Kujonin
Episode 331
ゼットの初仕事は世界樹に巣食う大型の毛虫の魔物の駆除だ。南半球は今、夏なので大量発生している。メリッサたち世界樹の管理人とともに捕獲して、まとめて焼却するつもりだったのだが……。
「うまいなぁ、こんな美味しいものがあったのか……」
竜姿のゼットは捕った毛虫の魔物を頬張りながら、頷いている。
「いや、どうせ捨てるつもりだからいいんだけどね」
メリッサたちは自分たちと同じくらいの大きさがある毛虫の魔物をこんがり焼いてあげていた。
研修3日目にして、すでにゼットはドワーフたちに馴染み始めている。
「兄上は目も見えぬというのに大丈夫なのか」
黒竜さんの心配をよそに、ゼットは大型のクモの魔物に襲われても、サクッと爪で殺していた。
「触れられるほど近づいてしまえば、怖くはない。危険があればドワーフの娘たちが教えてくれる」
「ゼットが雄叫びを上げてくれるだけで、魔物が寄ってこないから助かるんだよ」
ゼットの首には通信袋をかけてあげたので、ドワーフたちの声が聞こえないということもなさそうだ。
「世界樹の環境が肌に合ったんじゃないか?」
ベルサが俺に聞いた。
「随分、近場に居場所を見つけたなぁ」
俺の言葉に弟の黒竜さんは「いいのか?」とこちらを見ている。
「今度は北側の幹近くだね。いつまで食ってるんだい、バカ食い! ほら行くよ!」
メリッサがゼットに声をかけて、空飛ぶ箒で飛んでいった。メリッサは腰に鈴をつけて、ゼットに自分の居場所を教えている。
「ハッハッハ! 社長、聞いたか? 我を『バカ食い』と言ったぞ」
ゼットは自分にあだ名が付いたことが嬉しいようだ。
「『バカ食いのゼット』ですか。良かったですね」
「うむ、種族を馬鹿にするでもなく目が見えぬことを馬鹿にするでもなく、我を捉えている。気に入った!」
「あ、ほら呼んでますよ!」
メリッサがゼットに手を振って「早くしろ!」と呼んでいる。
「すまぬ、今行くぞ! 社長、しばしドワーフの娘たちと行動を共にするが、いいか?」
「清掃・駆除業なら、問題ありません。世界樹の環境を守ってください」
「承知! 弟よ、わざわざ来てもらってすまんな。竜の島にはいずれ行く」
ゼットは翼を広げ、メリッサの方へ飛んでいってしまった。残された黒竜さんはポカンとしたまま、ゆっくり俺の方を見た。
「初仕事が天職だったということもありますよ」
とりあえずフォローしておいたが、黒竜さんはいまいち納得してなかった。
「もっと兄上にはふさわしい仕事があるように思うが……」
建築業とかかな。俺もそう思うが、好きな仕事と得意な仕事は違う。
「今どき、一つの仕事に囚われている必要もないでしょう」
様子を見ていたベルサが言った。うちの社員たちは清掃・駆除業以外にもそれぞれ仕事がある。
「さて、新人研修が終わったなら一緒に南極大陸に行こうか? 夏にしか姿を見せない魔物もいるんだ」
ベルサがさらっと俺と黒竜さんを南極大陸に誘った。おそらく魔物の研究を手伝わされる。魔物の研究は基本的に金にならないし、地味な作業が多い。しかもリーダーはベルサ。これが一番厄介。集中すると飯を食うのを忘れるベルサと一緒にいたら、体力が保たない。嫌な予感がした。
『こちらセスです。社長、ちょっとシャングリラまで来てもらっていいですか?』
ナイスタイミングでセスから連絡が入った。
「了解。すぐに行く」
俺は通信袋を切って、ベルサと黒竜さんを見た。
「悪いな。聞いたとおり、急な仕事が入った。南極大陸には2人で行ってくれ」
「え? ん? どういうことだ?」
