Kuzu Inou【Ondo wo Kaeru Mono】 no Ore ga Musou suru made
13 Confessions of Merriam Xuanno
迷彩ジャケット野郎との戦闘は相当長引いていたらしい。
気がつけば、夜になっていた。
俺たちの居る建物のすぐ外に、数機の(・・・)軍用ヘリが滞空している。
「KRS-24」と印字されたそれらのゴツい躯体は、漆黒の闇に紛れ込むように真っ暗い色で塗装されていた。備え付けの、象でも軽く撃ち抜けそうな機関銃の銃口はこちらを向いている。
俺たちがどうすることもできず、呆然とその場で固まっているとー
一人の男がヘリから飛び降り、俺たちのところに、ふわりと降りてきた(・・・・・)。
そして、俺たちの目の前に降り立った。
「これはこれは。どういうことだい?取引の時間に商品は届いているようだが、受け渡し人がこんな黒焦げになっているとは。まさか、こんな子供にやられたというのかい?」
白衣の男はそう言ってあたりを眺め回した。
「本当に、使えないね。これだからレベル3程度の雑魚に任せるのは嫌だったんだ。」
「…レベル3程度の…雑魚?」
俺は思わず口にした。
もしかして、こいつは……
「そう…お察しの通り。僕は『レベル4』の異能者だよ。君たち程度の存在が…束になってもかなわないと思うよ?」
男がそう言って軽く手を降るうと、俺と赤井は何かの力で押されて(・・・・)吹き飛んだ。
「ぬあっ!?」
「…ぐッ…!?」
俺と赤井は数メートルほど飛ばされ、しかし何とか踏みとどまった。
だがいったい、今、こいつは何をしたんだ!?
何も見えなかったし、何の抵抗もできなかった…!
「やはり、信じがたいね。雑魚といえど…こんな子供に取引を邪魔されるなんて。」
何か言い返そうと思ったが声が出ない。
コイツは………………ヤバい。
さっきの迷彩ジャケット野郎も相当やばかったが…こいつは桁違いに危険な匂いがする。
さっきから変な汗と、体の震えがとまらない。
心臓はおかしくなりそうなほど脈打ち、俺に強い警鐘を鳴らしている。
「僕らはね、「なるべく五体満足で」消費者に商品を届けることをモットーにしているんだ。さあ、神楽舞(しょうひん)を速やかに渡してくれたまえ。そうすればなるべく君たちも苦しまないように処分してあげー」
その時だった。
「おい坊主…大丈夫か?」
気がつくと突然(・・)、俺の側にはスーツを着込んだ大柄な男が立っていた。
俺は、どこかでこの男を……見たことがある気がする。
「なんだい君は。いったいどこから………」
白衣の男は若干眉をひそめ、不愉快そうにしている。
大柄な男は白衣の男の方を向き…
「お前か?人攫いってのは」
そう言うと今度は突然(・・)、辺りに爆音が響きわたりー
目の前の白衣の男が全身をくまなく殴られた(・・・・・・・・)ように(・・・)吹っ飛んだ。
そして壁に激突し、ぐちゃりと音を立てて地面に落下した。
手足が骨格など無視しているかのように折れ、関節があらぬ方向に曲がっている。
そしてー
ほぼ同時に(・・・・・)外で飛んでいた軍用ヘリが(・・・・・)全て、墜落した(・・・・・・・)。
おまけに大柄な男はいつのまにか、さっきと違う位置(・・・・・・・・)に立っている。
「………………!?」
俺たちが何が起こったのか全く理解できず、呆然としていると…
「ちょっと!置いて行かないでください!」
走ってそこに現れたのは、あの金髪眼鏡美人鑑定官…そして帝変高校の保健室の玄野メリア先生だった。
メリア先生?何故ここに?
