Kuma Kuma Kuma Bear
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国王は顎に手を触れると話し始める。
「そうだな。南に行くと、トリフォルム王国があるのは知っているよな」
当たり前のように言うが、もちろん、そんな王国があることは知らないから首を横に振る。
「…………まあいい。とりあえず、この王都から南に行くと、大きな砂漠があり、それを越えると、トリフォルム王国がある」
そんな国があるんだね。でも、砂漠か。サハラ砂漠なのか、鳥取砂丘ぐらいなのかな?
どっちも行ったことが無いから大きさは分からないけど。
「つまり、その国がクラーケンの魔石を欲しがっているってこと?」
正解だと思ったわたしの答えに国王は首を横に振る。
「いや、違う。必要としているのは砂漠の中心にある街、デゼルトの街だ」
「デゼルトの街?」
また、初めて聞く名前が出てきた。
「砂漠の中央にはデゼルトという街がある。エルファニカ王国とトリフォルム王国が交易をすることによって、人が自然に集まり、作られた街。それがデゼルトの街だ」
ゲームとかだと、砂漠の真ん中にオアシスがあって、そこに街があるんだよね。
その街もオアシスがあるのかな?
「そのデゼルトの街は我がエルファニカにもトリフォルムにとっても、お互いに行き来するには重要な街になっている。そのデゼルトの街を支えてきた水の魔石が壊れたそうだ。水の魔石はその街に暮らす者に必要な水を与えていた。それがなくなったことで、街の水は減り、住人に影響を出し始めている。このままだと、街が廃れる可能性がある。それだけは防がないといけない。それで、クラーケンを倒した話を聞いたのを思い出してお前に来てもらったわけだ」
「呼び出された理由は分かったけど。お城は水の魔石ぐらい持っていないの?」
いくら、大きな魔石だとしても、お城なら持っていてもおかしくはないはず。
「おまえさんは勘違いしているが、おまえさんが持っている魔石の大きさになると数は少ない。まして、水の魔石となると、手に入れるのも困難な代物だ。同等の大きさの魔石の中なら、水は難しい部類に入る」
たしかに、地上なら戦いようがあるけど、水の中にいる魔物を倒すとなると苦労する。わたしもクラーケンを倒すのに苦労したことを思い出す。もし、クラーケンが地上で戦ってくれたら簡単に倒せた。水の中を得意とする魔物を相手では、簡単には倒すことはできない。
人は地上で生きる生物だから、戦うのも地上の方が良い。
「だから、おまえさんが持っているクラーケンの水の魔石を譲ってほしい。もちろん、十分な礼ならさせてもらうつもりでいる」
お礼はお金になるのかな? 基本、お金は必要がないんだよね。だからと言って、その街を見捨てるのも後味が悪い。
でも、いくらクラーケンの魔石が大きいからと言って、魔石一個で街が支えられるとは思えないんだけど、そのことについて尋ねると。
「魔法陣で増幅をしていると聞いたことがある。細かい仕組みは専門家じゃないからわからん」
増幅の魔法でもあるのかな?
