Kuro no Maou

Chapter 804: Operation Frontal II

十字軍、動く。

その急報を受け、俺達はすぐリリィの元へ集まり、ブリーフィングを行うことにした。場所は、第5階層にある元々、司令室っぽい部屋だ。

中央にある巨大な円卓はホログラフも映せるヴィジョンの上位互換な機能を持っている。他にも、室内にはコンソールのようにズラズラと小型のモノリスが並び、それらを使った情報通信と分析とを、担当のホムンクルスがついて行っているそうだ。

平時ではリリィが直轄する中央区と大迷宮内部を監視するために機能しているが、こういう時は全ての情報を集めて作戦会議するのに最も適した場所でもある。

「みんな、揃ったわね」

円卓の奥、如何にも司令官らしい座席に座ったリリィが、集った面々を見渡す。うん、これもうリリィがリーダーだよな。

まずは俺、フィオナ、サリエル、の『エレメントマスター』メンバー。

それから『暗黒騎士団』では各部隊の副隊長を務める、アイン、ツヴァイ、ドライ、の三人が続く。

そしてカーラマーラ大公ジョセフと、『混沌騎士団』団長ゼノンガルト、副団長ティナ、が揃っている。

「リリィ、状況は」

「十字軍は前と同じような動きよ。アルザス要塞から出発して、まだ雪の残る山を登ってガラハド要塞まで移動中」

規模も状況も、前回と似ている。

とすれば、ガラハド要塞に来るまで一週間ほどの時間がかかるだろう。こちらが要塞まで援軍に向かうにしても、十分に余裕はある。

「スパーダ軍は」

「レオンハルト王率いる第一隊『ブレイブハート』がすぐに出撃するそうよ。それから冒険者ギルドを通して、また第四隊『グラディエイター』への参加も募集し始めたわ」

これも以前と同じ対応だ。

前は俺達も冒険者パーティとして『グラディエイター』に参加したが、今回は正式に同盟国からの援軍となる。一年で随分と立場が変わったものだよな。

「第二隊『テンペスト』は来ないのか」

「ええ、動かないわ」

第5次ガラハド戦争は、スパーダの全軍を集結していた。

その上でも、かなりギリギリの勝利であった。十字軍の脅威は十分に理解できているとは思うが……

「やはり、アヴァロンか」

「ええ、第二隊はアヴァロン方面の警戒のために、ダキア領に駐留させているそうよ」

雪山のネズミ退治が終わった後も、そのままあそこに陣取っているようだ。あのダキア領はそのままアヴァロンとの国境沿いでもある。

この有事に『テンペスト』がすでにアヴァロン国境付近にいることは、不幸中の幸いと言えるだろう。

「アヴァロンに対する防衛線はどうなっている? もし侵攻してきたら、ダキア村で迎え撃つのか?」

「いいえ、国境近くにある昔の砦を防衛拠点にするそうよ。ただ、アヴァロンとは長い間友好関係にあったから、その砦も使われなくなって久しい。今、急いで復旧と増築をしているわ」

大陸統一の野望に燃えるダイダロスの竜王ガーヴィナルがいたから、スパーダはアヴァロンを始めとした都市国家群とは大きな同盟を結び、背中を気にせず戦い続けてこられたのだ。

アヴァロンと同盟を組んでいる内は、その国境線に戦力を割く必要性は非常に薄い。実際、ほとんど戦力は配置されていなかったし、それで交易も盛んになっていた。

しかし、今や明確にアヴァロンは敵となった。正確に言えば、もうアヴァロンですらない。

「ネオ・アヴァロン、か。このパンデモニウムも大概だが、ネロも随分と無理して国を牛耳ったな」

「それだけ裏切り者も多かったのでしょう。十二貴族の内、七家も十字教徒だったようだしね」

すでにアヴァロンはミリアルド国王が退位し、第一王子ネロが王位を継承したと内外に発表している。それも、ただの即位ではない。

十字教を国教とした、新たな国。『ネオ・アヴァロン』の聖王ネロとして。

そう名乗ってから、一月が過ぎようとしている。

実際、ネロがどの程度アヴァロンを掌握しているかは分からないが、今のところ表だって内乱騒ぎになどは発展していない。アヴァロン国内は、不気味な沈黙を続けている。

「アヴァロンは動くと思うか?」

「どうかしら。十字軍は動いて欲しいでしょうけど、ネロは動きたくないんじゃないかしら」

ガラハド方面とアヴァロン方面から攻め立てれば、スパーダは窮地に立たされる。実際、すでにアヴァロン軍が動かなくても、第二隊『テンペスト』をダキアに配置せざるを得なくなっている。

