Kujonin

Episode 263

西からグリーンディアに乗り甲冑を身にまとった兵士たちが現れ、東からは角が生えたシカの頭にネコ科の肉食獣の身体をした獣に乗った女たちが現れた。

広場を何周も回り、お互いを牽制したあと停まった。

「世界樹にいる王国軍がなんの用だ! この大森林は精霊の森だ! 鉄を身にまとったスカベンジャーにできることなどありはしない! 立ち去れい!」

唯一仮面をつけている女が王国軍に向かって叫んだ。

「ここはハイエルフ様が統治する世界樹の森だ! 貴様ら栄養失調のナチュラリストこそなんの用だ!? 煙を吸いすぎてついに脳が溶けたか!?」

甲冑を身にまとった兵士が兜を取って、素顔を晒した。金髪に碧眼、長耳。白い肌の美青年に守護者の里の女性陣は溜息を漏らした。

「両者ともそこまでだ! 駆除人は守護者の精霊様と会話をし、精霊様は駆除人を森に受け入れた。問題はなくなったのだ。ここは我らの里、両者とも立ち去るがよい」

エルフの隊長がナチュラリストと王国軍に向かって言った。

「精霊様が受け入れたのなら、ナチュラリストの一員だな!」

「いや、違う! その前に風の勇者様と会話をしているのだから王国軍に組みしている!」

ナチュラリストと王国軍がまた口喧嘩を始めた。

もっと拒絶されると思っていたので、この反応は俺たちとしてもかなり驚いている。

「これじゃあ埒が明かない。駆除人、なにか言ってやってくれないか?」

エルフの隊長が俺に言ってきた。

「なにかって言われても、あの人たちが何者かも知らないんですよ」

「ナチュラリストと王国軍だ。おい、お前たち、駆除人に自己紹介してやれ!」

エルフの隊長が両陣営に叫んだ。

「おおっ、そうだったな。我らはエルフ王国軍! ハイエルフ様統治の下、王権復古を目指し、日夜、エルフの文明と叡智を守るため戦っている。今まさに機運が高まり、追い風が吹いている我らとともに、世界樹へと来るがよい!」

美青年のエルフが俺たちに笑いかけた。

「王権復古とは名ばかりだ。その実体に騙されるな! 我らこそ大森林を守るナチュラリスト! 自然を愛し、自然に愛された空前絶後の森の賢者! 我こそはハイパーナチュラリスト、KAONASI! 大森林の正義は私が守る! ジャスティース!!」

仮面の女エルフは中指と薬指を折り曲げた決めポーズを取った。

「「「「ジャスティース!!」」」」

子どもたちに人気なようで、決めポーズを真似されている。

「家に入ってろといったのに……」

エルフの隊長が肩を落とした。

「「ジャスティース!!」」

なぜか、マルケスさんとアイルも真似している。子どもと周波数が同じなのかも知れない。

「さあ、駆除人、どちらについていく!? エルフか?」

「それとも自然か?」

王国軍の美青年と仮面の女エルフに迫られた。

「どちらにも行きません。隊長と大事な話があるのでお引取りください」

「「え!?」」

「まさか中立になるつもりか?」

「大事な話ってなんだ?」

美青年と女エルフはさらに迫ってくる。

「サンドイッチの話です。この大森林で最も大事な話ですから」

「サンドイッチ!?」

「なにを言っているんだ?」

2人とも狐につままれたような顔をして首を傾げた。

「わからなければいいです。さ、話ができる場所に行きましょう」

俺はエルフの隊長の背中を押して、とりあえず広場から出ることに。

「泊まれるところか、食事ができるところはあるんですか?」

「うちでよければ泊まっても構わないが……」

エルフの隊長は言いにくそうな顔をした。

「もし食事がなければ問題ないですよ。自分たちで食料調達はしますから」

「すまないな」 

あとから聞いた話によると俺たちが広場から出ると、王国軍とナチュラリストはお互いに悪態をつきながら守護者の里から出ていったそうだ。

俺はエルフの隊長の家である巨木の虚に案内された。

隊長の奥さんは美人で、本来料理も上手いが、最近ではなかなか思うように料理の腕を振るうことができないとか。

「我らは食べられればそれでいいのだがな」

エルフの隊長はぶっきらぼうに言い、奥さんに睨まれていた。

「美味しい食事は仕事にもいい影響を与えます。奥さん、なにが足りませんか?」

「野菜も果物もなにもかもよ。最近は、西にある農業の里では小麦の出荷制限をかけているって聞いたわ」

農業の里で出荷制限か。ウェイストランド東部で小麦を作らなくなったから足りなくなるのを予想しているのかも知れない。

「肉や魚の魔物は食べますか?」

「もちろん、フィールドボアやトラウトなんか大好物! あ、でもこの大森林ではグリーンディアは精霊様を模した神聖な魔物だし、生活に欠かせないから食べないけれどね。外から来た人には言っておかないと」

