲われた少女だ。

「あら、貴女は白エルフですわね?」

「あ、これはクリューテル・トロン・ババル様。ご機嫌麗しゅう…………」

わぁお、いきなり貴族様が絡んできた。

取り巻きに囲まれた幼い貴族は、ちょっとキツメの顔をした少女だった。

銀色の細く長い眉。鋭い目には金色の瞳。そして……後ろ髪に計六個の縦ロール。

俺にはその縦ロールがドリルにしか見えない。

うおぉ……銀髪ドリルなんて初めて見たよっ!

六歳でその髪型とか凄ぇな!(興奮)

「こちらは……エルティナ様でいらっしゃいます」

エレノアさんは、クリューテルと名乗った貴族娘に俺を紹介してくれた。

その際、フルネームでの紹介は避けてくれている。

流石、できる女は格が違った!!

俺の場合、フルネームでの自己紹介は、まだ色々とまずいのだ。

「エルティナだ」

俺は簡潔に自己紹介した。

とっさのことで、気の利いたセリフが思い付かなかったのだ。

「まぁ、お顔に反して無愛想ですこと。

まあ、良いですわ。

わたくしはクリューテル・トロン・ババルです。

よろしくお願いしますわ。白エルフのエルティナ様」

と言い残し、取り巻きに囲われて去っていった。

気の強そうなドリル少女だな……。

尚、先ほどのドリル少女は、ミリタナス神聖国の男爵の長女らしい。

ここを卒業させて、箔を付けた上で嫁に出すためだそうな。

俺は指定された席に着き、エレノアさんは保護者席に向かう。

俺は辺りをキョロキョロした。

別に挙動不審になってるわけじゃない。

周りを観察してるだけだ。

……ホントダヨ?

おおぅ、いるいる! 黒エルフ! 獣人! アレは……ドワーフだ!

リザードマンもいるのか! オークとゴブリンもいるぞ!

彼らの子供を見るのは初めてだ。

俺は大人しか見たことがないからなぁ。

そして極め付きは……。

「いやぁ、白エルフとは珍しい」

いや、いや! きみの方が珍しいよ!!

話しかけてきたのは、なんとスライムだった。

青い体に、赤い蝶ネクタイがくっついており、

つぶらな黒い瞳が二つほど球状の体に付いていた。

彼? の大きさは大人の頭ほどだ。

この国って、かなりフリーダムだったよ!!

交流している種族が多過ぎるっ!

そして始まる、校長先生のなが~い挨拶。

どこでも一緒なんだな、と思いながら聞いていた。

尚、校長は巨人族だった。でけぇ!!

三メートルもの身長がある爺さんだ。

入学式が終わり、教師に誘導されて自分の教室に向かう。

一教室、四十人くらいの振り分けになるそうだ。

俺の所属するクラスは一年八組。

さて、どんなヤツらがいるのやら……。

◆◆◆

「あら? またお会いしましたわね?」

……銀ドリルだ。

どうやら、俺達はこうなる運命だったようだ。

仕方がない、友好的に挨拶をしておくか。

「俺の名前を言ってみろぉぉぉぉぉっ!!」

「は、はへぇ!?」

突然のことに驚いた銀ドリル様は、間抜けな顔で固まってしまった。

俺はそんな彼女に「今後ともよろすこ」と適当に挨拶して席に座る。

そして教室に担当になる教師が入ってきた。

「席に着け~ホームルームを始めるぞ~!」

入ってきたのはなんと……!

「げぇ! アルのおっさん!」

「こら、ここでは先生と呼べ」

教室に入ってきたのは、なんとアルフォンスのおっさんである。

魔王討伐後、正式に冒険者を引退したとは聞いていたが、

まさか、学校の教師に転職しているとは思わなかった。

うん……スーツにネクタイ姿が恐ろしく似合わない。

いつものくたびれた皮鎧姿に戻ってどうぞ。

「今日から一年八組の担任になるアルフォンス・ゲイロンだ。

よろしくな! 

よ~し……早速だが、順番に自己紹介してもらおうか」

アルのおっさんに促され、右先頭の席から順番に自己紹介が始まった。

「ライオット・デイル。獅子の獣人。

将来は親父を超える武闘家になることだ。

皆、よろしくな!」

トップバッターは獅子型の獣人ライオット君。

活発そうな男子である。顔は人間寄り。

黄金の髪からは、ぴょこんと動物の耳が覗く。

太い眉毛に、やんちゃそうな目、瞳の色は金色。

獣人なので尻尾がある。

物凄く『キュッ』とにぎにぎしてやりたい衝動に駆られる。

「私はクリューテル・トロン・ババル。

人間。ミリタナス神聖国男爵クリスライン・トロン・ババルの長女ですわ。

皆様、良しなに……」

次は銀ドリル様だ。

自己紹介の後に、家はどうだの国のなんたらと自慢話が始まったが、

アルのおっさんが絶妙なタイミングで、次のヤツに自己紹介を促した。

やるな、アルのおっさ……先生。

この教室の半分以上は人間族だ。

そして、残りは俺みたいな亜人で占められている。

この世界では意思疎通できれば、どのような種族でも交流をしているらしい。

つまり……彼もその中の一人である。

「ゲルロイド・ゴールン・シュタイナー。スライムです。

ここで貴重な経験を積み、王位を継ぐことが目標です」

……思ったより大物だった。彼スライムですよ?