それだけで十字軍に対する支援は十分に果たしたと、ネロが思うかどうか。

アイツも王となって、まだ一月に経つかどうかの頃だ。リリィが洗脳というチート染みた手段を使って国を掌握しても、軍の編成には時間がかかっている。

ネロも自分の思い通りに動く新たなアヴァロン軍を再編成するには、もっと時間が欲しいはずだ。その上、単純に統治の問題もあるだろう。

十字教を正式に認めた以上、魔族への弾圧が始まる。アヴァロンは人間の比率は高いが、それなりに他の種族も住んでいる。十二貴族の裏切らなかった六家は、全て人間以外の種族で構成されている。

全ての他種族と本格的に対立すれば、それだけで国内は大荒れになるだろう。

「それで、どうする?」

「全軍でガラハド要塞に行く」

アヴァロンが動かない限り、戦力はまず十字軍の迫るガラハド要塞に集中させるべきだ。

元より、僅か1500のパンデモニウム軍である。分割できるほどの総数ではない。十全な戦力として機能させるには、全軍を動かすしかない。

それにガラハド要塞はただでさえ第二隊が抜けているのだ。その穴を埋めるつもりでいなければ、前と同じような戦いになった時に競り負けてしまう。

故に、実際に十字軍が攻めてきているガラハド要塞に行くしか選択肢はないのだが、

「————ああ、クロノ、悪いニュースよ」

「どうした」

「アヴァロンも動いた。聖王ネロが直々に三万の軍を率いて、スパーダを討つと宣言して首都を出たそうよ」

清水の月5日。ガラハド要塞。

「————よう、親父。良かったぜ、ギリギリ間に合ったみたいだな」

「うむ、アイク」

要塞の司令室にて、レオンハルト王の元に第一王子アイゼンハルトがやって来た。

十字軍出陣の報告を受け、レオンハルト王は第一隊『ブレイブハート』を率いて即座にガラハド要塞へと向かった。到着したのは清水の月1日のことだ。

一方、アイゼンハルト王子は、前回と同様に臨時に編成される第四隊『グラディエイター』を率いている。

十字軍が動いたという報告を受けてから、冒険者ギルドで募集が始まるので、どう急いでも編成には数日を要する。ただ、つい昨年も同じことがあったので、冒険者達の集まりは良かった。

レオンハルト王に遅れること三日。『グラディエイター』の編成を大急ぎで終えたアイゼンハルトは、約一万の兵を引き連れガラハド要塞に到着した。

「で、あちらさんはどんな感じ?」

「特に変わりは見えんな」

すでに、十字軍はガラハド要塞の手前、ちょうど前回と同じ場所に陣取り始めている。推定10万とされる十字軍が集結している様は、それだけで大きな威圧感を放つ。

だが、不思議なほどに静まり返っているようにも見えた。

前回は十字軍を率いていた貴族達が、開戦前から陣地でそれぞれ演説をし、兵を鼓舞していた。しかし、今回はそういった姿は見当たらない。

敵の大要塞を前に、襲撃に備えて厳重な警戒態勢こそとっているが、彼らは驚くほど静かに野営をしている。とても、今日、明日、命がけの攻城戦に挑もうという兵士の姿には見えなかった。

「使徒は?」

「いない。だが、第八使徒と同じく、隠れ潜んでいる可能性はあろう」

絶大な魔力オーラを身に纏う使徒の存在は、レオンハルト王の加護にある索敵能力によって、遠く離れていても感知できる。ここからアルザス要塞にいる第七使徒サリエルの気配を、かつてレオンハルト王は確かに感じ取った。

しかし前回のガラハド戦争では、第八使徒アイが戦場で名乗りを上げて姿を現すまで、敵陣にいることは分からなかった。高度に魔力を隠蔽する手段をとられれば、レオンハルトでも察知しきることはできない。

「多分、マジでいないんじゃない? サリエルちゃんの話によれば、わざわざ気配を隠している使徒なんて、第八使徒アイだけだって言うじゃない」

「うむ。余も使徒が潜んでいる可能性は低いと見るが……だからこそ、解せぬ。奴らは此度の戦、何に勝機を見出しておるのか」

「前は惜しかったから、次こそ行ける、ってだけじゃない?」

「ならば、悩む必要もない。正面から叩き潰せばよいだけのこと」

だが、そうではないならば、相手の企みは何か。

前回の反省をしているならば、何かしら用意しているはずだ。この難攻不落のガラハド要塞を崩すための策が。

「そこはやっぱ、古代兵器じゃない? タウルス、だっけ。アレを大量に持ってこられたら、普通にキツいでしょ」

「だが、アレはすでに見た。こちらにも対策はある」

「じゃあ、もっと強い古代兵器とか? あの巨大ゴーレム、どうやら儀式で召喚しているらしいじゃないか。だとすれば、秘密兵器のデカブツは、呼び出されるまでこっちからじゃあ見えない」