隊長の奥さんは肩を上げて笑った。俺は一瞬恋に落ちたかと思うほど可愛かった。あぶねぇ人妻だ。

「隊長、こんなかわいい奥さんの料理が食べられるのだから文句は言わないほうがいいですよ」

「別に文句など……」

すでに革の鎧を脱ぎ、晩酌の準備を始めていた隊長はビクッと驚いていた。まだ日が昇っているのに国境の警備はいいのか。

「だいたい、ちゃんと家事の手伝いはしてるんですか? ただでさえ家の仕事は多い。外で仕事さえできればいいなんて古い考えじゃないでしょうね?」

「まさに、うちの夫は古い考えの持ち主よ!」

「まったくこれだから。ちょっと台所を見せてもらっても? 最近、なかなか使っていないのなら竈に蜘蛛の巣が張ってたり、貯蔵庫に虫の魔物が湧いていたりしませんか?」

すでに貯蔵庫の中を探知スキルでチェック済み。

「え? ええ、時々虫の魔物が貯蔵庫に……」

「そうでしょう。そういう時は俺たちを呼んでください。勇者の駆除なんて大それたことを言っていますが、本来俺たちは清掃・駆除会社。皆さんの生活を守るのが仕事です」

「そうなの?」

俺は貯蔵庫にある小麦粉の袋の近くにいたバグローチをナイフで刺して、奥さんに見せた。

「ほらね」

「ヒエッ!」

俺はベタベタ罠の説明をして、貯蔵庫の隅に仕掛けた。

「害虫は伝染病の原因にもなりますから、十分気をつけてください。もしよければ他の家の奥さんたちにも俺たちのことを言っておいてもらえますか? 駆除人はただの清掃・駆除業者だって。生活を脅かす者ではなく生活を守ろうとしている者だと」

「わかったわ。やっぱり噂と実物では随分と違うのね。ねぇ、あなた? ……あなた?」

隊長はアイルにビキニアーマーの利点を熱心に聞きながら谷間をガン見していた。

「あなた!」

「はい!」

その後、隊長は奥さんからこっぴどく叱られていた。

隊長の家には子ども部屋が余っており、俺たちに貸してくれるという。子どもたちは100年ほど前に全員独り立ちしており、違う里にいるのだとか。エルフはタイムスケールが違う。

「さて、拠点も決まったことだし、いつもどおり、聞き込みと調査から始めよう」

「「「「了解」」」」

「すまん、ナオキくん、ちょっといいか?」

マルケスさんに呼ばれた。

「どうしました?」

「さっきのハイパーナチュラリストがソニアかもしれないんだ」

「え!? そうですか。おめでとうございます!」

「ああ、いや、そのなんというか、声や形は同じだと思うのだが、もしかしたら顔が違うかもしれないし、性格もかなり変わっているようだから別人かもしれないけど……」

仮面の女エルフは、結構はっちゃけてたからなぁ。

「KAONASIでしたっけ? カオナシ、顔なしか。ソニアさんは水の精霊に顔を盗られていたはずですよね? 俺たちが水の精霊を消したのは2年前ですから、もし2年前から顔が復活していたら確実にソニアさんの生まれ変わりだと確認できますよ?」

「そうか。悪いんだけど、僕はナチュラリストを調査しに行ってもいいかな?」

マルケスさんが申し訳なさそうに聞いてきた。

「もちろんいいですよ。そのためにエルフの里まで来たんですから。アイル、マルケスさんとナチュラリストを追ってくれないか?」

「了解」

マルケスさんにアイルをつけて東に向かわせた。

一応、隊長に里の外に行ってもいいか聞くと、魔物に気をつけろとのこと。それから誰しも俺たちに優しいわけじゃなく、エルフの中には種族間の差別意識の強い者たちがいて、嫌なことをされるかも知れないが気にするな、と教えてくれた。