戸惑っている黒竜さんの腕をベルサが笑いながらガッチリ掴んだ。うちの会社の女性陣を前に迷っていたら、いつの間にか大事に巻き込まれていることがある。まったく誰に似たんだか。
「待て待て、そういえばずっと土の悪魔の姿が見えないが……あいつはどうした?」
黒竜さんがなんとか話題を逸らそうと試みている。
「あれは図体は大きいけど存在感がないからね。どこか砂漠にでも埋まってるんじゃないかい? 大丈夫、死にはしないよ。それより南極大陸に……」
ベルサは笑いながら逃げようとする黒竜さんを捕まえていた。俺にも成長する蔓が伸びてきたが、空間ナイフで切って躱す。
「いや、待て。昨晩、ドワーフの娘たちがエルフの冒険者がどうとか話していたが、対処しなくていいのか?」
「大丈夫。世界樹に冒険者が入り込んだってどうしようもできないさ。それにメリッサたちが対処するだろうしねぇ。あ! 待て! ナオキ!」
俺に噛み付こうとする食獣植物がベルサの投げた成長剤によって成長しきる前に、跳んで逃げた。
「それじゃあ、2人とも気をつけて南極大陸に行ってきてくれ!」
「待て~!」
俺は空飛ぶ箒を掴んで、一気に空へと飛んだ。
空を飛びながら、南半球の地上を見る。砂漠、草原、森と言えるほど木々は育っていないが、竹林はできていた。所々に明かりも見えるので、徐々に人が入植しているようだ。
世界が変わって、時代も変わる。
「国もできてるらしいし、俺も変わらないとなぁ。いや、その前に嫁をちゃんと見つけないと」
俺は魔力の壁で自分を覆い、空飛ぶ箒に魔力を込めた。
景色は一瞬にして通り過ぎ、小一時間ほどでシャングリラに辿り着いた。
セスとの待ち合わせ場所はシャングリラの首都・タシルンポの冒険者ギルド。なにがあったか知らないが、閑散としていた。
「コムロカンパニーのナオキ・コムロだ。うちのセスが来なかった?」
受付にいたダークエルフと小人族のハーフの娘に聞いた。
「コムロ社長、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
受付嬢に案内され、奥の部屋に向かった。
ドアをノックして中に入ると、長く白い髭を蓄えたギルド長がセスに説教されているところだった。
「これはあなた方が言わなくていいことを言ったがために起こったことです。いいですか? うちの会社は清掃・駆除業者であって、本来はこんな調整役みたいなことはしないんですからね!」
「しかし、冒険者が足りないのはどこも同じだろうにぃ……」
二人を挟んでいるテーブルにはワインボトルのような瓶が一本。
「オッホン!」
受付嬢が咳払いをすると、ギルド長とセスはようやく俺たちが部屋に入ってきたことに気がついた。
「あ、社長、わざわざ遠いところすみませんね」
「よくぞ、来てくれた!」
俺はセスの隣に座り、受付嬢がお茶を出してくれた。
「それで、なにがあったんだ?」
「先の氷の国の侵攻でシャングリラの保管庫の信用が揺らいだじゃないですか。それを冒険者ギルドがクレームを言ったんです」
「いや、自分はそんなことは言っていない。大陸の奴らからの手紙を渡しただけで……」
ギルド長は言い訳するように言った。
「ちょっとそちらの話は後で聞きます。セス、続けて」
「あんな突発的な侵攻は防ぎようがないと保管庫を管理している小人族たちは思っていた。そこに冒険者ギルドからクレームを付けられたんで、ブチギレですよ。『信用できないんだったら、冒険者ギルドから依頼されている品物は返します』って突き返されたんです」
「それが、この瓶か?」
俺はテーブルに置かれたワインボトルのような瓶を指さした。
「そうです。内側に空間魔法の魔法陣が描かれているらしく、叩いても落としてもびくともしません」