スライム王国なんてものがあるとは驚いたよ!

ちなみに男らしい。性別もあるんだ……。

次々に自己紹介していくクラスメート。

ここで……

「ヒュリティア。黒エルフ……以上」

不愛想に挨拶を終わらせたのは、黒エルフのヒュリティア。

実は彼女と俺は面識があるのだ。

『魔族戦争』時に協力を要請した応急処置担当のガキンチョ部隊に

彼女は所属しており、その際に交友を持つようになった。

腰まで伸びた銀の髪、健康的な褐色の肌、耳は長くスマート。

猫のようにクリッとした目には緑色の瞳。さくらんぼのような唇。

細く長い整った眉。すっと、とおった形の良い鼻。

将来美人になるのが約束されている顔立ちだ。

おおぅ、俺とは大違いだぁ……。

見知った顔を確認することができたのか、

表情を崩して俺に微笑むヒュリティア……女神か。

「ガンズロック・ドルトンだぁ。ドワーフ。

将来は店を受け継いで、世界一の鍛治職人になることだぁ。

よろしくたのまぁな!」

六歳にして既に髭が生えているドワーフの子供。

顔は幼いのに、既に職人の頑固さが顔に出ている。

短く刈り込んだ髪の色は茶色、太い眉におおきな鼻、瞳の色は黒。

そして、独特の話し方だが、これはドワーフの特徴的な喋り方だそうだ。

「エドワード・ラ・ラングステンです。人間です。

将来の夢は立派な王になる事です。

どうぞよろしくお願いします」

ざわ……ざわ……。

教室が騒然とした。

いてはいけない人間がここにいたら、そういう反応になるよなぁ?(呆れ)

彼はここの王様の孫、そして王様の第一王子の長男。

つまりは未来の王様だ。

彼に出会ったのは、初めてフィリミシア城に登城した時のことだ。

聖女として初めて会った時も「ぷにぷにですっ」とか言って

抱き付き攻撃を仕掛けてきたり、勇者召喚の際には「ドキドキしますね」とか言って手を握ってきたりした。

彼に最後に会ったのは、俺の誕生日を祝った時だ。

正確な誕生日がわからず、俺自身も誕生日など気にも留めていなかったのだが、

ここに来て一年くらい経ったので「三月三日にして祝ってしまいましょう」と、

デルケット爺さんが言い出し、皆で祝ってもらったのだが……。

俺の誕生パーティーにエドワードが

『当然の権利』といわんばかりにいたのだ。

どうやら、タカアキにお願いしてこっそりと付いてきたらしい。

困った王子様だ。

「お誕生日おめでとう! エルティナ!!」

「ふきゅん! エド、どうしてここにっ?

それとありがとうなっ!」

俺がお礼を言い終わると同時に、抱き付いてくるエドワード。

俺に好意を持っているのはわかるが、

将来の王様が人前で抱き付きまくるのはどうかと思うぞ。

そして、くすぐったい。

何かに付けて抱き付く機会を伺ってきた彼なのだが、

これほどとは流石の俺でも思わなかった。

恐るべき執念だ。

クラスが騒然とする中、堂々と自己紹介を終えるエドワード。

俺の方を見て爽やかに微笑む。

クラスの女子達が「エドワード様……ぽっ」とかやってる。

金髪碧眼で容姿は良いし成程、完璧な王子様だ。

全体的に女の子のような容姿をしているが、どうやら母親似なのだそうだ。

既に俺は平穏な学校生活に、赤信号が点っているのを察していた。

最後に俺の自己紹介だ。

白エルフが入学してくるのは、創立千年を誇る学校でも初めてだそうな。

ここは何かネタに走っておくとするか……?

良し、これでいくか。インパクトも十分だろう。

「どうも、ラングステンの白き珍獣エルティナです。

目標は『世界食べ歩きの旅』です。コンゴトモヨロシク……」

完璧だ……掴みはオッケーに違いない!

ぐっ! と拳を握りガッツポーズをとる俺。

そんな俺に、クラスの誰かが言った。

「あ、知ってる! 食いしん坊エルフだ!」

どっ! とクラスが沸く。

なんということだ!

笑いを全て持っていかれてしまったではないか!

くやちぃのう、くやちぃのう! ふぎぎぎ……。

全員の自己紹介が終わり、今日は解散となった。

本格的な授業は一日後の午前八時からである。

「よろしくね~食いしん坊さん!」

「おぅ、よろしくな!」

すっかり『食いしん坊』が定着してしまった。

他に多い呼び名が『珍獣様』だ。

適当に挨拶して、俺も帰路に就くことにした。

門の前でナンパされていたエレノアさんと合流し、

手を繋いでヒーラー協会までのんびりと歩いて帰る。

「エドワードがクラスメイトになった」

俺はエレノアさんに小声で話すと、彼女は苦笑いをした。

「……驚かれましたか?」

エレノアさんは知っていたようだ。

申し訳なさそうな顔をしている。

恐らくエドワードは、俺を驚かせたいがために、

皆に黙っているように指示したのだろう。

まったく、そういうところは王様似なんだよな。

手のかかりそうなクラスメイト達。

そして、一番苦労するのはアルのおっさんだと確信した俺は、

少し気分が晴れヒーラー協会へと帰っていったのだった。