Kuma Kuma Kuma Bear
255 Bear arrives at the royal capital
雨に降られた翌日、くまゆるに乗りながら空を見る。
青い空に白い雲が浮かんでいる。どうやら、今日は雨の心配は必要はないみたいだ。
道もそれほど酷くない。もしかすると、昨日の雨は早めに止んでいたのかもしれない。それをトランプに夢中になって、気付かなかっただけかもしれない。
そして、順調に進み、昼過ぎに王都を囲む壁が見えてくる。
「大きい」
初めて見る王都の壁にシュリは小さな口を開けたまま見ている。
まあ、初めて見るなら驚くよね。
わたしも驚いたし。
「それじゃ、騒ぎになっても困るから、ここから歩くよ」
全員には王都の壁が見えてきたら、歩くことは伝えてある。理由も説明をしてあるため、みんなは素直にくまゆるたちから降りてくれる。
「くまきゅうちゃん、くまゆるちゃん、ありがとうね」
シュリがくまきゅうとくまゆるを撫でる。それを見たフィナとノアもくまゆるたちにお礼を言う。くまゆるたちは嬉しそうに「ク~ン」と返事をする。
最後にわたしもお礼を言って、くまゆるたちを送還する。
歩いて王都に到着すると、誕生祭のときと違って人の出入りは少ない。だからと言って0(ゼロ)ではない。いつも通りに好奇な目を向けられる。
慣れたようで慣れない視線。
しかも、今回はクマ(わたし)の周りに美少女の三人がいるので、余計に視線を集めている。
フィナたちはわたしのことを他の人たちの視線から守ってくれているみたいだけど、余計に目立っている気がする。
これが世間一般的に言う、美(少)女と野獣(クマ)かもしれない。
そんなフィナたちに囲まれながら、王都の中に入る。
問題なのはここからの移動だ。王都は広い。馬車が走るぐらいだ。
エレローラさんのお屋敷まではかなりの距離がある。さすがに王都の中でくまゆるたちを召喚するわけにもいかない。
乗り合いの馬車で移動する方法もあるけど。見学を兼ねて、歩く選択肢もある。どうしたらいいかな?
「そうだ。ユナさん」
わたしが移動手段に悩んでいるとノアが話しかけてくる。
「お母様の手紙に書かれていたんですが、王都に到着したら門の警備所のところに行くように言われています」
「警備所?」
「はい。なんでも、馬車を用意しておくから、使うようにと。くまゆるちゃんたちでは王都の中を移動できないだろうからって」
それはありがたいけど。そういうことはもっと早く教えてくれないかな。
馬車が用意されているのを知らずにクマの転移門を使っていたら、危なかったよ。
まあ、言い訳はいろいろあるけど、面倒なのは変わりない。
「それで警備所ってどこにあるか知っている?」
「はい、こちらです」
そんなわけでノアの案内で警備所のところに向かう。
警備所に向かって歩いていると、1人の男性がやってくる。
「やっぱり、クマの格好をした女の子が来たって話を聞けばユナ殿でしたか」
やってきたのは国王の誕生祭のときにお世話になったランゼルさんだ。
こないだのミサの誕生日のときにもお世話になっている。
「ランゼルさん、こんにちは」
「お久しぶりです。先日のサルバードの件ではお世話になりました」
お世話になったのはわたしの方だ。初めて王都に来たときも盗賊の件でお世話になり、前回の貴族の件でも、クリフやエレローラさん、グランさん共々にお世話になった。
あの貴族のことを思い出すだけでも、気分が悪くなる。
今、思い返すと、殴り足らなかったかもしれない。フィナたちが殴られたのだから、百倍返しをすればよかった。
「でも、あまり無茶をしないでください。ユナ殿は冒険者でも女の子なんですから」
久しぶりに女の子扱いされたような気がする。
最近はクマ扱いの方が多かったような気がするからね。
「ありがとう。でも、なんでランゼルさんが、ここに?」
「エレローラ様にユナ殿とノアール様がやってくるから、馬車を用意して待っているように言われたんです。それで、この5日間、ずっと警備所にいました」
それって職権乱用だよね。
いいのかな?