「持っても?」
俺がギルド長に確認を取ると、「構わん」と頷いた。
瓶には羊皮紙と思われるスクロールが一枚入っていて、中には魔水と思われる液体で満たされている。窓から差し込む光を当てて見ると、確かに瓶の内側に魔法陣が描かれていた。たぶん、形からすると空間魔法の魔法陣だろう。
「すごい技術だな。どうやったんだ?」
「おそらく古代のポーラー族の技だ」
ギルド長が答えた。
「それで? 保管庫の小人族と交渉して、また保管庫を使えるようにしたいって話か?」
「簡単に言うとそういうことです」
「交渉材料は冒険者だけ?」
「それが冒険者たちが激減していて……」
セスがそう言ってギルド長を見た。
「南半球に行く者が多くてな。それに冒険者ギルドを通さず直接保管庫から警備を依頼されている冒険者もいる」
「この冒険者ギルドで登録している者はほとんど保管庫からの依頼を一度は受けていますからね。これまで一旦こちらを通していたんですが、それがどんどんなくなっていってるんです」
ドアの側で控えていた受付嬢が、ギルド長の話に補足した。保管庫のお抱えになったほうがマージンを取られない分、実入りがいいのかもしれない。
「そうは言ったって、シャングリラの地方での依頼を請けている冒険者もいるでしょう?」
「数は少ないですがいます。その方たちが飛び回ってくれているお陰で、今はどうにか体裁を保てているくらいで……」
ティーポットを持った受付嬢の目の下には隈ができていた。
「大陸の冒険者ギルドからの支援は?」
たぶん、大陸とはすぐ西にあるヴァージニア大陸だろう。
「あいつらは文句を言うだけだ。こちらの依頼件数が下がっていることを気にしているらしい」
ギルド長はそう言って溜息を吐いた。
「直接冒険者に依頼されたら、ギルドには記録が残らないの?」
「ええ。ですから、ここのギルドは不要なのではないか、と大陸の冒険者ギルドから……」
受付嬢の顔はどんどん暗くなる。
「それでうちの会社に助けを求めてきたんです」
セスはそう言って、俺を見た。
「そう言われても、どうにもなんないよなぁ。セスの会社で仕事はないのか?」
「冒険者がやるような仕事はありませんよ。荷降ろしだって決まった人を雇ってますしね」
セスが説教したくなる気持ちがわかった。
「で、この謎の瓶はどれだけの価値があるものなんだ?」
俺は瓶を持って聞いた。
「さあ? わからん。ギルドの記録に残っていないほど古いものだ。ただ技術的には価値がある」
ギルド長は腕を組んで言った。
「それはわかりますけど、ずっとここに置いてて盗まれたら大事じゃないですか? なんだったら開けてみますか?」
「いや、だから開かないんですよ」
受付嬢にそう言われて、俺は人差し指を立てた。指先には空間ナイフ。これでだいたいのものは切れる。
「俺なら開けられる。大丈夫、先っちょの方を切るだけだから、魔法陣とか傷つけないよ」
正直、瓶の中にあるスクロールになにが書かれているのか気になる。
「だが、元には戻らんのだろう?」
「ポーラー族は知り合いなので、瓶の記録が残っているかもしれません。再現は可能かと。物は試しです。もしかしたら宝の地図が入っているかもしれませんよ」
「宝の地図!? それなら冒険者たちも戻ってくるだろうか」
ギルド長が興奮して言った。
「ええ、違ったとしても先人が残してくれた情報なのですから、そんなに悪いものじゃないはずです」
「しかし、悪魔の呪いや呪術かもしれないじゃないですか!」
受付嬢は悲観的だ。
「大丈夫。悪魔程度ならうちの会社で対処できます」
「ならば、やってくれ! 瓶を開けてくれ!」
ギルド長の許可が下りた。
スポンッ!
