Kujonin

Episode 181

「やるべきことは魔素の拡散だ。世界樹という環境に生えている植物を選別し、南半球に一本一本植樹していくと考えるのはちょっと現実的じゃない」

世界樹がプラナス、つまり前の世界で言うサクラであることがわかってから、すでに3日経っていた。魔物の解剖や植物の毒性調査もコウモリと俺の毒味によって進んでいる。

そろそろ次の具体的な計画を話さないといけない。

俺は、朝食後、皆を集めてミーティングを始めていた。

「とはいえ、即死系の植物や害のある植物が拡散していくことはなるべく防ぎたい。できれば、世界樹であるプラナスを開花させ、選別した植物が拡散していけば理想的だよな」

俺の言葉に皆、頷いた。魔素の拡散が明確な方針になって、誰もが考えていたことだろう。

「そこでだ。下層部でプカプカと浮かんでいた発光スライムの中に植物の種を入れ、飛ばすのはどう? 発光スライムの生態について調べないといけないけど、光に向かって飛んでいくのなら、勝手に拡散していくんじゃないかな」

「それは私も考えたんだけど、発光スライムが身体の中で溶かしてしまうんじゃないか?」

ベルサが計画の穴をついてきた。

「そこなんだよ。発光スライムの生態、なにをどのくらいで消化してしまうのか、消化しにくいものはなんなのか、より詳しく調べないといけない。でも、それに関してはうちの魔物学者を信じている」

「人任せだなぁ。でも、まぁ、どのみちやるよ」

脳筋たちが多いうちの会社の中で、ベルサだけは頭脳派なので頼りにしている。

「さらに、発光スライムを飛ばすためにも、プラナスの開花のためにも、世界樹の葉を俺たちが落とす必要がある。正直、冬になったら自然に枯れてくれるとありがたいんだけど、下層部の気温によると思う」

「この前行ったときは、蒸してなかった?」

「山肌まで枝葉を広げてるから、暖かい空気が下層部に溜まってるんだよ」

アイルとベルサが言う。

「世界樹の全ての葉を落とすのは、大変な作業になるから、やっぱり、根本を冷やして、冬が来たことを世界樹に知らせるのが得策だと思う」

「氷なら山にたくさんあるしな。いいんじゃないか」

アイルが乗ってきた。

「でも、やっぱり魔物の群れが怖いですよね」

「メルモちゃんの言うとおりです。世界樹の葉を落としたら、魔物たちにどういう影響を与えるのかがわからないですよ」

メルモとリタが危険と言ってきた。

「魔物については、世界樹に戻ってくるんじゃないかと思ってるんだ。他に餌場と呼べる場所がないだろ。せいぜい、餌になるのは俺たちとドワーフくらいだ。魔物の群れが飛びたったら、俺たちは洞窟に閉じこもっていればいい。ただ、あまりにも危険な魔物については事前に駆除する必要があるけどな」