まあ、エレローラさんだし、いいのかな?
でも、本当にクマの転移門使わないで良かったよ。ランゼルさんの5日間が無駄になってしまうところだった。
「その、お母様が我が儘を言ったみたいで、ごめんなさい」
ノアが母親の行いを謝罪をする。
「いえ、気になさらずに。これも仕事です」
「でも、わたしたちを待つなら、他の人と交代しながらでも良かったんじゃない?」
「たぶん、わたしが頼まれたのは顔見知りってことだと思います。顔見知りなら、ユナ殿もノアール様も安心して馬車に乗ってくれるというエレローラ様の配慮だと思います」
確かに、知らない人の馬車よりは、顔を知っているランゼルさんの馬車なら、安心して乗ることはできる。
エレローラさんの気遣いに感謝しないといけない。エレローラさんに会ったらお礼を言わないと駄目だね。
「それでは馬車を用意してありますから、こちらへどうぞ」
歩き出すランゼルさん。そのあとをわたしたちは付いていく。
「ノアのおかげで助かったわね」
「ノア様、ありがとうございます」
「ノア姉ちゃん。ありがとう」
「わたしはなにもしていないよ。全部、お母様がしたことだよ」
ノアは全員からお礼を言われるが、首を横に振って否定をする。
「それでも、感謝だよ」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「やめてよ」
再度、お礼を言われてノアは困っている。
ここで、威張らないのがノアの良いところだね。
そして、ランゼルさんの運転する馬車でエレローラさんのお屋敷に向かう。
走る馬車の小窓からわたしたちは外を眺める。
王都は相変わらず人が多い。でも、国王の誕生祭のときに比べれば少ない。あのときは歩くのも大変だった。
「うわぁ~」
シュリは目を輝かせながら、外を見ている。
嬉しそうにしているシュリを見ると、本当に連れてきてあげてよかったと思う。
「明日は王都見物しようか?」
「本当?」
わたしの言葉にシュリは嬉しそうに振り返る。
「学園祭まで日にちはあるから、十分に見回る時間はあるよ」
「そうですね。せっかく、王都に来たんですから、わたしが案内してあげますよ。シュリはどこか行きたいところある?」
ノアが年上のお姉さんのように胸を張って尋ねる。
「それじゃ、お城に行きたい!」
シュリはとんでもないことを言い出した。
「お城は……」
シュリのお願いにノアは困った表情を浮かべる。
わたしが言うのもあれだけど、お城の中には簡単に入れないよね。
そもそも、わたしの許可証ってどこまで有効なのかな?
知り合いは大丈夫なのかな?
そのあたりをエレローラさんに聞いて、大丈夫そうなら、お城見物もいいかもしれない。
「駄目なの?」
シュリが少し悲しそうな表情を浮かべる。
「お母様に頼んでみますが……」
「シュリ。ノア様を困らせちゃダメだよ。約束でしょう」
王都に来るに至って、シュリはいろいろと約束をさせられているみたいだ。
「ノア姉ちゃん。わがまま言ってごめんなさい。みんなと一緒なら、わたしどこでもいいよ」
「ありがとう」
ノアはシュリを抱きしめる。
その様子をフィナが微笑ましそうに見て、さらに三人を微笑ましく見るわたしがいる。
もし、エレローラさんが無理と言ったら、国王に貸しを返してもらうことにしよう。
たくさん、料理を食べさせているんだし、フローラ様のために絵本やぬいぐるみをプレゼントしている。それに魔物討伐の件もある。
1つぐらい返してもらってもいいはずだ。
三人は馬車に揺られながら、どこに王都見物に行くか楽しく話し合っている。
いろんな意見が飛び交う中、馬車は止まる。小窓から外を見ると、エレローラさんのお屋敷に到着していた。
「大きい」
馬車から降りたシュリはお屋敷を見上げる。
一応、貴族様のお屋敷だからね。
「それでは自分はこれで失礼します。エレローラ様によろしくお伝えください」
