Kuzu Inou【Ondo wo Kaeru Mono】 no Ore ga Musou suru made
35 Before dawn
俺は早朝、まだ夜明け前の暗いうちから目を覚ました。
というか、ここの夜は明かりらしい明かりもないので、やることがあるかといえば何もなく、唯一の話し相手はといえば人語が通じてるかどうかも怪しいあの校長(ゴリラ)だ。要するに、夜は出来ることが何にもないのだ。
だから、日が落ちたらもうさっさと寝るしかない。
日が昇れば起き、日が沈んだら寝る。
そんな原始時代みたいな生活を数日繰り返していたら、体がもう順応し、寝付きの悪いおじいちゃんみたいな時間に自然と起きるようになってしまった。
脇に目をやると焚き火がパチパチと音を立てている。
すでに起きだして来た校長(ゴリラ)がつけたのだろう。俺はまあ大丈夫だが、校長は少しは寒いのだろうか?それとも、柄にもなく俺に気を使ってる?
なんだかんだでカルチャーギャップはあるが、奴も一応、火を扱える動物ということで人類にカウントしてやってもいいんじゃないかと最近は思い始めている。
なんだかんだで俺も、この絵に描いたような人外生物の無茶振りを10回に1回(・・・・・・)ぐらいはクリア出来るようになって来ている。その辺、教育方法に多少の…………いや、かなりの…………いや、とてつもなく難はあっても、少しぐらいは感謝してやっても良いとも感じている。
「おう、起きたか」
「ああ、もう夜明け前に自然と目が醒めるよ。今何時だ?」
俺は校長にそう問いかける。
そう、このギリギリ人類の範疇に入るかどうか微妙な動物は、似つかわしくない高級そうな腕時計をしているのだ。
それ、アンタが岩粉砕した時もしてたよね?材質どうなってんの、それ?
校長はいつものようにゆったりとした動作で時計の文字盤を確認する。
「今…3時だ」
今は早朝の3時。とすると、今、日本は…
俺はそう考え始め、ん?と疑問符が浮かぶ。
「なあ、校長(こうちょう)。試合の日って、今日(・・)だったよな?」
「ああ、そうだ」
校長は淀みなく答える。
「で、俺が出る予定の試合って、何時だったっけ?」
「確か…4時だ」
そうだな…午後4時。俺も前にそう聞いた。
「で、日本は……今、何時なんだ?」
俺は、感じた違和感をなんとなく確認するため、そう問いかけた。
「だから、3時だっつってんだろ」
校長から帰って来た答えは、そういう答えだった。
……
俺は天を仰ぎ、しばらく思考を巡らす。
今、俺たちは…日本の大体地球の裏側にいて、そこの時間は午前3時だという。
そして…さっき俺が問いかけたのは日本の時間だ。
だが、そこのゴリラからは、同じ「3時だ」という答えが返って来た。
いや、待てよ。
ああ、そうか。
ここってほぼ地球の裏側だもんな。
ゴリラの言ってる「3時」であってる。
単純計算で十二時間違うから、
日本は、今、午後3時(・・・・)なんだ。
…ああ、そっかぁ。
…
…そっか。
…
俺は再び、新たな一つの疑念を胸に抱き、優しく目の前の動物に問いかける。
「なあ?クソゴリ校長?…時差って言葉、知ってる?」
「なんだ?その、ジサってのは」
………
………
………
「おい、教えろ。ジサってなんだ?」
「こんの………………クッソゴリラあああああああああああああああああ!!!!!!!?」
俺の悲鳴ともつかぬ絶叫が山々にこだまする。
「し、試合まであと一時間しかねえじゃねえかあああ!!!!?」
俺の絶望を滲ませた叫びに、校長は真顔で聞き返してくる。
「なんだ?どういうことだ、そりゃ」
俺はゴリラの人類社会の常識の理解度に対してフツフツと湧いてくる怒りを抑えながら、とにかく試合が始まるまであと一時間もないことを強調して伝える。
「よくわからねえが…急げばいいのか?」
「そうだよッ!!!!でも今から地球の裏側になんて行けるわけ…!!!!」
「じゃあ、行くぞ」
そう言うと、ゴリラは俺をお姫様抱っこし…
「えっ?」
このゴリラは…一体何を…まさか…
俺が思考を整理する間もなく、俺たちの体はものすごい勢いで加速し…
夜明け前の星々が瞬く空に飛び上がったのだった。