Kuishinbo Elf

70th meal, first game.

ゴーグルを装着し変なボタンを押してパニック状態に陥る俺。そんな俺に、追撃の試合開始の準備をしろとの呼びかけが重なって、さぁ大変。

心を落ち着かせるために取り出し口に運んだシュークリームは気管に入り込み、盛大にムセル結果となった。

そのような事情で俺は速やかに白目痙攣状態となり、ありとあらゆる思考を地平線の彼方へとぽいっちょする。

見事な放物線を描きながら、すっ飛んでゆく俺の思考は美しい。

あ、違う、あれって喰い掛けのシュークリームだ! かむば~っく! シュークリーム!

尚、シュークリームはスタッフ(ライオット)が空中キャッチして美味しくいただかれました。

「ほら、何をやってんだい? 試合だよ!」

「ふきゅん!?」

プルルの容赦のない平手打を背中に受けて、致命的な大ダメージを受けた俺は悲鳴と共に再起動。なんとかムセルと共に決戦のバトルフィールドへと赴く。

そして、今更ながらに気が付く心音。どくんどくん、と脈打つそれに混じって、ぽっきゅぽっきゅ、ちんちん、どんどん、ぱふぱふ、というわけの分からない音が鳴っているのは何故であろうか。

ただ、共通して言いたいことは、おまえらうるさい、である。

「はい、それでは、ホビーゴーレムをリングに上げてくださいね」

レフリー役なのであろうか、店の名が刻まれた前掛けを身に着けたポニーテールのお姉さんが、無駄に色気を振り撒きながらホビーゴーレムをリングに上げるように指示してきた。

大人ならまだしも、大きく開いた胸元に喜ぶお子様などいるのであろうか。

……いるなぁ、確実に、うちのクラスに三名ほど。

変態トリオの映像を頭を振る事により打ち払い、俺はムセルを慎重にリングへと上げる。

ここで落としてしまって大破なんて笑えないからな、という心とは裏腹に手がプルプルしているのは内緒だ。

「ほぅ……さまになっているじゃないか」

リング上のムセルは、なかなかに凛々しい。その一風変わったフォルムは子供たちの視線を集めた。

しかし、その視線も対戦者のホビーゴーレムがリングに上がるまでの事。

俺の対戦者となるゴーレムマスターがホビーゴーレムをリングに上げる。手慣れているのであろうか、その手はプルプルしていない。

「ふきゅん!?」

俺は思わず鳴いた。そのホビーゴーレムは圧倒的であったのだ。

全身を赤とピンクで統一した一つ目小僧。もう色々と通常の三倍で動きそうな人型のホビーゴーレムの姿がそこにあった。

「きみが対戦相手か。私はシア、見てのとおり、ゴーレムマスターだ」

そして、対戦相手は大人のお姉さんであった。だが、残念な事に彼女は痛い人であった。

ホビーゴーレム同様に赤い服を着ている。そこまでは普通だ。しかし、彼女は珍妙なヘルメットとマスクを身に着け、仰々しいマントとゴテゴテとした飾りを身に着けている紛う事なき変態であったのだ。もう美しい金髪が台無しである

更に唯一見えている口元が恐ろしく整っており、バランスの取れた妖艶な体形が余計に変態度を増しているではないか。

なんでもいいから、その余計なヘルメットとマスクを取るんだよ、おるるぁん!

「シアだ! 赤いシアが、帰ってきたんだ!」

「うおぉぉぉっ! 今回の大会は荒れるぞい!」

恐らくは有名人なのだろう。子供に混じって大人までも興奮状態に陥った。という事は俺とムセルが戦う相手は、相当に戦い慣れたコンビという事になる。

こんなの勝てるわけないじゃないですかやだ~。

だが、俺にはバックギアは実装されていない。この難敵を下してビクトリーロードを逆走してくれるわ!