異世界らしい設定だ。
まあ、クラーケンの魔石が必要なことはわかった。
「うん。そういうことならいいよ」
人のために役に立つなら、断る理由もない。わたしが持っていてもクマボックスの肥やしになるだけだ。
「助かる。それで、ユナに聞きたいことがある。おまえさんとそのクマは暑いのは大丈夫か?」
国王はわたしと左右に座っているくまゆるとくまきゅうを見る。
「好きか嫌いかで言ったら嫌いだけど。二人はどうかな? 苦手じゃないと思うけど」
わたし個人で言えば暑いのは苦手だ。夏はエアコンが必須アイテムになる。
左右にいるくまゆるとくまきゅうに確認すると、「くぅーん」と鳴く。
うん、無邪気なくまゆるたちの表情を見てもわからない。
「尋ね方が悪かったな。おまえさんとそのクマは砂漠に行っても大丈夫か?」
「砂漠? 大丈夫だと思うけど」
わたしはクマ装備があるから、極寒でも灼熱でも大丈夫なはずだ。でも、実際のところは行ってみないとどこまで大丈夫かはわからない。それはくまゆるたちも同様だ。
吹雪の雪山が大丈夫だったんだから、砂漠ぐらいは大丈夫なはず。これが、溶岩だったら、さすがに無理だと思うけど。
「それなら、冒険者ユナに依頼をしたい。この魔石を持って、デゼルトの街に行ってくれないか?」
「わたしが?」
「ああ、その魔石を盗まれるわけにもいかないし、急いでる。おまえさんのクマなら速いだろうし、クラーケンって化け物を倒すおまえさんだ。道中で魔物に襲われても大丈夫だろう」
15歳の乙女に向かって魔物に襲われても大丈夫だろうって、少しは心配をしてもいいと思うよ。まあ、実際にクマ装備があれば、大抵の魔物は大丈夫だけど。
砂漠にある街か。行ってみたい気持ちはあるが、海に行く予定もある。でも、行くだけなら、大丈夫かな? 街に着いたら、クマの転移門で戻ってくればいいだけだし。
「そのデゼルトの街ってどんな街なの?」
「そうだな。さっきも言ったが、自然と人が集まって出来上がった街だから、どこの国にも属していない。中立の街になっている」
「そうなの? 水の魔石を頼んでくるってことは、てっきり、ここの領地かと思ったんだけど」
「先代のときに少し、いざこざがあったが、今はエルファニカ王国とトリフォルム王国との不可侵条約を結んで、中立の街になっている。だから、水の魔石のことは両国に頼んでいるはずだ。できれば、トリフォルム王国よりも先に渡して、恩を売っておきたい気持ちもある」
恩って、国になると、そんなことも気を使わないといけないんだね。
きっと、裏では国同士のドロドロの真っ黒い、攻防があるんだね。
「なに、変な顔をしているんだ。おまえは勘違いをしているが、両国は良い関係だぞ」
「そうなの?」
「さっきも言ったが、先代に少しだけあっただけだ」
「でも、恩を売るって」
「だからと言って、いつまでも平和が続くか分からないだろう。俺の次の代でなにか起きるかもしれない。国境付近の情報はいくらあっても困らないからな」
なるほど、未来への投資ってことだね。
恩を売っておけば、相手の国に不審な動きがあった場合、情報をくれるかもしれない。
でも、国王は先のことも考えて行動をしないといけないんだね。面倒な仕事だ。わたしには絶対に無理だ。絶対に他人に任せてしまう。
「それで、依頼はBランク扱いだ」
「Bランク!?」
「当たり前だろう。クラーケン討伐だけでもBランク上位に相当するんだぞ。その魔石となればそれに近い依頼になるのは当たり前だろう」
確かに、クラーケンの魔石を手に入れて来いって依頼があった場合。クラーケンを討伐するか、持っている者から購入するしかない。購入すると言っても、まずは持っている者を探し出さないといけないし、見つけたとしても、さらに交渉をしないといけない。
そう考えるとBランク相当の依頼になるのかな?