「時々、森の精霊が突然消えて里がなくなることがあるんだ。里という拠り所がなくなって種族しか頼るものがなくなると差別に走るのではないかと思う」

寂しそうに隊長が酒を飲みながら言って、奥さんの太ももを触っていた。奥さんも早めに帰ってきた夫にまんざらでもなさそうな雰囲気を醸し出している。

とっとと俺たちは家から出よう。

「ナオキも西の世界樹にカミーラに会いに行ってもいいよ。黒いバレイモの件でエルフの薬師たちがウェイストランドに派遣されたのは彼女のおかげだし、自首したってことは捕まっているか、処刑されるかもしれない。たしか世界樹に連れて行かれたんだったよね? 急いだほうがいい。私はシオセさんと師匠を探す」

ベルサがそう言うと、セスもメルモも頷いていた。

「ありがとう。じゃあ、セスとメルモで聞き込みをしてくれるか。なくなっている品種や今までになかった兆候なんかを聞いてくれ」

「「了解です」」

セスとメルモが青いツナギを着ながら言った。清掃・駆除業者として聞いて回るのだろう。

「じゃ、俺は西へ行くよ。隊長、部屋を借りておいてなんですけど、夜までには終わらせておいてくださいね」

「な、な、なんのことだ?」

戸惑う隊長と、よく笑う奥さんをおいて、俺たちは外に出た。

隊長の家の前で全員と別れ、俺は1人西へ向かった。

空飛ぶ箒を使えばいいのだが、風の妖精に絡まれても面倒だったので、地上から行くことに。

特に地図はないので、探知スキルを使いながら、なんとなく道なりに進んでいったが、方向がわからなくなる。看板に書いてある里はデタラメだったり、すでになくなっていたりして役に立たない。何度も大木を登り、太陽の位置を確認しながら進まなくてはいけなかった。

「これは迷うな」

南半球の世界樹で森には慣れていたつもりだったが、大森林はその名に恥じぬ広さがある。途中、雑草だらけの畑や溜池を見た。里の近くを通ったが遠目で見ただけで、王国軍に勧誘されないようエルフには会わず、ひたすら西へと向かった。

大森林には魔物も多い。グリーンディアの群れには何度もあった。フィールドボアは沼で泥遊びをしていた。鳥の魔物も多く、南半球の世界樹で実験に使っていたフォレストラットも見た。世界樹が近いからか生態系が似ているのかも知れない。

夕闇が近づいてきた頃、ようやく俺は世界樹にたどり着いた。

遠くから見ても壁に見える幹は南半球で見たものとそっくりだ。

ただ違うのは花が咲く春に茶褐色に枯れた世界樹の葉がゆっくりと落ちていること。それから葉が落ちた先、世界樹の周囲には白く磨かれたような石で作られた建物が世界樹を囲うように並んでいる。ここは世界樹を中心にした里のようだ。規模は町に近い。王国を作ろうとしているので、城下町にでもするつもりなのだろう。

エルフの里にしては木造ではなく石造りの建物は珍しい気がする。メガネをかけたエルフたちが多く、皆、学者風だ。世界樹の側で魔石も多いからか、ふんだんに魔石灯が使われている。

「さてと、どうやってカミーラを探すかだな」

とりあえずこの里に処刑場はなさそうなので、殺されてはいないと信じよう。

カミーラは大罪人だから牢に入れられているとして、牢はどこだ? 自分がこの里の管理者ならどこに牢を作るか? 里の外れの方だと逃げられる可能性がある。だとすれば地下か世界樹の幹の側だろう。

一度、跳び上がり、世界樹の枝に張り付いた。枝の先に蕾はなし。

「これでは花見はできそうにないな」

そのまま枝を伝って幹の方へ向かった。幹の真下は魔力過多になってしまうので、さすがに牢を作ることができないはず。

「とすると、どこだ? ん? あれは……」

枝の上から探知スキルと肉眼で下を見ると里の様子がよく見える。

建物は世界樹に近づくに連れ、徐々に高くなっており、一番大きな建物は現在建設中のようだ。作業のためか、いろんなエルフが出入りしている。

夕食時なので、いい匂いもしてきた。

通りには学者風のエルフたちに混じって兵士たちの姿も見えた。兵士の1人がバレイモと緑色のペースト状のものが乗った皿を持っている。食堂から出てきて、とても質素な食べ物を持っているということは牢に行く可能性あり。つけてみるか。

探知スキルでじっと見ながら、兵士たちの行先を予測していくと、あっさり牢屋を見つけた。世界樹と出入り口のちょうど中間ほどで通りから少し外れた裏道を進み、地下へと続く階段を下りていくと牢屋があるようだ。