「フハ、それ、いつまでの間にやるんだ?」

ボウが聞いた。

「3、4ヶ月だな。すでに秋も半ば、プラナスがつぼみをつけるのが冬だとして、それ以上過ぎると春になっちまう。その場合、今年の開花は諦めるしかない」

皆一様に「3ヶ月か……」と下を向いている。

「こちらから危険な魔物に向かっていかないといけないんですね?」

「そういうことになるね」

メルモの質問に答える。

「その間に植物の選別もしないといけないんですよね?」

質問したリタは渋い顔をしている。

「そうだ」

「ナオキが無茶を言うのはずっと変わらない。やるしかないんだよ」

アイルは皆を見て、ニヤッと笑う。 

全員、「わかっていた」というように何度も頷いた。

「なら、私のやることは決まった。発光スライムの輸送経路の確保と山頂の拠点を広げてほしい」

早くもベルサが要望を出してきた。

「じゃ、私とセスは氷の輸送かな? 社長、氷魔法の魔法陣を描いた罠で世界樹の下層部を冷やすのはどうです?」

メルモが提案してきた。セスは「俺も?」と驚いているが、このコンビは競い合わせたほうがいい。

「一時的には問題ないが、春になったら罠を取り外さないといけなくなるぞ」

罠を設置しても、後に取り外さなければ、世界樹の花が咲かない。

「ええ、大丈夫です。アイルさん、下層部の地図作り急いで下さいね」

「メルモも言うようになった」

アイルはメルモの成長に苦笑いしている。

「なんにせよ、世界樹に道を切り開くのが先だな。アリの魔物対策もしないといけないし」

「耳栓の用意をしないと、フハ!」

「世界樹の魔素が濃いなら、通信袋が使えるんじゃないか?」

俺とボウ、アイルが次々と持っていくものを決めていく。自然と、そのメンバーが凶悪な魔物の対処をすることになった。

まずは、ハエの魔物対策。俺が食われかけたので一番初めに対策しておく。キノコのようなスライム、通称、洞窟スライムの粘液に酒を混ぜ、3メートルほどの魔物の骨に塗っていく。

「フハ、これだけ!?」

ボウが驚くほど単純な仕掛けだ。

「うん、十分ハエ取り棒にはなってる。あとは、ドワーフのおばさんに聞いて、腐った臭いがするものがあれば貰おう」

続いて、ハチの魔物。

「前にハチの魔物に占拠された屋敷を全焼させてなかった?」

アイルが聞いてきた。あの頃は、こちらの世界に来たばかりで、アイルは冒険者ギルドの教官だったはずだ。

「魔物の駆除で家焼いたのか? フハッ、ナオキらしい」

「廃墟だったんだよ。あの時は眠り薬で眠らせて、腹に加熱の魔法陣を描いたんじゃなかったかなぁ。ただ、あれは巣の場所がわかってたからやれたことだ。ハチの魔物は巣ごと駆除しないと意味ない。巣は燻煙式の罠と魔力の壁で対処できると思うけど、どうやって巣に案内してもらうかだよなぁ。メルモー! 白いふんどしみたいなの作れる?」

困惑するメルモに無理を言って、白く長いふんどしのようなものを作ってもらった。

「これを、どうするんだ?」

「眠らせて、このふんどしを胸と腹の間に結ぶんだよ。あいつら速いからね、これを付けておけばハチの魔物が起きた時に見失わないだろ? このふんどしを追っていけば巣にたどり着くって寸法だ。あと、必要なのは魔物除けの燻煙式の罠くらいかな。ハチの魔物が逃げている間に、巣はアイルが切り落とし、俺が魔力の壁で包んでしまおう」

「逃げ出したハチの魔物はどうなるんだ?」

「餓死する、だろ? あれ? 違うのか? ベルサー!」

ベルサを呼んで確認した。

「ほとんど餓死するけど、再び巣を作ることもあるらしいって『リッサの魔物手帳』には書いてあるね。でも、女王蜂がいなくなると卵も生まれないし、寿命がくれば死ぬはずだよ。ほら、よく読んで」

「フハ、寿命ってどのくらい?」

「さあ?」

人間と同じくらいの寿命だったら、ヤバい。ベルサは「がんばって~」と言って、自分の作業に戻っていった。

「巣があった場所で、ツーネックフラワーの毒を鍋で煮て、落ちてきたものを駆除しよう」

「「了解」」

多少、不安が残る。

「トンボの魔物はどうするんだ?」

蚊 アイルが聞いてきた。前の世界だと益虫だから、ほとんど駆除する必要はなかったが、こちらのトンボの魔物は好戦的だったからなぁ。『リッサの魔物手帳』にも、トンボの魔物はの魔物を捕食すると書いてあった。「害がある魔物を食べてくれるから、なるべく殺さない方向で」