考え得る可能性としては、アイゼンハルトの予想が最も高いだろう。

実際、ガラハド戦争後には、スパーダ軍でも次に十字軍がより強力な古代兵器を繰り出せばどうするか、と議論をしたこともあった。

「……やはり、本命はアヴァロンか」

「そう考えるのが妥当だよな。スパーダに対して二正面作戦を強いた、というだけで策としちゃあ十分すぎる」

聖王ネロとして即位して僅か三週間、早くも軍を率いて行動を起こしたのは、想定内でもある。アヴァロンと十字軍が組んだというならば、多少の無理を押してでも、ネロがスパーダを攻めるのは最善手だ。

事実、スパーダ軍の大半と最強のレオンハルト王は、こうして10万の十字軍を前に動くことは出来ない。

今、ダキアの国境沿いに集った防衛戦力は、第二隊『テンペスト』だけ。後は冒険者達の集まり次第で、追加編成した『グラディエイター』を送るくらいが、スパーダとして出せる全戦力だ。

「こうなると、マジでクロノ君に期待だな」

「スパーダの英雄、か。惜しいな、やはりシャルロットと無理にでも結ばせるべきであった」

「やめなよ親父、人には向き不向きってのがあるんだからさ」

むしろシャルロットとの婚姻をゴリ押しし始める前だったから、パンデモニウムとの同盟は上手く成立できたと考えるべきだ、とアイゼンハルトは主張した。

「ふむ、解せんな」

「クロノ君はあれでいてフツーの男だから。本当に怖いのは妖精の女王様の方さ。まぁ、親父は鈍いから分かんねーだろうけど。恋する乙女ってのは、怖いもんだぜ」

クロノとリリィの関係性はどうであれ、実際にパンデモニウムは同盟に基づき、援軍として1500の軍を早々に派遣した。

そして1500名のパンデモニウム軍は、このガラハド要塞にはいない。

「ネロの相手は、クロノ君に任せようじゃないの」

清水の月7日。

俺達は今できる限りの万全の準備をして、スパーダへとやって来た。向かった先は、ガラハド要塞ではなく、ネオ・アヴァロン軍3万が侵攻してくる国境線に立つ、ダキア砦だ。

当初は十字軍と戦うためガラハド要塞へ駆けつける予定だったが、実際にネロが動いたせいで、俺達は戦力が手薄なダキア方面への増援として向かうことにした。これはスパーダ軍とも協議した結果、決まったことだ。

実際、この配置に文句はない。俺だって、この状況ではアヴァロン軍迎撃に加わるべきだと思っている。

重要なのは3万という数ではなく、ネロという使徒が確実にいるという点だ。

今回、ガラハドへ攻めてきた十字軍に使徒がいる可能性は低い。勿論、シンクレア共和国からサリエルに代わって新たな使徒が派遣されているかもしれないし、取り逃したミサとマリアベルが合流しているかもしれない。

しかし前回同様、十字軍が侵略するならば、圧倒的な力を持つ使徒には頼りたくはないという思惑が働く。どう頑張っても、使徒に武功は及ばない。侵略した土地を堂々と獲得するには、自らの手柄としなければいけないからだ。

だから、前の十字軍を率いていたベルグント伯爵はサリエルに助力を請わなかった。サリエルが現れたのも、戦いの趨勢が決まり、十字軍が敗走を始めてからだ。あくまで、敗れた十字軍の被害を抑えるため、という名目でならばサリエルが戦ってもケチはつけられない。

貴族の面子を立てつつ、尻拭いもしなければいけないとは、総司令官も大変だなと今だから思ったりする。

ともかく、そういった理由も込みで、今回もガラハド要塞へ攻めてくる十字軍に使徒がいない可能性が高いと踏んでいる。いるかどうか分からない使徒を警戒して、使徒対策を持つ俺達が出向くべきではない。

だがネオ・アヴァロン軍には、聖王を僭称する第十三使徒ネロ、奴は必ずいる。

俺達は3万のアヴァロン軍に対する増援であり、ネロという使徒に対抗するために、ここへやって来たのだ。

第2隊『テンペスト』を中心に、現在ここへ集ったスパーダ軍は3万にはギリギリ届かない兵数である。そしてダキア砦も急いで復旧、増築しただけで、ガラハド要塞とは比べ物にならない程、その防衛力は頼りない。