「それでは、両者、準備はよろしいですか?」

「問題ない」

「こっちも大丈夫なんだぜ」

「それでは、ムセル対エスザクの試合を始めます。ゴーレムファイト、レディ……ゴ~!」

レフリーの試合開始の宣言と共に両者のホビーゴーレムが飛び出した。

とはいえ、俺はムセルに搭載されているローラーダッシュは封印している。今の操縦技術では制御ができないのは明白であるからだ。

「見せてもらおうか……そのホビーゴーレムの性能とやらを」

見た感じ、赤いシアはゴーグルを身に着けていないように見える。ということは、あのヘルメットとマスクのどちらかが、ゴーグルと同様の機能を備えているのだろう。

「ふきゅん、早いな……赤いのは伊達ではないということか」

そして気が付く。相手が斧とマシンガンで武装しているのに、ムセルは丸腰である事に。

なんで、試合前に武器を購入させてくれなかったのか。俺はチラリ、とプルルの顔を見つめた。彼女はすぃ~と顔を背ける。

……後で泣かす。

「ふぁっきゅん! もう殴るしかねぇ! やっちまえ、ムセル!」

俺はムセルを真っ直ぐ前進させる。対戦相手のエスザクは小刻みに身体を揺すって前進してきた。

フェイントを織り交ぜた高度な移動方法であるが、俺は初心者であり、ウルトラ操縦がへたっぴであるので、全く対応できず前進待ったなし状態。即ち、フェイントは無意味である。

「ほぅ……真っ直ぐか。思い切りがいいな」

いいえ、それ以外の行動ができないだけでございます。お許しください、ムセル様!

もう接触間際なので、ムセルに思いっきり殴らせてみる。どうやら、ムセルのぶっとい指はある程度の衝撃に耐えうるらしく、攻撃に使用しても問題はないとのこと。

まぁ、当たればなんですけどね。こういう心配は。

「そうそう当たるものではない。そら、反撃だ!」

ひらりとパンチをかわされて、反撃の蹴りを受ける。

瞬間、俺の脳裏にチカリとした閃光が輝き抜けた。すると、命令もしていないのにムセルが身体を捩ってエスザクの蹴りを回避せんとしたではないか。

結果としては回避しそこなって蹴りを貰う事になった。だが、直撃ではない。

「ほう、今のを……ただの素人ではないようだな」

「ムセルっ、大丈夫か!?」

今のは、なんだったのであろうか。だが、考えている暇はない。エスザクがマシンガンを構えた。狙いはムセル、俺の背筋に冷たい汗が流れる。

玩具とはいえ、戦うための武器だ。場合によってはバトルで大破し、ゴーレムマスターと永遠の別れを遂げるホビーゴーレムも少なくない、とプルルより聞かされている。

「こんなところで終われるかっ!」

「獲った!」

また、閃光が頭の中で輝いた。理屈や理論などを飛び越して、俺の意志はムセルへと伝わる。そして気が付いた。俺の視界は俺であって俺でないことに。

「動きが変わった? なるほど……きみも」

「ムセルっ! やるぞっ!」

これが戦場、そして戦場の匂いか。それは、今の俺にとってなじみ深い匂いであった。

既に何度も命のやり取りをおこなっている俺にとって、この匂いは興奮起爆剤となり得たのだ。

加えてこの不思議な感覚。ムセルと一体になっているかという奇妙さが、俺を戦いに一層に駆り立てる。

今なら、行けるはずだ。ムセル、おまえとなら、この地平線のどこまでも。

「ローラーダッシュだ!」

「なにっ!?」

ムセルの足の裏に装備されたローラーダッシュをエスザクの目前で起動。それは強烈な踏み込み同様となり、一瞬にして赤い機体に肉薄する。

「これなら、マシンガンは使えまい!」

「ちぃぃぃぃっ!」

赤いシアは即座にマシンガンを放棄させ、腰に装備されていた斧を手にさせた。

斧は小ぶりであり、取り回しがいいことから、威力重視よりも扱いやすさに重点を置いたものであることが想像できる。

まぁ、想像できたからといって、どうにもならないのだが。

こっちは殴ることしかできねぇんだよ、おるるぁん!