俺はワインボトルのような謎の瓶の先を切り落とした。
「空間の精霊は本当に便利なものを教えてくれたなぁ」
そのまま受付嬢が持っているティーポットを貰って、瓶の中の魔水を移した。
開いた口に指を突っ込んでスクロールを取り出す。濡れてはいるが、しっかりした羊皮紙で劣化もしていない。
開いてみると、文字が書かれていた。
「これは、『7つの謎』……」
ギルド長が呟いた。
「知ってるんですか?」
「知っているもなにも古い冒険者ギルドの掲示板を裏返せば同じものが書かれている。その原書のようだな。誰でも知っている情報だ」
「そうなの? 俺、知らなかったけど」
俺はそう言ってセスを見た。
「あ~、なんか冒険者ギルドの講習でそんな話をちらっと聞いた気がしますね。一国を買えるほどの宝があるとかないとか」
俺も冒険者ギルドで講習は受けたが、あの頃は言葉がわからなかったな。
「知らずとも読めばわかる。忘れられた依頼だ」
ギルド長に言われて羊皮紙の文字を読んだ。
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『薬草の原種』
『キマイラの生息域』
『世界樹の実』
『砂漠に隠れた桃源郷』
『時を刻む宝剣』
『取り出してはいけない小さき者たちの秘宝』
『海底に眠る花嫁』
これらを『7つの謎』として冒険者に語り継ぐ。
(発見せし者に、保管した白金貨5000枚と交換すること)
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「過去からの挑戦状ですか」
「今では知らぬものが多い。ほとんど語り継ぐこともなくなった。忘れ去られた謎だよ。探しても誰にも見つけられん」
ギルド長は頭を抱えた。書いてあることに価値はないらしい。知ろうと思えば誰でも知ることができるが、誰も依頼が貼ってある掲示板の裏なんか気にしない。そもそも験担ぎとして掲示板の裏に書かれていた風習だとか。
「あれ? でも、これ、もしかして瓶と一緒に白金貨5000枚が保管庫にあるんじゃないですか?」
「んん?」
「いや、だって保管したって書いてあるし」
そう言うとギルド長は身を乗り出して、羊皮紙を見た。
「謎は謎として置いておいて、保管庫の小人族に白金貨も預けてあるはずだと聞いてみたらどうですか? 返していただきたいと。この羊皮紙に記録が残ってますしね」
「そ、そうだな!」
「まさか保管できていなかったなんてことになったら、それこそ信用問題ですしね」
「うむ、早急に手配しよう」
ギルド長は受付嬢を見て頷いた。
受付嬢は慌てたように部屋を出ていった。
「これで冒険者たちは帰ってくるんですかね?」
セスが俺に聞いてきた。
「どうだろうな。でも少しは有利な交渉材料が見つかったんじゃないか?」
「確かに」
セスは大きく頷いた。
「謎ってさ、解くためだけにあるわけじゃなくて使いようだよな」
「使いようですか?」
「あるように見せかけたりすること自体に価値があったりするものなんだ」
前の世界でも未発見の埋蔵金を探すことがエンターテイメントになっていたことがある。
「先人の言葉が正しいかどうかはわからないけど、こういう物を残しておいてくれたお陰でこうやって助かる場合がある」
「そうですね。でも社長、うちの会社、この謎のいくつか発見してませんか?」
「いや、『世界樹の実』くらいだろ? あと『キマイラの生息域』はガルシアさんに聞くか。『薬草の原種』は北極大陸だろうな。あとはわからないぞ」
「探しますか?」
セスはキラキラした目で俺を見てきた。なにを期待しているんだ?
「俺は謎より、ミリアさんを早いところ見つけたいよ」
「そう、ですか」
「興味があるなら、勝手に探してくれ」
「あ、そうだ。社長、ミリアさんの件でお伝えしたいことが」
「なんだ?」
「もしかしたら南半球に行っているかもしれませんよ。冒険者もそうなんですけど、奴隷も単純な労働力として送られていますから」
「確かにそうだな」
「一応、知り合いがいる港で奴隷の名を控えておくように連絡してあります」
「悪いな」
「いえ」
そんな会話をしていたら、アイルから連絡があった。
『一応、知らせておいたほうがいいかと思って……』
「どうかしたか?」
『今、南半球で傭兵たちと一緒にいるんだけどさ』
「うん」
『セーラが魔王になった……かもしれない』
「はあ!?」
どうやっても面倒事というのは降りかかるようになっているのかもしれない。