状況はとても有利とは言い難い。激戦を覚悟して俺達はやって来たのだが……

「アイツら、今日も動かないのか」

「そのようですね」

溜息交じりの台詞に、ゴローンと寝転がってはお菓子をつまむというくつろぎ体勢のフィオナが言う。

「今日で一週間だ。その間、一度の襲撃もないし……何を考えている」

聖王ネロ率いるネオ・アヴァロン軍がスパーダ国境手前までやって来たのは、清水の月1日。今からちょうど一週間前だ。

俺達はその前日にはダキア砦へと到着し、臨戦態勢をとっていた。

しかし、現れたアヴァロン軍は国境を超えることなく、その手前の地点で野営をし……それ以降、何の動きもない。

強いて言えば、アヴァロンがスパーダを攻める正統性を主張してくるくらいだろう。

曰く、スパーダには野心があり、ダイダロスを侵攻し国土を広げ、次にはアヴァロンへと攻め入るつもりだと。その証拠に、スパーダは再三に渡る十字軍からの和睦を一方的に断り、ダイダロス領の割譲を求めている————などなど、事実無根の言いがかりを叫んでいた。

だが、今のアヴァロンでは裏切りの七貴族を筆頭に、大々的にスパーダを非難する声が叫ばれ、国民の不安と不信、そしてスパーダへの敵対心を煽っているそうだ。

アヴァロンは実際に十字軍と戦ってはいないし、何よりアリア修道会がすでにそこそこの支持を集めていることが、スパーダ敵対への流れに拍車をかけている。

ただ、そんなプロパガンダが通用するのもアヴァロン国内のみであり、今まさに敵対しているスパーダが、奴らの言い分を信じる余地はどこにもない。アヴァロンの言うことも一理あるんじゃあ……などと言い出す輩は一人もいない。

無茶苦茶なイチャモンつけて開戦の口実をでっちあげやがって、とアヴァロン憎しの感情が、砦にいるスパーダ軍全体に漂っている。口先だけで、スパーダ軍が瓦解する可能性はないし、そんなことは向こうも分かっているとは思うが。

「やはり本命はガラハド攻めの十字軍で、向こうはこっちをある程度、引き付けているだけで十分だと思っているのでは?」

「確かに、それが一番妥当だが」

少なくとも、第二隊『テンペスト』と俺達は、ここへ引き留められている。単純にガラハド要塞の戦力低下としては、アヴァロン軍の動員は機能している。

ネロとしても、王位について早々に一戦交えたくはないはずだ。使徒の力でゴリ押し余裕とたかを括っているなら、到着したその日に攻めてきているだろう。

こうして一週間も何もせず待機している以上は、明らかに何らかの目的があってそうしているのだ。

それが、単にスパーダ軍を引き付けるという目的だけならいいのだが。

「何を狙っている……いや、何かを待っているのか?」

「時間を稼ぐことに、相手にメリットがあるのですか」

「うーん、特には思い当たらないんだよな」

攻める方の優位は、好きなタイミングで仕掛けられることだ。相手の準備が整わない間に攻め込めれば、一気に勝負をつけることもできるだろう。

アヴァロン軍が動いたタイミングは、ロクな防備がない国境線を一気呵成に突破する侵攻作戦だと思える。実際、そのまま攻めて来ればかなり危なかった。

だが、その貴重な攻撃チャンスを捨てて、奴らは国境手前で立ち止まったまま。速攻の意思はない。

ならば、何を待っている。まさか、あれでこっちに籠城を強いている、と思っているワケではないだろう。ダキア砦の補給線は普通に維持できている。

集まった冒険者による『グラディエイター』の増援や、ダキア領とその周辺から徴兵された兵士達も集まり始め、ここは日ごとに防衛戦力が増している。勿論。砦の増築もだ。

奴らがのんびり一週間キャンプしている間、こちらは万全の防衛体制を整えるための貴重な時間を得ている。時間の経過は、防衛力が上がることに繋がり、下がることはない。

奴らが先攻の有利を捨てでも、時間経過による優位が何なのか。

それが分からず、俺はここ一週間、悶々とした思いを抱えながら、警戒態勢を取り続けていた。精神的疲労を狙う、という点では成功しているかもしれないな。

「マスター、アヴァロン軍に動きあり」

と、そこでサリエルが報告しに来てくれた。

「ようやくか————出撃準備だ!」

「いえ、撤退です」

「なに?」

「アヴァロン軍が、撤退を始めました」

そんなまさか、と思い自分でも確認したが————奴ら、本当に退きやがった。

ゾロゾロと列を成して、アヴァロン軍は陣を引き払い帰って行った。日が傾き始めるころになると、もう奴らの野営地には一人も残らず消えた。

追撃の許可は下りなかったので、俺達は警戒しつつ、ただ黙って帰っていくアヴァロン軍を見送っただけだった。

「一体、何だったんだ……」

アヴァロン軍は退いたが、念のためもう数日は残ろうと決めた、その日の晩。

奴らの狙いは何だったのか。その答えを、俺は知ることとなった。

「クロノ」

俺の元にやって来たのは、リリィだった。

いつになく硬い表情の彼女は、ただそれだけで最悪の報告を予感させた。

「どうした、リリィ。何があった」

「ガラハド要塞が落ちたわ」