ムセルの拳、エスザクの斧がぶつかり合う。その衝撃で両者は弾かれた。だが、見た目に反して自重が軽いムセルの方がよりふっ飛ばされた。

そして、よりにもよってバランスを崩してしまったではないか。

「ふきゅん! ムセルっ!」

「好機! 貰ったぞ!」

エスザクが態勢を整えて突進してきた。だが、斧は使わずショルダータックルを選択。

それはバランスを崩していたムセルに直撃し、ムセルは大きく吹き飛ばされる。その落下地点はリング外。偶然にも俺の手の中だ。

「ムセル、リングアウト! 勝者、シア、エスザク!」

エスザクの単眼がグポーンと輝き、勝者が誰であるかを告げた。

ムセルは負けん気が強いのか、リングアウトによる敗北が決定しているにもかかわらず、リングに戻らんとしている。

「ふっ……すまない。少し手荒になってしまったな」

「ふきゅん、戦いに情けは無用なんだぜ」

悔しいのは俺自身もそうだ。初試合を勝利で飾ってやる事ができなかった悔しさは、自分で思っているよりもずっと大きい。

「きみたちはどうやら、大きな資質を持っているようだ。その悔しさを晴らしたいのであれば、私を追いかけてくるがいい。【グランドゴーレムマスターズ】で会おう」

赤いシアはそう言い残すと、エスザクを手にして颯爽と去っていった。「認めたくはないものだな、若さゆえの過ちは」という呟きを残しながら。

「グランド……ゴーレムマスターズ……!」

これは明らかなる挑発。またボコボコニしてやんよ、という宣言。

俺の闘志はめらめらと燃え上がり、ありとあらゆる穴から水蒸気を放出する。オナラが混じってもバレへんやろ。

「大物に目を付けられたようだねぇ。実際凄かったよ、途中から」

「ふきゅん、頭の中がピカッと光って、ムセルの視点になったんだ」

「……それって……う~ん。確定とは言えないんだけど」

「そんな事よりも、あの女の人って有名人なのか?」

空気を読まないおバカにゃんこは、赤いシアに付いてプルルに問い質す。思考を中断されたプルルは眉を顰めつつもライオットの質問に答えた。

「彼女の名は【シア・スイセン】。前々回のグランドゴーレムマスターズの覇者だよ」

「マジかよ、優勝経験者にエルは肉薄してたのか」

そう聞かされると途端に震えてきた。こんな情けないおかーちゃんを許しておくれ。

そんなムセルはタックルを受けた胴体がべっこりと凹んでいた。果たして、普通の修理で直るであろうか。心配だ。

「ムセルもお疲れさまだね。ふんふん、この程度なら、僕が直してあげるよ。工具キットも持ってきているしね」

「ふきゅん、それは助かるんだぜ」

プルルの申し出に安堵を覚える。俺のヒールでもいいのだが、以前のように直後に倒れてしまっては大事となるので使用は控えたいのだ、

「それよりも、どうだった? 初試合は」

「ふきゅん、負けて悔しいけど、それよりも高揚感が半端じゃないんだぜ」

バトル中はそのような事を考える余裕はなかった。だが、思い返してみれば、それらはどれもこれも刺激的で気分が高まるものばかりであった。

純粋に一つの事に打ち込む事ができた、と言っても差し支えは無いはずだ。

負けたら悔しい、勝ったら嬉しい。その単純な感情を覚えるのも魅力の一つに違いなかった。だからこそ、ホビーゴーレムは老若男女に愛されているのであろう。

「ムセル、次こそは勝利をもぎ取るぞ」

ムセルは無言で無骨な右腕を天に付き上げた。それは果たして彼の誓いであったか。

こうして、俺とムセルの初試合は、敗北という苦い思い出が刻まれた。だが、それは俺たちを大いに成長させる土台ともなり得るものであった。