兵士たちが鍵をかけて去った後、俺は枝から飛び降り、鍵を解錠の魔法陣で開け中に入った。

「うえっ。まっずい! はぁ……」

カミーラの声がする。他の牢には誰もいないからか、ひとり言が大きい。

「久しぶりだね。エルフの大罪人」

「ナオキ! まさか本当に来たのか!?」

「しー、静かに。まだ王国軍の兵士が近くにいるかも知れない」

俺がそう言うと「探知スキルで調べてみろ」と言われた。スキルを教えてくれたのはカミーラだから、嘘は通じなさそうだ。

「元気そうでなにより」

俺は牢の外の床に座って言った。まだ連れ出すかどうかは判断しかねる。

「元気じゃないね。そんなことよりクーベニアの薬屋はどうした? ナオキに預けたはずなのに」

「バルザックが古道具屋をやり始めるから譲った」

「そう、なら良かった」

「で、この誰だか知らない冒険者カードの持ち主って誰なんだ?」

俺はカミーラの手紙と一緒に入っていた冒険者カードを見せた。

「それは光の勇者のものよ。昔ね、同じ冒険者のパーティだったんだ。北極大陸で引きこもってるから、ナオキが行って連れ出してやって」

「光の勇者!? 風の勇者に森の精霊に光の勇者!? 俺はいったい誰を相手にすればいいんだよ?」

「全員だよ。それがナオキの、エルフの秘術を使った者の宿命」

「使わせたのはカミーラだ」

「だから私はこうやって牢屋に入ってるんでしょ?」

「口の減らない大家だな」

「文句の多い店子だね」

カミーラは腕を組んでそっぽを向いた。

「それで、どうする? 今のうちに助け出すか?」

「いや、今はいい。世界樹を見たでしょ?」

「ああ、枯れてる。あれじゃ花見もできない」

「このままだと、大森林は世界樹みたいに死ぬわ。どんどん砂漠になっていってるのよ。ねぇ、ナオキ、南半球で世界樹を救ったんでしょ? 風の噂で聞いたわ。この大森林も救ってくれない?」

南半球での出来事は散々言って回ったからな。風の噂に乗って広まっちまってるか。

「救えって言われても、なにをどうすればいいのか……」

「私にだってどうすればいいのかわからない。でも、お願い。ズズ……もうこの大森林はあなたにしか救えない」

カミーラは目に涙を溜めて唇を噛んだ。泣いている女に弱いのは変えられないのか。

「わかった。やるよ」

「ありがとっ! 男に二言はないわね!」

涙を溜めていたカミーラが突然明るく言った。演技だったのかよ。

「クソエルフめ!」

「いいじゃない? どうせ風の勇者を駆除するんでしょ? そのついでに大森林も救っちゃって! こっちだって協力するし」

「この牢に入ってて、なにをどう協力できるっていうんだ?」

「できるんだな、それが。いい? 風の勇者の母親、つまりエルフ王国を立ち上げて執政官になろうとしているマグノリアという女性はどうしても風の勇者を強くさせたいみたいでね。牢に入れられている私からエルフの秘術に関する情報を聞き出そうとしてるわけ」

「それで?」

「近々、あの世界樹の近くにある大きな建物に呼ばれるらしいの。その時、風の勇者の弱点を探っておくわ。それにね、あの建物にすべての元凶であるハイエルフのジジイどももいる」

カミーラはハイエルフという時だけ、ものすごい人相が悪くなった。こちらは、すべての元凶がハイエルフって話も初めて聞いたのだが。

「とにかく情報をやるから協力しろってことだな」

「そういうこと! 頭のいい店子は好きよ!」

「ずる賢い大家は嫌いだな。これ、渡しておく。魔力を通すと俺と連絡が取れるから」

俺は通信シールを鉄の格子ごしにカミーラに渡した。

「魔道具ね。まったくこれだから高レベル者は」

「いらないなら返してくれ」

「いらないとは言ってない」

「はぁ、そろそろ行くよ。見回りが来そうだからな」

俺は立ち上がった。

「カミーラ、死ぬなよ」

「死ねないわ。この大森林を救うまでは。ここは私の故郷だから誰にも殺させやしない」

カミーラはそう言って唇を噛んだ。

俺は静かに牢屋から出て、施錠の魔法陣で鍵をかけた。

そのまま周囲に誰もいないことを確認して跳び上がり、世界樹の枝を掴んで里の外に向かう。

「それで? なんで大森林は砂漠になっていってるんだ?」

俺は疑問を口にしながら、守護者の里へと帰った。

かなり迷った。