「持っていくだけでいいんだよね」
「ああ、それだけでいい」
「なら、受けるよ」
「助かる。それで、一応聞くが、その暑苦しい格好で行くのか?」
国王はわたしのクマの着ぐるみを見る。
「そのつもりだけど」
逆にこれを着ないと砂漠なんて行けない。
貧弱なわたしじゃ、砂漠に立ったら数分と持たない。普通の格好で行ったら、砂漠で行き倒れる姿しか思い浮かばない。
「本当にそんな格好で大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」
「なら、いいが、砂漠の途中で倒れても困るからな」
まあ、確かにノアにも言われたけど、わたしの格好を見たら暑そうだもんね。
国王は自分の机のある引き出しから何かを取り出すと、わたしの前に差し出す。
「手紙だ。デゼルトの街の領主のバーリマという男に渡してくれ。おまえのことを書いてある。おまえさんがデゼルトの街に行っても暴れないようにするためにな」
「暴れないよ」
「冗談だ。いきなり、クマの格好をした女の子が来たら、相手も会ってくれない可能性もあるからな。手紙にある紋章を見せれば、会ってくれるはずだ」
「手紙が用意してあるってことは、初めからわたしに行かせるつもりだったってことだよね」
「一応、2通用意してある。通常の手紙とおまえ用だ」
国王はもう1通を見せてくれる。
断られても良いように2通用意していたみたいだ。
わたしはクラーケンの魔石と手紙をクマボックスに仕舞い、くまゆるとくまきゅうを送還させる。
そして、ソファーから立ち上がった瞬間、思い出す。
「あっ、そうだ。フローラ様に顔を出してから、行きたいんだけど。大丈夫?」
エレナさんが作った新作ケーキを持っていってあげるためだ。
「構わないが、なるべく早く出発してくれると助かる」
「了解」
わたしは国王の了承を得ると、フローラ様のところに行くために執務室を出る。そのあとを国王も一緒に出る。仕事に戻るのかな?
わたしは行き慣れたフローラ様の部屋に向かって歩き出す。そのあとを国王が付いてくる。
同じ方向なのかな?
そして、フローラ様の部屋の前で止まる。国王も止まる。
「えっと、なんで付いてくるんですか?」
「さっき、食べていたケーキを持っていくんだろう」
「そうだけど」
「なら、俺も食べるのは当たり前だろう」
当たり前なのかな?
違うと思うんだけど。まあ、今更なので、気にしないでフローラ様の部屋に入る。
「フローラ、いるか?」
「おとうしゃま?」
フローラ様が国王に気付き、駆け出してくる。そして、国王は腰を下ろし腕を広げる。そして、アニメや漫画のようにフローラ様は国王をスルーして、わたしに抱きついてくる。
「くまさん!」
スルーされた国王の背中が微かに震えている。そして、フローラ様に差し出した手の行き場に困っている。
これは触れない方がいいよね。
「フローラ様、ケーキを持ってきましたから、一緒に食べましょうね」
「うん!」
「それではわたしはお茶の用意を致しますね」
どうやら、アンジュさんも国王のこの状態については触れたくないようで、逃げ出してしまう。
わたしはフローラ様の手を握ってテーブルに向かう。
そして、椅子に座るフローラ様に新作ケーキを出してあげる。
「アンジュさん。ゼレフさんに渡しておいてもらえますか、今度来たときに感想を聞かせてもらいますから」
「はい、分かりました」
「あと、アンジュさんの分もありますから、後で食べてください」
「ユナ様、ありがとうございます」
アンジュさんは国王がいる場合は一緒に食べてくれないから、国王が居なくなってから、食べてもらうことが多い。
「おまえたち、俺を無視するな」
立ち直った国王がこちらにやってきて、椅子に座る。
「俺の分も寄越せ」
「おとうしゃま、おこっているの?」
「怒っていない」
「いくら、娘にスルーされたからと言って、心が狭いですよ」
「クマに負けたと思うと悔しいに決まっているだろう」
「それじゃ、クマの格好をすれば、フローラ様も喜びますよ」
「するわけがないだろう!」
わたしとしても国王とペアルックはお断りなので、本当にクマの格好をしてもらっても困る。
とりあえず、機嫌を直してもらうため、国王の分のケーキも出してあげる。
「そういえば今日はエレローラさんはいないんですか?」
いつもなら嗅ぎ付けてやってくるのに。
「今日は俺のところにしか連絡を寄越させていないからな。今日はお前さんが来たことは知らないはずだ」
どうりで来ないわけだ。
でも、後で来たことを知ったら、文句を言われるよね。
だから、アンジュさんにエレローラさんの分のケーキも持っていってもらうことにする。
そして、フローラ様と遊んだわたしは城を後にする。