「で、今回の首謀者は誰なんだ、メリア? 見つけ出してぶん殴ってやる。」
「校長…おそらく、貴方が今、殴り倒した人物です」
そう、この大男を俺は入学式で見た。
思い出した、コイツは帝変高校の校長(・・)だ。
「何ィ!?もう一回ぶん殴ってやる!!!あんなのじゃ殴りたりねぇぞ!!!」
「ダメです。これ以上やったら死んでしまいます。彼らには情報を吐かせなければいけませんから。本宮先生、「処置」をお願いできますか?」
「はぁ〜あ。こんな夜間に呼び出して勤務させるなんて。労働基準法違反で訴えますよ??」
本宮先生と呼ばれた赤い縁の眼鏡をかけた男は、ボサボサの頭を掻きながら、文句を言っているようだった。
「お願いします。特別残業代はつけますから。」
「ふ〜う…これは大サービスですよ?ボーナスも期待してますからね? じゃあちゃちゃっと速攻で記憶イジって、ぱぱっと帰りますからね〜!!」
そう言うと、壁際で関節がぐちゃぐちゃになった男に近づき、頭を掴んでゆさゆさ、ブンブンと振り出した。
あれ、あんな状態で動かして、大丈夫?死んじゃわない?
もう彼、既に絶対安静レベルの重傷だよね?
俺が非常に不安な面持ちで本宮先生の「ゆさゆさブンブン」を凝視していると、またこちらに向かって歩いてくる女性が見えた。
「メリア先生、索敵結果が出ました」
俺たちのクラス担任、チハヤ先生だった。
「九重先生が計算(・・)した所によると、敵の戦闘員は周囲に30名ほど配置されているようです。指揮官が先に潰されたため、命令系統は混乱しているようです。」
「そうですか。ではチハヤ先生、森本先生、掃討をお願いします。」
「はい、では行ってきます。私は遠距離の敵から潰しますね。」
「ハハハ、こんな運動は久しぶりだ!!!筋肉が唸るなァ!!!」
そう言うと、チハヤ先生と、筋骨隆々の逞しい、森本先生と呼ばれた男は薄暗い屋外に飛び出していった。
すぐに、遠くから銃声と爆発音、そしていくつもの悲鳴が聞こる。
なんかすごく楽しそうな「ハハハッ!!!」と言う笑い声も。
「俺も出るぜ。まだ、全然殴りたりねぇ。うちの大事な生徒(がき)共をこんな目にあわせがって!!!」
「では、校長もほどほどにお願いしますね。」
「おう」
そして、校長の姿が一瞬にして幻のようにかき消え…
直後、辺りでいろんな方(・・・・・)向から同時に(・・・・・)爆発音が聞こえた。
すると…周囲は途端に静かになった。
…
あれ、まさか…もう終わったの?
そして、先程まで指示を出していた女性はキッと俺の方に向き直り、
俺の方に勢いよく歩いて来て…
あ、やべえ。
なんかすごい切羽詰まったような顔をしてこっちに来る。何これ?もしかして俺めっちゃ怒られる?なんかよく分からないけど、心当たりがない事もないし。
そう俺は身構えて体を固くしていたのだが。その考えは…ちょっと違っていたらしい。
俺は彼女に、思い切り、抱きしめられた。
…………え?
金髪美人鑑定官さん…いや、玄野メリア先生がおれをぎゅっと抱いてくる。
な、なんか、すごくいい匂いするんですけど?
「ごめんね…本当に…ごめんなさい」
「え?」
状況がさっぱり飲み込めない。謝られる理由がさっぱりわからないんですが。
………あ、そうか!
エリちゃんのことか!??おれと俺の恋人(予定)のエリちゃんの仲を引き裂いたことをそんなにも?でも、それは俺の中ではすでに解決済みで…
「私のせいで、貴方を危険にさらしてしまったの。本当に、ごめんなさい。生きていてくれて、本当に良かった…!」
「…え?」
ますます訳が分からなくなった。
「お詫びを、したいの。今日、私の家に来てくれない?そこで色んなことを…早く、貴方に教えてあげなきゃいけないから」
は???
はぁ!!!?
俺、今日女性の家にお泊まりですか?
い、いろんなことを早く教えてくれるんですか!?