「でも、攻撃してきたらどうする?」

「集団で襲い掛かってくるかも? フハ、死んじゃうよ~」

やはり、なんらかの武器が必要か。

「トンボの魔物の武器ってなんだ?」

「羽じゃない」

「フハ、目とか?」

「それだ!」

トンボの魔物の目は複眼だ。

「強烈に光る閃光弾みたなものを作ろう。音爆弾の光バージョンみたいなのを」

「私の光魔法でもいいんじゃ……いや、道具のほうがいいか」

アイルは魔力消費量を考えたようだ。南半球に来てから、魔力を節約することが身に染みついている。

「うまく飛べなくなると思うから、そこを叩こう。首の付け根辺りは細いから狙い目だ」

「「OK」」

空飛ぶ魔物に関してはこんなところだろうか。

「サソリの魔物、クモの魔物は食用ってことでいいね。ネズミの魔物は実験魔物にするので、メルモを呼ぶ。上層部はそんなに凶悪そうなのはいないね。問題は下層部だなぁ」

俺はメモに書き出していく。サソリの魔物もクモの魔物も食用としてイケてしまったので、あとで何も言わずに、ドワーフの皆さんにもお裾分けしようと思う。

意外にもアイルは虫の魔物が苦手なようで、無理して食べている。乙女な部分が残っていてなによりだ。

「下層部は、ちょっと入っただけだから、まだ見てない魔物が多いだろうね」

アイルが腕を組んで言った。

「そうだなぁ。こればっかりは遭遇してみないとわからないけど、アリの魔物については消石灰を試してみよう。嫌がるはずなんだ。あと、熱湯だな」

「フハ、熱湯でなにをする気?」

ボウが怖い笑顔を近づけて聞いてきた。

「もちろん、アリの魔物の巣に注ぐ。あとは、俺の魔力の圧縮袋が使えないときは、消毒も出来るし、茹でるのにも便利。だいたい筋肉は熱に弱いからね」

「力技だけど、準備しておいて損はなさそうだ」

アイルもボウも案を出し合って、世界樹の下層部に持っていくものを決め、アイテム袋を整理していった。

「あれ? そういえば耳栓したら、通信袋使えないんじゃないか!?」

準備していると突然、アイルが声を上げた。

「確かに! どうする?」

ちょっと離れた場所にいたベルサも聞いてきた。話し合いをしていた、セスとメルモ、リタも顔を上げて、こちらを見てきた。

耳栓と通信袋は全員に関係することだ。皆、あのスズランのような花の怖さは知っている。

通信袋の魔法陣を耳栓に描ければいいのだが、ちょっと魔法陣が複雑で、耳栓のような小さなものに描けるだろうか。

「骨伝導にする? 骨を通して耳に声を届かせればいいんだろ?」

「そんなこと出来るんですか?」

セスが聞いてきた。

「出来るんじゃないか。頭に直接魔法陣を描いて、頭蓋骨を通せばいいんだよ」

「頭に……! 髪を剃って魔法陣の入れ墨を彫るっていうんですか!?」

メルモが驚きすぎて、素っ頓狂な声で聞いてきた。

「いや、そんなことしない。シールでいいだろう? 額とか頬に貼ってくれればいい」

「でも、それだと使い捨てになるんじゃ……」

リタが心配そうに呟いた。

「使い捨てでいいよ。通信袋の魔法陣のハンコを作っておく。洞窟スライムの粘液を紙の裏に塗って、頭のどこかに貼ってくれたらいいから。紙がなければ、布切れでも葉っぱでもいい」

「洞窟スライムの粘液かぁ。あれベトベトするんだよなぁ、フッハ~」

ボウが文句を言っている。手で畑を作っていたボウはいつの間にかキレイ好きになってしまったようだ。そういえば、ボウは「風呂作らない?」って言ってたな。

「よし! じゃあ、風呂作るか!?」

「「「「やったー!!!」」」」

「俺たち毎回風呂作ってないか?」

俺は笑いながらアイルに聞いた。

「風呂は落ち着くし、気分転換にもなる。あんまり殺伐としてても苦しいだけじゃないか?」

「それもそうだな」

風呂ぐらいで精神的なバランスが保てるなら、作ったほうが良いに決まっている。

1時間もしないうちに、洞窟の上に露天風呂は完成。何度も作っているうちに、風呂を作るのがうまくなってきたようだ。