「ランゼルさん、ありがとうね」
わたしがお礼を言うと、みんなも一緒にお礼を言う。
ランゼルさんは笑顔を向けると馬車に乗って走り去っていく。
改めてお屋敷の方を見ると、門の前にはスリリナさんが笑顔で立っていた。門番の人が呼んできてくれたみたいだ。
「ノアール様、お待ちしていました」
スリリナさんはわたしの方を見る。
「ユナ様。この度はノアール様の護衛をありがとうございました」
「仕事だからね」
「フィナ様は変わりなく、元気そうでなによりです」
「スリリナさん、お世話になります」
「それで、そちらの可愛らしい子がシュリ様ですね」
シュリはフィナの手を強く握る。
「ほら、シュリ、挨拶を」
「……シュリです」
小さな声で名前を言う。
「わたしはこのお屋敷でメイドをしているスリリナと申します」
スリリナさんの笑顔にシュリも緊張を解いて、笑顔になる。
「みなさん、お疲れでしょう。中の方へどうぞ」
スリリナさんの案内でお屋敷の中に入る。
「スリリナ、お母様とお姉様はいらっしゃいますか?」
「奥様はまだです。シア様はそろそろお戻りになられる時間かと」
エレローラさんなら、すぐに来そうな気がするけど。
スリリナさんはわたしたちを部屋に案内すると、お茶とお菓子を出してくれる。
そして、スリリナさんと他愛のない話をしていると、制服姿のシアが部屋に入ってきた。
「ノアがいるって聞いたけど」
「お姉様、お久しぶりです」
ノアは立ち上がって挨拶をする。
「ノア、それにユナさん。それとフィナに、妹のシュリだったかしら」
「シア様、お久しぶりです。この度は学園祭に呼んでいただき、ありがとうございます」
「呼んだのはお母様だから。でも、学園祭は楽しんでね」
「はい」
それぞれが挨拶をする。
「それでシア。学園祭は上手くいきそう?」
「はい。ユナさんのおかげで、上手くいっています」
「ユナさんのおかげ?」
なにも知らないノアが首を傾げる。
「ユナさんに学園祭の出し物を提供してもらったの」
「それで綿菓子は上手に作れるようになった?」
「はい。毎日練習して、上手に作れるようになりました。ただ、作ったはいいけど、食べきれないのが難点で、スリリナたちお屋敷で働いている者や、マリクスたちの家族にも食べたりしてもらったんですよ」
綿菓子は1日に何個も食べられないからね。
「でも、そのおかげでみんな上手に作れるようになりました」
「シア様、凄いです。綿菓子を作るのは難しいのに」
「うん、難しい」
シュリは腕を円を描くように振って綿菓子を作る仕草をする。
先日、孤児院で綿菓子を作ったときに、フィナもシュリも綿菓子を作る経験をしている。
「あのう、さっきから、なにを言っているんですか?」
みんなが楽しげに綿菓子について話している中、1人だけ綿菓子のことを知らないノアが皆に尋ねる。
そういえば、ノアだけが綿菓子のことを知らないんだよね。
「ノア姉ちゃん、綿菓子だよ」
「わたがし?」
「雲のようにふわふわで、とても甘くて、美味しくて、不思議なお菓子だよ」
空気を読めないシュリが、綿菓子について説明する。
それを聞いたノアが全員を見る。
「みんな、知っているの?」
シアはもちろん、フィナも頷く。
「知らないのはわたしだけですか?」
そうだね。知らないのはノアだけになる。
「もしかして、わたし除け者ですか?」
「そんなつもりはないよ」
そんなつもりは無かったけど。なってしまった。
「でも、知らないのはわたしだけですよね?」
ノアは少し悲しそうな顔をする。
「作ってあげたいけど、今日は綿菓子を作る機械はマリクスのところなの」
シアの言葉にさらにノアは悲しそうな顔をする。
「ノア、大丈夫だよ。わたしが持っているから」
「本当ですか?」
クマボックスから綿菓子機を取り出し、ノアに綿菓子を作ってあげることにした。