そ、そうか、俺は今日、そんなに早く大人の階段を登ることになるのか。
ええ、分かりましたとも!
もちろん、いいですとも!!!!!
喜んで!!!!!!
◇◇◇
そして、俺は今、玄野メリア先生の自宅にいる。
「おう、坊主。まあ、とりあえずゆっくり茶でも飲め」
「あ、どうも」
ここは玄野メリア先生の自宅だ。間違いない。先程、本人に案内されて中に入ってきたから。間違いないはずなのだ。
なのに…なんでここにあのゴリラみたいな校長がいるのだ????
そこにメリア先生がシャワーを浴びて戻ってきた。薄手のパジャマが妙にエロい。
「じゃあ、お父さん。私、芹澤くんとお話があるから」
「おう、気にせずやってくれ」
え?
「お、お父さん?」
どうやったらこんなゴリラみたいな大男からこんな金髪碧眼の眼鏡美人が?
あれか!?合体事故か!?間違って異種族出来ちゃったとか!?
「ふふ、疑問に思うのも無理はないわね。私は養子なの。お父さんと血は繋がってないわ。」
犯罪である。そんなのは。
血の繋がってない美女と野獣(ゴリラ)が一つ屋根の下だなんて。俺は今すぐにでも通報したい衝動に駆られた。保健所って夜間でもやってたっけ?
俺のそんな思いをよそに彼女は話を続けた。
「それでね、話というのは… 芹澤くん。私はひとつ貴方に嘘をついていて…謝らなければならないの。」
「嘘…ですか?」
「貴方の異能のことよ。私は貴方の能力を鑑定するときに敢えて低い評価にしたの。それ以上の潜在能力があるのを知った上でね。」
「それはまた…なんでですか?」
「貴方は…実はそこの…お父さんと同じ種類の異能を持っているの」
そこのゴリラと一緒!?戦闘コマンドが物理攻撃「なぐる」一択になってそうなそのゴリラと!?
な、なんかやだな……別に、そこは教えてくれなくても構わなかったですよ?全然。
「貴方の異能はどこまでも(・・・・・)ものを温められ、どこまでも(・・・・・)冷やすことのできる能力…『根源系』と呼ばれるとても珍しいものなの。」
「え、ええ…珍しいってことは前に聞きましたけど…」
まてよ?どこまでも(・・・・・)?って?
「どこまでもって…どれくらいなんですか?」
「どこまでもよ。下は絶対零度から、上は上限は無いわ」
へー。上限なし?あれか?上限なしで買い物できるブラックカードみたいなもんか?
上限なし、かぁ。
「それって、太陽ぐらいの温度でも?」
「そんなものじゃ無いわ。もっと上、超新星爆発程度の温度も可能なはずよ。そういう出鱈目な温度を貴方は扱うことができるはず。」
「そ、そうなんですか」
あんまり、実感わかないなぁ。
「これが、私が貴方に知っておいて欲しかったこと。でも、このことは決して人に知られないようにして欲しいの」
「なんでですか?別に知られたって…」
「知られてしまうと、多分、今回の神楽さんの様に、貴方は誰かから狙われる様になるわ。力を欲しがる奴らはいくらでもいるもの。」
うーん。なんか大袈裟な様な気がするなぁ。温度変えるだけだよ?
「今日伝えたかったのはこれだけ。もう遅いし、うちに泊まっていきなさい。うちのベッドは広いから、二人で寝ても大丈夫なんだから。」
二人で!?ベッドに一緒に!?
こ、これが本日の本命(メインディッシュ)か!?
今日の運命の女神は最後の最後でやっと、俺に微笑んでくれた様だった。
◇◇◇
「じゃあ、おやすみなさい、芹澤くん」
「おやすみなさい」
…バタン(ドアの閉まる音)。
「じゃあ、寝るか」
「あ、はい」
そして俺はゴリラのベッドで、一頭と一人、仲良く一緒に就寝した。枕を涙で濡らしたのは言うまでも無い。